はこちん!   作:輪音

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ⅩⅩⅩⅧ:おっさん提督はいつも喧騒に包まれちゃっています!

 

 

 

函館は晴天。

爽やかな朝。

砲撃音が海辺に鳴り響く。

鎮守府の海岸に艦娘たちが集まっていた。

大湊(おおみなと)と小樽の天龍が、重巡洋艦用の主砲を対戦車ライフルっぽくしたもので射撃している。

ごっつい二脚にマズルブレーキなどが、重厚さを演出していた。

反動緩和機構を取り付けたブルパップ式に

しっかりした肩当て。

かなり洗練されてきた砲の形状が逆に戦局の厳しさを窺わせる。

艦娘の火力を高めるなら、パンツァーファウストはどうだろう?

或いはバズーカ砲とか噴進砲とか。

射撃状況を見ているだけでも、その反動の強さが伝わってくる。

大本営肝煎りの『艦娘火力強化計画』は今も続行中で継続中だ。

好天なれど波高し。

二名とも薄い青だ。

同姿艦は好みも似るのであろうかね?

姉妹艦の龍田の好みかもしれないが。

 

「今夜は四人で楽しみませんか、提督?」

「なにを言っているんです、龍田さん?」

「だってほら、天龍ちゃんのパンツをじっと見ていたでしょう?」

「違います。」

「なんだ、提督。パンツを見たいのか?」

「見たいならいくらでも見せてやるぞ。」

「貴女たちまでふざけないでください。」

 

大湊と横須賀第一の明石がくすくす笑っている。

夕張が二名いるけれども、どこの所属なのかな?

火器の機関部分を弄る北上と、彼女を弄る大井。

もう入り乱れてどこの誰やらわからない。

だが、なんとなく平和を感じる。

 

駆逐艦の清霜が重巡洋艦級のライフルをなんとか撃ったものの、その反動でひっくり返っていた。

スカートが捲れて白いパンツがぺろりと見える。

あれ?

なんだか既視感があるぞ。

 

「清霜は先ず、軽巡洋艦用の主砲を撃てるようになるところからだな。」

 

小樽の天龍がそう言った。

えっ?

そっち?

 

「えー、あたしも重巡洋艦用の主砲を軽々と撃てるくらいになりたい!」

 

撃てるのかねえ?

 

「この程度の反動にさえ耐えられないようじゃ、戦艦への道は遠いぞ。」

「あたし、頑張る!」

 

ビームライフルはどうだろうと明石や夕張に提案したら、苦笑いされた。

レーザーサイトは研究中らしい。

タキオン粒子がどうとか縮退炉がどうとかシズマドライブがどうとか議論している君たちに、私の提案を苦笑する資格はあるのかね?

但し、ゲッター線。

それは絶対ダメだ。

コジマもダメだぞ。

 

 

 

午後からは低速艦娘を高速艦娘へ強化する実験。

主機の出力強化に加え、モータージェットを増槽してかっ飛ばす考えらしい。

どれだけ速くしても、それに振り回されたら意味がないと思うんだけどなあ。

ほら、噴射と共に彼女たちの悲鳴が上がっている。

微苦笑しつつ、そのすぐ傍を島風が滑走していた。

遊園地でジェットコースターを体験させてみたらどうだろうか?

以前夕張の遊園地で乗ったことを思い出した。

後、回避率強化の為に危険予測妖精の育成も進めているそうだ。

『先読み』して、敵の攻撃を回避する構想。

ニュータイプでも育成するつもりだろうか?

「見えた!」とか「そこ!」とかやるのだろうか?

他所の艦娘たちが青い顔で砂浜に横たわっている。

戦艦航空母艦重巡洋艦などだ。

オイル漏れしている子もいた。

私を見かけて泣く子までいる。

見なかったことにしておこう。

彼女たちを介抱しつつ、悲鳴を上げながらかっ飛ぶ低速艦娘を見つめる。

なんだか色っぽい吐息を漏らす子もいて、男の生理が真正直に反応する。

私の下半身を見つめる娘たち。

堂々と振る舞え!

堂々と振る舞え!

恥ずかしがるな!

恥ずかしいけど!

こんな恥ずかしい姿を見たんだから、責任取ってくださいと言い出す娘まで現れて大苦戦する。

ローマがずうっと抱きつきっぱなしだったので、いろいろと大変だった。

少しは自重して欲しい。

……なあ、キミ、確か高速戦艦じゃなかったっけ?

 

 

 

楯型の増加装甲は胸部用のソレ共々初期から考えられており、小型のものから大型のものまで多数作成されていた。

鉄底海峡にて、量産型艦娘たちが勇ましく楯を掲げながら深海棲艦へ果敢に突撃している写真も幾らか残っている。

大型の楯の裏側にはスパッド(光剣)やスパイド(実剣)やSマインなどが装着され……ということはなく、信号弾や魚雷が取り付けられているくらいだ。

菱形にして白い塗装に紅い十字でいこうと言ったら、何故か武田菱と丸に十字の紋章のモノグラム柄になっていた。

フランスの高級商標の鞄じゃないんだぞ。

それと、アクティブ・バインダーって、それなんてオージェ?

 

 

 

艦娘の全艦種の中で最もフリーダムなのが潜水艦である。

基本仕様がスクール水着にセーラー服の上着で、主機は魚雷型。

それはメリケン艦娘も同様らしく、函館鎮守府に所属するスカルピンも似たような恰好をしている。

潜水艦たちにとっては鎮守府のくくりなどあまり意味がなく、艦種での連帯が非常に強い。

どの鎮守府でも潜水艦は貴重な存在だし、提督の夜と親しい娘も少なくない。

だから、大抵のことは目こぼしされる。

なついてくれる艦娘が殆どいない提督だって、複数存在するのだ。

少しは、彼女たちの行為に目をつぶることも大切だ。

それで夜の楽しみが増えるならば、愉悦ではないか。

そうのたまう提督もいる。

 

「メリケン艦娘の潜水艦に会いたい!」

 

この一心で一致団結した潜水艦たちは、函館鎮守府に集結した。

情報交換の意味合いもあるし、提督の夜の情報も交換している。

函館は潜水艦たちの社交場になりつつあった。

ここには目の吊り上がった者も早口でまくし立てる者もいないし、怒鳴る者も吠える者も喚く者も休暇願を握り潰す者もいない。

なんちゃって鎮守府だから本式の鎮守府よりもゆるい雰囲気だし、間宮と鳳翔が常に本気で勝負して作るご飯もおいしい。

中山久蔵のお陰で近郊にて旨い米が作られているし、エドウィン・ダンのお陰で道南は酪農が盛んだし、乳製品の豊かさは実に素晴らしい。

なにより北の国の人間は舌が肥えている。

ジンギスカンも食べられるしそして旨い。

ハラショー!

オーチニ・ハラショー!

自家製のビールもとっても素晴らしい。

間宮と鳳翔の努力の結晶がそこにある。

艦娘たちから強い要望があったそうな。

駆逐艦たちが希望したという噂もある。

まさかな。

お土産のトラピストクッキーも好評だ。

要は居心地のよい場所だということだ。

任務の往還で息抜き出来る稀少な場所。

それが彼女たちにとっての函館鎮守府。

で、オマセな彼女たちに我輩ことおっさん提督が振り回される破目となるのだった。

当て馬にされたり、実験台にされたり。

それでも、怒らないと私は決めている。

なるべく、だけれども。

なあ、キミたち、服を着なさい。

そんな姿でうろうろしてはいけないよ。

ほら、事務の田中さんや風魔の劉鵬君らがおろおろしている。

そこの確信犯!

服を着なさい!

しおいちゃん!

 

 

 

たまに函館へ破滅願望のある艦娘が来る。

そういう子の相手は薄氷を踏むが如しだ。

五稜郭近くの百貨店にあるケーキ屋で会った航空戦艦は、正にそういう感じの子だった。

一目見てゾクッとする。

同姿艦は何名か知っているが、全然別の雰囲気だ。

おっさんになってくると、なんとなくコイツヤバいとかコイツには近寄らないようにしようとかいう人がわかってくるような気がしないでもない。

その子は危険なにおいがした。

所属する鎮守府では最高錬度を誇り、艦娘たちのまとめ役でもあるという。

なのに彼女は私を口説くのだ。

初対面であるにもかかわらず。

私を気に入った理由が解せぬ。

この私のどこが魅力的なのだ?

何故だ?

何故だ?

何故だ?

 

「君の刀の斬れ味を是非とも試してみたいものだ。誰かをその刀で『斬った』ことはあるのかい? なければ私が幾らでも斬られよう。なに、最初は上手くいかないのが当たり前だから好きなだけ試してくれたらいい。」

「初物ばかり尊ぶ輩もいるが、君はそんな連中とは違うだろう? 側に置いてくれるだけでいいんだ。いや、側でなくてもいいな。君がたまに微笑んでくれたらそれでいい。」

 

先程から冷や汗が止まらない。

今日は気温が低いというのに。

想定外のドレッドノート級だ。

下衆野郎と見下す武装メイドたちの視線が痛い。

うう、なんにも言えねえ。

無実だ、と言い切れない。

こんなにかき口説かれたのは生まれて初めてだ。

嗚呼、三〇代までに口説かれたかったな。世の中、ちっともままならぬものよのう。

彼女が最初に出会った艦娘だったら、すぐに付き合っていたかもしれない。

だがしかしばってん、現在は二〇名以上の艦娘を預かる提督の身分である。

それに彼女が抜けてしまったら、その鎮守府は立ち行かなくなるであろう。

私はやさしく粘り強く彼女に語りかけた。

実の愛娘に話しかける心持ちで説得する。

全般的に浪花節を効かせつつ話しかけた。

夕闇が迫ってくる。

閉店時間となり、私は居酒屋に誘われた。

空はまだ明るいが、じきに暗くなる。

闇がすべてを覆い尽くす前に勝負だ。

我、夜戦に突入す。

アマーリエを鎮守府に帰し、フローレンシアの猟犬と共に彼女を店に連れていく。

そこは元鎮守府関係者が大将をしている店で、気心も知れているから安心安全だ。

だけどなあ、私に女心がわかる訳ない。

わかるならば、とっくに結婚している。

今も独身で恋人すらいないのはそういうことだ。

なんで私は提督稼業をしているのかね?

困ったものだ。

理と情の波状攻撃で開幕雷撃を試みた。

しかし。

彼女の好き好き連続砲撃で危機に陥る。

虚像に囚われているのだとわざとおっさんくさい態度に出たら、そういうのも新鮮だと切り返された。

やりたくはなかったが、腕を組んだり頭をかきむしったりあくびをしたりお絞りで頚筋を拭ったり貧乏揺すりしたり下品でエロい冗談を言ったりした。

すると、そこまで心を開いてくれるのかと逆に感心された。

む、むう。

眼鏡っ子メイドの冷たい視線が、たまらなく痛くて悲しい。

駆逐艦にしか興奮しないんだ、と言えば即時に解放されるのかもしれないが嘘はつきたくない。

隣で密着して大きな胸を押し付けてくる航空戦艦。

不穏な空気が、色を濃くしてゆく。

不味い。

不味い。

一部がトランスフォームしてゆく。

その様子を見て微笑むは航空戦艦。

歴戦のメイド娘の周囲が冷えゆく。

ちっぱいの方が好きだ、とでも言えばいいのかな?

焼き鳥盛り合わせとサラダをテーブルに置いた大将の視線が、なにか物言いたげに見えて辛い。

ある意味拷問だ。

切り返さねばな。

 

「今の鎮守府に不足を感じるのですか?」

「そうだな。そう言ったら受け入れてくれるのかい?」

「そう言われるということは大切にされていますね。」

「単なる、重たい女の置物さ。」

「そんなことはないでしょう。」

 

実際、彼女の提督からは悩みを聞いてやってくれと直接電話で言われている。

それだけ信頼されているのだろう。

 

「貴女の提督は気遣いの出来る人ですよ。」

「以前なら私もそう思っていたんだがな。」

 

あんたなにやらかしたんだよ、と腹の中で彼にツッコミを入れる。

 

「私はただの置物に過ぎない。彼の刀を磨いたのも先月久々にやったくらいさ。悪くはなかったがね。私は女としてもう一度燃えたいんだ。恥ずかしい話だが、キミを見ているとムラムラする。」

 

危機が来たーっ!

これで抱いたら、地獄への直行便だろう。

危機こそ好機也!

たぶん、これが突破口だ。

太刀が振るいにくくなったのではないか?

強力わかもとや亜鉛やマカの話をし、増量の話をした。

したくない、のではなくて出来ないのではないかと話の方向性を変えてみた。

ならば、こちらに勝機はあるぞい。

具体的に説明し、攻め方を教えた。

諦めてしまうにはまだ時期尚早だ。

まだ、細い糸は繋がっているのだ。

ならば!

今だ!

気合!

集中!

閃き!

必中!

熱血!

弾着観測砲撃開始!

 

 

翌朝、彼女はトラピストクッキーとツルハドラッグで購入した薬品を持って元の鎮守府へ帰投した。

長門やローマやネヴァダが何故か清々しい賢者のような笑顔で彼女を見送った。

君たち、そんなにがっちりぎっちりしがみつかれるとおじさん困っちゃうんだ。

しかしまあ、四名もの戦艦に抱きつかれつつ寝るなんてもう二度とこりごりだ。

頚が痛い。

 

 

 

やれやれ。

ようやく愁眉を開いたか。

そう安心したのも束の間。

その後、夜戦の詳細をメールで送ってくる航空戦艦に悩まされる破目に陥った。

助けて、ポニーテールの娘さん!

 

 

昼前。

他所の子たちを含め、わいわいと賑わう食堂。

間宮と鳳翔の超絶技能が、究極だの至高だのといったうんまい料理を次々に生み出している。

あれ?

間宮と鳳翔が複数いるように見える。

残像か?

疲れているのかな?

見かけない子たちが厨房にいるし、現状を把握出来ていないよ私。

あのポニーテールの子やおかっぱの子は誰だろう?

お飾り提督だよなあ、と自嘲する。

食費をどうしようと悩んでいたら、いつの間にか大淀が密着していた。

角川追想!

 

「大丈夫ですよ、提督。」

 

彼女から、なんだか鉄っぽいにおいがするような気がする。

 

「食費は問題ありません。予算をもぎ取って来ましたから。」

 

頚はもぎ取っていないよね?

彼女に腕を取られて席に着く。

私の周囲に艦娘が集まってくる。

間宮と鳳翔がすっ飛んできた。

微笑みの花が幾つも咲いている。

この笑顔を守りたい。

私は鎧なき騎士だが、微力を尽くそう。

そう、思った。

 

 

 


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