はこちん!   作:輪音

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今回は四〇〇〇文字強あります。






CCCⅩLⅣ:美しき国家公務員と冬の夜に

 

 

 

 

最近は気になるアニメーション作品が割と多い。

新作では『鎖鋸男(くさりのこおとこ)』、『秋津洲(あきつしま)冥王戦争』、『水星たぬき日記』。

二期では『諜報員アーニャ』。

再放送作品では『魔王のお嫁さん』。

実写化作品だと『独り甘味男』や『菱沼さんは眠りたい』も見なくっちゃ。

原作をずっと読んできた『スイの異世界放浪飯』のアニメーション作品化も気になる作品だ。

個人的には六期くらいやって欲しい。

 

ちなみに那珂ちゃんが今期歌っている主題歌は、『水星たぬき日記』の〈君に幸あれ〉と『秋津洲冥王戦争』の〈はかなさとせつなさとさみしさと〉になる。

歌姫、絶好調だな。

 

 

 

 

新しく艦娘を主題としたドラマ化の話が進められているという。

撮影場所のひとつとして我が函館鎮守府が予定されており、敵役として戦艦棲姫を始めとする居候的深海棲艦の面々も出演するそうな。

 

今回のドラマの主役は時雨。

佐世保鎮守府からやって来た駆逐艦。

彼女は先週からここ北の地で役作りに入っている。

呉の雪風も既にこの函館にて役作りの真っ最中であり、話の中では彼女の好敵手として火花を散らすのだろう。

うちからは今のところ、大淀、足柄、曙、霞が出演となっている。

それとこのドラマに関しては、これから大変な交渉が待っている。

姉様が如何に魅力的かを語る姉様第一主義的な航空戦艦に対し、これからいろいろとお話せねばならない。

あと、これから行わなくてはならない雑多で多様且つ様々な調整…………不幸だわ。

 

 

撮影の様子を見に、顔を出した。

駆逐艦は割と自由に飛び回っている。

巡洋艦や戦艦の艦娘たちは比較的落ち着いて見えた。

撮影は今のところ順調のようだ。

海防艦の子たちに声掛けし、緊張をほぐしていった。

ふと気づくと、双眼鏡を首からさげた駆逐艦が私のそばにいる。

上目遣いで彼女は呟いた。

 

「幸運のキスの場面で舌をちょろっと入れたら、ダメかな?」

「駄目です。」

 

いたずらっ子な雰囲気の駆逐艦が、生真面目そうな駆逐艦を遠目に見ながらフフフと嗤(わら)う。

もう、勘弁して欲しい。

 

 

収録のため、横須賀呉舞鶴佐世保に在籍する艦娘が集結する。

その中には、写真や画像や映像でしか知らない艦娘もいた。

映像的には口元から下しか映らない艦娘も存在するみたいだが、それでも出演出来ることを純粋に喜べる娘は幸せなのだと思う。

同姿艦を利用してエラリー・クイーンみたいな感じでの二名一役もあり、例えば大淀がそれに当たる。

函館鎮守府所属の歴戦たる我が片腕と、大本営直属のこの世にまだ不慣れな艦娘と。

雰囲気が違い過ぎないかな。

適材適所だと監督はのたまっていたが、そうそう上手くいくものかね。

また、翔鶴や希望する娘らに特殊な化粧を施し、深海棲艦の数合わせを図るという。

ドイツ、イタリア、フランス、ブリテン、メリケン、ソヴィエトの艦娘も使って連合艦隊の場面も撮るそうだが、凝りすぎて竜頭蛇尾にならないことを祈っておこう。

満潮、曙、霞の三名を折角出演させるのだから、三連罵倒の場面でもやるのかとてっきり思っていたらやらないという。

……なんだ、やらないのか。

ま、あれはちょっちキツいからなあ。

キツいといえば。

「提督は有給多いし、福利厚生もかなりいいんだよ。」と言った国家公務員がいるそうだけど、提督の仕事は多岐に渡っていて書類仕事もやたらに多いし、有給なにそれおいしいの状態が解除されることは……あったらいいなあ。

殆どの艦娘たちが好意的なので、それが救いといえばそうか。

 

 

 

 

函館も雪がちらちら降るようになり、時折強い風と共に六花が舞い散る。

最高気温が氷点下の日も出始め、冬本番がやって来た。

ついこの間までは暑かったような気がするのに。

 

ドラマの収録が一段落し、提督としての私の仕事も一定の目処(めど)がついた。

たまには外へ食事に行こうか。

大淀と長門に後を任せ、街へ繰り出した。

乗り込んだ満員の路面電車がチリンチリンと冬の街を走ってゆく。

派手な服装の人は誰もいない。

灯火規制はまだまだ時々あるが、街の賑わいはそこかしこで感じられた。

ただ、防衛費を増額するとか世論誘導するとかの話も聞こえてきて、ゲッベルスみたいなことを言ったりやったりする奴が現れないといいなと思う。

 

味噌ラーメンは下品だとあるグラフィックデザイナーが某テレビ番組で言ったのだけど、その理由は番組内で語られなかった。

否定だけして理由を語らない点がいやらしい。

影響力というものを、まるで考慮していない。

味噌ラーメンはあんなにおいしいのに。

あんな物言いをしないようにせねばな。

いろいろあって、いろいろいい。

そうじゃないかな?

札幌辺りに行くことがあったら、是非とも味噌ラーメンを食べよう。

函館だと塩ラーメンが旨いし、個人的には餡掛け焼きそばがオススメだ。

博多ラーメンもいい。

バリカタとか替え玉とか、魅惑の麺類だ。

麺類といえば讃岐うどんもいいな。

函館市内や近隣地域だと蕎麦が優勢というかめっちゃ圧倒的でそれはそれで勿論いいのだけど、高松や坂出(さかいで)や善通寺で食べたうどんも旨かった。

あちら方面に行くことがあったら、食べに行く。

どれかは食べる。

 

 

 

 

日が完全に落ちた後はとても寒い。

函館は風の街なので、余計にそう感じる。

寒いと温泉に行きたくなってくる。

そうだ、今度時間が出来たら谷地頭(やちがしら)温泉に行ってみようかな。

あそこは食事も割といいし、のんびり出来るのがよいところだ。

おっと、ここで降りなきゃ。

ぽつんと明かりの中に浮かぶ停留所で降車し、冷たい風に間々あおられながらてくてく歩く。

 

 

着いた。

函館の繁華街から少しばかり離れた場所にある洋食店。

ここは生ビールもなかなか旨い。

北の大地で醸されるビールは、やはり地元で呑むのが一番美味だと個人的に思う。

すっと呑めてコクがあり、後味もいい。

がばがば呑まなくていいから、おいしいビールが欲しい。

ただ、それだけだ。

店内は混雑しているが、無事に座れた。

さて、今の私は何腹だ。

……よし、注文だ。

 

唐揚げと刺身とラビオリを肴(さかな)にして生ビールを呑んでいると、顔馴染みの従業員の子が話しかけてきた。

初めて見た時はやたらにおどおどした女の子だったが、最近ようやく慣れてきた感じがする。

 

「あ、あ、あの、す、すみませんけど、相席してもらっていいですか?」

「ええ、いいですよ。」

 

すると、こちらに赤い髪の美しい女性が近づいてくる。

おやおや、私のようなおじさんと相席でいいのかねえ。

 

「すいません、生一つをお願いします。」

 

店員に注文するやさしい声が聞こえてきた。

 

「お邪魔します。」

「どうぞどうぞ。」

 

すらりとした彼女は洗練された所作で献立表を開き、手慣れた様子で注文してゆく。

生ビールを大きなジョッキでくいくい呑む美女。

豪快だ。

酒豪なのかな?

しかも健啖家だ。

豚とマッシュルームの生姜焼きをむしゃむしゃ食べてゆく。

大ジョッキの生ビールもどんどん呑んでゆく。

いやはや、やるなあ。

 

「すいません……生もう一つ……あと、グラスを片付けてもらっていいですか?」

 

その次に頼んだ唐揚げと刺身とラビオリも次々に口の中。

あの華奢な体の一体どこに詰め込まれているのだろうか。

謎だ。

 

さて、こちらもそろそろソテーを頼むか。

 

「すみません。」

「は、はいっ!」

「この塩わさびの豚ロース厚切りソテーのセットをください。」

「私も同じものをお願いします。」

「わっ、わかりました!」

 

おや、相席の美人さんも同じものを食べるつもりか。

緊張しながらも彼女は注文を繰り返し、厨房へ向かった。

頑張れ、女の子。

 

茸のポタージュが来た。

茸もりもり。

ポタージュ自体が濃厚であり、茸の香りも強い。

これは旨い。

 

 

塩わさびの豚ロース厚切りソテー、野菜添えが来た。

なんじゃあ、こりゃあ!

山葵、わさび、ワサビ。

たっぷりと載っている。

これは衝撃的だ。

どれどれ、食べてみよう。

うん、脂がいい。甘いぞ。

旨い。

豚の甘みがわさびのツンとした面を緩和している。

添えてある野菜も凝ったものだ。

ゴボウの胡麻和え。

気が利いているな。

しゃきしゃき感と胡麻の香りが巧みに調和していて、ソテーの濃さを中和する。

カレー味のポテトサラダ。

これもいい。

マッシュルームたっぷりの野菜サラダに檸檬を振ってみると……さっぱりとした酸味が加わって爽やかだ。

ふと、美人さんが私に微笑んでいたのに気づく。

共感したのかなかな?

彼女が話しかけてきた。

 

「おいしいご飯を食べると幸せを感じます。」

「本当にそうですね。」

「ご飯もおいしいし、この肉には料理人の魂がこもっていると考えます。」

「まさにそうですね。」

 

嗚呼、旨かった。

……うーん、もう一品いくか。

料理人が見えた。

聞いてみよう。

 

「すみません。」

「はい。」

「あの、ここのミルクセーキは卵から作るんですか?」

「ええ、半世紀程前から卵を使って作っております。」

「じゃあ、それをください。」

「では私もミルクセーキを。」

「かしこまりました。」

 

彼女も同じ品を頼んだ。

ほう、やるじゃないか。

嗜好が意外と似通っているのかな?

シェーカーを振る料理人。

味があるなあ。

すっとテーブルに置かれる古典的飲料。

ではでは坂崎出羽守。

うん、これはおいしい。

甘い、懐かしい、おいしい!

 

 

さて、食べ終わったし会計に向かおう。

赤毛の美人さんに会釈してすれ違おうとした時、彼女は私に囁いてきた。

 

「公安はあなたたち提督に期待しています。」

「え?」

「艦娘に気をつけてください。彼女たちは人間じゃありませんから。」

「みんな、いい子たちですよ。」

「必要な存在というものは、常に国家が首輪を付けて支配しているものです。」

「みんな、実によくやってくれています。そのことは提督として保証します。」

「艦娘が人間の味方でいるうちは見逃します。だから、頑張ってくださいね。」

「……わかりました。」

 

 

店を出ると、先ほどよりもずっと寒くなってきたような気がする。

……気のせいだ。

そうに違いない。

さ、帰ろうか。

大切な娘たちのいる鎮守府へ。

 

 


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