ある風の強い日。
その若き風魔の忍びが、風の都函館にやって来た。
風魔。
それは現代に生きる風の如き忍び。
天に於いては風、地に於いては魔。
その脚力は日に百里を走り、その聴力は一キロメートル先に落ちた針の音さえ聞き分ける。
闇夜でも数百メートル先の相手を見分ける力を持ち、動けば電光石火。
留まれば樹木の如し。
風魔の里から来た青年は私の専属護衛となることを考えたら、少し若すぎる気がした。
なんだか妙に男前だし。
高校生?
大学生?
大淀が手配した護衛第二弾だ。
精鋭と聞いたが、必要なのか?
息子のような年齢の顔立ちのよい青年に守られるのは、外見も中身も凡庸なおっさん。
……なんだかなあ。
私は一体なにと戦っているのだろうか?
或いはなにと戦わされているのだろう?
手元の資料に目を通し、眼前の好青年に話しかける。
「劉鵬(りゅうほう)君ですか。」
「風魔八忍衆が一人、劉鵬です。」
落ち着いた喋り方。
朗らかな雰囲気だ。
不穏な気配はない。
ちょっと安心した。
いい体をしている。
モテるのだろうな。
このご時世に忍者がいることに驚いたら、陸軍中野学校の初期に於いて甲賀忍者が指導をしていたそうだ。
そのことを大淀から教えられて、更に私は驚いた。
ある特撮番組でも、現役の忍者が活躍したという。
驚きで御座るよ、ニンニン。
武装メイド二人組が、獲物を追うようなギラギラした目付きで彼を見つめている。
「ご主人様、こちらの殿方と『手合わせ』しても宜しいでしょうか?」
ロッタが眼鏡を光らせながら言った。
フローレンシアの猟犬は笑顔である。
「ねえ、ご主人様、ちょっとくらいは『遊んじゃって』もいいよね?」
アマーリエも可愛い顔を酷薄に輝かせながら、私の指示を待っていた。
死合を待つ感じだ。
「劉鵬君、二人と『軽く』手合わせしてくれますか?」
「わかりました。」
穏やかに微笑む忍び。
包容力がありそうだ。
「三人とも命のやり取りにならないようにね。」
一応、釘を刺しておく。
「命までは取りませんわ。」
「死ななきゃいいのよね。」
「不殺の構えで参ります。」
少し不安だ。
釘を刺したつもりであったが、艦娘の多くが武闘派であることを失念していた。
演習場は興奮する艦娘たちの声援で沸き返り、私に抱きつく者までいる有り様。
君たち、その胸で私の頭を挟むのは止めなさい。止めなさい。止めてちょーよ。
やっと激しい戦いが終わった。
やたらに盛り上がる艦娘たち。
分身の術だとか空蝉(うつせみ)の術だとか、初めて見た。
インドの山奥で修行したと言われても信じてしまいそうだ。
お互いを称え合う三人。
人外が増えてゆく予感。
この鎮守府はどこへ向かっているのだろうか?
「司令官! 司令官! あれが出来たらあたしも戦艦になれるかな?」
清霜さん、君の所属は大湊(おおみなと)です。おいちゃんに無防備に抱きついてはいけないよ。
誰かの趣味で置いてあった岩を、照れ隠しなのか勢いよく持ち上げる劉鵬。
おお、と取り囲む駆逐艦たち。
なんなんなんだ、この絵面は。
若き忍びが青春時代の真ん中で死闘を演じて死に至り、若き姿の艦娘たちが死力を尽くして轟沈に至る。
……。
私はなんと無力なのだろうか。
温厚そうな青年が美少女たちに囲まれて、照れている。
あれ?
あそこにいる掃除のお姉さんたちは見たことがないぞ。
新人?
まさか?
私はヘッケラー・ウント・コッホ製の半自動拳銃を手に、彼女たちに走って近づいてゆく。
「手を上げなさい! 君たちは何者だ!」
「しまった! バレた! 劉鵬! 任務はきちんとこなせよ!」
「俺たちに隠れて、可愛い艦娘たちと付き合うんじゃねえぞ!」
「昔の青春スポ根ドラマみたいに、ラブコメな展開は許さん!」
「項羽に琳彪(りんぴょう)に兜丸? お前ら、何故ここに?」
劉鵬の同僚らしい。
仲間思いなんだな。
飛ぶように去ってゆく忍びたち。
一般職で雇用している元艦娘たちに囲まれて、彼女はいるんですか付き合っている男の人はいるんですかと聞かれて困惑している若者。
その姿を見て、私は思った。
忍び、青春す。
大量に頂いた玉葱をなにに使おうかと思案していたら、劉鵬からカレーを作りましょうかと提案された。
みんなで玉葱を剥いて、忍びがカレーを作る。
うん、なんかシュールだ。
鳳翔や間宮も頷く旨い味わいに仕上がったようで、なによりだ。
付け合わせは、レタスとトマトのサラダに足柄特製メンチカツ。
これぞ、風魔カレー。
なんちて。
料理に自信のある艦娘たちが、じっと彼を見ていたのが印象的だった。