はこちん!   作:輪音

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今回はハワード・フィリップス・ラヴクラフト氏の『クトゥルーの呼び声 新訳クトゥルー神話セレクション』(星海社FICTIONS)と、久住昌之氏原作谷口ジロー氏作画の『孤独のグルメ【新装版】』『同2』(共に扶桑社)より複数引用させていただきました。
設定は解説も含めて勘案し、その上で『はこちん!』仕様に弄っております。
ゴローさんがアーカムやインスマスなどへ行く話ではありません、念のため。
いあ、いあ、はすたあ。



今話は六四〇〇文字ほどあります。




CCCⅩⅩⅩⅣ:インスマス基地と白い娘たち

 

 

 

 

マサチューセッツ州にある古びた港町、インスマス。

周囲を湿地帯と無数の小川で取り囲まれている土地。

私はそこの沿岸にある小さな基地で、フリート・ガールと呼ばれる武装娘たちを取りまとめている。

強力な武器をたずさえ、海上もしくは海中を縦横無尽に駆け巡り、敵対者を殲滅する勇敢な女戦士。

それが、フリート・ガールだ。

この基地に所属して武装娘から成る戦闘集団はインスマス隊と呼ばれ、私は連邦政府から隊長を拝命している。

沿岸警備隊とどう違うの、といった意見は全面的に却下する。

目的が違うのだよ、目的が。

我々は、深きものども(ディープ・ワンズ)もしくはその近縁種と戦うために組織されているのだから。

 

 

 

 

ここインスマスは一九二七年から二八年にかけての冬、FBI(連邦捜査局)やNSA(国家安全保障局)や海軍の連中がなにやら探索だか調査だかをしたらしい。

当時は悪名高き禁酒法の時代。

こっそりと悪いことをする連中も多かったのだろう。

ひっそりと悪いことを行うには好条件の立地だしな。

シチリアマフィアだか地元系ギャングだかがこの地に根城を築いていて、それへの大規模な捜索と摘発と逮捕が行われたみたいだ。

そういう話を聞いている。

根城は主に海辺の地域に築かれていたそうで、そこら一帯はダイナマイトでボカンと爆破された。

派手な銃撃は夜を通して行われ、一晩中断続的に発砲音が聞こえたと取材された地元民は証言している。

連邦政府の役人たちは地元住民やマスメディアに対し、密造酒の製造販売に関わっていた反社会的勢力への大がかりな取り締まりを行ったと説明した。

マサチューセッツの州軍まで投入された大規模作戦は、大量の逮捕者を生み出した。

その後の囚人たちの処分が非公開だったこともあって、執拗極まるマスメディアは熱烈に騒ぎ立てたものの、政府は一貫して沈黙し続けた。

不正確と誇張、煽情主義と偏執に満ち溢れた彼らの容赦なき追及は、幾人ものタブロイド紙記者の行方不明をもって終結する。

一説には、各紙編集長宅を黒服の男たちが訪れたからやむ無く自粛したとの流言さえ飛び交った。

全米の注目を浴びたインスマスは一時期マスメディアのしぶとい(自粛)たちや物見遊山の観光客によってしっちゃかめっちゃかになったものの、数年も経てば噂は段々と風化していった。

 

 

 

 

数年前にサンフランシスコで起きた暴動が動乱になって更には内戦へと至ったらしいけれども、郊外にある欧州様式の華麗な廃ホテルを中心に城塞都市が出来て王国となったとかいう荒唐無稽(こうとうむけい)な噂まで聞こえてくる。

ちなみに廃ホテルは様変わりして、美しい往時の偉容を取り戻したとか。

サマコナ爺さんは所要で西海岸方面へ行った時、その話を聞いたそうな。

爺さんは好奇心を掻き立てられ、わざわざ城塞都市まで行ったのだとか。

ようやるもんだ。

●ィズ●ーラ●ドみたいじゃったと言っていたが、本当にあるとはなあ。

王様らしき人物とにこやかに肩を組んで写真に写っている姿は、誠に我が国の国民性をあらわしている気がする。

 

 

 

近場に於ける私自身の交流関係について言うと、例えば南に隣接するロードアイランド州にあるニューポート基地の隊長と私は親しくしている。

彼はでっぷりと太った男で、ファッティと部下たちから呼ばれ慕われている。

ファッティとはマサチューセッツ州アーカムのハイスクールで知り合い、現在でも腐れ縁が継続している。

彼はアーカム・ファッツとも呼ばれ、フリート・ガールにその大きな太鼓腹をしばしば触られているとか。

あのお腹は非常に触り心地がいいからなあ。

ぷるんぷるんとした弾力が実にたまらない。

 

 

 

 

インスマスはマノメット川の河口に位置しており、その昔、米英戦争の前まではほとんど市と言ってもいい規模だったそうだ。

しかしながら、ボストン&メイン鉄道はそもそも通っていなかったし、ローリーから延びていた支線もとっくの前に廃止されていた。

釣りやロブスター漁以外はろくな商いも出来ないので、この辺りに住んでいる人々は同じマサチューセッツ州のニューベリーポートやアーカム、さもなくば隣町のイプスウィッチで働かざるを得ない。

私自身の出身地はアーカムで、ハイスクールも同地だった。

インスマスは基地の隊長になってから初めて訪れた場所だ。

 

アーカムのミスカトニック大学卒業後にロードアイランド州のプロヴィデンスで働いていたら、例の深きものどもが合衆国東西双方の沿岸を攻撃し始めた報道に出くわした。

そして奴らは、国外に出る飛行機や戦闘機や爆撃機や偵察機などをことごとく撃墜した。

非常事態宣言がなされた我が国では国内全域に渡って暴動が多発し、どこぞのカルト教団が州軍を圧倒したとの噂も流れた。

ダ……なんだったかな?

南部は今でも酷いようで、こじれた状況が現在進行形だ。

迎撃に出たステーツの軍用艦艇が深きものどもまたはその近縁種によって次々と轟沈してゆく中、フリート・ガールと呼ばれる武装娘たちが顕現し、奴らをどんどん駆逐していった。

だが、人間の中にはどこまでも愚かしい連中がけっこうな割合で存在している。

彼らは彼ら自身の価値観が絶対に正しいとの見解に固執し(その見解がなにによってもたらされたかを考えることすらなく)、是正する気もなく、深きものどもなどに対抗するための存在への誹謗中傷を馬鹿馬鹿しい程に繰り返した。

異教徒狩りを嬉々として行う輩の如くに。

あんな連中、厳しく規制したらいいのに。

 

どこぞの大富豪が彼女たちに対する誹謗中傷を止めないものだから、それは一時おぞましいまでに悪化した。

彼女たちを、悪魔の手先と呼ぶだなんて!

人間でない癖に人間のふりをしているとか、キリスト教的に認められないとか、とにかく言いたい放題だ。

それを鵜呑みにする人間が沢山出てきた。

感化された人間のなんと情けないことか。

まるで魔女狩りである。

何故、彼らは考えようとしないのだろう?

結局、その大富豪は国家侮辱罪を含む複数の罪状で逮捕されて、現在も裁判中だ。

本来我々は歩調を合わせるべきなのに、幾つもの悪意によって酷く分断されてしまった。

なんとかしたいものだ。

 

 

あくまでも噂だが、問題を起こした暴言的大富豪の収集品の中には一五世紀にラテン語で翻訳されたとある写本があるという。

その写本を読んだが故に、その大富豪はおかしくなったのだと主張する人間が多数存在する。

実際はどうだかわからないが、金持ちが妙なモノを集めるのは事実だと思う。

 

 

我が国は、今も混迷を続けている。

太平洋方面に向けて何回も敢行された大規模作戦は失敗続きだし、大西洋方面に展開された大型作戦も同様である。

フリート・ガールを擁(よう)する基地でも彼女たちへの待遇は千差万別で、他者への劣悪な環境を是とする人間が複数存在することは実に恥ずかしく愚かなことだ。

彼女たちを使い捨てにするなど、後の歴史に於ける我々の汚点になるだろう。

人的被害を最小限に食い止めることが、我が国の軍隊に於ける最大の美点ではないのか?

迫害を加えられた一部のフリート・ガールは、カナダや南米に逃亡したと聞く。

浅ましくもそれらを含む複数の事実を隠蔽(いんぺい)したとして、幾人もの指揮官が解任されたり逮捕されたり行方不明になったりした。

我々は、未だに一致団結とは程遠い。

 

 

 

差別的な大金持ちが自重しない状況をなんとかしなくてはならない。

あんな奴がもしも大統領にでもなってしまったら、それこそ悪夢だ。

まあ、米国国民がそんなとてつもなく馬鹿な選択をする筈もないか。

 

 

 

この地について、少しばかり語ってみよう。

インスマスの最大の事業所は金の精錬所だ。

経営者のマーシュ家はインスマスに於ける一番の資産家で、昔は莫大な程に儲けていたそうな。

今はそこそこの儲けのようだが、それでも金持ちには違いない。

マーシュ家が悪魔と取り引きして儲けただの、埠頭(ふとう)の近くで悪魔崇拝やら人身御供があっただの、古い噂話は複数残されている。

トマス爺さんはその手の噂話に詳しく、彼の経営するダイナースで南米産の珈琲を飲みつつ話を聞くことは存外興味深い。

インスマスの岸から一マイル以上離れたところに『悪魔の暗礁』と呼ばれる海域があり、それはフリート・ガールたちにとっての目印にもなっている。

そこは海岸の沖にある黒々とした暗礁で、島とは呼べないほどのものだ。

おびただしい数の悪魔の群れが暗礁の上にいたのを目撃したと、過去に複数の人間が証言している。

辺りを這いまわったり、てっぺん近くにある洞窟かなにかを出入りしているとのことだ。

マーシュ家の人間がそこをうろうろしていたとの話も聞かれる。

ほんまかいな。

私自身がそのことを試してみようとしたら、部下たちにこっぴどく叱られてしまった。

 

 

一九世紀末にはとんでもない疫病が流行り、インスマスの住民の半数以上があの世に召されたという。

暴動やありとあらゆる禍々しい行為が繰り広げられ、すっかり酷い場所になってしまったと言われる。

現地に住んでいるとそんな感じも受けないが、相次ぐ噂が事実を酷く改竄していったのだろう。

たぶん。

 

 

私が小さな頃、祖母がよく話をしてくれた。

古い神話や物語の数々を。

彼女は美しきユダヤ系ロシア人移民で、ニューヨークの服飾業界で働くキャリアウーマンであった。

別れた祖父同様に祖母は小説を愛し、また彼女は女手ひとつで父を育て上げ、その明るく活発な気質はその後の我が一族に大きな影響を及ぼした。

父は母親と共に移り住んだオハイオ州でのびのびと育ち、やがて仕事で訪れたアーカムにて私の母になる少女と巡り会った。

そうして、私が産まれた。

そして祖母を含む我が家の面々は、その街に住むこととなった。

我が家のご先祖様は酷い魔女狩りが行われたマサチューセッツ州セイラムの出身で、魔女の嫌疑を受けそうになったから他の同様な人々と共にアーカムへ移住したとのことだ。

他には、同州のダンウィッチやロードアイランド州のプロヴィデンスに移住した人々もいると聞く。

 

 

 

インスマスを出入りするには、徒歩か自転車か自家用車かひどくおんぼろでくすんだ灰色の乗合自動車のどれかを選択することになる。

ニューベリーポート、インスマス、アーカムの間をこの乗合自動車はゆったりと走るのだ。

実際、インスマスへ行くバスはこれしかなく、インスマス基地への着任時にもアーカムからこのおんぼろ自動車に渋々乗って現地に辿り着いた。

乗り心地が悪いわ、とろいわ、やたら揺れるわの三重苦を味わった。

しかも一日に一本。

やっとられんわい。

着任後に得た初めての休みの日に私はファッティのツテで日本製中古車を購入しようとし(程々の品がそこそこの値段で手に入る筈だった)、紆余曲折の挙げ句に何故か廃車となった通学バスを改造することとなった。

私の車輌購入計画を知った部下たちの陳情に屈した形であり、技術力の高い娘が主導したことによってスクラップが公道を走れる存在と化したのだった。

オリーブドラブに塗ろうとの意見は却下した。

これは軍用車輌じゃないのだ。

黄色くたっていいじゃないか。

街へ買い出しに行く時はこの車を使っているが、たまにインスマス在住の老人も乗せている。

彼らは車を持っていないのだ。

アーカムのショッピングモールへ繰り出す時、この車は重宝している。

 

 

インスマスには宿泊施設としてモーテルもキリスト教青年会施設(Y.M.C.A.)もなく、ギルマン・ハウスと呼ばれる古びたホテルが一軒あるのみだ。

そこは乗合自動車の発着所前にあり、ホテル前には広場があって町の中心部を形成している。

中心部では十数軒の店舗が営業中で、その内の一軒は食料雑貨店だ。

他にはそれなりのレストラン、ドラッグストア、魚の卸売業者の事務所などが軒を連ねている。

広場の東端の川が流れている辺りには、この町唯一の企業たるマーシュ精錬所の事務所が鎮座している。

 

 

インスマスに住むごく一部の住民は、風土病かもしくはなにかの皮膚病らしきものによって名状しがたき容貌を有している。

まるで幻想世界の住人だ。

その大半は老人で、一種の遺伝病ではないかとの説もある。

その特異な容貌の人々は普段人目に触れないような生活をしており、日常的に彼らを見かけることは殆どない。

そうした彼らを指して、侮蔑的に『インスマス・ルック』と呼ぶ輩もいるようだ。

嘆かわしい。

確かに彼らを見かけるとどうにも奇妙な心情にとらわれがちだが、だからといって差別することは人としてよろしくないと考える。

我々は、もっと開かれた考えを持たなくてはならないからだ。

魚や蛙じみた容貌がなんだというのだ。

少しばかりこわいが、それがどうした。

名状しがたき感情がなんだというのだ。

人間が恐竜から進化した存在ならば、先祖返りだってあるだろうに。

リザードマンや竜人などの電脳遊戯的意匠に慣れ親しんだ現代人ならば、案外彼らを受け入れやすい気がしないでもない。

 

 

 

 

休憩時間にチーズ・クラッカーと生姜入りウェハースを食べる度、いろんなことを私は考える。

 

 

 

 

食事は大切だ。

インスマス基地での調理担当者は何故か私になることが多く、部下たちの腕前を鍛えるべく日々奮闘している。

干しタラと潰し馬鈴薯を卵で練り合わせて揚げたコッド・フィッシュ・ケイク。

ロブスターを使った各種料理。

日本人から教えてもらった、コロッケとカラアゲとジャパニーズ・ネイビー・カレー。

二枚貝(クラム)を使ったクリームスープのニューイングランド・クラムチャウダー。

郷土料理を基本とする食生活。

これが大事なのだ。

これらを充実すべく、私はこれからも頑張る所存である。

メシを旨く食べずして、戦うことなぞ出来よう筈もない。

 

 

インスマスは一時荒廃の危機に瀕した。

疫病で人口が大量に減ったからである。

その頃、ポーランド人やポルトガル人がやって来てこの地の南部に住み着いた。

中国人の美しい少女たちがどこからともなく連れてこられて地元民と結婚した。

たまにハッとするような美人に出会うが、何故か部下から怒られる破目になる。

別に色目を使った訳でもないのに。

解せぬ。

 

インスマスには名物爺さんがいて、酔っぱらうと昔の与太話を延々してくれる。

そのアレン翁は時に言う。

ダゴン、アシュトレト、ベリアル、ベルゼブブといった異教の神々の名を出す。

『数えたり、数えたり、量りたり、分かたれたり』と唱える。

彼の話を二度聞いたが、なんともぞっとする内容ではあった。

 

 

 

私の部下たちはいずれも肌がずいぶん白い。

白人と呼ばれる我々よりも尚白い。

彼女たちは人間と異なる存在なのだから、そうした肌色も当然なのだろう。

一見すると人間にしか見えないが。

近場の基地の彼女たちは大抵白人みたいに見えるのだが、なにか法則性でもあるのだろうか?

よくわからないな。

勇猛果敢なフリート・ガールは、どこか茶目っ気さえある。

彼女たちと仕事をし始めて以来、敵駆逐艦以外はこの辺りに出なくなったようにさえ感じられる。

少なくとも、人の似姿をしたモノは出現していないようだ。

だが、油断してはならない。

敵が戦力を温存しているのかもしれないからな。

これからも用心しながら、周辺の基地と連携してゆきたい。

こちらを時折じっと見つめる地元民の視線は気になるが、田舎はそんなものだろう。

魚や蛙ぽい瞳で見つめられると、なんだか落ち着かない気持ちにさえなってくるが。

 

仕事が終わったら、シャトー・フォウスフラームの葡萄酒を開けよう。

馴染みのギリシャ料理店でムサカやタコのオリーブ揚げなどと一緒に。

うん、それがいい。

酒を持ち込める店だし、店主は海産物の扱いに長けた料理上手だしな。

うちの呑兵衛どもに気づかれないように、そっと呑むことにするべし。

さて、仕事仕事。

 

 





【オマケ】




私は休日を過ごす賃貸住宅が欲しい。
インスマスの海沿いに格安の物件があるというので実際に訪れてみたのだけど、予想を上回るボロさとなんとも名状しがたき雰囲気だった。
そのうえ川が近いせいか、湿気と魚くささと錆びとカビが酷い。
まったくの無駄足だった。
おまけになんだか周辺の影がざわめいて見えるし、地元老人たちの視線がなんだかこれまた名状しがたい感じだ。



アタシはデキルかぎり、モノオジしないで隊長にハナシかけル。
ハツゲンをキキカエされるのはヤッカイだしメンドウだからダ。



「イラッシャイ。タベテいくの?」
「モチカエリ。」



この隊長は正解だっタ。
コワれ具合も丁度いイ。
ブタづくしの指揮官の中でも、とっても爽やかな存在ダ。
まるであそこの安息時間にねぐらで食べるお昼のようダ。



ワタシはまたも空腹を抱えて働いている。
いつもこうダ。
隊長の部下である限り、制限が大変多い。
しかし、ダ。
さっきはあんな風に素っ気なく隊長に返答したものの、ワタシは隊長に対して実際目がないのダ。
あの笑顔はなにものにもかえがたい。
致し方なし。
ワタシは歩きながら腹ごしらえの算段をする。
さて……なににスルカ。
うんうん、どれもこれも喰ってミタイが……とりあえず空腹を満たすのが先決ダ。



ニューヨーク近海で防衛戦とは、小さな基地の構成員には少し厳しイ。
大規模作戦へと赴く編成ですらないノニ。
ギリギリで勝てたけれど、奴らに三回も突撃サレタ。
大型基地の支援艦隊もナシ、海軍もナシ。
終わってみれば、腹の中がキレイにすっからかんダ。
隊長になにか旨いモノでも作ってもらわないと割に合わナイ。
さあ、帰ろウ。
帰れば食事を摂れるカラ。



なんなんだ、この雰囲気は。
私は……悪夢でも見ているようだ……。
ちょっとくらっときた……。
時間がずれてしまったような錯覚におちいる。
この奇妙な空気の肌ざわりが、なんとなく現実感を遠のかせていた。



「やっぱ、こういうとこで喰うモノに文句言っちゃいけないゼ。」
「マズイモノはマズイんダヨ!」
「あー、隊長の料理に慣れ過ぎたカ。」
「アタシが隊長のコロッケやカラアゲをスキだとイケナイのカヨ!」
「わかった、わかった。基地へ帰ろう。それでいいダロ?」
「よーし、スグ帰ろうイマ帰ろうトットト帰ろうヨ! そんで、隊長にジャパニーズ・ネイビー・カレーを作ってもらおうゼ!」



「モノを食べる時はネ、誰にもジャマされず自由で、なんというカ、救われてなきゃあダメなのヨ。独りで静かで豊かで……。」
「今日のモノはえらく元気だったワネ。」
「活きがとってもいいってトコかしラ。」



(アームロックが完璧にきまって)
「があああア! 痛っイイ! お……折れるゥ~~~!」
「あ……隊長、やめテ! それ以上いけなイ。」



アタシはこういう平凡な隊長が好きだナ。



「ああ、トマトとニンゲンじゃ水っぽくなっチャウ。」
「え?」
「案外ニンゲンから水分が出るカラ。」
「あ、そうですか。じゃあ……ピーマンはどうですか?」
「ピーマンなら大丈夫。」



あー、なんだか話のめんどうな役人だったな。
結局、なんにもまとまらないまま……。
当然成績はいいうえに猛勉強して受かったんだろうが、さっき会った役人は全然そう見えなかった……。
不思議だ。



こんなところにポツンとポルトガル料理店。
誰が来るんだろう?
中が見えない勇気のいる店。
旨い店か、ガッカリ店か。



「あー、書類がこんなにあるのか。こりゃあ確実に朝までかかるな。」
「お腹が空きましたシ、夜食でも食べてひと息つきますカ?」
「隊長、ニッシンのカップヌードル喰おうゼ、カップヌードルをヨ!」
「どこから現れたんだ、君は。」
「カップヌードルは先日食べた分で終了デス。」
「ガーン! 出鼻をくじかれたゼ!」



なにもニンゲンにとらわれなくてもいいじゃないカ。おいしけりゃそれデ。



ほほう、いろいろあるんだなア。
どれもこれもうまそうダ。
あっ、ここかア。
聞いてみよウ。
「今日、あル?」
「アリマスよ。イクツ?」
「じゃあ、ふたツ。いやァ、ラッキーだワ。いつ来ても無いカラ。」
「エエ、ココダト三日に一回ハイルだけなの。」



ん?
え?
まさか。
うそだろ、なんですか、この店は!?
廃屋……ではないぞ、やっている。
奇怪な店だが、我、限界に空腹なり。
えい、ままよ!



敵を容赦なく完膚なきまでに打ち倒し、基地に帰還スル。
そして隊長にハグしてもらい、ご馳走を食べさせて貰ウ。
その時、私は得体の知れない奇妙な満足感を味わうノダ。




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