はこちん!   作:輪音

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記憶を失いし男
霧の街をさ迷って
新たに得た地位は
アイドルのプロデューサー
彼と偶像たちが向かうのは
北の国の港町

ケロケロキッチン
其は女たちの戦場
食材飛び交う中を
戦乙女たちが駆け抜ける
女の求めるはなに
男の求めるはなに
交錯する思惑が
台所を震わせる

『赤い服の男』

それはまぎれもなくヤツさ





※今回は三四〇〇文字ほどあります。






CCCⅩⅩⅩⅡ:赤い服の男

 

 

 

 

…………イタタ。

ん?

なんだ?

ここはどこだ?

暗いし、霧が濃過ぎて、周りが全然見えない。

俺は……俺は誰なんだ?

頭がずきずきしやがる。

なにかの機械をいじって……敵対しているアイツと丁々発止の掛け合いをして……そして相棒と……。

相棒?

相棒って誰だ?

くっ、思い出せん。

水晶……火星……メタル……なんなんだ、記憶がごちゃごちゃしてやがる。

 

「おう、おっさん。金を出しな。」

 

霧の中から、ガラの悪いガキどもがぞろぞろ現れた。

鉄パイプやナイフなどを手にしている。

おーおーおー、いきがっちゃってまあ。

 

「シスターに頼まれて寄付金でも集めているのかい、坊やたち。」

「そうさ、オレたちに愛の寄付金を寄越しな。それと、坊や扱いするんじゃねえ!」

「おーおー、悪かったねえ。じゃあ、君たちは少年聖歌隊かな?」

「なんだと! おい、やっちまえ!」

「「「「アラホラサッサー!」」」」

 

数回やり合ったら、ガキどもは霧の中へ逃げ出した。

今時の若いもんは根性が無いねえ。

 

「いたの!」

 

ん?

霧の中から、今度は女の子が現れたぞ。

 

「もう! プロデューサー! 美希から目を離したらダメなの!」

 

おわっ!

誰だ、この金髪娘は?

いきなり抱きついてきたぞ。

えらく馴れ馴れしいな。

俺は……この娘とどういう関係なんだ?

ん?

もう一人、霧の中からやって来た。

 

「美希!」

「あっ、千早さん。見つけたよ、プロデューサー。」

「ダメじゃないですか、プロデューサー。私たちから離れて、こんな暗い場所でふらふら歩き回るだなんて。」

「あ、ああ。その、お嬢さんたち。ちょっと聞いてもいいかな?」

「お嬢さん、なんてよそよそしい呼び方はプロデューサーらしくないわ。いつものあの軽薄さはどうしたの?」

「どうしたんですか、プロデューサー。変ですよ。いつものあのへらへらした軽妙さはどうされたんですか?」

「あー、いやー。どうやらオレは頭を打ったらしく、自分自身の名前を忘れちゃってね。いやー、面目ない。」

 

ガハハ、と笑ってみる。

クスクス笑った彼女たちは、同時にオレに言った。

 

「「プロデューサーの名前は、ジョー・ギリアン。前々から、そう決まっているじゃないですか。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒューッ。ここは乙女の花園だねえ。提督さんもモテモテで大変だ、こりゃ。」

「いえいえ、ギリアンさんもプロデューサーとして可愛いお嬢さんたちと日々一緒に過ごされているじゃないですか。」

「思春期の女の子たちのお守りは大変さ。個人的にはもっとバーンと出るところが出て、引っ込むところがキュッとしている子が好みだねえ。」

「確かに、思春期の女の子は扱いが難しいですね。おじさんからしたらよくわからないことだらけですし。」

 

 

 

 

『ケロケロキッチン~北の国編壱』で二つの事務所に所属するアイドルたちと艦娘の鳳翔間宮とが対決するという、そんな企画が大本営に承認された。

なんだかなあ。

我が鎮守府は一体どこへ向かっているのだろうか?

 

765プロ所属の美少女アイドルたちを引き連れ、金髪で葉巻を咥(くわ)えた赤い服のプロデューサーが函館にやって来た。

筋肉の付き具合から、相当ヤるものと思われる。

数名の艦娘は、あのキュッと引き締まった臀部(でんぶ)に関心を持ったようだ。

体にぴったりな服からうかがえる腹筋に加え、あれは相当鍛えている証拠らしい。

おそらく、プロデューサーは大変過酷な職業なのだろう。

現在、アイドルたちはうちの艦娘たちと交流の真っ最中。

カエルの着ぐるみを身にまとっている子がいたり、男前な感じの子がいたりする。

765プロは人材が多彩な模様。

私は彼と共に鎮守府をぶらぶら歩いているという寸法だ。

ところで、彼は意外と瞳がキラキラして見える。

 

「プロデューサーさんの目にはウソが無いようですね。」

 

そう言ってみた。

 

「そおかい? オレはよくこの目で女の子を誤魔化すんだ。」

「またまた。」

「男前なのがツラいところさ。」

「プロデューサーさんは、以前どこかで見かけたような気がするのですけど……。」

「そおかい。よくクラーク・ゲーブルに似ているって言われるんだ。」

 

 

 

 

食堂に着いた。

なにか飲むか。

 

「ギリアンさん、なにか飲まれますか?」

「アイスミルクをダブルで。」

「では私もそれで。」

 

軽空母の大鷹(たいよう)から硝子のコップを二つ受け取り、ギリアン氏と共に白濁した液体をごくごく飲む。

嗚呼、牛乳が旨い。

北の国万歳。

低温殺菌牛乳万歳。

ん?

島風が勢いよく近づいてきて、ギリアンさんに話しかけた。

 

「聞いたよ、おじさん。一〇〇メートルを五秒フラットで走れるんだって?」

 

あ、対外モードの島風のようだ。

喋り方がいつもと異なっている。

とっても女の子ぽい。

いや、対決モードかもしれない。

それとも、対戦モードなのかも。

横須賀の島風だったりして。

……まさかな。

 

「ああ、そうだよ。実際、金メダルだって夢じゃないぜ。」

「私とかけっこしようよ。」

「この俺とかけっこかい?」

 

外は吹雪いている。

時折、風が窓を叩いてさえいた。

こんな日はおこたで丸くなりたいものだ。

 

「ははーん、おじさん、島風に負けるのがこわいんだね。」

「こわかないさ。俺にこわいもんなんてなんにも無いぜ。」

「よーし、勝負だよ!」

「おーし、負けんぞ!」

 

そして、赤いプロデューサーと最速駆逐艦は吹雪の中を駆け出していった。

風がどんどん強くなっている。

甘酒でも作っておくとしよう。

 

 

 

勝負は僅差(きんさ)で島風の勝ち。

もしかしたら、ギリアン氏が勝ちを譲ってくれたのかもしれない。

そうだとしたら、非常に出来た人だ。

氏は引率してきたアイドルたちからかなりいじられている。

なんだか楽しそうだな。

甘酒も飲んでもらえてなによりである。

生姜と黒糖とザラメを入れた特別仕様。

とくと味わうがいいさ。

 

 

 

 

 

 

対決当日。

アイドルたちの休憩室に割り振られた場。

チャラ男っぽいマネージャーが、赤い服の男に話を持ちかける。

 

「今回の勝ちはうちに譲ってよ。今後のことを考えたら、765プロさんにも悪い話じゃないと思うよ。」

 

歪んだ笑み。

崩れた笑み。

チャラ男は八百長することになんの問題も感じていないようだ。

業界大手なのに、姑息な手を使うことに疑問すらないみたいだ。

 

「あいにくと俺は、男の誘惑には乗らない主義でね。」

「……あんたら、痛い目に遇うぜ。」

「おやおや、俺たちを脅す気かい。そいつぁ、よくないことだ。やめときな。」

「弱小プロダクションごときがなにを!」

「おーっと。へへへ。こいつを見てみろ。これらの写真はなにかな? あんた、立場を利用してかなりやらかしたようだね。」

「き、貴様……いつの間に!?」

「へへへ。これらをばらまかれると困るのは誰かな?」

「くっ、殺せ!」

「あんたなんぞに殺す価値なんてないさ。美人にベッドでそう言われたなら、話は別だがね。なーに、こちらとしては簡単な要求しかしないさ。清く正しく美しく正々堂々と戦いましょう、ってそれだけのことしか要求しない。アイドルたちは学生だし、そういう風にするのが俺たち大人の役割じゃないかね?」

「なん……だと……?」

「あんたも昔幼稚園で習っただろう? あの純粋だった頃を思い出しな。それとも、この棒を突っ込んで思い出せるようにしてやろうか?」

「い、いや、思い出せた。あ、ああ、今思い出せたよ。だから、そ、その棒を突っ込まないでくれ。」

「なあ。」

「ん?」

「ヴラド・ツェペシュって知っているか?」

「なんで串刺し公の名前を今出したんだ?」

「へへへ。」

「笑うな!」

「そうカッカするなよ。アイスミルクをダブルで飲めば、少しはよくなるぜ。それともママのおっぱいの方がいいのか?」

「誰のせいでこうなったと……まあいい、ところで、そ、その写真なんだが……。」

「ん? これか? いるのかい?」

「ネガの速やかな引き渡しをお願いすると共に、ネット上での流出は無しにしてもらいたい。」

「ああ、かまわないぜ。」

 

赤い服の男はニヤリと笑って、チャラ男の耳元でなにやら囁いた。

途端。

崩れ落ちるは若い男。

やらかしまくった男。

彼は気絶したようだ。

 

 

 

 

 

料理対決が始まった。

アイドルたち側が四人一組。

事務所が二つだから計八人。

函館からは鳳翔間宮。

三つ巴の戦いが今ここに開幕する。

 

赤い服の男がやさしい目付きで見守る中、アイドルたちはすべての力を振り絞るべく駆け出した。

きっと勝ってみせるぞ、と全員が闘志を激しく燃やして。

 

 

 

 


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