はこちん!   作:輪音

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二一世紀に足をかけた時代。
深海棲艦と呼ばれる謎の生命体が世界各地の海に出現し、人が世界を自由に闊歩出来る環境はあっけなく終焉(しゅうえん)を迎えた。
輸入も輸出も出来ないままに時間だけがいたずらに過ぎてゆき、若者たちはネット小説や電脳遊戯に耽溺(たんでき)し依存してゆく。
政府は備蓄はまだ充分にあると宣伝し、鋭い批判の矛先をそらし続けた。
人が文明を謳歌(おうか)するセカイは急速に色褪せ、世界各地で内乱が頻発する。
貧しき者はますます貧しくなり、憎しみ怨み嫉(そね)み妬みを高層構築した者たちは負の感情にがんじがらめにされたまま、破壊活動に勤(いそ)しむこととなった。
詭弁が満艦飾に彩られた理想論は不満まみれの人々を魅了し、暴力が共通価値化した世紀末的集団によってヒャッハーな状況は悪化の一途をたどる。
思考停止を安全弁とした操り人形たちは上層部が指示するままに街を壊し、それが為された後にどうなるかすら判断出来ないクグツたちはまるで正義の戦士のように振る舞った。
東京の中心部は暴徒たちとそれに呼応した都市非正規戦闘隊の暴挙によって激しく破壊され、華やかな文明の光はその力を著しく喪失する。
教育も、倫理も、知識も、社会規範も、その役割を十全に果たすことなく、暴徒たちは手の中の光を無造作に捨てていった。
まるでつまらないものを破棄するが如く。
わかったような顔でなにもわからぬまま。
首都警と暴徒及び都市非正規戦闘隊との戦いは熾烈化し、それは多くのものを巻き込んでゆく。

それでも希望を失わない人々によって、世界はその往時の容姿をなんとか取り戻さんと試みる。
善意と悪意のペルソナをころころ変える人たちに悩まされつつ。
内憂外患が継続する中、一人の冴えない中年商社員が提督適性者として見出だされ、即席提督として促成教育された後に函館の地へ着任した。



策謀
暗躍
隠蔽
陰謀
裏切り
騙しあい
それらが渦巻く混沌模様
人は世紀が変わろうとも
愚かな内ゲバを止めない
正義は我に有りと盲信し
他者の涙を考慮もせずに

艦娘たちは人間の都合に振り回されながらも戦い続ける
自身の忠誠を捧げるに値する提督司令司令官、探し求め
彼女たちの着目するは函館
かつての内戦の最後の舞台
昔、ウスケシと呼ばれた地
大本営は一介の地方鎮守府司令官に、一体なにを求めるのだろうか
艦娘たちは、彼になにを見るのだろうか?




「あと少しくらいなら、待っていてもいいぜ。」
「世界とは、思い込みに過ぎない。」
「人が腐るから、街が腐るのでしょうか。それとも、街が腐るから、人が腐ってゆくんですかね?」
「あんた、夢は見るかい? 俺? 俺は夢なんて、随分見なくなっちまった。」
「聞いていませんよ! いつの間にそんな話になっていたんですか!?」
「残弾一発。ただし、艤装の中。」
「なんせ、台風のすることですから。」
「私が欲しいのは情報だ。」
「あれは……超重多砲塔戦車、kv-22ツィタデル!」
「月見の銀二も、お品書きから月見が消えてしまえばただの名無しの銀二よ。……それでも戦前の味が忘れられずに、日暮れを待ってこんなところに足を運んでしまうのさ。」
「事象に惑わされるな。」
「特製のモロトフカクテルだ。奴らに叩きつけてやれ。」
「だって、あの日は雨でしたよ。」

「ワンタン麺と餃子三人前。」
「焼肉定食大盛。ウェルダンで。」
「五目炒飯大盛グリンピース抜きで。それと、ワンタン麺のワン抜き。」
「素うどん。」

「一見クリア出来そうに見えて絶対クリア出来ないゲームと、一見クリア不可能と思わせておいて、その実、クリアが可能なゲーム。どちらが優良なゲームかは、言うまでもないでしょう。可と不可の微妙な均衡点を探り求め、遊び手の動機を維持し続ける。それが、私たちの仕事よ。」
「そうして、多額のお布施をいただくという寸法か。」
「そうよ、企業経営はロハじゃ成し得ないんだから。」
「それで、信奈姫の入手確率は?」
「〇.〇一パーセントの確率ね。」
「この薄汚い守銭奴め!」
「最高の褒め言葉だわ。」

「また深海棲艦だとさ。人里の方まで出張っているって話だ。」
「本来的生存圏を放棄してまで、人類を攻めたいって訳なの?」
「一体誰が生存を保証してくれるんだ、ってそういうことじゃないですかね。」
「そういうのはね、無い物ねだりって言うのよ。」

「現場から遠退くと、楽観主義が取って変わり蔓延してゆく。そして、最高意思決定の段階にて現実的なものはしばしば存在しない。嘘が横行している時は特にそうだ。」
「なんの話をしている。少なくとも、まだ深海棲艦など侵入していないぞ。」

「擬似体験って……なんのことです?」
「貴方はね……利用されたんですよ。」
「バカな! 俺は提督だ! それは間違いない事実なんだ!」
「この写真を見てください。貴方以外、誰が写っています?」
「…………なん……だと……お、俺のそばには……ホントにいたんだよ……叢雲、霞、曙、満潮、摩耶。あの喧騒の日々が嘘だったっていうのか? 俺はもうご褒美をもらえないのか?」

「マーフィーズゴースト、なお南下中、応答ありません。追尾SS三七よりSS二七へハンドオーバー、ウィッチ会敵予想時刻修正ネクスト〇五。」
「ウィッチ〇一、目標方位〇三〇、距離九〇国際海里、高度三二〇〇〇。」

「我々は夢と同じ成分で出来ている。そして、その儚い命は眠りと共に終わる……。」

「今の世の中、欺瞞(ぎまん)に満ちた平和と真実としての戦争が錯綜している。仮初めだろうと、茶番だろうと、平和ボケだろうと、ここが平和ならばそれでいいじゃないか。違うかい?」
「鉄砲を鎌に持ち変えることなんて、私には出来っこないわ。だって、私は艦娘ですもの。」

「撃つな!」
「撃てえ!」
「貴様っ!」
「一発だけなら、誤射と言い張れる!」
「貴様は悪辣なイングランド人かっ!」

「ワタシハアナタノテキナノヨ、テイトク!」
「そんなことより、うどんを食べませんか?」



宿命の艦娘が誘う時の迷宮
彷徨の果てに提督が出した答は……




「マッテイタノハ、ワタシダケダ。」







今話はどろどろ度増量です。
ご留意くださいませ。
今回は六八〇〇文字ほどあります。






CCCⅩⅩⅨ:生シャケとニラ玉とフリカッセ

 

 

 

 

 

新設の要望があった屯所(とんしょ)について、東京都側からの要請に基づいて折衝することになった。

東京都は複数の島を有しているから、らしい。

既に、小笠原と沿岸に基地があるじゃないか。

足りない?

なにが?

防衛線のすみやかなる構築?

能登提督の苦笑いが見えてきそうだ。

会議の場所は東京都庁。

未だ完全な復旧には程遠い状態の、ラスボス的威圧的現代建築物。

新宿は今もあちこち壊れたままだ。

あの憤懣(ふんまん)を地獄の壁にぶつけたような激しい騒動は情報操作され、伝えられる規模と実際の傷痕にはかなりの差異が見られた。

幽霊騒ぎも記憶に新しい。

復旧の目処さえろくすっぽ立っていないという、口さがない噂は北の国まで聞こえてくる程である。

我々に貸し与えられたのは、暴動でやられていない中層の狭い会議室。

一時は暴徒たちがこの辺りの階層まで登ってきたという。

ひび割れた壁面。

ふさいだ跡のある天井。

そうか。

攻防戦はここらでも繰り広げられたのか。

床の隅には未だに残るシミ。

赤黒いシミ。

拭いても拭いても落ちない、暴力の爪痕。

少しもやっとした。

 

交渉の相手は中年男性。

ぎらぎらした感じでないのは助かるが、たぶんやり手なのだろう。

お高そうな腕時計。

仕立てのよい背広。

ぴかぴか光る眼鏡。

磨き上げられた靴。

落ち目の状況から這い上がるために、優秀な人材の投入は不可欠。

口舌の徒でないといいのだけど。

 

 

話し合いが始まった。

 

 

やはり、最初からぎくしゃくした感じのやり取りになる。

お互いの目指す先があまりに違い過ぎて、めまいがしそうだ。

某外資系遊園地と少々関連しつつ組み込みたい意向をさりげなく示されたが、きっぱりと拒絶しておく。

それ、お隣の県ですやん。

羽田舞浜木更津横須賀防衛線、てなんですのん。

略して『ハネマキヨコ』、て略せばええもんちゃいまっせ。

なんだかなあ。

喧嘩腰にならないように注意しながら、のらりくらりと話し合う。

コンスタンティノポリスで絨毯(じゅうたん)を仕入れた時も、こんな風にのらくらと丸一日話をしたっけ。

あっちのあきんどは愛嬌があったし、商談の後はチャイハネで賑やかに相手と旨い飯を喰ったものだが。

ここでは茶の一杯も出てこない。

……有為転変だなあ。

 

前哨戦で総力戦を行ってはならない。

向こうも切り札を何枚も隠している。

なんとか先に切らせたいものである。

さてさて、どんな交渉術を使うかな?

たまに交渉でなく圧力をかけてくる相手もいるから困ったものだ。

脅迫されたら反撃されるってことが、わからない人もいるらしい。

ろくな説明も無しに高圧的にとにかくやればいいんだよ的な押しつけ。

明確な論理に至らず、不条理を突くと感情的な論調でのみ言い立てる。

話にならない。

いつか焦げつくんじゃないかな。

反省しないから修正案も改善策もない。

困ったものだ。

とにもかくにも、観光名所と関連性を持たせたがる自治体が多すぎる。

土産物を置かせて欲しいという要望を某所で聞かされた時は、我が耳を疑った。

意味がわからない。

観光案内所と勘違いしているんじゃないか?

まったく、『冷たい鼻のラクダ』は御免だ。

川とか湖とかと組み合わせたがる地域もけっこうあるのだ。

屯所は見世物小屋でないぞ。

艦娘は船頭でも観光船でもない。

痩せても枯れても、軍事基地なのだ。

見た目は果てしなくゆるいとしても。

一見するとか弱い女の子があんちゃんとかおっさんと、小さな箱庭で暮らしているかに見えたとしても。

油断大敵、常在戦場。

言質(げんち)をなんとか取ろうとする小手先芸にはうんざりする。

討論するつもりは最初から無く、自身の意見を受け入れろとの論調。

意に沿わないとみるや、自分たちが絶対に正しいと主張するばかり。

その癖、説明は稚拙で矛盾だらけだ。

そこを突くと浪花節全開でゴリ押し。

彼らの主張を断る勇気、胸に秘めつつ会話する。

 

空手形はノーサンキューで御座る。

貴殿にその権限は無いでしょうに。

嗚呼、早く函館鎮守府に帰りたい。

 

関東圏の人口が関西圏の人口を下回っていることはこれでわかるでしょうと、二つの円グラフを見せられてもなあ。

それがなんだっつーの。

屯所の新規開設とはまるで関係ないよね。

……関係あると思い込んでいるのか?

各県別の人口推移が示された棒グラフも同様に見せてくれるのだけれど、彼が一体なにをしたいのかよくわからん。

東京都は人口三〇〇万を目指しているそうだが、だからどうしたって話だ。

それと屯所の関連性が今一つわからない。

屯所一軒が一〇〇万の人口を増やす契機になる訳ないと思うんだけどなあ。

 

 

 

 

地方に於ける鎮守府の新規開設は紆余曲折の末に地方自治体を割る事例が複数あったためか、日本全国の地方自治体は複数の屯所設立へ向けて積極的に運動するようになってきた。

鎮守府一軒より、屯所を三軒みたいな。

今ある鎮守府一軒に、更に屯所三軒足そうという意見を出す自治体もあるが。

雑誌に付けるオマケ感覚で言われても、実に困る。

戦後に大変こじれそうなことをいけしゃあしゃあと言っている人たちは、一体全体なんなのだろう?

責任を取るつもりなどさらさら無いから、軽やかな口から幾らでも虚言が排出されるのであろうか?

こうした人たちは自分たちの都合が悪くなってきた場合、平気で手のひら返しするものと思われる。

こちらに全責任をおっかぶせるのかね。

ほんと、もー、どないせーゆーんじゃ。

屯所は漁港じゃないし、玩具でもない。

えーかげんにして欲しい。

難易度がまるで違うといっても、提督と艦娘と場所を用意し、民家を基地へ改装し、書類を整えるのにどれだけ手間暇がかかるかわかっているのだろうか?

それがお仕事でしょう、と当然のごとくに言ってくるあんちゃんへパイルバンカーかアームパンチでもぶちかましたい。

色即是空空即是色色即是空空即是色。

落ち着け、我が心。

震えるぞ、ハート。

燃え尽きるほど、ヒート。

 

油をたっぷり染み込ませたらしい相手の舌が、滑らかに薄っぺらな言葉を次々吐き出してゆく。

全然こちらには響いてきません。

一つ一つに理性的に反論してゆく内、相手のこめかみに青筋が浮き出してくる。

知らんがな。

開設したらしたで問題山積である。

箱ものは作ったら維持費がかかる。

数年やってみたけど、お金がかかるからやっぱりやーめた、では困るんだよね。

予算的に都合が悪くなってきたので残念ながら閉鎖します、でも困っちゃうぞ。

海の安全性を確立するためとのお題目が頻繁に唱えられているけれども、彼らを人寄せパンダにしようとする気配が多大に感じられる。

屯所はていのいい遊園地じゃないんだぞ。

経済を再活性化させるための商業施設でもない。

ほいほいと作って、ぽいぽい捨てる訳にはいかないのだ。

本当にわかっているのかね。

矢面(やおもて)に立たされる身としてはなんとなくもやもやする。

 

 

勝手に民家に住み着いてなんとなくそれっぽい仕事をしている者たちもいるが、それはそれあれはあれである。

 

 

これ、一介の地方鎮守府の代表がやる仕事じゃないぞ。

大本営に詰めている、お偉いさんの仕事じゃないのか?

大本営からやれと言われている時点でやれやれだがな。

 

 

 

金の亡者と化した人々を論理的に説得することは、先ずもって不可能に近い。

理屈はどうにでもなる代物だしな。

独自のよくわからない理屈でゴリ押ししようとする人間にはため息ばかり出てくる。

大金が動くとわかって、退く人間など先ずもっていない。

非論理的な屁理屈を論破されると、彼らは気色ばんで更に言い募る。

彼らが折れることは先ず無い。

いびつな正統性を声高に主張するし、整合性の無さを指摘すると逆上する。

しまいには滅茶苦茶な感情論を幾つもぶつけまくって、取り付く島もなくなる。

訳がわからないよ。

必死になり過ぎて、鬼の形相になっている人も数人どころではない。

話がそもそも噛み合わない上にこちらの話をはなから否定するのだから、合意に達する筈もない。

彼らは彼らで自分自身を間違っていると思っていないようだし、もし正確な結論に至っているにしても両方に益のある考えは出さないから、最終的に決裂に至る道筋しか選べない。

理路整然と話を進めたいのだが、自身の正義しか受け入れようとしないから手に負えない。

筋の通らない点をすべて指摘すると、これだからあなたたち即席提督は的な論調を持ち出されることもある。

あの時はすぐさま席を立って、函館へ即時に帰った。

偉そうにものを言っていた担当者は、直後に山奥の事務所へ飛ばされたらしい。

彼は言い訳しまくったそうだし、こちらが悪いという論調だったそうだし、何故かやたらと責め立てられたが、録音した音声を聞かせたらようやく沈黙した。

ここでは一応、そんなこともないけれど。

論議が斜め上に向かうと、会話そのものが成り立たなくなってしまう。

もーほんと、どうしたらいいのか。

あなおそろしや、あなおそロシア。

 

駆逐艦一名から二名が基本仕様と言われる屯所ならば、適性者はそこそこ存在する。

事後報告的な追認もあるし、艦娘かどうか怪しいお嬢さんも各地で確認されていた。

だが、海に浮かぶことが出来ない娘を艦娘と呼ぶのは勘弁して欲しい。

そんな事例はごく僅かだが。

ま、お国のために働いてくれるなら、出自をとやかく言わなくていいんじゃないか?

他国から逃げてきたっぽい娘をかくまっているのは、どうかと思われなくもないが。

たどたどしい日本語を喋っている時点でお察しなのだが、砲撃能力と航行能力の二つがそれなりだったら合格カッコカリを出している。

がばがばだが致し方ない。

うちの大淀に期待しよう。

 

バレなければいいとの考え方を示す人もいるが、下手を打つと大火事になっちゃう。

幼児のいる屯所もあるからなあ。

仲よくし過ぎるのも考えものだ。

オムツやガラガラなどを差し入れすることもある。

自重して欲しいものだ。

所属している娘がお腹を大きくしている事態に対し、責任者はかのご婦人をあくまでも艦娘だと思い込んでいる状況がたまにある。

情報統制の良し悪しというか弊害というかなんというか。

産婦人科との連携が意外と重要だ。

避妊具の手配は屯所に欠かせない。

てきぱきと処理する大淀には、いたく感心するばかりである。

人の業(カルマ)は、深いものだ。

 

 

それにしても、腹が、減ってきた。

 

 

担当者との折衝を無難に終え、私は街へ繰り出した。

今の私は何腹だ?

落ち着け。

私は腹が減っているだけなんだ。

そうだ、京葉線に乗って出よう。

千葉県へ。

千葉市へ。

 

 

 

 

旧都心部としばしば揶揄されるかつての地域に比べ、この辺はまだまだ豊かさが感じられる。

新宿、池袋、銀座、渋谷といった繁華街が昔日(せきじつ)の勢いを取り戻す日は、いつか訪れるのだろうか?

銀座は巨大商業施設を作る計画があったようだが、未だに白紙のまま。

渋谷駅の改造工事計画は宙に浮いたまま。

池袋の乙女ロードは健在のようだが、絶対に行かないで欲しいと懇願されているので行けない。

何故だろう?

……まっ、いっか。

ここら辺は平和だ。

多数の暴徒によって焼き討ちされた跡もないし、不審人物が辺りにうようよいる訳でもない。

安心して歩けることは重要だ。

装甲服を着た特務警察官が、街中で銃撃戦を頻繁に行う事態は再来して欲しくない。

どこぞの国みたいに内戦で国が割れる事態は避けたいものだ。

ん?

おや、洋食屋か。

いいじゃないか。

こういうのがいいんだよ。

入ってみると、懐かしい雰囲気がする店内はけっこう広い。

葡萄酒が何本もあるから、呑兵衛にとっては嬉しいだろう。

馴染み客がかなりいるようで、店のお姉さんと客とが何度も親しげに会話していた。

 

生シャケのバター焼き、蟹ピラフ、茄子とピーマンの味噌炒め、とどめに代用珈琲と自家製プリンを注文する。

 

そして、来た。

うむ、旨そうだ。

 

生シャケのバター焼きは肉厚のシャケに小麦粉を付けてバターで焼き、その上に特製タルタルソースをかけたものだ。

これを選んだ私、正解。

タルタリストも絶賛だ。

お出かけよそゆきの味わいがして、なかなか旨い。

付け合わせの人参のグラッセや馬鈴薯のフレンチフライも、ほどよい感じである。

 

蟹ピラフ、これは大好きな味だ。

ちょい焼き飯寄りかな、という感じで、むしゃむしゃと際限なく食べられそうだ。

 

茄子とピーマンの味噌炒めだが、この味噌がやさしい甘みと深みに彩られていて、大地の恵みが我が舌と胃袋を蹂躙(じゅうりん)する。

旨し。

 

自家製プリン。

お母さんの手作りって雰囲気。

堅めで懐かしい味のプリンだ。

ちまちま、ちまちまと惜しみつついただく。

 

 

 

 

翌日も東京都庁で折衝。

殺生な話で御座ります。

摂政関白右大臣。

なんてな。

早朝からあーだのこーだのと腹の探りあい。

何故だか、担当者の顔色が非常に悪い。

その屁理屈的弁舌も本日は滑りが悪い。

なにか悪いものでも食べたのかね?

緊張の度合いが酷いようにさえ見える。

あちらの内輪の話し合いで揉めたかな?

ま、露骨な誘導がないのはありがたい。

お昼前になんとか今回の話は妥結に至った。

ふんわりした部分だけではあるが。

もう、あとは知らん。

後は大本営と好きなだけやってくださいな。

あー、終わった、終わった、終わった。

飯喰ったら、旅籠(はたご)に投宿だ。

舌戦を繰り広げた担当者に昼食でもご一緒にどうですかと何気なく誘われたけれど、もうこちらは精神的にお腹一杯です。

余計な言葉で気まずくなりたくないのであります。

丁重にお断りした。

それなのにやたらと粘ってきたのは、昼食予定場所に誰かいるのかな?

都のお偉いさんとか衆議院議員とか参議院議員などの方々とのサプライズ的会食は、こちらとしてはノーサンキューなのであります。

前に他所でやられたからな。

飯の時間をなんだと思っているんだ。

脅迫しても無駄無駄無駄なのであります。

彼らが手配した洋式旅籠には泊まらない。

変な陳情者たちに来られても困るからな。

蜂蜜作戦を行われたら大変なことになる。

あちらの無茶苦茶に巻き込まれたくない。

 

 

それにしても、腹が、減った。

 

 

よし、昼食にしよう。

ここから離れた場所で食べたい。

汽車に乗ってここから離れよう。

幾つか欺瞞(ぎまん)行動をしながら、私は八丁堀駅で下車した。

なんとなく、ティンときたからだ。

追跡者はいないみたいだ。

二人ほどいたようだが、どうやら無事にまいたな。

さてさて、店を探そうか。

 

 

ふらふら歩いていると、なにかを炒めているようなにおいがしてきた。

ふむふむ、こちらか。

てくてく歩いていると、中華料理店が現れた。

ほほう、いいじゃないか。

こういう店だよ、私が求めているのは。

 

店内に入ると、中はがらがらであった。

昼時の盛況が一段落したところなのか?

まあ、それはいい。

なにを食べようか。

ええっと。

迷うなあ。

常連らしき帽子とヒゲの人が入ってきて、麦ジュースとトマトキムチともやしラーメンを頼んでいた。

トマトキムチ!

そういうのもあるのか。

お品書きには掲載されていないけど。

旨そうに麦ジュースを呑み、トマトキムチを頬張る男性。

むう、あれはたまらぬ。

 

結局、トマトキムチと海老トーストとニラ玉とご飯とエビチリを頼んだ。

 

改めて店内を見渡す。

教科書通りの街の中華料理店である。

 

トマトキムチと海老トーストが来た。

トマトトマトしたキムチの意外な相性のよさを楽しみつつ、海老トーストを口内に投入する。

旨い。

サクッとした歯ごたえに加え、丁寧に行われたであろう海老のすり身がぷちぷちと幸せ感度を高めてゆく。

 

そうしている内、ニラ玉とご飯が来た。

中華スープ付きだ。

ニラが沢山入っていて、このご時世にありがたいことだ。

玉子炒めは別口で行われて、ニラの上に載っかっていた。

成る程、そういったやり方もあるのか。

やわらかな味わいの中華スープを間に挟み、ニラ玉とご飯とトマトキムチと海老トーストをわしわしいただく。

 

エビチリが、来た。

街の中華の実力者。

ぷりぷりの海老に、甘辛餡と生姜(しょうが)の風味が程よく効いている。

 

とどめはニラ玉丼だ。

といっても、ニラ玉をご飯の上に載せただけだが。

ああ、口福だ。

 

お腹一杯になった。

堪能した。

 

不意に、昔の漫談師を思い出す。

こんな風だったかな。

私がマハグラダインだった頃、悪魔超人はサンシャインで、異世界ロボットはダンバインだった。

ぺんてるのブランドはアインで、サイボーグはゼロゼロナインだった。

わっかるかなあ、わっかんねえだろうなあ。

 

 

時間が取れたなら、あのドイツ料理店に行ってフリカッセを堪能したい。

ドイツ系のお店なのに、フランス発祥の伝統料理が旨いとはこれ如何に。

まあ、旨ければ、それでよかろうなのだ。

マッシュルームやシメジや玉ねぎを用いた鶏の生クリーム煮。

あの巨体の料理人が生み出す繊細な料理は通うだけの価値があるからな。

生ビール、ソーセージ、玉ねぎのパイ、ザウアークラウト、馬鈴薯のサラダ。

デザートはケルシーのケーキがいいかな。

 

 

 

明日は浅草へ行こうか。

友人の洋食屋でなにを食べようかな。

 

 

 

 






かつて、どこかの古びた四畳半にて。

「君は何故、そうまでして戦い続けるのかね?」
「地球の人々を、侵略者たちから助けるためだ。」
「君自身には一切、見返りもなにも無いのに?」
「僕は、見返りのために戦っている訳ではない。」
「汚れて、傷だらけで、ひび割れ、血さえ滲(にじ)ませてかね? 地球人にそれほどの価値があるとは、私には到底思えないのだがね。」
「それが、僕の使命なんだ。」
「たった一人、知らない星で、知らない人々のために死力を尽くす。頼まれもせず、誉められもせず、それでも君はこれからも戦うつもりかね?」
「そうさ。それが、それこそが僕の誇りなんだ。」
「理解し難い。実に君は理解し難い。だが、君のその情熱は貴いとさえ思える。」
「誰かに理解されようと思ってやっていることではない。だが、僕がやらなければ、この地球は侵略者の手に容易(たやす)くおちてしまうだろう。それは僕にとって許せないことだ。」
「そうか。」
「そうさ。」
「…………ふむ、そうだな。では、こういう提案はどうだろう?」
「提案?」
「そうだ。もしも君がこの地球で戦うことすら出来なくなった時、私の気分が君の行いを継承してもいいと判断した時、私の出来得る範囲でこの星を守ってあげよう。」
「論理を好むメトロンとしては、随分酔狂な提案だな。」
「それでこの提案を受け入れるかね、ウルトラセブン?」
「そうだな……。」




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