今回は三五〇〇文字ほどあります。
艦娘は残らず武闘派だ。
ほにゃっとした娘や素朴な娘、はわわな娘やおっちょこちょいな娘などでそれを感じない者も少なからず存在するが、それはまったき真実だった。
私の名はローマ。
偉大なる大サトー……間違えたわ、偉大なる帝政国家の名を冠したイタリア艦娘。
荒ぶる魂持ちて戦場を駆け抜ける、アンミラーリオの剣にして楯。
可愛らしい戦乙女たちと一緒に勝利を得んがため、戦い続けるわ。
それは初夏の少し暑い日のこと。
業務を終え、八戸酒造の特別純米酒を呑んでほっこりしていた夜。
酒のお供は自作したカプレーゼ。
ほろ酔い気分でたゆたっていた。
そんな時。
私は執務室に呼ばれたのだった。
私のアンミラーリオは、なにをさせるつもりなのだろうか?
まさか……いやいや、まさか。
顔がだんだん火照ってくる。
もう、私はいつでも覚悟完了よ。
いつでも、かかってらっしゃい。
うふふ。
「コンビニエンス・ストアの店員?」
「そうです。ローマさんにはその仕事をしていただきたい。」
「……もしかして、大本営からの依頼?」
「ええ、広報の一環だとか。一ヵ月限定なのでなんとか…………なるでしょう。」
ちょっとだけがっかりした。
そう、ちょっとだけ。
なーんだ。
ちぇっ!
ところで接客業をしたこともない私に、大本営は一体なにを求めているのだろうか?
「他に加賀教官、龍田さん、鹿島さんに島風及びネヴァダが担当することになっています。他所から天龍さんや潮さんが手伝いに来ることも確定です。他に必要性があれば、要請に従ってこの鎮守府の艦娘を出すことも可能です。」
「ふうん。」
男って、ホントにもう。
ぎらぎらした欲望渦巻く視線に容赦なく晒(さら)され、二四時間経営系小型商業店舗で働くのね。
私をじろじろ見ていいのはアンミラーリオだけなのに。
「私もたまに手伝いますから。」
「それならやらせてもらうわ。」
つまり、そういうことになった。
青と白から成る、半袖の縦縞模様系制服。
これが、コンビニエンス・ストアの衣装。
これじゃ、ひょろひょろ弾すら弾けない。
タツタ、胸部装甲を揉むのは止めなさい。
我々の、多店舗的小型よろず屋系商店での労働がそうして開始された。
気分はやれやれ、である。
鋼鉄の巨人で店舗へ到着した時には、とっくに長蛇の列が出来ていた。
ぱちぱちと撮影する音が辺りを満たす。
好奇心に溢れた視線が我々に集中した。
シマカゼ、おふざけでセクシーな仕草をしないようにしなさい。
ほら、撮影音が一層激しくなってきたじゃないの。
見張りの人たちに巨人を任せ、我々は店舗へ駆けていった。
素早く着替え、業務への従事を開始する。
限定商品は完売済みで、吠え猛る人間がちらほら存在していた。
そんなに暴れなきゃいけないようなことかしら?
カルシウム不足なのかもしれないわね。
あまりに吠える人間は、警察官たちによって連れ去られてゆく。
叫んで。
喚いて。
抵抗して。
押さえつけられ。
何人もの警察官に拘束されて縛られ、護送車へと押し込められる。
しんと静まり返るコンビニエンス・ストアの前。
暴走する人間は、その事件以降は幸いにも一人も発生しなかった。
翌日。
店に到着した時、長蛇の列は更に長くなっていた。
店内はおそろしく混雑していて、すぐに商品が品薄になってゆく。
提督や本部の人たちが補充を急いでいるけど、攻勢は実に激しい。
まるで陥落間近の砦のようね。
カッシ……カシマやウシオは既に涙目だ。
彼女たちを叱咤激励し、慣れぬ業務に邁進する。
私たちは前進するしかないのだから。
日中限定で手伝ってくれる駆逐艦たちが、懸命に行列を整理している。
他所の基地のカンムスもいるようだ。
近所の自衛隊や警察の人たちが時折巡回に来ていた。
彼らのお陰で、怪しげな振る舞いをする存在は少なくなることだろう。
カスミの握ってくれたライスボウルを僅かな合間に食べて、我々は客に笑顔を振りまいた。
大雑把に言うと、客の割合は女性が一割ほどで残るは男性だ。
奇妙なことに、店にて買い物をした後で再度行列に並ぶ人が存在する。
何故、彼らはそんな面倒なことをするのだろうか?
若い女の子たちと店の前で記念撮影をしながら、私はアイソワライを浮かべる。
赤くなった女の子たちは、とても可愛らしいものに思えた。
アンミラーリオに教えてもらって、本当によかったわ。
休憩時間をろくに取れないまま、私たちは接客業務に勤(いそ)しむ。
時折マスメディアの人間が我々を勝手に撮影してゆくので、業務妨害に近い場合さえ時たま発生した。
勿論、彼らがそれに留意することはない。
注意されても無視するか、食ってかかる。
報道の自由という御旗を振り回しては、はた迷惑な行為を重ねた。
たまにまともな取材も入るが、それに便乗しようとする者もいる。
そうした人間が大手新聞社や放送局に所属しているのを知ると、ついつい微妙な気持ちになってしまう。
きちんと手順を踏めばいいのに。
あんまりうるさい人間は、大本営の人間に連れ去られていった。
あんまり大声で怒鳴る人間は、警察車輛で連れ去られていった。
既に日は暮れた。
辺りはどんどん暗くなってゆく。
それでも店外に見える行列は途切れることすら感じられそうにない程、長く長く続いていた。
マスメディアの人々が探照灯のような明かりで周りを照らしてくれるため、悪さをする人に対する抑止力になっていると思う。
やがて、ようやく本日の業務終了時間がやってくる。
ようやく、仕事から解放される時間が到来したのだ。
正直、嬉しい。
未知の義務は疲労を溜めるものだから。
一ヵ月もこんなことをやらされるくらいなら、厳しい海上任務に従事した方がいい気もする。
カガ、タツタ、カシマ、シマカゼ、ネヴァダ、テンリュー、ウシオが私のアンミラーリオに近づいてはなにやら楽しそうに話しかけていた。
周りにいた男連中の羨望(せんぼう)と嫉妬となにやらどす黒い感情のこもった視線が、彼らに降り注いでいるのを感じる。
致し方ないわね。
アイソワライをしながら、男性陣に手を振った。
すると彼らは浮わついた表情と化し、頬を染めて去ってゆく。
上々だわ。
駐車場に駐機させていた複座型ニコラエフに乗り込む。
日中見張ってくれていた自衛隊と警察の人たちへ感謝することを忘れてはいけない。
私はアイソワライを発動させた。
周囲の男女双方に笑顔が広がる。
行為判定は見事に成功ね。
挨拶は大事だと、ニホンのコジキという古代の書物にも書かれているとハツユキから聞いた。
流石は礼節の国ね。
強固な防弾ガラスが組み合わされた風防を閉め、鉄の巨人を動かすための作業に取りかかる。
機体の内燃機関に火を入れた。
独特の起動音を立て、巨人が目覚める。
外で撮影している人たちの光が時折見え、なんだかはかなささえ感じさせた。
ヘルメットをかぶり、収納されている情報投影装置を起動させてきちんと使えるかどうか確認する。
電装系統はシノハラの技術者たちが嬉々としていじっていたから、おそらく大丈夫だと思う。
薄い半透明の板に、次々と情報が投影されていく。
眼下の撮影者たちを標的として計上してくるが、それらの提案をすべて却下した。
二門ある三〇ミリチェーンガンは残弾数ゼロと警告表示してきた。
それもわざわざ、情報投影装置にでかでかと赤く表示をしてくる。
……問題なし、と。
いちいち相手にしていられないわ。
アンミラーリオが後部座席に乗り込んできた。
他のカンムスたちも彼の席の隙間に乗り込んでくる。
後ろはぎゅうぎゅう詰めだ。
操縦席の空調を強めにする。
マスメディアが変なことを書き立てないといいのだけど。
なにをやっているのかと言いたくなるが、明日は私があちら側だ。
アンミラーリオのモーリエとして、嫉妬はいけない。
度量を広く保たなくてはね。
あちらの席の電源は入っていないから、レバーを押そうが引こうが一切問題ないわ。
アンミラーリオのレバーを動かそうとするなら話は違うけど。
帰ったら、『米好きの下剋上』の新刊を読もう。
農業系幻想小説の傑作だわ、あれは。
あの、米への情熱に溢れる女の子のお話を読まねば。
腕のない巨人を立たせる。
機体前面にある探照灯を二基とも点灯させた。
前の席はともかく、後ろの席は機能していないが致し方ない。
ニコラエフの運用形態は本来の使い方とまるで異なるけれど。
使いどころの難しい存在なのだ、これは。
さあ、帰ろう。
私とアンミラーリオの住まう場所へ。
闇を通して、波の音が聞こえてくる。
なにかいざなってくるような、そんな音が。
予想着地点を確認しながら、前を見据える。
私はニコラエフを高く高く跳躍させた。
きれいなきれいなお月様を上に見つつ。