はこちん!   作:輪音

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函館の提督を巡り
有明の海に
駆逐艦たちの愛憎が渦巻く
目には目を
歯には歯を
力こそが正義か

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか



今回は三三一五文字あります。





CCCⅩⅤ:冬のコミケット~霞たちの饗宴

 

 

 

 

「スカル・リーダーより、各艦・各機へ。聞いての通りだ。『お客さん』たちにお帰りいただくべく、各艦・各機奮闘せよ。」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

フォッカー少将の指示に従い、佐世保鎮守府の正規空母や軽空母から放たれた艦載機群が敵対する深海棲艦側の艦載機群とぶつかり合う。

雪の舞い散る中、激しい攻防が始まった。

青葉の回すキャメラがそれらを確実に捉える。

 

「いやー、迫力ありますねえ。」

「まあ、そうなるな。」

 

傍らにいる航空戦艦がそれに答えた。

 

「でも、奇妙な気分よね。あれが『敵』じゃないってのは。」

 

大本営から青葉と共に来ている五十鈴がそう言う。

確かに。

戦意高揚とかなんとかで宣伝用映像を撮るため、この辺が使われること自体に文句を言うつもりは全然ない。

深海棲艦の扮装をしている面々がノリノリなのも、まあ致し方ないだろう。

年末のコミックマーケットで販売すべく、本日撮影してそのまま編集に取りかかって突貫作業を行うそうな。

佐世保の提督もここまで来て大変だ。

せめて、李さんの中華や北の国の食材でもてなそう。

松井老舗の五三焼(ごさんやき)やら長崎特産のじゃがいもやら、長崎県の名物をけっこうもらったしな。

間宮がポテトグラタンを作ると言っていたし、鳳翔はポテトコロッケを作ると言っていた。

彼女たちが作るのだから旨いに違いない。

今から楽しみだ。

おっ、戦艦棲姫が大和や武蔵と近接戦闘を始めたな。

回し蹴りを始めとする、けれん味ある立ち回り。

魅せ方がわかっているじゃないか。

撮影が終わったら、全員ご馳走でねぎらっておこう。

 

 

 

 

あたしは駆逐艦の霞。

信州に住む元艦娘よ。

元はおっさんだったけど志願者として艦娘に生まれ変わり、あの過酷な戦場からなんとか帰ってきた。

もう二度と男に戻れない体と共に。

そんなあたしを地元は受け入れてくれた。

変な舎弟が激増する結果にもなったけど。

両親が当然のように娘扱いするのだけど。

定食を作ったりおにぎりを作ったりしながら、平和な毎日を過ごしている。

 

雪が舞い始めたある日の朝、県知事などのお偉いさんたちが市長と一緒にあたしの働く定食屋へ来た。

天候の関係でお米や林檎などの生産量が落ち込み、この県全体の景気がすこぶる悪化しているという。

そんなことはとっくにわかっている。

それでも地味に足掻くしかないのに。

そういう訳で、有明で行われる冬のまんが祭に参加して欲しいと言われた。

はい?

ちょっと意味がわからない。

今では地方都市化しつつある東京のアンテナショップで売り子をするなら、まだ話はわかる。

あんまりしたくないけれど。

なんであたしがまたコミケットに行かないといけないのよ。

確かに、その昔よく行ってたのは確かだけどさ。

モテたらいいなあ、と純粋に考えられたあの頃が懐かしい。

信州のお米を宣伝して欲しいというのが、彼らの言い分だ。

そんなの、アンテナショップで散々やっているじゃないの。

 

結局、お偉いさんたちの薄い頭を見ながら承諾するしか選択肢がなかった。

やれやれだわ。

 

 

 

 

コミックマーケット。

夏と冬に行われるまんが祭。

同人誌即売会。

通称はコミケットやコミケ。

現在は、東京復興策に於ける重要催事のひとつとして位置付けられている。

かつて魔女狩りの様に迫害を受けていた頃とは大違いだ。

殴ったことを忘れたかのように振る舞う様は気持ち悪いほどだけど。

二次元愛好家たちの集まりを悪の温床扱いしていた人々は、今頃なにをしているのだろうか。

案外、何事もなかったかのように日々過ごしているのかもしれない。

それはそれで腹立たしくなる話だが。

馬鹿にしている人は今も一定数かそれ以上存在するけれども、表向きは『文化』とされているから昔と雲泥の差だ。

カジノ法案が上手くいかなかった影響かもしれない。

現職の大臣が海外の会社との現金授受の件で逮捕された事実は、与党にとってまさに痛恨の極みだろう。

現役の閣僚を含めて、何人も国会議員が逮捕されたからなあ。

そもそも確実に金儲け出来る存在は、ちやほやされるものだ。

 

思ってもいないことを言える人間は意外と多い。

そういう人間がのしあがれるのだ。

不器用な人間ほど、損をしやすい。

同人誌の世界に於いても、自己の世界観を貫こうとすることは売り上げにつながらない結果に繋がりやすい。

流行に乗ったものか、独自性が受け入れられたものか。

売れるとするならばそのどちらかだろうし、双方含むのが理想的ではあるだろう。

むつかしいことだが。

 

大本営広報課の面々による出張要請を聞きながら、私はとりとめのない考えに身を置いてゆく。

しゃあないなあ。

青葉とマスターオータムクラウドの泣き落とし的要請に従い、おっさんたる私は出陣を決めた。

 

決めたら決めたで、呉から電話がかかってくる。

相手は先輩だ。

 

「広島県民のために一肌脱いでくれえ。」

「またですか。」

「そうじゃ。」

「総社は岡山県ですね。」

「双蛇になると天地無用じゃな。」

 

つまり、私は先輩の要請に逆らえないのであった。

撮影、トーン貼り、寄稿するための原稿、料理、と様々な手伝いをしている内に日は過ぎて年末がやって来る。

直衛艦隊選抜の件に於いて、熊本県人吉市辺りで行われているという球磨拳(くまけん)が採用されたらしい。

 

 

 

今年も呉第六鎮守府の提督たる先輩の手伝いで、広島県応援冊子販売のお手伝いだ。

有明のホテルワトスンで待ち合わせ。

代用珈琲を飲みつつ、歩く人々を窓から眺める。

黒いものがうごめいていた。

日が昇るのには時間がある。

先輩が現れ、そして言った。

 

「あと二時間で日が昇るんじゃ。」

「日が昇ると、どうなるんです。」

「知らんのか。」

「えっ?」

「あちこちからまんがを求め、愛好家たちがわらわらとやって来る。」

 

既に三々五々歩いてますがな。

先輩と与汰話をしながら、サークル入場口へと向かう。

懐かしい気配がしてきた。

このにおい、この雰囲気。

これこそがコミケットよ。

 

先輩の手伝いを行い、それなりに在庫がはけてゆく。

冊子がどどっと売れることなぞない。

まったくない。

東京にある広島県のアンテナショップの方が、よほど賑わうんじゃなかろうか。

それでもひたすら頑張るしかなかね。

檸檬やお好み焼きや牡蠣(かき)や日本酒や蜜柑やもみじ饅頭の話題も盛り込んだ、最新情報満載の総天然色冊子。

広島愛に満ちた品。

おまけはお好み焼き煎餅。

さあ、買っておくれやす。

 

 

 

休憩時間になったので、ちょいと外へ出ようと思い立った。

複数の霞が外の屋台でおにぎり対決をしているらしいので、それを見物に行こう。

護衛の艦娘たちはどこかで私を見つめているだろうから、問題は全然無いだろう。

 

おお、やってる、やってる。

信州の霞は上水内(かみみのち)産の米を使ったおにぎり。

函館の霞は七飯町(ななえちょう)産の米を使った握り飯。

大本営の霞は平塚市産の米を用いたおむすびを作っている。

ビッグサイトの外にある屋台でせっせと握る彼女たちの周辺は、撮影する人々や行列する人々で混雑している。

大本営の満潮にうちの叢雲と曙も手伝っているので、問題は無いだろう。

よかばいよかばい。

 

 

 

おにぎりをせっせと作っていたら、函館の提督が見えた。

彼を使うことにしよう。

何故か函館の駆逐艦たちは彼を呼ぶのに躊躇しているし。

呼んで使っていたら、おそろしくにらまれた。

文句があるなら、はっきり言いなさいよ。

あ、函館の叢雲が来た。

 

「あんた、なに、よその霞を手伝っているのよ。」

「え、まあ、要請があったので。」

「それなら、今からあたしたちを手伝いなさい。」

「え、ええ、はい。」

 

こちらとしては手伝ってもらっているのだから、横からかっさらわれるのは気にいらない。

 

「ちょっと、提督。」

「はい。」

「なんであっちにあっさり行こうとしているのよ。」

「え……まあ……私は元々あちらの提督ですし。」

「今は私の提督じゃない。」

「え?」

「え?」

 

直後、館内からどっと人がやってきて大わらわになったのでいろいろと有耶無耶になった。

 

 

 

信州から林檎やおやきを売りに来た人も、割合に売上があったらしい。

明日は浅草にあるという、提督おすすめの洋食屋にでも行こうかしら。

そして、あずさ二号に乗ってふるさとに帰る。

あの寒い寒いふるさとへ。

島原で焼かれた五三焼を土産に持って。

 

 

 


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