はこちん!   作:輪音

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私はウルスラ
使い魔を召喚したら
何故かおっさんが
現れちゃったの
こんなの聞いたことが無いわ!
平民だろうと
庶民だろうと
馬だろうと
私の使い魔になったからには
ぜーんぶ面倒を見させるんだから
覚悟しなさい!



今回は四八〇〇文字程あるわよ!




CCLⅩⅩ:異世界と使い魔

 

 

 

あー、極楽、極楽。

ここは岡山県の鬼首村(おにこべむら)にある、ひなびた温泉宿の亀の湯。

外はまだ夜の香りを残し、ゆるやかな日差しが山々の稜線にようよう出始めている。

事件もなにもなく、平和なセカイだ。

鐘の中に入れられた女性もおらず、湖で逆さまになった男性などもいない。

この調子で地球が平和になるといいなあ。

……無理か。

メールが訳わからないくらい大量にくるのは難点であるものの、おおむね状況は良好だ。

払暁の温泉の成分がじんわりと体に染み込んで、日常の疲れを解きほぐしてゆく。

このままこの湯を、鎮守府へ持ち帰りたいくらいだ。

函館に帰ったら、温泉巡りしようかな?

定山渓(じょうざんけい)もいいかな?

青森にも温泉があちこちにあるし、たまにはこういうのもいいだろう。

そう言えば昔、深夜番組で温泉巡りする女の子の企画があったらしい。

今はそういうことをしないのかねえ。

五能線でゆるりと海岸線を走るのもよさそうだ。

太宰治のセカイに触れるのも悪くないな。

薄暗い天井を見上げ、そして目をつむる。

 

ん?

違和感を覚え、目を開けると多数の学生が私を見つめていた。

あれ?

ここはどこ?

高級そうな洋風建築物の中庭みたいなところにいる。

白いシャツやブラウスに黒いズボンやスカートを装備した、ええとこに住んでいそうなお坊っちゃんお嬢ちゃんたちに取り囲まれていた。

ここはなにかしらの教育機関のように思われる。

中学生から高校生くらいに見える周囲の男女混合の集団ではなにやら騒ぎになっているが、生憎と彼らがなにを喋っているのか皆目見当もつかない。

ラテン語でも無さそうだ。

教員らしき中年の男性が近づいてきて、なにやら私に話しかけてきた。

なにを言っているのか、全然わからない。

首を横に振ると、残念そうな顔をされる。

どことなく、親近感のわいてくる人物だ。

足元では円形の魔方陣らしきものが点滅していて、どうやら私は召喚されたようにも思える。

困ったなあ。

金髪碧眼ツインテール仕様で気の強そうな女の子がつかつかと私に近づいてきて、なにやら叫んでいる。

ネヴァダになんとなく似た姿と声だが、性格はあまり似ていない模様だ。

胸の大きさはまるで違うが、別に大きいか慎ましいかは気にしない方だ。

第一、女性に面と向かってそういうことは言えないだろう。

わざわざ口に出す人間はいない筈だし、露骨にわかるような表情は無礼極まるというか無作法だ。

某小説投稿サイトではそうした描写のある作品が散見されるので、少々気になるところではある。

彼女を見ていると、何故か叢雲曙霞満潮らを連想した。

微笑むと彼女は顔を真っ赤にして、更になにか叫んだ。

微笑ましいじゃないか。

どうしてだか、周囲の女学生たちの顔も赤い。

こちらをちらちら見ている女子たちに困惑してしまう。

ああ、そうか。

衣類を装着していない状態なのだ、私は。

野外露出する性癖は無いので困るんだな。

寒くはないが、やはりなにか着たいのだ。

 

しばらくすると校長らしき初老の人物がやって来て、抱えていた道具をこちらに向けた。

それは四角い箱にアンテナ状のモノが付いていて、そのモノからなにやら光線らしきものが飛ばされたので思わず避けた。

困った顔の男性に、なにやら再度叫んでいる女学生。

彼女はずかずかと歩いてきて私の背後に回り、我が肉体をがしっと押さえた。

なにやら後ろから喚いている。

つまり、逃げてはいけないらしい。

そして、再度浴びせられる怪光線。

なにか繋がったような感じがする。

背後から甲高い声が聞こえてきた。

 

「コレでアンタもワタシたちのコトバがワカルでしょ!」

「ええ、わかります。」

「アンタ、ナマッテいるワネ。」

 

私からすると彼女の発音の方が訛(なま)って聞こえるのだが、それは言わないようにしておこう。

 

「アンタはワタシのツカイマ! アンタはワタシのイウことをゼーンブきくノヨ!」

「使い魔?」

「ソウヨ!」

「それはなんらかの契約に基づく行為なのでしょうか? 私は契約した覚えなど無いのですけれど。」

「ツベコベウルサイわね。アンタはワタシのイウことにハイハイとシタガエバいいのよ。ワカッタ?」

「わかりません。」

「ナンデスッテ!」

 

いきり立つ彼女へ教員と校長がなにやら話しかけて、深刻な表情で論争し始める。

ぼんやりとしていたら、栗毛色の髪を長く伸ばした少女から突然話しかけられた。

やや目元がキツい雰囲気の令嬢だ。

悪役っぽい立ち位置が似合う感じ。

その青い瞳がきらきら輝いている。

ぺたぺたと遠慮なく体を触られた。

豊かな双丘が自然に背中に当たる。

おじさんは困ってしまうのじゃよ。

 

「アナタ、イイカラダをシテイルわね。」

 

それなりに鍛えてはいるが、そんなにいい体でもないと思うけどな。

 

「お褒めいただきまして、ありがとうございます。それよりも服が欲しいです。」

「アラ、コノママでイイジャナイ。メノホヨウになるわ。」

「ご婦人の前で衣類を身に付けないのもどうかと思われます。」

「ウマはフクをキナイデショウ。」

「着ませんね。」

「ツカイマとはソウイウモノよ。」

 

使い魔は馬とかそんな感じの存在らしい。

私を召喚した少女が、栗色の髪の少女になにやら食ってかかり出した。

仲が悪いのだろうか?

仲裁する。

あっさり引き下がる青い瞳の娘。

駆け引きの緩急を、よくよく心得ている。

碧い目の娘はそれが気に入らないようだ。

 

「アンタ、オンナタラシね!」

 

酷いことを言われた。

 

 

なにも着ていなくとも快適に過ごせるのは、なんらかの保護機能が働いているからだろうか?

私を召喚した少女の名はウルスラというそうで、彼女の着替えから湯浴みの手伝いまで世話をさせられている。

そういうのは、侍女が行うのではないのか?

使い魔が人の姿をしている場合、身の回りの世話をさせるのは普通らしい。

興味深くはあるが、はやいとこ元のセカイへ戻りたい。

チートだハーレムだ成り上がりだとそんなことには一切興味が無い。

提督稼業に戻らなかったら、なにが起こるのか皆目見当もつかない。

なんとしても戻らねば。

 

栗毛色の髪の娘はアマーリエという名前の伯爵令嬢で、先日隣国の第三王子との婚約を破棄されてしまったらしい。

友人たちとの雑談に向かったウルスラを見送って中庭の長椅子に座っていたら、彼女が近づいてきて私の隣に座り、いろいろ語りだしたのだ。

秘め事って話せる相手が限定されるよな。

他人事ではない気がしてしんみりとする。

石造りの城塞都市にも慣れ始めてきたが、このままでは不味い。

 

「戻りたいのですか?」

「それはまあ、そうです。」

「帰らなくてもいいじゃありませんか。」

「そういう訳にもいきません。」

「お堅いのですね。」

「石頭ですから。」

「あら、頭だけですの?」

 

私の顔を覗き込む美少女。

最近、ようやく互いの意思疏通が普通に出来るようになってきた。

アマーリエは聡明な子だ。

ウルスラも悪くないのだが、両名の方向性はかなり異なるようだ。

ウルスラの使い魔としてこの学校の登校に同行しているが、女学生たちからなんやかやと話しかけられて困っている。

決闘騒ぎにまでなり、向かってきた男子学生の魔法とやらを無効化してからは注目度が急上昇したかに思われる程だ。

そんなことより服が欲しいのだけれだも、誰に言っても服など要らないだろうと口を揃えたかの如くに言う。

なんてこったい。

 

 

 

「やあ、遅くなってすまんね。」

「なにも問題はありませんか?」

「ええ、私はこの通り大丈夫です。使い魔ということで服は着させてもらえませんが。」

 

異世界生活を始めておよそ一ヵ月ほど経った頃、唐突にメトロン星人と魔王の田中さんが迎えに来てくれた。

ありがてえ、ありがてえ。

私の姿をじっと見た中年日本人的外装のメトロンが、ぽつりと言った。

 

「露出調教?」

「ちゃうわ。」

 

メトロンのボケに突っ込んでおく。

さて、ウルスラとアマーリエに別れを告げてこのセカイを去るとするか。

そのことを伝えた。

 

「もう二人も、女の子に手を出したんですか?」

「人聞きの悪い。手なんて出していませんよ。」

 

田中さんも酷いことを言う。

 

「連れて帰らないのかい?」

「しないってば。」

「洗脳は数秒あれば出来るよ。部分パーマ……じゃなくて、部分洗脳もお茶の子さいさいさ。」

「やらんでいい!」

 

メトロンも酷いことを言う。

 

 

お茶の時間。

校内の庭園の離れにある開放型喫茶室。

二人へ元のセカイに戻ることを告げる。

何時かは別れが来るものだ。

だが。

彼女たちにとって、それは青天の霹靂(へきれき)の事態だったようだ。

茫然とした顔でウルスラが私に叫んだ。

 

「あんた、私のことが嫌いなのっ!?」

「好きとか嫌いとかではなく、私には待っているヒトたちが大勢いるのです。」

「おんなね! あんた、おんなたらしだから、いっぱい女の子を引っかけているんでしょ! きっと奥さんだって何人もいるんだわ。騙したのね!」

「騙すも騙さないもありません。そもそもそういった話はしていませんし、元のセカイに帰りたい旨は何度も申し上げた筈です。」

「そんなことを言って! 私のことはどう思っているのよ!?」

「こんな冴えないおっさんとどうこうではなく、婚約者の方と素直に結婚されるのが一番よいことだと思います。」

 

そう、彼女には婚約者がいる。

彼と結ばれるのが最善の道だ。

 

「アマーリエはどうするのよ!?」

「彼女もこちらのセカイで新たな男性と結婚されるのが最もよいことだと考えます。」

「あんたは冷たい男ね! 冷血漢よ!」

 

アマーリエはポロポロ泣いている。

ウルスラも何故か泣き声を上げた。

そこまで親身に思われていたのか。

干し葡萄を使ったパウンドケーキと蕎麦茶で、時を分かち合う。

しんみりとした空気の中で別れた。

 

 

 

向こうとこちらの時間の流れは異なるらしく、こちらは消えた当日の夕方だった。

村は蜂の巣をつついたような喧騒に包まれている。

ハインド二機が村外れの空き地に駐機していて、ものものしい警戒態勢が敷かれていた。

函館の子を含む艦娘が沢山いて、まるで村人よりも艦娘の方が多いのではないかと感じられる程である。

先遣隊の彼女たちは特別捜査本部を設置していて、慌ただしく動き回る駆逐艦や走り回る巡洋艦などでごった返していた。

やあ、ただいま、と本部に詰めている子たちへ声を掛けたら一瞬時が止まり、そして私は彼女たちから揉みくちゃにされて質問責めにあった。

本部に詰めていてくれた豪放磊落(らいらく)な花山提督はガハハと笑いこけ、少し痩せたかに見える獄門島鎮守府の提督はほっとした顔をこちらに見せた。

花山提督のお婆さんが作ったというおはぎをありがたくいただく。

うむ、この素朴な風味がたまらぬ。

なんとなく、富山の岩瀬浜で買った三角どら焼きを思い出す。

あのお店のお婆さんは今も元気だろうか?

 

 

明日には連合艦隊がこの鬼首村に到着するという。

微妙な顔で、先遣隊旗艦の軽巡洋艦たる高梁(たかはし)がそう言った。

岡山三川艦全員がここにいるのは、索敵能力の高さもあったかららしい。

結果的に空振りとなったが、先遣隊全員を労(ねぎら)っておいた。

訓練になったと思えば、無駄ではないとも言えるんじゃないのかな?

ローマたちも慰めておく。

 

 

ぼんやりしていたら、春日丸が蕎麦茶とパウンドケーキを差し出してきた。

彼女は雲龍と共に必死で私を探してくれた艦娘であり、提督たちによるといずれの艦娘も鬼気迫る雰囲気を醸し出していたらしい。

ありがたいことだ。

申し訳なくもある。

彼女は近々、大鷹(たいよう)という名に改名する。

艦娘たちの変化は日々じわりじわりと行われている。

私はその変化に対応しきれるだろうか?

…………。

今はこの菓子をいただくことにしよう。

それは干し葡萄を使った、大人の味わいの品だった。

不意に春日丸が私のすぐ傍に近づいてきて、すんすんとにおいをかいでくる。

なんだ?

 

「あまいにおいがします。」

 

そう言って、彼女は菩薩のように微笑んだ。

 

 


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