自らを艦娘と思い込んでいる『あんこちゃん』たちからのクッキー大攻勢をなんとかしのいだが、第一秘書艦の大淀と本日の第二秘書艦の妙高先生にはくすくす笑われてしまった。
いい歳をしたおっさんが娘のような年齢の少女たちに振り回されているのを見て、滑稽な感じがあったのだろう。
本日の家庭科実習では、大切な人へあげるクッキーを作ったらしい。
大規模作戦に向かう決戦艦娘のごとき迫力が醸し出されていたとか。
私への分はそのお裾分けだろう。
そう言ったら、秘書艦両名からダメ出しされてしまった。
そんなんだから、アカンらしい。
ついでだからというので、お茶の時間になる。
大量のクッキーを分けあって、おいしく食べよう。
雑談の中で、ネット小説の集結する『小説家になっちゃったりして』の話題になる。
どの語り手がいいこの語り手がいいと、大淀も妙高先生もかなり読んでいるようだ。
彼女たちは異世界ものやら現実世界的な恋愛ものやら、広範囲な作品を読んでいる。
その中で、私の作品が出てきてドキドキ大パニックになっちゃったりしそうだった。
全作読まれてますがな。
偶然だ。
そうに決まっているさ。
大丈夫。
認識阻害も偽装も充分機能している。
その筈だ。
「あっけし先生の、島原や坂出(さかいで)などの地方都市を舞台にしたお話もいいんですよね。」
「異世界ものもいいんですけど、実際の街並みを舞台にしたお話も好きなんです。」
「実写ドラマが艦娘に大人気でしたね。」
「あれはドラマ用に脚本を書かれたそうですよ。」
「あっけし先生って覆面作家みたいで、サイン会をされないんですよね。」
「それがまた独自の魅力を引き出す要素になりますから、悩ましいところです。」
バレて……いないよな。
こちらをちらちら見てもいないし。
「ところで『リタとサリア』の主人公ですけど、村娘のリタと闇エルフのサリアのどっちを選ぶんでしょう?」
あー、あそこはけっこう悩んでいるんだよね。
ダブルヒロインの物語をどう締めようかなと。
「私は断然リタを推しますね。あのひたむきで健気な感じがいいじゃないですか。」
「私は……そうですね、サリアですか。あの報われないことを当たり前に思う彼女の考えが、主人公の命をかけた説得で変化してゆく様は名場面のひとつですよ。」
「確かに、あれは素晴らしい場面でした。」
「これで第三の女の子が出てきたら、興ざめですよね。」
「まさか、あっけし先生はそんなことをされませんよ。」
「それもそうですね。リタ派とサリア派とで論争しているみたいですから、結末はきっちりつけてもらいたいですね。」
「提督はネット小説を読まれます?」
大淀が話を振ってくる。
「え、ええ、たまにたしなむ程に。」
「どんな作品を読まれるんですか?」
あまり有名でなく、特別人気作でもなく、書籍化もしていないが、でも我が琴線に触れた作品を四つ挙げる。
いずれも完結した話だ。
数日後。
メトロン謹製の秘匿回線で輪唱書店の編集女史と打ち合わせてをしていたら、『小説家になっちゃったりして』発の四作品が書籍化される旨を聞かされた。
いずれもランキング圏外だったのに、先日来より急激に閲覧件数が激増したという。
馴染みの女性編集者は以前私が褒めていたことを覚えていて素早く連絡し、その内の一作品の書籍化に漕ぎ着けたそうな。
同業者たちは激戦を繰り広げたそうで、いずれも既に予約者だけで一万部に届いている作品だらけだとか。
ど、どうしてかなあ?
お、おじさん、全然分からないや。
アニメーション化の打診がされた作品まであるという。
先輩の所属する奈良アニもその候補のひとつ。
普段ぼやきまくる彼もホッとすることだろう。
焼きたてのクッキーもいいが、数日経過してしっとりした味わいに変化したモノも趣深い。
それぞれ娘たちが一生懸命捏(こ)ねたであろう生地。
焼き加減は鳳翔か間宮かうちに来ている名人が監修したらしく、焼きムラは発生していないみたいだ。
少し濃いめの紅茶に牛の乳を混入し、じっくり食べさせていただくとしよう。
叢雲、曙、霞がたまたまやって来て、辛口の寸評をしまくった。
クッキーの方はかなり甘かったりほのかに甘かったりするのに。
「仕方がないわね。今度あんたのために、特別にクッキーを焼いてあげるわ。ありがたく食べなさい。」
「仕方がないから、鳳翔さん直伝のクッキーを今度焼いてあげるわ。よーく味わって飲み込みなさい。」
「ホント、手間がかかるわね。間宮さん直伝のクッキーを焼いてあげるから、ありがたく食べなさい。」
雨がぽつぽつ降りだした。
今夜は少し冷えそうだな。