誰かが言った
新しい革袋を用意すべきだと
また別の誰かが言った
新しい葡萄酒を用意すべきだと
そしてまた別の誰かが言った
この世界は是正されねばならないと
はたまた別の誰かが言った
香川で食べる讃岐うどんは最高だと
世界的暗殺者が依頼を受ける
艦娘たちの希望を打ち砕くための
死神になろうとしている
招かれざる客が彼を狙う
ドイツ製光学式望遠照準器越しに見える
その光景はなにを示すのか
『提督暗殺計画』
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯は見えるか
今回は二四〇〇文字ほどあります。
国際的暗殺者の、コロスケーノー・フォーティーン。
その腕前はおそろしい程で、用心を重ねた筈の要人が用心棒共々射殺体と化することもしばしばである。
世界的な犯罪組織やならず者国家などが高額の懸賞金を幾度も幾度も提示し賞金稼ぎたちが何度も何度も何度も何度も討伐に向かっているにもかかわらず、今も彼はのうのうと殺人業務に従事している。
五〇年ほど昔に四〇代と言われてから、彼は今も四〇代の風貌だ。
それは実に奇妙な事実である。
二代目だ複製体だいや不老不死なんだと憶測が飛び交ってはいるものの、決定的な原因は誰も掴めていない。
カウント・塔ノ沢を名乗る、神出鬼没の謎の東洋人。
駆け出しの頃は、かなりお喋りだったとの説もある。
ある国の王家の血を引いているとも、伝説的軍人の息子とも。
本人曰く、ウサギのように臆病だとか。
目付きの鋭い彼は現在、依頼人と会って標的を確認していた。
依頼した男は立派な洋服を着ていて、とても偉そうな感じだ。
「……この男が標的か?」
「そうだ。こいつが将来厄介な疫病神になる前に、その息の根を断つ。任せたぞ、コロスケーノー・フォーティーン。」
写真に写っているのは四〇代と思われる、中庸な顔立ちの日本人男性。
「わかった、やってみよう……。」
カウント・塔ノ沢は仕事を行う前に、エッチなことを必ずする。
ねっとりぐっちょりぐっちょんちょんと、そうした行為を行う。
大いなる根っこと房中術を駆使し、女性をアヘアヘウヒハした。
誘ってくる美女は大抵拒まず、快楽の水底へ沈めてしまうのだ。
彼は美しい女以外、抱こうとしない。
今回絶頂に何度も至らしめた女性もその例外ではなく、美しい。
それがなんらかの矜持によるものなのか、或いは嗜好なのか一切わかっていない。
そうした殺人前の儀式も無事に終わり、彼は港町へ渡っていく。
標的は常に、艦娘もしくは忍者か東欧や南米の有名な戦闘員と共にいる。
護衛の専門家や同業者の存在は、作戦遂行を困難にさせる要因であった。
それは明らかに暗殺者を警戒した警備態勢であり、針の穴を通すがごとき精妙な射術の持ち主たる彼でも撃ち殺すのは困難な程に思えた。
しかも、目的の存在する鎮守府は常に空母系艦娘が数名航空機を飛ばしており、仮に全機無力化し空母系艦娘を全員殺害したとしても、護衛らしき駆逐艦や巡洋艦からの反撃をすべてかわせるとは限らない。
一見、難攻不落に思える基地。
ならば、そこから出せばいい。
標的の基地司令官は時折、無防備に街へ繰り出すらしい。
基地の近くにある個人店へ、こっそり立ち寄る癖もある。
それは塔ノ沢にとって、大変好都合な習慣に考えられた。
射線通るなら、殺せぬ者無し。
下見のつもりで、暗殺者はその標的お気に入りという店に入った。
焼きたてのパイのなんとも香ばしいにおいが、店内に満ちている。
店員は見当たらない。
さてどうやって殺そうかと思いを巡らせる彼は、カタリ、と背後の物音に反応して内懐に隠し持っていた円筒型弾倉式拳銃を素早く抜く。
三八口径の古い短銃身拳銃はかなり使い込まれており、何人もの命を奪ってきた歴戦の兵器だ。
背後のテーブルには切り分けられたパイが皿に載っていて、その傍らには珈琲に満たされたカップが置かれている。
ほんの数瞬前までは、あのテーブルの上にはなにも無かった。
彼は罠を疑ったが、相変わらず人の気配は全然感じられない。
死線を何度もくぐった彼にさえ、殺気もなにも感じられない。
だが、本能的に危険を感じた彼はこの場からの逃走を試みる。
しかし、それは上手くいかなかった。
男は連絡を待っている。
相当の額を使ったのだ。
暗殺が上手くいきませんでしたでは済まない。
この作戦には多くの人間が関わっている。
今更後戻りすることなど出来ない状況だ。
彼らが多数派になるための、謂わば必要事項。
国を正さねばならない。
不確定要素は徹底的に無くすべきだ。
あの冴えない中年提督を排除せねばいけない。
もしもあの一見全然モテない男が艦娘たちを本気で何名も落とし、国に反旗を翻したなら……。
男は身震いする。
あの暗殺者が成功したら、あいつも始末しよう。
なに、殺し方は幾らでもある。
化け物みたいな奴の未来の標的になるなんぞは、真っ平御免だからな。
後顧の憂いは絶っておくべきだろう。
死ね。
死ね。
みんな、死んでしまえばいい。
生き残るのは我々なのだから。
扉を叩く音がした。
腹心の声が聞こえる。
許可を出すと、白いブラウスに紺のスカートを身に付けた少女が、巨体の腹心を片手で持ち上げながら入室してきた。
にっこり笑う彼女は、巡洋艦級艦娘だったか。
彼女の眼鏡がピカリと光る、お前も死ぬかと瞳が語る。
バールのようなものを右手に持ち、左手で腹心の体を掴んでいた。
ひいっ。
思わず、男の喉から恐怖の声が洩れる。
何時から、この暗殺計画が漏れていた?
反射的に彼は立ち上がる。
パリン!
ビシッ!
超強化型防弾硝子製窓を貫いた.338ラプア・マグナムが依頼人だった男の頭部へ到達し、その生命活動を永遠に停止させた。
カウント・塔ノ沢は騙した依頼人が倒れるのをツァイス製光学式望遠照準器越しに見届けると、長々距離狙撃用に作られたアーマライトの特製小銃を分解してアタッシェケースに詰め込み、その場を静かに立ち去る。
今夜はどんな女性を抱こうかと考えつつ。
三人くらい同時に相手するのも悪くない。
この気持ちのたかぶりを鎮めねばならぬ。
既に彼は臨戦態勢準備完了覚悟完了状態。
どんな女性であろうと陥落させるだろう。
またひなびた製麺所で饂飩を食べようか。
以前仕事で立ち寄った、四国の地方都市。
業務前後に、何軒もの店で食べまくった。
あれはいい。
とてもいい。
香川で食べる讃岐うどんは本当に最高だ。
製麺所巡りをするのも悪くないであろう。
ニヒルに笑みを浮かべ、彼は闇の中に溶けていった。
コロスケーノー・フォーティーン。
彼に狙われ、殺されなかった人間は殆ど存在しない。