この話は本当のことではありません。
なにかに酷似した事象が見えたとしても、それは気のせいです。
気のせいですってば。
鴨皮書店の株価が急落している。
近来にないアニメーションの救世主『けものフレンチ・キス』。
通称、『けもキス』。
視聴率や動物園などとのコラボレーションがことごとく好調で、不景気にあえいでいた地方自治体からも喜ばれていた。
そこへ目を付けたのが、極悪非道で意識高い系で舶来礼讚で国産品を矢鱈批判する、スノッブで効率中毒で自分自身の考えに疑いを持たない自信家系幹部だった。
功績ある監督へ冤罪をかぶせ、厭らしい脅迫をネチネチと行って無理矢理降板させた。
そして、自身の息がかかったアニメーション制作会社と声優事務所で人員を固め、派手な宣伝をば行った。
それはまさに強奪行為であり、国際的には正しいのかもしれないが、人間性に欠ける盗賊的思考の産物だ。
幹部は取らぬ狸の皮算用をしていた。
社内派閥間抗争は会社の力を削ぐ愚かな行為だが、昔から人を蹴落とすのが大好きな彼にとっては日常的なことに過ぎない。
鴨皮が今一つ大きくなれない理由は其処にあるのだが、お偉いさんたちは政治ごっこに夢中だ。
意見すれば即左遷。
そんな雰囲気の中で勇気ある人間を期待するのは難しい。
この不景気なご時世に於いて、椅子にしがみつくは当然。
自浄力の無いまま、鴨皮書店は負の連鎖に囚われている。
『おふねアニメーション』で失敗したり、多くの漫画家たちの恨みを買っている状況。
元アニメーション雑誌編集長で現社長の猪上氏が、必死の勢いで火消しに走り回った。
監督に問題があった。
監督がいけないんだ。
そうのたまい続けて。
『けもキス』の世界を楽しんできたファンたちは激怒した。
必ずや、邪智暴虐の鴨皮書店に鉄槌を下してみせようぞと。
ファンたちには社内政治がわからぬ。
ファンたちは純粋に『けもキス』を愛している。
主題歌を何度も何度も繰り返して聴き、作品内の羊や獣たちと妄想内で遊んで暮らしてきた。
けれども、邪悪に対しては人一倍敏感な体質だった。
そして。
アニメーションの業界関係者たちとファンたちが悔しい思いを共有する中、『けもキス』の二期が始まった。
蓋を開けて、幹部は驚愕した。
『けもキス』の二期の視聴率が酷すぎた。
一話も二話も、視聴率が一パーセントを大きく下回っている。
このままでは、強引に進めてきた幹部の進退さえ問われる事態に陥るだろう。
彼は真っ青になった。
そもそもトラブルを知った放送局が何局も放映を渋ったために、放映網が半減していた。
宣伝は派手に行ったが、その効果は殆ど表れていないかに見える。
惨敗だった。
ネットでは批判の嵐が止まない。
北海道、大阪、東京の三動物園の公式サイトで批判されたのも痛かった。
そこへ某週刊誌が大型砲をぶっぱなした。
幹部と女優の密会を写真付きで暴露した。
売り出し中のその若手女優は、あちこちの幹部や社長へ躊躇なく枕営業するので同性には大変嫌われている。
異性からは、棒読み演技の案山子(かかし)女優の癖に漫画実写化作品主役が多いと滅茶苦茶恨まれていた。
炎上は更に酷くなって鴨皮書店代表取締役は公式に謝罪し、公明厳正な対応に努める旨を発表した。
が、これを素直に受け止めるのは鴨皮の暗部を知らない者だけだろう。
いともたやすくえげつない行為を行えるのが、鴨皮書店の本領なのだから。
幹部は逃亡先の北海道稚内市で怒れる道民ファンから散々罵倒されて錯乱し、更に逃げ出した先の函館中央病院へ入院する羽目に陥った。
函館で静かに怒り狂う女がいる。
彼女は眼鏡を光らせ、標的を確認した。
人ではない艦娘。
だが、アニメーションを愛する心は人と同じであった。
艦娘は人間がわからぬ。
だが、熱い心はわかる。
故に、悪を討たなくてはならぬ。
彼女は集まった同志と共に討ち入りを決行しようとした。
愛用の頑丈なバールのようなものをぎゅっと握り締める。
艦娘の力にも耐えられる、それは日本の技術力の結晶だ。
敵は函館中央病院にあり!
いざ、聖戦を!
ジハード発動!
そこへ、提督が現れた。
「……あの、皆さん、何故新撰組の恰好をしているんですか?」
「え、ええと、そのですね。」
「ああ、隠し芸大会の準備ですか。」
「ええ、まあ、そんなところです。」
「今晩はハンバーグを作りますよ。」
提督手作りのハンバーグ。
帝国ホテルの古典的レシピを使った品で、絶品ではないが艦娘たちの心を揺るがすには充分な品だった。
本州の猪とエゾシカの挽き肉仕様な、ジビエの風味たっぷり系料理。
これは食べずにはいられまいて。
即時に討ち入りは中止となった。
彼女たちはその夜、提督手製のハンバーグを充分堪能したのだった。
幹部は提督のお陰で命拾いした。
双方共、なにも知らないままに。