こんな夢を見ました。
わたしはとある鎮守府の副提督。
提督や艦娘たちと旅行へ行くことになりました。
しかしながら、その行き先がわかりません。
途中で、置いてきぼりにされてしまいした。
その駅舎からは、東北新幹線や北陸新幹線に乗り換えが出来ます。
皆はどこへ向かったのでしょう?
取り敢えず、吹雪に電話してみましょうか。
※今回は三一〇〇文字程あります。
男は熟練の企業戦士だ。
年は三〇を過ぎた辺り。
飼い慣らされた猟犬だ。
朝一番の電車に揺られて会社に着き、毎日高圧的な上司先輩取引先から連日のように強い精神的圧迫的状況にさらされ続け、昼飯は二〇分以内に追い立てられるように手早く咀嚼しておやつすら食べることなく深夜まで労働。
終電で帰ることが出来たら万々歳だ。
会社と駅舎との間にあるカプセルホテルが、半ば男の住みかにさえなりつつあった。
休日出勤お泊まり会サービス残業は当たり前で、月に二日も休みがあればいい方だ。
バブル世代の上司は、休まないで働き続けることこそ美徳と思い込んでいるらしい。
その上司が母親からろくに休まず働くことこそ大切なのだと諭され感激した旨を朝礼で切々と語り、若い課員たちをドン引きさせた。
以来、彼を信用するような部下は殆どいなくなり、男も毎日懲りもしないで怒鳴り続ける上司に親近感を持つことは一切無くなった。
倒産の事実は、駅舎に設置してある大型テレビのニュースで知った。
自称公共放送の司会者は抑揚の無い調子で淡々とその事実を語った。
男の所属していた会社は全国的にそれなりに大きかったが、深海棲艦の侵攻で輸入関係が滞ったためにかなりの損失金を発生させていたのだ。
会社に着くと、ガチムチのいかつい警備員から厳重なプライベートへの質問と入念過ぎる持ち物検査と丹念過ぎるボディチェックを経てようやく社内に入れた。
彼がはあはあと苦しそうだったのは、緊張感が高まっているためだろう。
男はそう思い込むことにした。
こじれるのは面倒だと、とても日本人らしい発想をしながら。
彼が名残惜しそうに見えたのは、たぶん気の所為に違いない。
男の上司は絶望した顔になっていた。
一気に白髪が増えたようにも見える。
彼は愛用の高級万年筆を弄んでいた。
ドイツ製の舶来品で散々自慢した物。
どこかで落としたのか、ペン先が歪んで軸にヒビが入っている。
インキが漏れていたけれども、彼は汚れた指を気にしていないように見えた。
その万年筆の製造元は妙に居丈高で修理をまともに受け付けさえしないことのある会社なので、彼のご自慢の万年筆は二度と使い物にならないかもしれない。
違うかもしれない。
若手はまあ仕方ないかという表情だ。
社長を含むお偉方は出社しなかった。
とっくの前に、逐電していたらしい。
結局、暫定的代表に男の上司が指名され、そうした事態に慣れぬ彼はマスメディアの恥知らず且つ常識はずれな質問攻勢にしどろもどろで返答し、時に彼らからの無礼極まる非常識でアホ丸出しの質問にキレまくった。
その際、彼は手にした愛用の高級万年筆をへし折ってしまう。
その手をインキまみれにしながら、暫定的代表は暴言しまくった。
その結果、ネットを含めて大炎上になる。
彼は一躍、『インキまみれさん』として有名人の仲間入りを果たした。
他人の不幸は蜜の味。
他人を叩くは愉悦也。
関係無い人間は幾らでも貶めていいと勘違いする者は、意外と少なくない。
金持ちや自称インテリゲンチャが、案外こうした落とし穴にハマっている。
マスメディアは連日連夜会社のことをしつこくしつこく放送して視聴率を稼ぎ、その非人間性を如実に示した。
自分たちの所為で人死にが出ようが家庭が崩壊しようが、そんなことは彼らにとってどうでもいいのであった。
責任を取りもしないで、憶測や妄想で捏造された放送を行うのが彼らの主な流儀である。
偶然逃亡していた社長が函館で見つかり、更なる燃料に狂喜したマスメディアの非人道的餓鬼たちは報道合戦を過熱させた。
彼らは時折怒り狂った関係者たちから殴られたり蹴られたりして、高価なビデオカメラを破壊されたりした。
結果、警察が出動する騒ぎになり、便乗した者が放送局の焼き討ちを試み、一時は治安維持部隊として自衛隊が出動する事態にさえなった。
不満を爆発させた連中がそこかしこで暴れまわり、報道陣は容赦なく被害者と化していく。
暴徒化した民衆にとって、マスコミ関係者は格好の標的だった。
いつも俺たちを見下しやがって。
中継車に火炎瓶が投げ込まれ、高価な機材が燃えてゆく。
他社の中継映像でそれが全国放送され、無神経な者たちが喜び勇んでそれを嬉々として記事にし、彼らもまた炎上していった。
放送局を襲撃して逮捕された人間が大量発生し、留置所の収容人数をあっさり超過する。
護送車の中に詰め込まれたままの者で、逃亡を企てようとする者が続出した。
逃げた者は大抵すぐに警察官たちに捕まって、激しく殴打される。
後の話になるが、この時のことを捕獲時に抵抗したためやむ無く暴力を振るったのだと警察は抗弁し、ネット上でその時の傷や怪我や殴打痕を晒す記事が続出して警察は対応に四苦八苦する結果となった。
そして、警視庁長官並びに警察庁長官が陳謝するという異例の事態にまで発展する。
何人かの警官が減棒となったけれども、闇討ちに遭う警察官が続出し、一時は戒厳令が発令される事態に陥った。
余計な発言をした政治家や評論家や有名人があちこちで襲われ、そうした犯罪行為をネット上で晒す阿呆が何人も現れる。
彼らを英雄扱いする愚か者も少なくなかった。
こうした事態に公安が出動し、社会不安を煽る危険分子として特定された彼らは拘束される。
拘束された者たちはこれを『受難』と称し、自らを鼓舞した。
それを称える阿呆も続出する。
愚者のお祭は当分続きそうだ。
事務課が奮闘して社員たちの退職金を捻出し、男は首輪を失った。
現世の冒険者ギルドとも言える職業安定所で手続きして一時金を入手した後、男は郵便局と銀行から預金を全額下ろして少しの手荷物と共に海沿いへ向かった。
もう既に彼の家族はいない。
深海棲艦の侵攻が開始されてから、彼の周囲でもずいぶんの人たちが亡くなっている。
もう、どうでもよかった。
なにかをする気力もない。
携帯端末を途中で捨てた彼は、廃墟と化した家々の内比較的きれい目の家屋に上がり込んでそこに住み着いた。
水道ガス電気はすべて通じていない。
それでもいいや、とさえ男は思った。
なにもかも失い続けた人生であった。
過酷な労働で先輩同僚後輩たちの大半は、あの世に行ってしまうか退社するか行方不明になるかしていた。
男もあの場にいた面々からすると、同じに見えるだろう。
彼は不意に、あのやたらにしぶとかった上司を思い出す。
悪い人物ではなかった。
たぶん。
価値観の転換こそ出来なかったが、それでも悪人ではなかった。
そう思いたい。
普通の感覚を有するまともな人間ならば先ず口にしないようなことを平然と言った無作法な取材記者に飛びかかって、警備員に拘束された彼はどうなったのだろう?
あのおかしなマスメディアの連中は、そうしたことさえなんとも思わないのだろうか?
思わないのだとしたら、彼らこそ異常者集団だ。
男はぼんやりと考えて、やがて眠った。
外から見つめるモノに気づかないまま。
男が不法滞在している家屋から少し歩くと打ち捨てられた温泉源がある。
これは循環させる湯でなかったから、男にとっては大変都合がよかった。
故に、男は温泉源近くにある家屋に移り住んだ。
衛生面がどうとか健康面でどうとかは、男にとって最早どうでもいいことだった。
このままお迎えが来るといいなあ、とさえ男は思うようになっていた。
そんなある朝。
目覚めた男は年端もいかぬ娘を抱き締めながら眠っていた。
男には覚えが無かった。
昨晩は酒を呑んでいない。
そもそも酒は置かれていない。
変だ。
見たところ、中学生くらいか。
親を亡くした子だろうか?
慌てる彼を見て、娘は朗らかに笑う。
家出娘なのだろうか?
くすりと微笑む娘の指には、きらりと光る銀色の指輪がはめられていた。