新型高温高圧缶。
改良型艦本式タービンと組み合わせることで、低速艦をも高速化させる代物。
全国の明石と夕張によって魔改造された品が、函館鎮守府に二組届けられた。
最速艦娘を自他共に認める駆逐艦の島風と、長門が試験へ臨むことになった。
わいわいざわざわする中、提督と島風が与汰話に興じる。
「ホバークラフト化してジェットモーターとかアポジモーターとか付けたら、更に速くなるんじゃないですかね。」
「提督、それではツィマッド社の重モビルスーツになってしまう。」
「そうですね、ではジャイアントバズとスカートを増設しますか。」
「どこまでボケ倒す気だ。」
「長門教官にはビームサーベルと半壊した盾を装備してもらって。」
「じゃあ、提督は輸送機役か。」
「頭がへしゃげると厭ですね。」
「提督に島風、じゃれている場合ではないぞ。そろそろ試験の準備に取り掛かる。」
「では、ロシア式に多数のロケットを用意しましょうか。」
「制御出来るかな?」
「そこ! どこまでボケる気だ! 明石たちに夕張たちも、嬉々として怪しげな装備を持ってくるな! 私はやらんぞ! 島風も装備しようとするな! 提督、ふざけるのも大概にしろ!」
函館特有の強い風が吹く中、長門と島風が演習を行っている。
長門は速射性を重視して副砲のみを装備し、島風は両手に戦棍(メイス)を握っていた。
ちなみに島風の持つメイスは、『力のメイス』と『粉砕のメイス』である。
どちらも艦娘乙種の基本兵装。
火力装甲生命力その他全般が甲種に較べて低めな乙種は、防弾防刃チョッキを着込んで深海棲艦に突っ込むことが多い。
死兵的な目と化して深海棲艦へ襲いかかる艦娘乙種は、まさに世紀末的世界の戦士。
ヒャッハーと叫んで飛びかかる者さえいる。
「そうそう当たるものではない!」と叫んで突撃することも多々あり、それは事実。
実戦に於ける被弾率は意外と低く、それは敵に与える被害が低いことをも示すから。
だが、当たる時は当たる。
それを知りつつ、艦娘乙種は今日も深海棲艦に接近戦を挑む。
中には敵前逃亡し、無防備な背中を撃たれる者もいるけれど。
速さは回避率に影響する。
速い方が絶対にいいのか?
それを確かめるべく、大本営の調査官や大勢の見物艦の前で戦艦と駆逐艦が死闘を繰り広げる。
「刃拳(ハーケン)!」
島風が長門へ蹴りを入れる。
そこに躊躇は一切無い。
笑みを浮かべてさえいた。
長門はその鋭い蹴りを、片手で流れるように逸らしてゆく。
彼女も微笑んでいた。
艦娘の本能は闘争と恋愛。
双方を満たすため、今日も艦娘は深海棲艦や提督などに突進してゆく。
島風が跳躍した。
くるっと半回転し、彼女は両足の蹴りで戦艦に打撃を与えようとした。
「斧鉞(ふえつ)!」
戦艦の両肩を狙う、必殺の一撃。
まともに食らえば、深海棲艦の戦艦級でさえ昏倒することもある武技。
だが。
歴戦の戦艦は動きが違った。
「むんっ!」
足刀を横合いから素早く握り、ジャイアントスイングを始める教導艦。
「カイトス・スパウディングボンバー!」
某漫画に影響された彼女は、駆逐艦を空へ投げた。
落ちてくるところへ打撃を加える。
それで、この激闘は終局を迎える。
しかし。
空中で姿勢を変えると、島風は猛禽の如くに襲いかかった。
「イナズマキーック!」
「なんのっ!」
大本営から派遣された大淀が提督へおずおずと話しかける。
「あの、提督。函館ではこれが日常茶飯事なのですか?」
どうやら、まだ建造されて日が浅いらしい。
そこへ函館の大淀が音もなく近づいた。
柳生流の西江水(せいごうすい)という奥義のひとつだ。
ハッと気づいた新人大淀の間合いには既に先輩大淀。
必殺の空間。
声も出せなくなった後輩に、先輩はやさしく微笑む。
「大丈夫ですよ、じきに慣れます。」
赤くなる後輩。
彼女をやさしく撫でる先輩は、提督の悪影響を確実に受けていた。
死闘は続く。
笑いながら戦う艦娘。
既に両名とも中破状態だ。
ドイツ製の信号銃に弾込めする提督。
終わりを告げるための弾。
「「流星拳!」」
嬉しそうな声が、函館の早春の空に吸い込まれていった。