軽巡洋艦『名取』の姿になって一年少々。
僚艦が次々轟沈する中、幾つもの作戦に参加して死闘を重ねてきたが、遂に轟沈寸前の損傷を受けた。
入院中の病室で提督から依頼退役の話を持ち出され、二年分の給与と同等の退職金を貰って私は艦娘を止めることにした。
だが。
検査の結果、融合率が進み過ぎたとかで元の姿には戻れないことが判明した。
男性時代に見慣れたモノがくっついたままなのが、戻れない理由のひとつだ。
女でも男でもあるアンドロギュヌス。
なんだかとても複雑な気持ちになる。
妻とはもう二度と子供が作れない。
それが限りなく残念に思えてくる。
懐かしの我が家に戻ると、妻と二人の娘は好意的に出迎えてくれた。
いや。
寧ろ、男性時代よりも更に好意的な感じが窺えて私は少なからず衝撃を受けた。
艦娘に変わった後も娘二人と会話を重ねていたが、今の方がより好意を感じる。
なんだか大変複雑な気持ちだぞ。
その夜の妻はかなり激しかった。
「アナタ、そのナリナリテナリアマレルモノでテイトクさんとはヤったの?」
「一体なにを言っているんだ、君は。そんなことする訳ないだろ。私は君に一途なんだから。」
「アラ、ソレはとってもモッタイナイわね。アタラシイトビラがヒライタかもシレナイのに。」
「私には君の考えがよくわからないよ。」
妻が腐女子なのは以前から知っていたが、百合でもあった。
それは知らなかったぞ。
男性時代よりも興奮しているようで、複雑な心境に陥った。
今の私は、艦娘でも男でも女でもなくて中途半端な存在だ。
案外、退役した同様の元艦娘たちは元気に暮らしている者もちらほらいるらしい。
まあ、妻が寝所でも満足してくれているようでなによりだ。
妻はロシア系だそうで、ある日出先の海岸で初めて会った。
肌がやたら白いが、遺伝の関係らしい。
研究所から逃げてきたとも言っていた。
深くは聞かない方がいいだろうと思う。
美しい妻と可愛い娘二人が私にはいる。
それだけで充分じゃないか。
ご近所さんたちとも、上手く付き合っているようだし。
職場の問題を解決しようと、同じ鎮守府にいた駆逐艦の霞に電話してみた。
彼女は現在、故郷の長野県飯綱(いいづな)町の食堂を切り盛りしているそうで毎日忙しいらしい。
彼女からは、すぐにも手伝いが欲しいみたいなことを言われた。
「最近、やたら忙しくってね。猫の手も借りたいのよ。で、いつ来れる?」
「相変わらずせっかちだな、君は。」
「ちゃっちゃとやってぱっぱと済ませた方が、楽に決まってるじゃない。」
「それもそうか。」
「まだ仕事は決まっていないんでしょ? とっとと今の住まいを引き払って、さっさと北信へ来なさい。」
「住まいがねえ。」
「そんなの簡単よ。あたしは今、飯綱町の名誉町民なの。アパートの一室二室、貸家の一軒や二軒くらい簡単に融通が効くわ。実際、経験があるから安心して。人口が四名も増えるんだもの、町役場だって万歳三唱よ。」
「へえ。」
「そうね、明後日は時間がある?」
「ああ、特に用事は無いな。」
「じゃあ、下見にいらっしゃい。」
「北信へ?」
「北信へ。」
「ええと。」
「はいかイエスかで答えなさい。」
「選択肢が無いじゃないか。」
「そもそもあると思っていたの?」
結局、行くことに決まった。
妻は別に問題ないと言った。
ありがたい。
娘たちも、これからの新しい生活を楽しみにしているようだ。
「「ズイウン! ズイウン!」」
餞別としてとある航空戦艦から頂いた模型飛行機を持って、妻に似てやたら色白な娘たちはブーンブーンと空戦の真似っこをする。
非常に頑丈なオモチャで、叩きつけられようが踏みつけられようがなんともない。
どこで売られていたのだろうか?
なんだか一機欲しくなってくる。
「フフフ……イクのねえ、ネエ、イクのねえ。」
「ああ、しばらくは大変だろうが、力を合わせていこう。」
「エエ、イクラでもイカせるからアンシンしてヤられて。」
なんとなく齟齬を感じるが、妻はやさしく微笑んでいる。
おそらく、日本語がまだきちんと習得出来ていないだけ。
それだけなのだ。
密着してハアハアと言っているが、気のせい気のせいだ。
紅い目を光らせ、イロイロとタノシミネと彼女は呟いた。