はこちん!   作:輪音

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CCⅩⅤ:スチェンカ

 

 

 

朝食のスィルニキは出来立てで、カッテージチーズが程よく効いたパンケーキは私の胃袋を充分満足させた。

樺太産フレップのジャムによく合う。酸味が旨さをより引き立てる。

コケモモとも呼ばれるこの果実は酒の原料にもなり、業務終了後に果実酒を呑むのも乙なものだ。

トマトジュースは気分をシャキッとさせる感じだ。

料理人がかなり腕を上げている。

ここオタルの提督は厳しいから。

ハコダテの提督のゆるさと比べたら、天と地だ。

あれがいいという子と、あれがいけないという子とがいる。

考え方は多様な方が応用力は高い。

考え方が似た者ばかりだと柔軟性が失われる。

戦後を睨むならば、ハコダテのやり方のほうがいいのかもしれない。

国産紅茶を飲みながら、今日の業務について考える。

何故かハコダテの提督が目蓋に浮かんだ。

 

「なんだ、ローマ。朝からあいつのことを考えているのか?」

 

目の前の席に提督が現れた。いつもの軍曹と一緒だ。

 

「すみません、提督!」

 

急遽立ち上がって直立不動になった私を見て、彼女は苦笑した。

 

「お前の唯一の弱点はあの男だ。それを更に自覚しろ。戦場では一瞬の油断が命取りになる。」

「は、はい。」

「わかったならいい。私は部下を立たせたままにする趣味などない。食事は座って行うものだ。立って喰うのは、戦場だけでいい。」

「はっ!」

「これはよいスィルニキだ。ニコライは腕を上げたな。」

「ハコダテで訓練を積んだそうです。」

 

初めて軍曹が口を開いた。

 

「ほう、ロシア人の私を感心させるとは面白い。」

 

提督は獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

オタル鎮守府は艦娘関連の仕事のみならず、多様な業務を日々こなしている。

ウラシオ泊地との連携でロシア関連の輸出入を手掛けたり、出稼ぎ亡命などの手伝いも業務に含まれた。

まるで総合商社だ。

オタルでは現在、ロシア料理店、ウクライナ料理店、ベラルーシ料理店、ポーランド料理店、チェコ料理店、スロバキア料理店、ハンガリー料理店、ルーマニア料理店、ブルガリア料理店、東ドイツ料理店などがしのぎを削り合っている。

幾つかの店はサッポロにも進出し、ススキノなどで繁盛しているようだ。

我がイタリアの料理店はやや劣勢気味で、少し悲しい。

 

 

執務室で業務。

オオヨドがいたらありがたいのだけど、そうもいかない。

事務局の娘たちは鎮守府所属のロシア男たちに目を光らせ、着飾ることに夢中だ。

一度提督に抗議したが、取り合ってもらえなかった。

 

「無能を役立ててこそ、オタル鎮守府は健全に機能するのだ。」

 

そういうものかしら?

 

「近々、同志ガングートが着任予定だ。」

「えっ!? 提督、お言葉ですが、オタルの規模では戦艦級艦娘二名を養う力は……まさか、提督……私を……。」

「なにを勘違いしている、ローマ。お前の大好きなあいつの元へ送ってやろうかと思っているのだ。感謝して欲しいくらいなのだがな。」

「そ、それは本当ですかっ!」

「但し。」

「但し?」

「条件がある。」

「条件、ですか?」

「ハコダテに行きたい戦艦を集め、スチェンカで競ってもらう。勝者がハコダテ行きだ。」

「勝ちます。」

「負けたら最前線行きだ。それでもいいのか?」

「機会を与えてくださって感謝します、『大尉(カピターン)』。」

 

負けない。

私は負けない。

私の名はローマ。

麗しの都の名を持つ戦艦級艦娘。

きっと。

きっと勝ってみせる。

ずっと。

ずっと願っているのだから。

 

 


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