朝食のスィルニキは出来立てで、カッテージチーズが程よく効いたパンケーキは私の胃袋を充分満足させた。
樺太産フレップのジャムによく合う。酸味が旨さをより引き立てる。
コケモモとも呼ばれるこの果実は酒の原料にもなり、業務終了後に果実酒を呑むのも乙なものだ。
トマトジュースは気分をシャキッとさせる感じだ。
料理人がかなり腕を上げている。
ここオタルの提督は厳しいから。
ハコダテの提督のゆるさと比べたら、天と地だ。
あれがいいという子と、あれがいけないという子とがいる。
考え方は多様な方が応用力は高い。
考え方が似た者ばかりだと柔軟性が失われる。
戦後を睨むならば、ハコダテのやり方のほうがいいのかもしれない。
国産紅茶を飲みながら、今日の業務について考える。
何故かハコダテの提督が目蓋に浮かんだ。
「なんだ、ローマ。朝からあいつのことを考えているのか?」
目の前の席に提督が現れた。いつもの軍曹と一緒だ。
「すみません、提督!」
急遽立ち上がって直立不動になった私を見て、彼女は苦笑した。
「お前の唯一の弱点はあの男だ。それを更に自覚しろ。戦場では一瞬の油断が命取りになる。」
「は、はい。」
「わかったならいい。私は部下を立たせたままにする趣味などない。食事は座って行うものだ。立って喰うのは、戦場だけでいい。」
「はっ!」
「これはよいスィルニキだ。ニコライは腕を上げたな。」
「ハコダテで訓練を積んだそうです。」
初めて軍曹が口を開いた。
「ほう、ロシア人の私を感心させるとは面白い。」
提督は獰猛な笑みを浮かべた。
オタル鎮守府は艦娘関連の仕事のみならず、多様な業務を日々こなしている。
ウラシオ泊地との連携でロシア関連の輸出入を手掛けたり、出稼ぎ亡命などの手伝いも業務に含まれた。
まるで総合商社だ。
オタルでは現在、ロシア料理店、ウクライナ料理店、ベラルーシ料理店、ポーランド料理店、チェコ料理店、スロバキア料理店、ハンガリー料理店、ルーマニア料理店、ブルガリア料理店、東ドイツ料理店などがしのぎを削り合っている。
幾つかの店はサッポロにも進出し、ススキノなどで繁盛しているようだ。
我がイタリアの料理店はやや劣勢気味で、少し悲しい。
執務室で業務。
オオヨドがいたらありがたいのだけど、そうもいかない。
事務局の娘たちは鎮守府所属のロシア男たちに目を光らせ、着飾ることに夢中だ。
一度提督に抗議したが、取り合ってもらえなかった。
「無能を役立ててこそ、オタル鎮守府は健全に機能するのだ。」
そういうものかしら?
「近々、同志ガングートが着任予定だ。」
「えっ!? 提督、お言葉ですが、オタルの規模では戦艦級艦娘二名を養う力は……まさか、提督……私を……。」
「なにを勘違いしている、ローマ。お前の大好きなあいつの元へ送ってやろうかと思っているのだ。感謝して欲しいくらいなのだがな。」
「そ、それは本当ですかっ!」
「但し。」
「但し?」
「条件がある。」
「条件、ですか?」
「ハコダテに行きたい戦艦を集め、スチェンカで競ってもらう。勝者がハコダテ行きだ。」
「勝ちます。」
「負けたら最前線行きだ。それでもいいのか?」
「機会を与えてくださって感謝します、『大尉(カピターン)』。」
負けない。
私は負けない。
私の名はローマ。
麗しの都の名を持つ戦艦級艦娘。
きっと。
きっと勝ってみせる。
ずっと。
ずっと願っているのだから。