野見憲太(のみのりた)。
いつもぼんやりして見える、眼鏡男子。
自由奔放系署名記事サイト『ニチニチキョテンツェット』の人気書き手でもある。
妖精と仲よく会話出来るため、彼は提督候補生となった。
彼の周囲と背景に問題が無いかを調査すべく、いつものように私は行動を始める。
その調査は常の如く、すぐ簡単に終わる筈だった。
小学生時代に彼は架空の友人をこしらえ、心の隙間を埋めていたと周囲の人々が証言する。
その友人は未来からやって来た人造人間という設定で、数多の道具を無尽蔵のアイテムボックスから取り出して野見憲太の窮地を幾度も救ったという。
そういう設定らしい。
ご都合主義の産物みたいだ。
まさか、異世界転生だか転移した勇者でもあるまいに。
彼曰く、これはすべて現実の過去にあったことであり、歴史の修正力によって人々の記憶が消去されたため皆が覚えていないのだと主張したそうだ。
野見憲太の親友であるチェコ系八百屋『八百幸』の猛・コルタやホーネッカー財閥の御曹司たるスネイル・ホーネッカーにも聞き取り調査を行ったが、両名とも彼に人造人間の友人がいた事実は無かったと断言した。
但し、たまに妙な記憶がいきなり甦ることもあり、それがいわゆる後付け記憶なのか妄想なのか或いは事実なのか今一つ判断が付かないのだという。
その模造記憶かもしれない過去では、彼らは喧嘩したり仲直りしたりを頻繁に繰り返していたという。
その潤滑剤的役割は常に、曖昧模糊とした野見憲太の友人だったらしい。
少年時代特有のあんなこといいな出来たらいいな、なのかもしれないが。
聞き取り調査が極めて難航したのは、木鋤俊英(きすきとしふさ)と彼の夫人である木鋤スミレだった。
両名とも野見憲太を禁忌とでもするかの如く明確に怯えており、会話すらも厳しい事態に追い込まれた。
木鋤スミレは旧名皆本スミレと言い、小学生の頃はしばしば野見憲太と遊んだ仲だという。
それにしては、態度がかなりおかしい。
木鋤俊英も頻繁ではないが野見憲太と遊ぶこと自体はあったらしく、おそらくなにかしら決定的な亀裂が学生時代に発生したものと推察された。
だが、それがなにかは一切の推測を許さない。
収穫の無いままに、彼らと別れる他なかった。
野見憲太を調査してゆく内、奇妙な事実が幾つも発覚する。
その内のひとつ。
彼の住んでいた街にある老舗の和菓子屋が潰れかけた際に、野見憲太と架空の筈の友人が梃子入れして効果的に宣伝した結果大繁盛させたという。
起死回生の逆転劇を果たしたそこは、現在も人気店である。
年配の主人は今もその時のことを覚えていて、懐かしそうに話をしてくれた。
野見憲太には青いドレスを着た可愛い少女が付き従っていて、彼女はどこからともなく不思議な装置を取り出して彼を助けたらしい。
その店で購入したどら焼きやきんつばや団子が、とても旨かったことを追記しておこう。
函館鎮守府の提督も訪れる程の店らしい。
野見憲太を調査してゆく内、彼といつも一緒にいたという少女の存在が浮上してくる。
存在しない、と身近な人々から全否定された筈の娘。
猛・コルタ、スネイル・ホーネッカー、木鋤俊英、木鋤スミレのいずれからも得られなかった情報だが、逆に友人関係と異なる人々の記憶に残っているのが大変奇妙に見える。
まるで、野見憲太が二人いるかのようだ。
そうして、新たに奇妙な事実が発覚する。
模型業界で知らぬ人なきスネア・ホルネスマッハが、野見憲太と彼に付き従っていた少女のことを覚えていると言う。
彼はスネイル・ホーネッカーの従兄弟で、こだわりのフィギュア作りで知られるホルネスマッハ商会の代表取締役だ。
「あれは僕が大学生だった頃、戦艦大和のラジコン模型を進水させた時の話なんだけどね。スネイルが憲太君とエモールちゃんを怒らせちゃったもんで、ちょっとした戦争もどきになったんだ。雷撃戦自体は上手くいったんだけどねえ。え、結果? 思いっきり負けたよ。戦争なんてするもんじゃないね。金ばかりかかって虚しいもんさ。おっと、今のご時世にこんなことを言ったら、『非国民』になるかな?」
パーマ頭の彼はなかなか挑発的な人物だ。
「スネイルの中じゃ、エモールちゃんは今や禁忌そのものみたいでね。名前を出すことすらご法度さ。そうだね、憲太君のことで僕が知っていることは少ないけど、彼はとてもいい子だよ。少し内向的なところはあるけど、集中力は高いし思いやりも充分ある。射撃の腕前は確かだし、あや取り選手権日本一の腕前は伊達じゃない。最近はネットで面白い記事を書いているみたいだし、なかなかのもんじゃないかな? 彼はちょっとぼんやりして見えるかもしれないけど、見た目だけで判断しない方がいいと思うよ。」
有益な意見が入手出来た。
後はこれらを大本営に持ち込んで、判断してもらえばいい。
だが実際のところ、彼を提督にしてよいものなのだろうか?
ま、それは向こうが行う判断だ。
私などが行うべき判断ではない。
結局、エモールという少女のことは一切触れずに報告書を書き上げ、それをそのまま提出した。