はこちん!   作:輪音

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今回はちょっこし『魔法使いの嫁』風味です。


CCⅡ:愛妻家と新年会

 

 

 

妻からヨウカンを買いすぎだと怒られてしまった。

おいしそうに食べていたので少し多く買ったのだと言ったら、呆れられた。

屋敷の地下貯蔵庫に入れておけば、長持ちするだろう。

ドイツのシュトーレンみたいに長持ちするだろうから。

このリョクチャは柔らかい風味だ。

数箱買ったのでオマケとのこと。

昔はよく飲んでいた懐かしい味。

紅茶がこの地で流通するようになってからは、飲むのはもっぱら紅茶だ。

英国の人々は深海棲艦の侵攻以来、紅茶とチョコレートと日本製品の値段を随分気にしているように見える。

妻のため、こちらもそれらが容易に入手出来るように出来る限りのことをしている。

スイスやベルギーやオランダなどには、腕のよい菓子職人が多い。

イタリアやフランスやドイツなどもそうだ。

妻にしばしば高級菓子を贈っているが、時に微妙な顔をされる。

リンツ、デメル、王室御用達。

ミシュランの認める菓子職人。

そういった、欧州屈指の菓子。

なのに。

何故だ?

解せぬ。

 

人口が激減し、魔法の管理でてんやわんやな土地も多い。

人という蓋が無くなって、沸きやすくなっているようだ。

気を引き締めなくてはならないな。

魔法使いは、世界の理(ことわり)をねじ曲げてはならないのだから。

故に、理を守らなくてはならない。

妻の修行も一段落した。

彼女の寿命を延ばす方策も探らなくてはならないし、ましてや妻の喜びそうなモノを買わなくてはならない。

さて、なにを喜ぶだろうか?

ウェッジウッドの青く精緻な模様のポットに入った紅茶と、サンドウィッチとイモヨウカンとゲッペイとスコーンとデヴォンシャー・クリーム。

それらを妻と共に楽しみつつ過ごしていたら、絹女給(シルキー)が銀の盆に丸められた羊皮紙を載せて持ってきた。

これはまた大仰で古風なことだな。

随分と時代がかったやり方である。

伝統を重んじる古典派というべきか。

古臭いやり方を尊ぶ時代遅れなのか。

こんな書簡、魔王でさえ失笑するぞ。

日本で言うと、サムライやニンジャの時代の巻物を届けるようなものだ。

まあ、こうしたやり方を好む者も多少は存在するということなのだろう。

ふむ、これはオタルの羊皮紙か。

日本で現在も羊皮紙が作られているとは意外だ(作者註:小樽で羊皮紙が作られているのは本当です)。

ハコダテから送られてきた書簡。

ご丁寧に封蝋まで施されている。

紅い封蝋からは微量の魔力を感じる。

古典的な封印魔法だ。

もしかして、僕は試されているのか?

魔法使いにしか解けない仕様から、あちらにも腕のいい術者が存在するようだ。

試しに妻に封印を解かせてみたら、リラの花束が出現した。

白、紫、ピンクの三色だ。

花の香りが室内を満たす。

喜ぶ妻を見て、忸怩(じくじ)たる思いに囚われメキメキと音を立てて変化しそうになってしまった。

いかんいかん、冷静にならなくては。

羊皮紙は新年会の招待状に変化する。

先日、ハコダテの提督を助けたのでお礼を兼ねてのことという。

ハコダテでの新年会は、パブのような居酒屋で酒を呑んだり食事をしたりして親睦を深めるものらしい。

始めは妻も連れていこうと思ったが、魔王級の存在が出席すると聞き及んで残念ながら取り止めた。

彼女に万が一があってはならない。

僕の宝に傷を付けることはダメだ。

それはけして許されないこと。

彼女を傷付けようとする者は……いかんいかん、ついつい気が昂(たかぶ)ってしまった。

彼女に六重の魔法結界を施し、予備の護符を与え、土人形と鉛の兵隊たちに周囲を警備させ、屋敷にも多層結界と無属性型攻撃術式(マウジウツ)を多数仕込んでおく。

上位悪魔でも、この術式を三発か四発浴びせればただでは済むまい。

念のため、アキタのオガから来訪神のナマハゲに来て貰い、最終防衛要員となってもらった。

対価は湖水地方とアイラ島とロンドンの観光だ。

これで済むなら安いもの。

地獄の道化師フラックも配置しておくか。

安全策は幾ら施しても足りないくらいだ。

更に絶対消滅型魔方陣(アンドロメダ級拡散波動砲)を描こうとしたら、妻から止められた。

解せぬ。

 

それはそれとして、妻のためにも素敵なお土産を持ち帰らなくてはな。

 

 

薔薇荊の道を抜け、ハコダテに辿り着く。

北の港町は雪が降っていた。

妻を連れてきていたら、風邪を引いたかもしれない。

連れてこなくて正解だな。

先日雨が降ってかなり溶けたらしいが、今また降っているという。

案内役としてメトロン星人が来るとは、意表を突かれた。

中年男性の姿をしているが、如何に科学的に擬装していても魔法使いの目は誤魔化されない。

彼の案内でポインターという年代物の科学的戦闘車輌に乗り込み、異星の少女型ホムンクルスの運転でパブ『トンヌラ』へと向かう。

 

新年会は盛況だった。

妖精たちがいたら、収拾が付かなかっただろうくらいに盛り上がった。

ハコダテの提督は参加者たちから散々弄られている。

はやくめとれ、はやくめとれ、とやたらにせっつかれていた。

参加者は魔王、魔女(ウイッチ)、英霊、大悪魔、堕天使、国津神、妖魔、などなど、なんだかごちゃ混ぜだな。

混沌の坩堝(るつぼ)だ。

妻を連れてこなくて正解だった。

彼女は絶対安全圏にいるべきだ。

いっそ、屋敷から出なくて済むように…………。

 

明日は彼女の好みそうなものを買いに行こう。

熊の木彫りなんてどうだろうか?

ペナントもいいかもしれないな。

提督にその話を振ってみたら、何故か微妙な顔をされた。

解せぬ。

 

 

 


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