今回は三六〇〇文字程あります。
なお、天草四郎が出てくる予定はありません。
悪しからず、ご了承ください。
深海棲艦の侵攻までは、世界有数のメガロポリスとして繁栄を誇った東京都。
約一二〇〇万いた人々も物流の停滞や電力問題、度重なる暴動、それに伴う治安の悪化と先行きの見えない生活に疲弊して地方へ疎開する人が年々増加の傾向にある。
今は三〇〇万ほどまで人口が戻ってきたが、西日本の方が景況にすぐれるため、そちらに移住する人も少なくない。
近年は、『旧首都』と揶揄する者さえ現れている土地。それが東京。
その中目黒区にある東急東横線祐天寺駅。
駅舎改札口付近にて、桶狭間焼を屋台で売る容姿端麗の男がいる。
それは今川焼と同じような食べ物。
地域によっては、ふうまんとも回転焼とも太閤焼とも呼ばれる焼き饅頭だ。
屋台の近くには、『天下布武』とか『毘沙門天』とか『風林火山』とかの墨痕鮮やかなのぼりが幾つも並べられていた。
その彼の傍には甲斐甲斐しく手伝う美貌の少年。高校生だろうか?
品行方正な雰囲気にえもいわれぬ色気。
小学生から大人のお姉さんまで虜にしている、罪な美少年である。
二人並ぶと、腐海の住人が狂喜乱舞して嗚呼歓喜天様っ! となる感じだ。
不景気な世の中だが、売り手の「買ってゆくがよい。」という俺様発言は何故か通勤する人々の心を捕らえ、案外よく売れるのだった。
備中小豆餡、備中白小豆餡、プロヴァンス風カスタードクリーム餡、八丁味噌餡の四種が売られていて、売り手としては八丁味噌餡が一押しらしいが癖のある濃い味付けのために売上高は四番手である。
これが名古屋か大須辺りだったら、味噌餡が一番手かもしれない。
売り手の名は明智藤吉郎元康。
少々甲高い声のアラフォーだ。
手伝いの少年の名前は森蘭馬。
気遣い深き補佐役って感じだ。
二名で因縁を付ける愚連隊やヤの付く人々をことごとく返り討ちにし、配下に収めていた。
相当な武芸達者のようである。
やがて終電の時間となり、売り手は気前よく残った桶狭間焼を周囲にたむろしている人々へ無料で配った。
太っ腹だと喜ぶ庶民たち。
銭が大好きで大好きでたまらない男は、無駄がある意味嫌いだ。それ故に残ったものは皆へ配る。それで支持度が上がれば万々歳ではないか。
屋台を解体し、軽トラックに載せて二人はひなびたアパートに辿り着く。
そこが彼らの拠点。
有能な少年がさっと点てた抹茶を豪快に飲んで、男は彼に聞いた。
「お蘭よ。」
「はい、上様。」
「拠点について存念を申せ。」
「尾張は如何でしょうか?」
「あやつの影響が強すぎる。」
「しからば、大坂もなりませぬか。」
「猿の土地に住む気はない。」
「安土城は既に焼け落ちております。上様の味の好みに近いのは、この日の本に於いて愛知県と呼ばれる国と思われまする。」
「……であるか。」
「一度見聞を広めるために行かれてみてはどうでしょうか?」
「お蘭、やり様はお主に任せる。」
「お任せくださいませ。」
「後、爺か久太郎か犬でもおればのう。」
「存外、我ら同様、どこぞにおるやもしれませんな。」
「……であるか。」
蜂須賀政勝という男がいる。
関東地方では若い頃からぶいぶい言わせ、行きどころの無い若い衆を束ねていた。
世の中、いろいろもて余している人間は意外とあちこちにいるものだ。
自警団を作り、ゴミ拾いや老人の相手などを率先して行っている。登校時下校時に安全性を確保すべく、目を光らせているのも彼らだ。
実際、彼らが未然に防いだ事件犯罪事故は両手両足の指の数を超える。
『蜂須賀衆』という、お前はどこの手勢だと突っ込みが来るような温故知新的名称の集団を率いているのが政勝だ。
この男が桶狭間焼を売るおっさんに惚れた。
エロい方ではなく、任侠的な方面である。
出会いは突っ走った若い衆を諌(いさ)めるためであったが、一目会ったその日から燃える花咲くこともある。
気分は張飛であった。
斯くして、明智藤吉郎元康は二〇〇〇に及ぶ手勢を得ることに成功した。
斉藤吉乃という女性がいる。
ほんのりおっとりした、ちょっこし夢見がちな人。
彼女は東急東横線祐天寺駅を日常的に使っている。
最近は、歴女好みっぽい屋台がお気に入りなのだ。
そこの店主と、時折気安く他愛ない話をしている。
なんだか気になる男。
たぶん、デートに誘われたら付いてゆくだろうな。
期待している自分自身に少し驚きながら、誘いを待つ。
誘ったら負け。
彼女は微妙に負けず嫌いだった。
元康と蘭馬は新幹線に乗って、愛知県へと出掛けることにした。
早朝の東海道新幹線は定刻通り発車し、両名は崎陽軒のシウマイ弁当をわしわし食べながら西へ西へと進む。
お茶は早朝に自前で淹れたものをテルモスに入れており、蘭馬は敬愛する主人にいそいそと熱いお茶に心を乗せて手渡すのだった。
静かな車内。
まるで、平日の北海道新幹線新函館北斗駅奥津軽いまべつ駅間のようにがら空きだ。
奥津軽いまべつ駅と津軽二股駅の傍にある道の駅は、なかなかよい品揃えなのだが。
名古屋駅に到着。
名古屋城。
徳川美術館。
明治村。
犬山城。
観光地に行くのも悪くないが先ずは腹ごしらえだ。
名古屋名物のモーニングを食べなくてはならない。
なんと名古屋では、終日モーニングの店も少なくないのだ。
不景気な世の中だが、それを笑い飛ばそうとする気概が尾張の人々にはある。
それを象徴するのが、ある意味モーニングなのかもしれない。
違うかもしれない。
「上様、ここに御座りまする。」
「……であるか。」
駅舎から歩くことしばし。
昭和を彷彿とさせる喫茶店が見つかった。
イケメン高校生がイケメンおっさんを連れて店内に入る。
年配の柔和な雰囲気の老女が一人いた。
どうやら、彼女がこの店の店主らしい。
二人が席に座ると、お茶と南京豆と茹で玉子とおしぼりがさっと出された。
「まだ頼んではいませんよ。」
若者が言った。
「あんたら、名古屋は初めてだね。先ずはこれをお食べ。二人ともモーニングでいいのかい? まあ、今の時間はそれしかやらないけどね。」
「はい、それでお願いします。」
「じゃあ、ちょっと待ってな。」
ニヤリと笑う店主。
「……であるか。」
男はさっさと南京豆を食べ始めた。
やがて、チン! という軽やかな音がしたかと思うと、程なく潰し餡を載せた厚切りのトーストと豆腐とワカメの味噌汁、それに代用珈琲が出された。
「上様、これなるが名古屋名物小倉トーストで御座います。」
「ふむ。……餡は我が屋台のものよりあっさり目だの。味噌汁は好みの味じゃ。」
厚切りのトーストは、外側さっくり内側ふんわりの絶妙な味わいだ。
「お兄ちゃんたち、うどん食べるか?」
えっ? 思わず頷いたら、天麩羅うどんが来た。
いただきもので、食べきれないらしい。
掻き揚げは大きく、食べごたえがある。
「サラダも食べとくといいよ。」
ドン、とポテトサラダとキャベツと胡瓜とトマトの複合体が来た。
あれ?
こんなに頼んだっけ?
疑問を覚えながらも、主従はムシャムシャと風味のよい代用珈琲と共に賞味する。
「そうそう、友達からお稲荷さん貰ったの よ。ついでに茶碗蒸し。」
コトリ。
いなり寿司が二個ずつ目の前に来た。
茶碗蒸しも出来立てあつあつナリヨ。
「はい、甘いもの。」
とどめは、ババロアに莓のショートケーキにパウンドケーキ。
なつかしい風味だ。
凝りすぎていなくて、尚且つ老舗の風格を伝える洗練の味覚。
腹をさすりながら店を出た。
これが名古屋の朝食なのか。
素晴らしい。
実に素晴らしい。
ちょっと量が多すぎたけど。
お土産に饅頭までもらった。
貰うの大好き主人は大喜び。
なんとも安上がりな中年だ。
傍らの従者もにこにこ笑う。
上機嫌な主人こそ望む姿だ。
「この地で水軍を揃えるのもよかろう。」
名古屋駅から発車する木炭バスに乗って漁港へ向かいつつ、男はにこやかに言った。
気分は海鮮丼である。
揚げたてのフライもよさそうだ。
刺し身に潮汁に練り物もいいぞ。
男はとてつもない食いしん坊だ。
「水軍と言えば、近頃は鎮守府なる砦を設け、からくり兵士の艦娘なる女武者を何名も指揮して戦わせておるとか。」
「……であるか。」
ギラリギラリと男は目を輝かせ、漁港二階の座敷で海の幸を堪能したのだった。
その帰りに、艦娘のいる基地を訪問するのも忘れない。
手土産は練り物干し物海産物。
鳩サブレーも抜かりなく用意。
既に調略は始まっているのだ。
目的は激励と見学。
本来ならば見学など普通は出来ない。
だが、両者とも許可証を持っている。
鎮守府の中年提督は、激しく混乱しながらも彼らを受け入れるしかなかった。
主従は駆逐艦たちからすぐに慕われ、姉系艦娘たちをもキュンキュンさせた。
ギラリギラリと輝く男の瞳に、基地の艦娘たちが魅了されてゆく。
再訪を誓って去りゆく主従に対し、基地の艦娘たちは全員で見送った。
ポカンとした顔の提督はやがて震える。
一体、何者だったのだ、あの男たちは。
ただの饅頭売りだと言っていたが……。
そして彼らは、尾張攻略戦を開始した。