はこちん!   作:輪音

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今回は六四〇〇文字弱あります。
以前、一般参加者として何度か参戦した時のことを思い出しつつ、流行りを加味しながら書いてみました。



CⅩCⅢ:冬のコミケット~ツイン霞ママアタック!

 

 

人は

コミックマーケットに

なにを求める

ある者は

その日の戦利品のため

現金という実弾をぶっ放す

ある者は

理想の作品を作るため

己の手をインクに染める

またある者は

実りなき野心のために

少年と百合にまみれる

祭は汚れた社会を禊ぎ

流れとなり

川となって

常に大海を目指す

 

戦士たちは

社会の汚れた流れに逆らい

そしていつか

力尽きて流される

 

 

「提督君がいけないんだよ。ほら、私、もうこんなに……。」

 

私はヘッドホンを外して言った。

 

「不認可。」

 

ぷーっと膨れ顔のマスターオータムクラウドが私に抗議する。

 

「今時、こんなの普通ですよ。むしろ、エロ濃度はかなり薄めています。」

「大本営のお偉いさんたちの前でも、そういうことが言えますか? この音声集の販売は禁止です。艦娘関連では、劣情を催させるモノが禁止だとご存じでしょう?」

「そこをなんとか、お代官様。」

「ええい、ならぬならぬ、あなここなうつけものめが!」

「あーれー! って、これ、かなり手間暇かけて作ったんですけどね。」

「そうそう、私のイメージDVD第五弾とNG映像集のまんが祭限定版『はこちん提督特盛コミケットリミテッド』を見ましたが、あれも不認可です。」

「そ、そんなっ! あれは予約だけで五〇〇〇枚突破しているんです! 今さら延期は出来ません!」

「だから、何故、事前に根回ししないんですか?」

「その、ですね。霊感が降りてくるのを感じるのがここ数日のことでして。てへ。」

「それでも、時間の遣り繰りくらいはしましたよ。函館でも期待している子がいるんですから。って、なんでやねん。……まだイメージDVDは試作段階ですよね。」

「えっ? まさか?」

「今から突貫作業で編集作業に取りかかります。大淀さん、大湊(おおみなと)の提督に連絡してください。業務委託しますとのことで、責任は大本営広報課宛でよろしゅうにと。」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「かしこまりました。」

「音声集の方もNG版を聴き直して編集します。」

「えっ? コ、コミケットは四日後なんですよ!」

「どうにかして、搬入時間に間に合わせますよ。為せば成る、為さねば成らぬ、何事も。成らぬは人の為さぬなりけり。」

「あの方の施策が軌道に乗ったのは、死後のことじゃないですか!」

「問答無用! 天地無用!」

「いやーっ!」

 

 

コミックマーケット。

コミケット或いはコミケ。

まんが祭。

同人誌即売会ではあるが、同人誌以外の物品もちょこちょこ販売されている。

深海棲艦侵攻前は数十万の人々が有明に押し寄せた、民間人主催の催しとしては世界最大の催事……だった。

侵攻後三年は開催されなかったものの、熱意の溢れ過ぎる人々の尽力によってここ数年は普通に開催されている。

人の欲望希望ぐるぐるしたモノなどを貪欲に飲み込んで、今年の冬もバビロンの扉は開かれる。

 

夏のコミケットは二日間でサークル参加が約五千、一般参加者が約八万。

往時の勢いには程遠いが、この方が落ち着いて参加出来るという意見もある。

企業ブースとしては文房具関係が新しく参戦、限定版の万年筆やボールペンやノートなどを販売するという。

奈良アニメーションに勤める先輩の元へ、挨拶に行かないといけない。

私の先輩は何故か『濃い』人が多い。

 

呉第六鎮守府の先輩が広島県応援冊子を販売すると電話してきたのは、編集し終えた音声集を横須賀へ送った夜更けのことだった。

栄養飲料は興奮剤や糖分その他で効いた気にさせる代物で、コラーゲンの経口摂取と同じくらい本質的効果が無い。

だが、気分は大事だ。

転がる複数の空き瓶を見ると、流石に飲みたくなくなるが。

 

「先輩、売り子を頑張ってください。」

「お主も手伝うんじゃ。」

「……はい?」

「新幹線でもハインドでもなんでもつこうて、手伝いに来るんじゃ。」

「ええと、鳳翔さんや他の艦娘は?」

「全員、関東圏見物じゃけえのう。」

「もしかして、断られました?」

「おお、ようわかっとるがな。」

「あのですね。現在、私は秋雲さんの手伝いで……。」

「あげなもんは、ちゃっちゃと適当に編集してぱっぱっと複製すりゃあええんじゃ。」

「それでもですね、適当に編集す……。」

「風呂場で散々刀身を見せとるのに、今さらなにをゆうとんじゃ。有明のホテルワトスン前で待っとるで。」

「あの……。」

「問答無用! 天地無用!」

「いやーっ!」

 

そういうことになった。

ぼろ泣きするマスターオータムクラウドと共にしゃかりきになって編集し、明け方作業終了。

彼女はそのまま横須賀へすっ飛んでいく。

私は意識が闇の中に包まれた。

 

気が付くと海上にいた。

加賀教官、鹿島、龍田が私と一緒にぷかぷか丸に乗って移動している。

先行する第一陣だ。

第二陣は鳳翔が指揮するらしい。

 

「能登提督の在籍される、特科艦艇二課艦娘中隊第二小隊の元へ向かいます。ちなみに、その特艦二課が有明のビッグサイト警備担当よ。」

「教官、何故密着しているのですか?」

「気分が高揚してくるからです。」

「あの、そろそろ離れていただけませんか?」

「ここは譲れません。」

「そう言いながら、ボタンを外さないでください。」

「あなたは、天井のシミを数えていたらいいのよ。」

「はいはい、ではそろそろ拘束を解いてください。」

「イヤだ、と言ったらどうするの?」

「お風呂に一緒に入ったり添い寝したりするのを、二ヵ月禁止します。」

「なんて残酷なことを言うのかしら。仕方ないわ。」

「教官。」

「なに?」

「トランクスを返してください。」

 

 

特艦二課の鎮守府に無事到着。

能登提督としみじみ語り合う。

ほんと、いい人なんだよなあ。

函館土産のさきいかや貝柱などを喜んでもらえてよかった。

 

 

コミケット初日。

能登提督の車に乗せてもらって、現場に到着。ありがたや、ありがたや。

まだ周囲は真っ暗だ。

既に行列が出来ていた。

直に夜明けになるだろう。

彼らの夜明けになるかどうかはわからんが。

先輩と落ち合う。

法被を着ていた。

真っ赤なカープ仕様だ。

えっ、それ、私も着るんですか?

【広島県応援隊有志会】と橙色の字で記された、小豆色の腕章。

蜜柑ともみじ饅頭を表しているらしい。

先生、わかりません!

サークル参加者用の通行証を渡された。

 

「あと二時間程で、夜が明ける。」

 

不意に、先輩が言った。

これは返さねばなるまいて。

 

「夜が明けるとどうなるんです?」

「知らんのか?」

「えっ?」

「この一帯がオタクまみれになる。」

 

まあ、そうなるな。

 

『ふれけも』、つまり『ふれあいのケモノたち』の扮装をした人や同人誌が多く見られる。

『ふれけも』はタッキー監督渾身の作品。

魂の輝き魅せる作品として、絶大な人気を集めた。

二期に関する監督降板で大騒ぎになったのも、ついこの間だ。

結局、鴨皮書店が妥協案を出して紛争は収まった。

鴨皮の幹部が闇討ちされたとか物騒な噂も聞こえてきたが、真実は分からない。

分かっているのは、タッキー監督がこれからも『ふれけも』に関わってくれることだけ。

 

『ニトロン』はエッチな作品と仮面戦士と歴史ドラマの脚本を書いたウルムチ氏が在籍している電脳遊戯制作会社だが、今年も長蛇の列が予想されるようだ。

薄暗い世界観、どろどろした人間模様、錯綜する物語などを特徴とする。

あれがいいんだという愛好家と、あれがいやなんだという人が存在する。

 

 

コンビニエンスストアが大盛況。

ここは、戦場だ。

店員が六名もいる。

弁当やパンやおにぎりなどを棚出しする度、即座に幾重にも手が伸びてきて鷲掴みにし、レジスターへと持ってゆく。

 

 

スタッフたちも威勢がいい。

 

「ゴミはこちらのゴミ袋にて総受けしております。皆様、是非とも手元足元お手持ちのゴミで攻めてみませんか?」

「実はこの地味可愛いお兄さんも総受けなんですよー! 昨晩もですねー!」

「私は絶対総受けではありません! 昨晩も貞操を無事に守り通しました!」

 

「おはようございます! 今日はなんとか快適に過ごせそうですね。……はい、今の言葉に共感された方々は重々ご注意ください! 有明は海のそばです。風が強くなると、あっという間に体力を持っていかれます。生ぬるい考え方をしていると、やられます。命、大切に! です。冬でも小まめな水分補給を忘れてはいけません。カイロの貯蓄は十分ですか? 乾燥対策にマスクや飴はありますか? 無い方は早めに購入されることをオススメします。」

 

「おはようございます! ……皆さま、声が小さいです! おはようございます! ……よかたいよかたい。朝の挨拶は健康指数を計る度合いです。ところで、皆さま、生きていますか? 生きている人は手を上げてください。ゾンビはいませんね? 先程やられた人がいると聞いたので、安心しました。ゾンビ対策に女王様から出してもらったばかりの聖水がありますので、見つけられた方は早急にお知らせください。ちなみに、聖水は飲み物ではありません。」

 

「ダイレクトマーケティングに来ました! カタログを買ってください! 一冊一〇〇〇円での大ご奉仕価格! いざという時の防具にもなります! 武器になり得ますが、そのような目的には使わないでください! カタログ二刀流は会場内禁止です!」

 

「私はシスの騎士。漫画世界の闇に囚われた暗黒騎士。さあ、走ろうとする者たちよ。私の手にかかる前に歩きなさいな。」

 

「コミックマーケットは床が見えたらいかんのです。」

 

「確かにここは過酷な戦場です。参加者はみんな傷を負った戦士です。皆さま、心の痛みを薄い本で癒し、無事に、生きて帰ってください。帰宅されるまでがコミケットです。」

 

「皆さま、宝の地図は大丈夫ですか? 風で飛ばされないよう、ご注意ください。宝の地図はとてもとても大切です。」

 

「皆さまは、お客様ではありません。参加者です。このコミックマーケットには、参加者と企業の人とマスコミの人しかいません。その筈です。不審者を見かけたらお知らせください。早急に対処します。なお、皆さまは参加者ですので、我々スタッフの案内・指示にきっちり従ってください。」

 

「皆さま、前を向いてください。希望が見えております。こんな世の中だからこそ、希望を持って前向きに進んでください。」

 

 

午後近くになっての放送。

 

「一般入場の規制が解除されました。これより会場の出入りが自由になります。」

 

早いな。

人がまばらだからか?

 

先輩と並んで西館にて販売にいそしむが、なかなか売れない。

良心的な内容なんだけどな。

おっさん二人だからかなあ。

もみじ饅頭の被り物をしているから、売れないのではなかろうか?

たまに艦娘らしき子が買い、私との握手や撮影を求めるくらいだ。

明日明後日は壁サークルの手伝いだ。

なんだかなあ。

先輩、二〇〇部は刷り過ぎで御座る。

 

 

休憩時間を貰った。

先ずは企業ブース。

西館四階で開催中。

あのボロいエスカレーターはなんとか動いている。

『あなたが動いたら、このエスカレーターは動かなくなります』との注意書。

ゴミ箱を漁る人はいないようだ。

何故か全身黒タイツ姿の清掃員。

彼らに必死の形相で交渉している人々もいる。

 

四階は混雑しているが、歩けない程ではない。

限定版ボールペンやよさそうな文房具を幾つか購入。

奈良アニメーションは長蛇の列だった。

『中二のオタク系女の子も恋したい!』の劇場版スペシャル年賀状を無料配布している。

先生、並べません。

というか、先輩がこっちへやって来た。

手伝えと言われたが、サークルの売り子をやっていると伝えた。すると、それが終わってからでいいから来いと言われる。

午後五時まで、企業参加者はずっと戦闘継続だとか。

アッチョンプリケ。

賄賂代わりだと、なんかみっしり詰まった非売品詰め合わせを貰う。

好きな子にとっては垂涎(すいぜん)の的らしい。誰かにあげよう。

 

『タイクーン』は相変わらずの最大手。

まさか、『月嫁』の新作が出るとは思いもよらなかった。

『メイト・エクストラ・オーケストラ』の売れ行きが好調なので、関連製品もよく売れているようだ。

各々楽器を持って戦う英霊たちの物語。

 

へえ、『オークと香辛料』の新作アニメが来年放映されるのか。

あのショタオークが可愛いんだよなあ。

 

『刀槍乱麻』も女の子たちに人気があるなあ。美男子まみれってやつか。

 

『愛の鱒釣り』通称『愛鱒』もかなり盛況だ。魚釣りが人気アニメになるなんて、誰が予想しただろう。聖地巡礼で秋田は活況を呈しているとか。

 

 

東館に行く。

のんびりした空気が漂っていた。

明日明後日は地獄なんだろうが。

今年はかなり梃子入れしたみたいだが、かなり前の冬コミの初日を思い出す。

今回のサークル参加者は約一万。

夏の倍はいる。

それがどれだけ、一般参加者の人数を増やす結果になるのだろう?

出だしは好調らしいが、りんかい線の大半の稼ぎを弾き出す程の人は来ないだろう。

たぶん。

 

ビッグサイトの外に出ると、屋台が複数見えた。

人寄せ用に準備会からお願いされた、艦娘屋台。

我らが函館鎮守府の面々は、ノリノリみたいだ。

李さんの肉まん。

鳳翔の豚汁。

間宮のサンドウィッチ。

龍驤のたこ焼き。

龍田の龍田揚げ。

春日丸のたい焼き。

青地に白抜き紋章が目印。

板倉九曜と熊紋とが目印。

どこも行列が出来ている。

買って食べて、また並ぶ人さえいる程だ。

東京最強級屋台群は、今ここにあるのだ。

いずれも以前試食したが、実に旨かった。

だが。

一番長蛇の列なのは、意外にも霞たちのおにぎり屋台だ。

『二名の霞ママ対決! 龍虎相打つ! 北の國と北信の両名の作りたての愛を買えるのはここのみ!』

『ツイン霞ママアタック! 君は生き残れるかっ!?』

『きらめく言の葉の鞭は愛の証!』

奇妙な幟(のぼり)が幾つも風にひるがえっているが、これを見て行列に並ぶ人も少なくない。

人間の業とはおそろしい。

鵺の哭く夜はおそろしい。

函館鎮守府所属の霞と長野県飯綱(いいづな)町に住む元艦娘の霞が、せっせとおにぎりおむすびを握って販売している。

彼女たちの助勢は函館の足柄、大本営の大淀と朝霜、それに大湊の清霜。

並んでいるのは殆どが男性だが、女性もちらほらいた。

 

「ほら、あんた、ボーッとしてこっち見るくらいなら、さっさと買いなさいよ。」

「なに、あたしの手元をじっと見て。この米粒を舐めたいだなんて、変態じみたことは考えていないでしょうね? ほら、買ったら次の人が待っているんだから、すぐに列を離れる!」

「えっ、あたしたち両名を撮影したい? 売り切れたらね。」

「あんたらね、あたしは元男なの、男。おっさんなの。えっ? それでもいい? まごうことなき変態ね。」

「あんた、三回目よね。ま、別にいいけど。ほら、買ったらすぐ離れる。」

「行列の邪魔したら蹴り飛ばして、そこら中にいる新撰組もどきやケンペイさんもどきに引き渡すから! 行儀よくしなさい! いいわね!」

「握手? 今、おにぎりを握ってんの。出来る訳ないでしょ。ほら、とっとと会計を済ませる! 泣きそうな顔してんじゃないわよ。売り切れたら、握手くらいしてあげるから。」

 

ずいぶん賑やかだ。

握り飯が売り切れても、彼女たちはまだまだ忙しくなりそうだな。

握手会の準備が始まっている。

妙に手際よくやっているなあ。

 

そうだ、能登提督のところへ差し入れに行こうか。

 

目ざとく私を見つけた手伝いの艦娘たちが、食べ物をどんどん渡してきた。

李さんの肉まんを頬張り、鳳翔の豚汁をすすりながら平和な風景を眺める。

豚と豚とがかぶってしまったなあ、と思いつつ。

 

さあ、呉の先輩を手伝い終えたら、今度は奈良の先輩の手伝いだ。

それが終われば、秋葉原か池袋。

池袋や秋葉原に行きたい面々がいるみたいだから、ラーメン屋とか寿司屋とか肉屋直営レストランとか洋菓子屋などの情報を既に伝えてある。

老舗ホテルに泊まってのんびりしたい。

……無理かなかな?

墨入れもホッチキス作業もしなくていいのはありがたいけどな。

 

 

空は青い。

果てしなく青い、この空の下。

三日間、晴れるといいな。

 

 


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