はこちん!   作:輪音

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今回は三七〇〇文字程あります。
苛烈熾烈になってゆく正妻戦争。
おっさん提督は生き残ることが出来るでしょうか?


CⅩCⅠ:クリスマスと白玉と恋の行方

 

 

 

新たな函館おやつを考えて欲しいとの要望が、函館市を含む道南の菓子業界と地方自治体からまたもあった。

鎮守府食堂では、現在進行形で試行錯誤が続いている。

うちの料理上手たちはみな凝り性だから、妥協が無くっておとろしい。

現在手掛けているのは幾つかあるが、古典的なプリンや餡ものなどだ。

『欧風茶碗蒸しおかし』は戦前の製法を元にして、ちょっこし濃厚固めの味わいに仕上げているプリン。

英国風ショートブレッドの『くまにゃん』は、サクサク具合がむつかしい。

ねこやのどら焼きを元にして発案した、『北の國虎焼き』も試行錯誤中だ。

なにしろ、普通のおいちゃんが作れておいしいものにしなくてはならない。

最初に四つの条件を決めた。

 

◎土地の特色ある特産品を使った品で誇らしく思えること

◎素材の旨さを引き出しつつ作り方はややこしくないこと

◎ちっちゃい子からお年寄りまで無理なく食べられること

◎値段が手頃で土産品にしやすくて比較的日持ちすること

 

烏賊を使った『いかせん』は先行発売を始めたところ、悪くない感じだ。

なにが当たるかなんて、わからない。

瓶詰めつぶ餡の『赤餡』も売られ始めた。

『おしまクッキー』の名前で開発研究中の洋菓子は、普通のお菓子屋でおいしく作れるようにと鋭意工夫している真っ最中だ。

 

和風焼きメレンゲの『ましろゆき』は和菓子屋洋菓子屋パン屋問わずに売れるしなんとかなるだろうさとのことで、道南各地のお店と協議中の代物だ。

日持ちもするし、作り方も複雑ではない。

寒天入りなので、食感もいい。

 

 

駅前に新しく出来た、豆花(トウホア)専門店の『丹陽(タンヤン)』に行ってみたいものだ。

ふんわりと口の中でとろける台湾伝統の豆乳プリンに夏は冷たく冬は熱々な沖縄産黒糖を元にしたシロップをかけ、様々な具材を載せておいしくいただく台湾の古典的おやつである。

搾りたての豆乳を使って、緑豆や十勝小豆や千葉県産南京豆や白玉や白きくらげや鳩麦なんかを載せて食べるそうだ。

素朴な風味がいいらしい。

 

 

鎮守府講堂は熱気と殺気に満ちている。

全国各地から訪れた艦娘たちが、丁々発止の質疑応答を繰り広げていた。

男はおっさんの私一人。

無力極まる中年が一人。

正規空母が。

駆逐艦が。

高速戦艦が。

重巡洋艦が。

軽空母が。

軽巡洋艦が。

潜水艦が。

補給艦が。

戦艦が。

航空駆逐艦が。

距離感の詰め方や、下着を脱ぐ頃合いや、襲い方や甘え方や、そういったことを真剣に討議している。

正妻戦争というか、性戦というか。

性なる夜に向かってまっしぐらだ。

あんまり鬼気迫る雰囲気で肉薄しても、逃げられるかもしれないよ。

そろそろ執務室に帰してもらえないかな?

ぼんやりと思うが、時折こちらへも矢が飛んで来るので対応しなくてはならない。

難儀なことだ。

ケッコンしていた艦娘たちの体験談。

生々しい実体験が赤裸々に語られる。

砲撃回数、連撃、再装填、弱点攻撃。

グリッピング。

シェイキング。

ファウンテン。

こっち見ないで。

さりげない台詞。

さりげない視線。

さりげない接触。

ほのめかす愛情。

はぐらかす恋慕。

男心をくすぐる仕草。

チラリズムでの誘惑。

男から言わせる技術。

男性心理を深く掴む。

しつこくならぬ程度。

ある時は新妻の如く、またある時は古女房の如く。

千変万化の顔を見せ、男を飽きさせない創意工夫。

提督の心に忍び込む。

浸食し、根を張り、花を咲かせるための切磋琢磨。

宅麻伸。

 

 

最も危険な罠

それは不発弾

巧みに仕掛けられた

欲望の闇に眠る殺し屋

それは深夜に目を覚まし

偽りの平穏無事を

無惨に打ち砕く

クリスマスイヴは

巨大な罠の時

そこかしこで

信管をくわえた不発弾が

突然目覚める

 

提督も巨大な不発弾

自爆、誘爆、ご用心

 

 

ようやく死地から抜け出せたのは、夜更け近くになってからのことだ。

ちまきと白玉の愛し方、というところで話がだいぶ怪しくなっていた。

ケダモノフレンズされそうな状況を感じたので、危ういところだった。

むせてしまいそうな講堂から、執務室に向かってひっそりと一人歩く。

外は雪模様。

スノークリスマスなんて洒落ている場合ではない。

ここは道南だからまだ雪も酷くないが、道央や道北道東は大変だろう。

あっちからも、名菓開発依頼が来ているんだよな。

そんなに簡単に作れたら、苦労などありゃせんわ。

 

 

水の都島原から食の都函館へ修業に訪れている彼女は元艦娘。

轟沈寸前を生き延びたが、男には戻れなくなった元軽巡洋艦。

実家の和菓子屋をよりよくしたいとの願い籠めて、おやつ作りにいそしむ眼帯娘。

アリだな。

……娘じゃないな。

おっさんだな。

おっさん同士なので話がしやすいのだけれど、自虐的下ネタは自重して欲しいぞい。

島原のかんざらしを挨拶代わりに振る舞ってもらったが、あれはなかなか旨かった。

蜂蜜を混ぜたシロップに白玉団子を入れて食べる島原名物。

白玉ののど越しつるんつるんぷるんぷるんが大変よかった。

 

「最高のかんざらしを食べさせてやる。」

 

そう誇らしげに言った彼女の言葉に、偽りは全然なかった。

彼女の作ったかすてらも、しっとりした味わいで旨かった。

 

 

クリスマスイヴ。

日本では焼いた鶏肉と苺のショートケーキを食べる日。

気合いを入れて輸入された本場のシャンパンがばんばん開けられ、酔った勢いで押し倒される男性が続出する。

 

朝から艦娘たちの視線がギラギラベギラマしていて、大変おとろしい。

盛んに夜誰と過ごすのかを聞かれた。

付き合っている女性が誰かいる訳でもないのに、過ごすもなにも無い。

朝礼でその旨話すと、うちへ引きこもりに来ている大和武蔵計四名に加えて二〇〇名近い艦娘たちから非難の声が上がった。

……ちょっと待て!

なんでこんなにいるんだ!?

五倍くらいいるじゃないか!

 

多めに仕込んでおいた筈の浅漬けがあっという間に品切れとなり、甘いもんとして用意した島原名物のかんざらしも即完売状態に陥った。

中の人はおっさんな眼帯娘がけらけら笑っている。

 

「こいだけあってでん、やっちゃ足らんね。ひっちゃかめっちゃかやけん、はよせえにゃん、遅くなるばい。にぎんめし食べて、とっととやるばい!」

 

彼女は霞の握ったおむすびをパッと口に入れ、新しい白玉団子を作り始めた。

やらまいか!

私も取り急ぎ野菜炒めを大量に作り続け、夕食に向けた鶏肉のカレー煮の準備も並行して進めてゆく。

カリスト公国から来た料理人の若者が蕎麦のガレットを作ってくれたので、その素朴な風味も楽しむ。

クレープみたいな感じだ。

明日は島原名物の具雑煮が食べられる。

具沢山で出汁の効いたつゆが絶品とか。

これは味わってみなくてはならまいて。

 

鍋を振るい終え、今度は食器の片付けを始めた。

叢雲、曙、霞、早霜、鹿島、春日丸に指示を出して何故か密着しようとする彼女たちを適当にあしらう。

龍田足柄もなんだか甘え気味で、よくない傾向だ。

調理場では真剣にやらないと、怪我の元になるぞ。

 

李さんはいつも通りの感じで、丁寧に作っている。

彼の支援をしている艦娘たちは浮き足だっていないので有り難い。

鹿ノ谷さんは逆にてんてこ舞い。

日本各地から来た、一癖も二癖もある料理人たちをなんとか指揮している。

後で純米大吟醸を差し入れしておこう。

男同士で呑み会をしたいもんだけどな。

 

島風龍驤吹雪和製イタリア高速戦艦航空戦艦も、何気にくっついてきた。

ええい、作業の邪魔だっ!

手伝うか、離れるかじゃ!

デカジャ! タルカジャ!

ちゃっちゃとやりんさい!

今日の私はスパルタンや!

鳳翔間宮、長門教官妙高先生加賀教官も隙あらば密着してこようとする。

試食用に渡された箸を返せば、いそいそとポケットに仕舞い込んでいる。

はっ!

まさかっ!

特別料理を作れってこと?

眼帯娘が話しかけてきた。

 

「どうした、提督。困った顔をして。」

「あ、いえ、まあ、ちょっと、その。」

「お前の悩みを聞くくらいなら、この俺にも出来るぞ。」

「その、ですね。今宵は聖杯戦争……じゃなくて、今夜は企業と性欲がぎらぎら輝くことになること請け負いです。」

「資本主義社会万歳の日だな、まさに。それで?」

「どうやら、うちのフレンズたちは特別な一品を求めているのではないかと類推するのです。」

「えっ? そうか? そうかなあ……まあ、そうだな、これからかすてらの上位互換の五三焼を作るにも時間が無いし……かす巻き……桃カステラ……いや、待てよ。」

「なにかいい案があるのですか、雷電?」

「うむ、かんざらしゼリーを作るばい。」

「かんざらしゼリー?」

「そうだ、蜂蜜入りシロップをゼリーにして、白玉を入れた品だ。旨いぞ。」

「では、今から早速準備へと取りかかりましょう!」

「任せておけ! お前に最高の勝利を与えてやる!」

 

 

思いっきり斜め上の勘違いをしている提督を見て、函館鎮守府所属の艦娘たちの多くはため息を吐いた。

違うよ、違うんだよ、提督。

だが、大淀を筆頭とする目ざとい者たちはすぐに提督の手伝いに入る。

如才ない動きだった。

何気ない動きだった。

まさに達人級の動作。

提督と少しでも長く一緒にいられるよう、娘たちは愛の連合艦隊を組む。

戦後も傍にいられることを願いながら。

今宵の戦争に向けて体力を温存しつつ。

 

 

聖戦の時は近い。

 

 

 


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