はこちん!   作:輪音

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今回は四八〇〇文字程です。

源治様作『提督をみつけたら』のホスト提督(ショウ)と霧島の使用許可をいただきましたので、ダンバインのネタも絡めながら『はこちん!』仕様にて仕上げました。
ちなみにこちらの霧島は堅気です。
艦娘かどうか、少し怪しいですが。

最初は翔の愛車としてケッテンクラートを出すつもりだったのですが、『ガールズ&パンツァー』の劇場版に出演していたと知って驚きました。
なかなかに通な選択です。
目の付け所は流石ナリヨ。
今回はドイツつながりで、あまり知られていない自動二輪車にしました。
偶然知った単車ですが、この頃の意匠には魅力を感じる製品が多いです。

お話の素晴らしさのひとつは、無くなってしまったものや失われたものなどを作中で甦らせ得ることではないかと考えています。
他の方が書かれないなら、わたしが書いたらいいじゃない!
勿論無理矢理当て嵌めるのではなく、極力整合性を持たせるようにはしています。
二次創作作品の愉悦ですが、ここに大きなモノがあるのではないかと愚考します。

小物などちょっこし凝ってみました。
楽しんでいただけましたら幸いです。




CLⅩⅩⅩⅧ:愛は赤く燃える炎

 

 

冬の函館駅舎前。

夕方五時頃には辺り一面真っ暗だ。

照明がぽつりぽつりと灯っている。

雪の降る中、一人の金髪系若者が震えつつ一二弦のアコースティックギターを弾きながら歌っている。

たまに突風になり、人々は襟を立てつつ彼の前を黙々と通り過ぎていった。

 

青年の名は翔。

佐竹翔。

おひねり用に置いた昔の錻(ブリキ)製お菓子箱には時折雪が入るばかりで、貨幣はほんの数枚きり。

もしかして、最初に歌った●オカードのある出張宿泊施設バンザイ曲が少々不味かったのであろうか?

テレフォンカードや図書カードの方が、内容的によかっただろうか?

 

 

五稜郭近くの繁華街は深海棲艦侵攻時に壊滅的被害を受け、その後もかなり酷い有り様だ。

穂素徒倶楽部『横濱横須賀』に勤める彼の店も、現在進行形で経営建て直しの真っ最中だ。

この六ヵ月程は安定した経営状況で、のんしゃらんなぽややん残念イケメン王子の翔の経済状況もわりかし悪くなかった。

そこそこの懐具合と一目惚れして購入した旧車的自動二輪車の復元修理が重なって、翔のエンゲル係数は極めて悪化する。

単車屋の女性店主はかなり勉強してくれたのだが、想定以上の手間暇と経費とで雪だるま式に費用が増加の一途を辿った。

それでも、翔が店で固定客をある程度掴んで働けていたならば、費用の心配をそんなにしなくても済んだであっただろう。

だが、人のよい翔は極力女性客に無駄金を使わせないように心掛けていたから、どちらかというとホスト失格に近いのだ。

それでも盛衰厳しきホストの世界で翔がなんとかやれているのは、翔の持つ妙な人徳或いは陰徳のお陰かもしれなかった。

 

 

今のうちに改装する。

五日間で突貫工事だ。

師走になって、急な発表が行われた。

それは正に青天の霹靂(へきれき)。

それが店の所有者の決定なのだった。

行き当たりばったりにしか見えない。

それでもやれるのは、才能だろうか?

年末稼ぐためにはギリギリの日程だ。

いきなり店は休業することになった。

無論、所属するホストたちも休みだ。

つまり、翔はいきなり財政が破綻寸前にまで落ち込んだ。

何故ならば、店内で食費を浮かせられなくなったからだ。

 

無駄なまでに品揃え豊富な非常食群。

店長によると災害対策ということだ。

腹がボッティチェリな店長の間食用。

そのようにホストたちは噂している。

客前で腹を鳴らさないようにするため、小腹が空いたら誰でも何時でも食べてよい食品。

勿論一番多く食べているのは店長だ。やたら固い菓子を好むので、苦手なホストもいる。

翔は歯が頑丈なのと固い菓子が好きなことから、問題は一才無い。

 

あの、常備されている乾パン。

即席麺各種。

シリアルバー型栄養調整食品各種。

グラノーラバー。

エナジードリンク。

焼き菓子各種。

一口羊羮複数種。

香川県善通寺市は熊岡菓子店の石パン。

臼杵(うすき)せんべい。

瓦せんべい。

即席味噌汁。

そばほうる。

上野製菓のかたやき。

伊賀菓庵山本のかた焼。

 

貧乏時代にもやし炒めで散々凌いできた彼ではあるが、またもや似た状況に陥った。

だから、翔は学生時代にホノルルで買ったアコースティックギターを路上で弾くことにした。

久々に木製ケースから取り出して、いとおしそうに調弦する。

複弦なので調整は煩わしく、首の反りも心配だったが特に問題は見当たらない。

首の指板も大丈夫そうだ。

元々の作りがかなりよいのだろう。

首への負担を減少させるために、全弦半音階下げてある。

やさしい音色の弦楽器。

手入れが大変面倒な品だが、翔はかなり気に入っている。

好事家垂涎(すいぜん)の的となり得る、美しき音色を放つ逸品を大剣の如く背負って寒空の下を鉄騎で走った。

紅い単車は滑らかに走る。

大切な主を運ぶ馬の如く。

本日の調子は正に絶好調。

どうやら、ご機嫌らしい。

 

 

俺の手で斬り裂いて

俺の手で握り締め

俺の手で作り上げる

それは俺

俺のキングダムだぜ

 

青い

青い

永遠に青い

俺のための

キングダム

お前と一緒の

キングダム

太陽

太陽

太陽だけが知っている

 

 

青春の歌を熱唱する彼。

足早に通り過ぎる人々。

室内外の気温差の如く。

正に絶不調な出だしだ。

滑りっぱなしとも言う。

道に迷っているばかりの歌詞に苦笑し、酔狂人が極稀に小額硬貨を投下する。

 

両手がかじかんできた。

そろそろ限界が近づく。

ならば。

あれだ。

必殺の定番曲を弾こう。

それで皆の気を惹こう。

キッと顔を引き締め、彼はイーグルスの名曲を情感込めて奏で始めた。

昔ハワイに行った時、若い女性が歌っていて感激したのを覚えている。

せつせつと歌い始めた。

せつない雰囲気が辺りを覆う。

足を停める人が何人も現れた。

青春の思い出。

懐かしき日々。

人々の顔は様々だ。

チカチカッと、彼の愛車の前照灯が首肯するかのように光ってみえた。

サビは情熱的。

翔は熱唱した。

演奏が終わる。

喝采喝采喝采。

おひねりが錻の箱に投げ入れられた。

小額硬貨ばかりだが、塵も積もれば山となる。

美人や美少女を何名も引き連れた、冴えないおっさんが桐の硬貨を投下した。

幾ばくかの金はこうして得られた。

雪を掻き出して、複数の小銭を着なれた羽毛服のポケット内に落とし込んだ。

これだけあれば一週間は凌げるな。

コンビニエンスストアで、缶入りの麦焦がし珈琲ともやしを買って帰ろうか。

彼はそう思った。

これでまた生き延びられると喜ぶ。

 

「なにをしておるのだ、地上人よ。」

 

四〇代と思われる偉丈夫が、背後から若者に向かって声をかけた。

振り向く金髪青年。

知り合いの中年だ。

荷物を持っていることから、おいちゃんはなにか買い出しに行ったことが推測される。

 

「あっ、ルフトさん。」

「こんなところでそんなことをしておっては風邪を引くぞ、聖戦士殿。」

「ははは、ちょっと金策をば。」

「震えた手では充分弾けまい。」

「ええ、そろそろ帰ろうかと。」

「またもやし炒めかね。」

「またもやし炒めです。」

「よかろう、ついて来るがいい。」

「え、でも、あのこの間も……。」

「お主一人くらいなら問題ない。」

「よろしいんですか?」

「善だよ。私は善きことをしている。」

「じゃ、じゃあ、僕の『キントキ』に乗ってください。その方が早いです。」

「うむ、そうさせてもらおうか。」

 

翔は『キントキ』の原動機を始動させ、暖気運転を始めた。

商品名はマイコレッタ。

一九六一年ドイツ製スクーター。

半世紀以上の時を経た機械の馬。

二五〇CCの二人乗りのマシン。

一三.五馬力の単車。

無骨な形状の紅い自動二輪車だ。

内燃機関の覆いには、右に四つ左に三つ丸い穴が開いている。

ブチ穴ではない。

強制空冷二サイクル短気筒。

セルフスターターで足動四段。

全長二メートルで重量一三七キロ。

ハインケルのツーリストも候補だったが、その紅い色と形状に一目惚れしたのも彼が選んだ理由のひとつだ。

この旧いスクーターを展示品として置いていた単車屋は、買うのなら電装系を日本製に換装すると提案した。

その主は若い娘。

少女にも見える。

彼女の名は悠里。

銀灰色の髪した美少女が振りまく笑顔を、翔は想像する。

彼女は実に情熱的に修理へと取り組む、蕎麦好き女性だ。

最終的に、稀少車であることが購入への決定打となった。

復元修理におおよそ半年かけられた、汗と努力の結晶だ。

ずいぶんと親切な人だよなあ、とホストらしくない思考をする翔。

ホストを演ずるにしては善良過ぎる青年。

先輩たちの引き立て役で糊口を凌ぐ若者。

皆が気にかけてくれるから生きてゆける。

 

この旧きマイコレッタはたまに雑誌の表紙を飾ったり、取材を受けたりする。

悠里が大抵窓口だ。

雰囲気ある自動二輪車なのだ、これは。

日常的に、翔の要求に応えてよく走る。

たまに不機嫌になった如く不調となる。

気分屋なのだろう、と彼は考えていた。

それを口実に悠里さんにも会えるしな。

付き合っている訳でもないが気が合う。

彼らはつまり、そういった関係なのだ。

 

ルフト氏の手荷物を紺色の頑丈な真田紐で荷台に素早くくくりつけ、両者ともに防護帽をしっかりとかぶった。

準備万端。

覚悟完了。

何故防護帽が二個あるのかというと翔の他に悠里がたまに使うからで、特に彼女が絶対必要だと強く主張した。

翔は休日に時折悠里と出掛けているので、特に問題は感じていない。天然残念イケメンの本領発揮でもあるが。

木製ケースに入れたギターはアラフォーのおっちゃんに背負ってもらい、若き戦士は自動二輪車を発進させた。

足元に絡みつく白い雪を蹴って。

二五〇CCの原動機が咆哮する。

 

「ショウ、発進する!」

 

彼の肩先には赤い髪の妖精。

彼の頭をやさしく抱える娘。

焦がれて。

焦がれて。

それでも愛を伝えきれない。

見て。

見て。

あたしを見て。

あたしだけを見て。

届かぬ声。

届かぬ思い。

愛は深く重く強く。

 

 

紅く旧いスクーターが、駅前市場を右手にしながら走る。

細っこい青年の後ろにがっちりしたおっさんが抱きつく。

それを見て、ウホッと喜ぶ男たちがいた。

それを見て、ウハッと悦ぶ女たちがいた。

二人の預かり知らぬところで妄想流れる。

腐った世の中に生きるなら腐るしかない。

彼ら彼女らはその思想を体現する者たち。

腐ってやがる。とても似合い過ぎなんだ。

 

 

やがて辿り着いたは『エル・フィノ』。

ルフト氏が経営する中世欧風料理店だ。

至れり尽くせりの内容と良心的な価格。

故に人気の高い店だ。

たまに異世界風の姿をした者たちが訪れるという。

妻に浮気されて逃げられ、娘はどこぞの男と駆け落ちしてしまっているが、それでもくじけずにルフト氏は今宵も包丁を振るいフライパンを振るう。

 

「オーラ・コンバーターの調子があまりよくないのう。明日、トルストールにでも見てもらうとするか。」

 

なにやら奇妙な形状の機械をいじっていたルフト氏はその操作継続を断念し、鋳鉄製ストーブに薪をくべ始めた。

 

「ヒトハチマルマル。電気系統が弱いあの子同様、コンバーターは叩けば直るんじゃないですか? お帰りなさい、ルフトさん。」

「うむ、今帰った。叩くと壊れるかもしれんから、そのようなことはせずともよいぞ。では、料理の準備を始めようか。キリエ。」

 

住居部分である二階から、一名の美女が降りてきた。

肩の辺りで髪を切り揃えた、知的雰囲気の眼鏡美人。

柔和な微笑みを浮かべている。

若者はきれいだなと見とれた。

彼女は青年を見た途端、目を見開いて硬直する。

 

「初めまして、翔です。」

 

またおやっさん、困っている子を保護したな。

妻子が家を出ていっても、誰かしら店にいる。

 

「あ、あの、は、初めまして、司令。キリエと申します。」

 

司令とは誰のことだ?

いや、そもそも司令ってなんだ?

翔は混乱した。

部屋が徐々に温もってくる。

彼女の頬が段々赤くなってきた。

ルフト氏は淡々と料理の用意をし始めた。

煮込み料理か?

 

「ご、ご命令を、司令。さ、さ、早くご命令を!」

「えっ? えっ? あの? その?」

「司令は感動的に純粋なんですね!」

「は、はは、きれいな方から可愛らしく言われると、胸がドキドキしますよ。」

「ショ、ショウさんがそう言ってくれるなら、ちゃんとヤるしかないですね。」

 

真っ赤な顔で言い募る娘。

困惑する青年。

ことごとく先手を打たれている。

どうした、ショウ!

 

 

その夜。

翔はアコギを演奏しながら、店内で来生たかおメドレーを歌った。

普通に歌えば、彼はかなり上手いのだ。独自の曲でなければの話。

うっとりした顔のキリエがじっと熱い眼差しで青年を眺めている。

訪れた客の反応もいい。

オカン気質のルフト氏の視線が、やさしく若者たちへと注がれた。

 

 

外は寒い。

だが。

暖かなものを感じながら、ショウは愛の唄を歌った。

キリエとガンを飛ばしあう小さな娘に気づかぬまま。

 

 

貴女が本気だったら、あたしだって!

 

 

客の要望に応え、翔は坂田晃一氏の作曲した名曲を演奏する。

遥かに想い、描くセカイを。

盛り上がる箱庭。

ちいさな。

ちいさな。

ちいさな希望の欠片。

 

 

春はまだまだ遠い。

紅い単車は前照灯をチカチカッと瞬時光らせ、また何事も無かったかのように沈黙した。

愛は赤く燃える炎。

 

 

 

 


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