今回は五〇〇五文字あります。
『駆逐艦崇拝会』副会長の万江鹿ですが、彼は源治様作『提督をみつけたら』の前島提督を『はこちん』版に改修した登場人物です。
源治様からは快く使用許可を戴いております。
この場を借りまして、篤く御礼申しあげます。
林檎の収穫と雪掻きの同時進行が基本の、冬の凍えるような早朝。
ストーブをガンガン炊いていくわよ!
みんな、朝定食を食べに来なさいっ!
今朝の内容はこれよっ!
◎地元産白米を使ったおにぎり(おかか入り)
◎コロッケ(馬鈴薯・合挽き)
◎蕪と大根の漬け物
◎豚汁(豚肉・玉葱・馬鈴薯・豆腐・蒟蒻・牛蒡)
◎鯖の煮付け
◎南瓜の煮物
◎玉子焼き
◎地元産林檎の生果汁水(作りたて)
◎お茶
ちなみに昼定食はコロッケがミンチカツ、南瓜の煮物がポテトサラダに変更よ。
夜定食はミンチカツが豚カツになり、ポテトサラダがピリ辛麻婆豆腐に変更よ。
慌ただしい雰囲気の店内。
ちっちゃな定食屋は満席。
入れ替わり、立ち替わり。
客の妙な熱気こもる店内。
ムンムンムンムンて感じ。
癖だらけの移住者たちだ。
あたしが目当てなのよね。
ちょっこしげんなりする。
お金お金マニーマニーよ。
彼らはお金を下さる方々。
ありがたや、ありがたや。
そう思い込んで接客する。
売り上げが増えたから嬉しくてたまらないの! とでも思わなきゃ、とてもじゃないけどやっていられない。
営業時間中は大抵混雑している。
これがいつまでも続く訳ないわ。
まあ、周りの店も連動しているから、あぶれた人たちはそっちで食べている。
小さな商店街はにわか景気で大わらわだ。
和菓子屋と洋菓子屋とパン屋で連動企画をしたら、めちゃめちゃ売れる事態になって即完売だ。
おにぎりなんて、握る端から売れてゆく。
いいこと……なのよね、たぶん。
食べ終わっても、客がこっちをちらちら見る視線が絶えない。
ついつい、あたしは魂から叫んだ。
「あんたら、ちんたらもたもたと喰ってんじゃないわよ! 食べ終わったなら、とっとと出社しなさい!」
「「「イエス! マイマムッ!」」」
喧騒が去り、後片付けに移行する。
「ほんと、ここの客、バカばっか。」
「「まあまあ。」」
「まったく、どうしようもないわ。」
「あんたは私たちの自慢の娘だよ。」
「なに言ってんの、お袋! あたしは艦娘になったけど、男に戻れなかったから仕方なくこの姿で生きていくしかないのっ! 中身はおっさん! そう言ってんのに、なんでみんな気にしないの?」
「人は外見に釣られるものだからさ。父さんはね、お前が小さな頃によく、『大きくなったら、パパと結婚する! 』って言っていたことをしっかり覚えているよ。どうだい、今夜一緒にお風呂に入るかい?」
「親爺のドアホウ! クズ! 変態! 記憶を新たに捏造すんな!」
「嗚呼、娘の罵倒が心地いい。」
「あたしが娘じゃないって、二人ともとっくに知っているでしょ!」
「「えええ。」」
「えええ、じゃないってのっ!」
「「霞は照れ屋さんだねえ。」」
あたしの名前は霞。
いや、これは本名じゃなくて艦娘時代の名前だけど。
親が県と結託して、霞に改名しやがった。
ちくせう、あたしは両親にハメられたよ!
県の奴らも一体なにを考えているのっ!?
ぜいぜい。
えーっと。
あたしは小さな定食屋で飯を作っている、元艦娘だ。
出戻りよ、出戻り。
ちくせう、大本営の奴らめ、まんまと騙しやがって。
艦娘になっても男に戻れると、真顔で約束したのに。
よくも騙したなあ!
とある支援任務で大破し、艤装が扱えなくなったあたしは退役するしかなかった。
で、そこで問題が起きた。
融合率が高くなり過ぎていて、あたしは男に戻れなくなっていたのだ。
あれ、適合率だっけ?
ま、それは兎も角として。
人間時代よりちょっと大きめのナニをぶら下げたままだったのも、よくなかったのかもしれない。
轟沈しなくてよかったねと言われたが、生き恥をさらす結果になった。
中途半端な戦果ばかりだったあたしは、そこそこのお金を貰って追い出された。
更に悪いことに、とぼとぼと失意の内に家に戻ったあたしを両親は大歓迎した。
えっ?
それのどこが悪いことか?
そうよね。
キモオタデブのアラサーだった息子が一大決心して艦娘になった挙げ句、傷物になってしかも女の子の姿で家に戻ってきた。
普通なら大変な事態になると思うんだけど、うちの場合は別の意味で大変な状況に陥った。
元艦娘の働く定食屋、としてうちが有名になってしまったのよ。
県の地域情報誌の第一特集の一番に掲載されてからは、大忙し。
あの時は失意の最中だったから、ぼんやりしながらなんか適当に質問に答えたのは覚えている。
郵送されてきた雑誌の記事を読んで、あたしはひっくり返ってしまった。
こんなこと、言ってないわよ!
……言ってないわよね。
記者訪問時に同席していた両親に聞くと、驚愕の事実が判明した。
あたしは記者に向かって、ずいぶんと健気なことを言ったらしい。
なっ、なんだってーっ!
……記憶にございません。
おじゃブーッ!
なんてこった!
いっちばーん! が口癖の子は今頃どうしているだろうかしら?
と、現実逃避してみる。
近場にそういった店が無いのも幸いしたというかなんというか。
山間部のちっちゃな町にある小さな定食屋は、何故かあちこちから人が訪れる店へと変貌した。
聖地扱いする人さえいる。
あたしを拝むんじゃない!
あたしはご本尊様じゃないわよ!
罵ってください、って言うバカは序の口。
踏んでください、って言うバカまでいる。
しかも、本物の艦娘までうちへ客として来る有り様だ。
オーマイガッ!
なんてこった!
中身がおっさんだって正直に言っているのに、人が大勢訪れる。
本来は喜ばしく思わなければならないことだと、分かっている。
理屈では、ね。
だけど、ねえ。
なんか、ねえ。
もしかして、来る人みんな変態なの?
まさか、罵倒されたい人が沢山いる?
ふふ、こわいわ。
しかも、町の南側にいつの間にか基地が出来たそうだ!
艦娘の基地が!
なんてこった!
「聞いてないわよ、そんな話は!」
「だって、聞かれなかったもの。」
両親がのほほんとしていて困惑する件。
それと、喋り方がどんどん女の子化してきている。
不安は増すばかり。
外見だけでなく、中身もいつか女の子になっちゃうのだろうか?
砂糖、香辛料、素敵なもの。
女の子はなんで出来ている?
内面は外面に引っ張られる?
近頃、霞ママと呼ばれ始めた。
ママじゃないわ、おっさんよ。
あーもーっ、うっさいわねっ!
ええい、おにぎりでも喰らえ!
おかか入り梅干し入りの刹那五月雨撃ち!
『駆逐艦崇拝会』副会長の万江鹿が、眼鏡を光らせながらやって来た。
こいつは地元大手の会社で、けっこういい給金を貰っている鬼畜様だ。
ピカピカってか。
あれ、どーやってんだろーな。
会長をやってくれたら、こっちはほんの少し楽になるのになあ。
手土産に、名古屋名物のカエルまんじゅうとういろうを貰った。
こいつ、ちっちゃい子には紳士的なんだよなあ。
まあ、あたしも人間時代は同類だったんだけど。
ほんのすぐ最近まで、同病相憐れむだったのに。
なんであたしは、こんな姿のままなのだろうか?
「麗しの会長にして素敵極まる会長の霞ママ様。哀れな下僕たる私めに、一杯の掛け蕎麦とおにぎりをお願いいたします。」
「あいよ。」
おにぎりを作る手を、ギラギラねっとりした視線で見つめる万江鹿。
オマケで玉子焼きと漬け物を添える。
慈しむような目付きでかぶり付く男。
あたしは艦娘になる以前、艦娘の中でも駆逐艦に特化して崇拝する会の会長をしていた。
艦娘になる直前、会長を辞任した。
今は副会長含む会員全員から懇願されて、終生会長を致し方なく務めている。
あのさあ、今のあたしは艦娘でも人間でもない半端者の混ざり者なんだけど。
寿命すらろくにわからない存在なんだけど、少しくらいは配慮してくれない?
邪神崇拝も同時にやっていたけど、あれが悪かったのか? 嗚呼、ニャル様!
「会長直々に茹でていただいた蕎麦とその愛らしいお手製のおにぎりを食べることが出来て、私は本当に果報者です。」
「ふーん、最近、あんたは巨乳の姉ちゃんたちと付き合っているって噂を聞くけど。あっちの方がいいんじゃないの?」
「な、な、なにをおっしゃられるんですか、会長! 私の信心深さは先刻ご承知の筈ではありませんか! 彼女たちは、延々私に付きまとっているだけです! 私は霞ママ様の敬虔なる信徒です! 信じてください!」
「なんとなく悪の首領と幹部との会話がする件。」
「気にされたら負けですわ、と言っておきます。」
「来客の変態率が急上昇して、堅気の客足が減ってんだよ。」
「いいではありませんか。四つもの県庁所在地から人が訪れるのですから。」
「聖地じゃねえぞ、ここは。」
「聖地なんですよ、ここは。」
「お前が余計な宣伝をしてくれたお陰で、お祭り騒ぎになったりすんだぞ。」
「くくく。それこそが会長の巧みな計算通りではないのですか、諸葛亮殿?」
「折角考えた複数の献策が主君から散々蹴られた上に、主君の死後は激務で過労死しろってか? ええ加減にせえよ、こら。」
「我々は常に、生き神様の会長のために身命を賭しています。これは紛れもない事実です。」
「万江鹿。」
「はいっ!」
「あたしがこないだ試着したスク水は、幾らで売れた?」
「はい、あれは闇市にて二五万で……はっ!」
「語るに落ちたな、万江鹿。」
「くっ、これが孔明の罠!?」
「あたしの分け前はお幾らだい?」
「はい、半分で如何でしょうか?」
「ロクヨンで。」
「ゲーム機ですか?」
「誰がボケをかませと言ったあ!」
「痛い! 痛い! でも嬉しい!」
「反省したか、このド変態野郎!」
「しました! しました! ところでですね、会長。」
「なに?」
「センチメン●ルグラフィ●ィという、登場人物たちの美麗なイラストレーションで知られるゲームはご存じですか?」
「あれはサ●ーンのゲームだから、ロクヨンは関係ないじゃない! しかも何股かけてんのよ、あの主人公はっ! 暗黒太極拳なんて知らないわよ!」
「よ、よくご存じじゃないですか。」
「喰らえっ、卍固め!」
「スクール●イズッ!」
「逝くがいい、誠よ!」
「私は誠と違います!」
「似たようなもんでしょ!」
「全然似ていませんから!」
「竜巻旋風脚!」
「アイエエエ!」
南無三。
爆散。
悪は滅した。
万江鹿の顔は、なにかをやり遂げた漢の容貌に変化していた。
ったく、ハアハアしながら奇妙な要望を出すんじゃないわよ。
ま、小遣い稼ぎにはなるわね。
疲れた。
客から貰った林檎を擦って、生果汁水にでもして飲むか。
林檎が多すぎて、困っちゃうな。
四箱分もあって、食べきれんわ。
あ~あ、店を休んで、函館辺りにでも観光に行きたいよなあ。
夜行特急列車の日本海が復活するらしいから、それに乗るか。
青森まで乗り換え無しで行けるから、ごろごろしつつ行ける。
あたしの同姿艦がいるのよね、確か函館鎮守府には。
鎮守府の食堂は、元艦娘でも利用出来るのかしらね?
あそこのご飯は絶品と聞くけど……。
事務局に今度問い合わせてみよっか。
引き戸の開く音がする。
あっ、閉めてなかった。
「あの……。」
「いらっしゃいませ、って言いたいとこだけど、今は時間外よ。お昼前頃に再度来てちょうだい。お茶なら出すし、林檎の生果汁水くらいなら作ってあげるから飲んでく? 林檎は売るほどあるから。おにぎりはダメよ、さっき食べ尽くされたから。今しがた、米を磨いだばかりなの。スジ肉と大根の煮物はことこと煮ないといけないから、まだ食べられないわ。あっ、そうだ、カエルまんじゅうをあげる。貰い物だけどね。」
お茶と共に饅頭を出す。
さあ、お食べなさいな。
もきゅもきゅと食べる女の子。
艦娘?
駆逐艦?
見たことない子ね。
赤茶の意思が強そうな瞳に、先端を縛った長く艶やかな黒髪。
黒いブレザーに、紅いネクタイをきっちり着こなした女の子。
何型かしら?
なんとはなしに強者っぽい感じ。
不意に鎮守府の面々を思い出す。
みんな、今も生きているかしら?
あの提督の采配じゃ怪しいけど。
食べ終わって、はっとした顔の女の子。
どうやら、なにか思い出したみたいね。
林檎を擦ろうかしら。
これがホントのスローライフ。
なんちて。
「ああ、林檎の生果汁水を作るわね。」
「あ、あの、ち、違うんです、提督。」
ん?
なにかおかしい。
提督?
誰が?
辺りを見回した。
「提督なんて、どこにもいないわよ。」
なに言ってんだろ、この子?
万江鹿が帰った後、店内にはあたしと彼女しかいない。
幽霊でもいるなら別の話だけど。
……なんだか猛烈に厭な予感がする。
彼女がじっとあたしを見つめていた。
頬が赤く染まっているかにも見える。
気のせいだ。
気のせいだ。
そうに決まっている。
……。
えっ?
えっ?
まさか。
そんな。
そして彼女は可愛らしい唇を開いた。