はこちん!   作:輪音

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CLⅩⅨ:艦娘乙種

 

 

六畳間の部屋。

殺風景な部屋。

布団が二組、隅に置かれている。

段ボール箱が二個あり、それぞれが私物。

儚い傭兵たちの生を示す品。

先輩の箱の中には更に小箱が入っている。

洋菓子用の缶箱。

その中には大切なものが納められていた。

初対面の二名は挨拶を交わしている。

いつまで一緒にいられるかわからない関係だが、社会人にとって挨拶は重要だ。

違法とも合法ともつかない、人ならざる存在たちが人の記憶を持ったまま戦場へと向かう。

明日の朝日を拝めるかどうかは、死神の匙加減次第。

 

「この度、当基地に配属された天龍です。よろしくお願いします。」

「龍田です。こちらこそ、よろしくお願いします。天龍さんとは姉妹艦になりますね。あと、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。一年前に『建造』されましたけど、堅苦しいのは苦手ですから。」

「あっ、そうですか。よかったです、龍田さんがよさそうな人で。」

「ふふふ。天龍さんも三年契約ですか?」

「ええ、そうなんですよ。不景気で、再就職しても給料が雀の涙ですからね。借金はかさむし、いっそのこと艦娘になって稼ごうかと思ったんですよ。幸い、けっこう稼げそうですしね。」

「正式には、私たちは艦娘乙種です。鉄底海峡解放戦時の技術は第二世代で未熟な面も多々あり、建造された艦娘丁種は性能や情緒面が不安定でしたが、研究を重ねた結果、第五世代の私たちはかなり安定感のある性能に仕上がりました。魏呉蜀で用いられている鐵媛(てつひめ)は第三世代相当の艦娘丙種に該当し、東南アジア各国や内陸部などにも輸出を開始しているそうです。しかしながら、『提督』に該当しない指揮官をあてがっているらしく、使い物にならない娘が続出。妖精の恩恵もないから、本来の性能を発揮出来ない。インド政府を始めとする賠償金問題も発生しているので、輸出は直に取り止めになるでしょう。結局、妖精の見えない者に艦娘は扱えないんですよ。」

「は、はあ。」

 

龍田の笑みが深く濃くなる。

 

「ただ、艦娘乙種といっても本来の艦娘とは能力が段違いに低いですし、防御力は紙装甲でしかありませんから、『沿岸警備』、『後方支援』、『救助活動』、そして『回収活動』が基本任務になります。外洋に出て戦闘したら、ほぼ一発で轟沈ですから重々ご注意ください。一応、+2相当の楯や対アンチマテリアルライフル級防弾服が支給されていますので、これらを標準装備します。また、申請が通れば、戦士の斧や力のメイスなども装備は可能です。けど、気持ち程度の防御力と考えた方がいいです。破片くらいは防げるでしょうが、楯や防弾服で砲弾は防げませんから。」

「ああ、そうなんですか。詳しいことは現地で聞け、って言われたんですよ。いろいろと教えてください。」

「そうですね、先ずは口調です。天龍さん……いえ、天龍ちゃんはそんな風に喋らないのよ。」

「ええと、台本に合わせないといけないんですよね。えと……ふふ、俺の名は天龍。こわいか?」

「全然、こわくないわ。」

「ですよね。ああもう。」

「ところで、その眼帯は本物の刀の鍔(つば)ですか?」

「ええ、そうです。以前、骨董屋で買ったものでしてね。刀も本物ですよ。二本用意しました。ようやく見つけた本職の研師に砥いでもらったんですよ。鉄刀(てっとう)も欲しかったんですけど、意外と手に入らないです。鞘は自前で漆を塗り直しました。あと、柄糸が傷みやすいから、白木の柄にしたんです。折れたり反ったりしたら、近場の明石さんに直して貰おうと思っています。欠けたりヒビが入っても困るから、もう後二、三本手に入らないかなあ。脇差しも欲しいんですよ。」

「……ええと、天龍ちゃんになれてよかったですね。」

「ホント、そう思いますよ。伊勢や日向は殆ど『建造』出来ないと聞きますから。」

「人間を艦娘に仕立てると駆逐艦が殆どらしいから、天龍ちゃんは貴重なのよね。」

「俺の時は軽巡洋艦が三名と軽空母が二名と重巡洋艦が二名『建造』されました。」

「私の時は軽巡洋艦が二名、軽空母が一名で、担当官が小さく舌打ちしていたわ。」

「その時々で艦種が違うんですね。」

「そうよ。私たちは消耗品だけど。」

「なんとしても生き残りましょう。」

「そうね。食堂へ行きましょうか。」

 

立ち上がる二名。

 

「龍田さん、後程、下着をどこで買われているのか教えてください。女物は全然わからなくて。」

「いいわよ。天龍ちゃんのためだから。」

「生理が無いから、まだマシですかね?」

「そうねえ、まだマシよね。それと、男の人の誘いには気を付けてね。」

「えっ? ええっ? 俺、元男ですよ。そんな物好きがいるんですか?」

「今は可愛い女の子だし、気にしない人が意外と多いから油断大敵よ。」

「すみません、対処法がわかりません。」

「それも含めて、対策用手引き書があるわ。お風呂に入った後ででも読むといいわよ。」

「助かります。」

 

談笑しながら二名は部屋を出た。

腕を絡める先輩と当惑する後輩。

これが普通だと正当化する先輩。

戸惑いながらも受け入れる後輩。

先輩は濡れた瞳で後輩を眺める。

お風呂が楽しみね、と呟く彼女。

思わず、赤くなってしまう後輩。

可愛いわね、と耳許で囁く先輩。

冗談ですよね、と困り顔の後輩。

勿論冗談よと微笑む歴戦の先輩。

そっか冗談かとほっとする後輩。

 

 

同室の先輩の小箱には眼帯が三個。

割れたり欠けたりした眼帯が三個。

 

 





【補足】

◎艦娘甲種:いわゆる普通の艦娘に用いられる名称。
人間由来ではない、生粋のツクリモノ。
深海棲艦由来の場合は特種に該当し、甲種以外は似非艦娘またはエセムス(似非娘)とされる(艦娘もどきは俗称)。

◎艦娘乙種:人間を二種建造器で『加工』して艦娘のように仕立て上げた似非艦娘の内、第五世代以降の者に用いられる名称。
精神面で比較的安定しており、性能もそこそこ。
駆逐イ級を二、三名の駆逐艦で倒せる。
装備品で強化しようとの考えで、年々優れたものを開発する予定。
甲種を正社員とすると、派遣社員に近い存在。

◎艦娘丙種:魏呉蜀などで用いられている鐵媛(てつひめ)を含む、第三・第四世代相当の似非艦娘に用いられる名称。
駆逐イ級を六名の駆逐艦で倒せる。
鎮守府四種・五種に在籍する似非艦娘や、鉄底海峡解放戦の生き残りも基本的にこの区分に納められている。

◎艦娘丁種:鉄底海峡解放戦で初めて用いられた技術によって産み出された、人間男性由来の似非艦娘に用いられる名称。
当時は第二世代の技術で、精神面戦闘面に難のある作りとなった。
低火力と紙装甲が最大の難点。
ちなみに第一世代は試験運用のみで、実戦には投入されていない。
性能的にはピンキリで、艦娘甲種に近い性能の者から艦娘としての運用が実質的に不可能な者まで玉石混淆の存在を多数産み出した。
鉄底海峡解放戦では数万名とも一〇万名とも言われる人員が支援要員として戦線に投入され、過半数が初陣で轟沈したという。
『捨て艦戦法』にも多く用いられ、大本営と指示した提督陣は批判の矢面に立たされた。
戦後の話になるが、『捨て艦戦法』を指示したり支持した提督や関係者の結末は、戦死か事故死か裁判中か行方不明かのいずれかである。
基本的に、駆逐イ級を六名の駆逐艦で倒せたら御の字。
島風など数名が甲種に近い性能を有したけれども、大抵は性能的に段違いだった。
非人道的と内外で批判されたために鉄底海峡解放戦後に研究施設は破棄されたが、水面下で研究が継続された結果、大本営の判断によって艦娘乙種が正当化された。
提督への依存度は艦娘甲種よりもかなり強い。
現在、この名称に該当する似非艦娘は公的に存在しないことになっており、生き残った者は他の艦種に割り振られている。

◎艦娘特種: 乙種・丙種・丁種に該当しない似非艦娘へ使われる表現。
異能生存体的な存在や、カイムス(怪娘)と呼ばれる未確認似非艦娘も一応ここに入る。
函館鎮守府では艦娘特種も甲種同様に扱っており、それは深海棲艦とも艦娘ともつかない存在が複数確認される一因である。
【一例:函館鎮守府の島風、吹雪】

◎艦娘亜種:自分自身のことを艦娘だと思い込んでいる『人間の女性』の名称。
一種の心の病だが、厄介極まる症例でもあり、下手に否定すると自らを刺すか他人を刺すので慎重な対応が求められる。
小学生高学年から高校生に到るくらいの女子に多く見られ、自殺率の低下に反比例して現在も増加中。
稀に男の娘がいるとかいないとか。
中にはどこでどうやって仕入れたのか、艦娘乙種の装備品で身を固める娘もいる。
大抵は提督に指名された人物からの通報で判明するが、そうでない場合は長期間症状が継続する。
退役して解体されて普通の女の子になったのだという方策が常套手段。
人に艦娘だったことを知られてはいけないよと言い添えて。
他の似非艦娘や脱走艦娘が関わってくると更にややこしくなり、全貌が判明しているとは言い難い状況。

◎鎮守府四種・五種:なんちゃって鎮守府(俗称)の正式名称で、似非鎮守府が本式の表現。
大本営に属していない似非提督や似非艦娘が存在する建造物は、このどちらかに該当。
鎮守府一種が四大鎮守府(横須賀、呉、舞鶴、佐世保)。
鎮守府二種が大湊[おおみなと](青森県)と函館(北海道。本来は三種だが、艦娘たちの保養所も兼任しているために特例で二種に。艦娘たちがこぞって圧力をかけた訳ではない。大和型四名が揃う姿を見られるのでも有名で、潜水艦たちの休息所にもなっている。繁忙期には提督自ら厨房で働くことでも知られ、提督の手料理が比較的日常的に食べられる)。
鎮守府三種は小樽(北海道)、小笠原(父島。東京都)、獄門島(岡山県)、酒田(山形県)、新潟、伊豆(静岡県)、大阪、柱島(山口県)、宿毛[すくも](高知県)境港(鳥取県)、佐伯[さいき](大分県)など。
鎮守府四種は一種・二種・三種のいずれかの監督下にある似非鎮守府で、沿岸警備任務や漁業護衛任務などを多く行う。
鎮守府五種は上記に該当しない似非鎮守府で、潜在する社会問題でもある。
判明次第調査が入って、問題が特に無ければ鎮守府四種に繰り上げとなる。
五大鎮守府、六大鎮守府と表現するマスメディアも存在するが、どちらも組織的に間違いである。
ちなみに海外泊地は規模によって一種二種に別れる。

◎似非艦娘:艦娘甲種以外で艦娘に類似した存在の総称。
エセムス(似非娘)とも。
俗称、なんちゃって艦娘。
刑事事件が発生した場合は『艦娘を詐称した少女と背後にある組織』が関与したことになり、犯罪組織や広域暴力団体や秘密結社や怪しげな団体が一斉検挙されたり取り締まりに遭ったりする。
権力の犬が跳梁跋扈し点数稼ぎする好機でもあるため、事件の発生に対して警察庁や警視庁は割合好意的。

◎似非提督:非公式提督の総称。妖精が見えると提督三種へ繰り上げになる。
大本営としてはこうした存在を野放しにしたくないので、見つけ次第どこかの紐付きにしようとする。
大抵は民家か廃屋などで似非艦娘とひっそり暮らしている。



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