はこちん!   作:輪音

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CLⅩⅢ:命と愛と万年筆

 

 

 

着任した鎮守府は民家改造型ではなく、廃工場を妖精力で改造したものだった。

改三か、改四か。

けっこう大きい。

入り口に人はおらず、無用心だなと思いながらも艦娘がいるところへ押し入る阿呆もいないだろうと考えて敷地内へ入る。

そこそこ手入れされた車両回しの空間を抜けて、扉を開ける。

足音もなく、眼帯を付けた艦娘が私に近づいてきた。

むっ、速い。

 

「その流れるが如き動き! 柳生秘術の西江水(せいごうすい)か?」

「ご名答。ご褒美だ。」

「んっ!? んんっ!」

 

ぷはあっ。

いきなりなにをするんだ、この娘は?

ニタニタしながら、彼女は口を開く。

 

「やっとうをやるのかい?」

「古流刀術を少したしなんでいる。」

「鹿島流か? それとも陰流かい?」

「さあねえ? 師匠は流派を教えてくれなかったよ。」

「おう、当たりも当たり、こりゃあ、大当たりだな。こいつぁ、端(はな)から縁起がいい。同姿艦たちに知らせないとな。おう、提督。追加のご褒美だ。」

「おうふっ、おうふっ、おうふっ!」

「続きはまた今度だぜ。じゃあな!」

 

疾風のように去ってゆく娘。

なんなんなんだ、これはよ。

とっても危ない状況だった。

ひょいと背後に艦娘が出現する。

振り向いたら、ニタリと笑った。

そして、当然のように首筋へ息を吹きかけた。

 

「ふう、ふう。」

「うっひゃあ!」

「ご免なさいね、提督。うちの天龍ちゃんはああなのよ。」

「は、はあ。」

「そこ、鎮めましょうか?」

「いやいや、大丈夫だよ!」

「遠慮深いのね。いいわ、また今度、ね。ふふふ。」

 

なんなんなんだ、ここは。

びっくりしたなあ、もう。

 

気分的に中破し、執務室に入る。

町工場の事務室みたいな場所だ。

昭和のにおいが濃い、古き世界。

電話機も色褪せたプラスチック。

……。

もしかして、予算が無いのかね?

電話機には手書きのメモが貼り付けてあった。

短縮番号で何番を押したらどこへつながるか。

青黒く、細くて折り目正しく達筆な感じの字。

今日は、秘書艦が案内する手筈だったのに迎えに来なくて、おまけに鎮守府に辿り着いたらえらくエロい歓迎を受けた。

なんなんなんだ、一体。

どうなっているんだろ?

 

ふう、と思っていたら机の下から艦娘が現れる。

なんだとうっ!?

これは想定外だ!

 

「あらあら、ダメよそんなんじゃ。もっと元気出さなきゃ! ここは元気ね。」

 

ギュッギュッギュッギュッギュッギュッ。

大佐殿。自分は、轟沈しそうであります。

 

「やめてくださいしんでしまいます。」

「もーっと元気にしてもいいのよっ!」

「やめてくださいしんでしまいます。」

「遠慮深いのね。いいわ、又今度よ。」

 

これ、欲望に負けたら即バッドエンドってやつなのかな?

ブービートラップってことは無いよな?

これがハニートラップだったら厭だな。

ボストンバッグから予備のブーメランパンツを取り出して、微妙な気持ちのままに穿き替えた。

あーあ、こんなに……。

さあ、仕事しよ、仕事。

まさか、初っぱなからこんな目に遭わされるとはなあ。

 

 

大量生産型の金属製机は殆どガタが来ておらず、しっかりした作りの品だった。

三〇年以上前に作られた製品ということは品質保証書が貼り付けてあったのでわかったが、物持ちがえらくいいなここは。

おそらく、以前工場が稼働していた時はこの机で決裁したり計算したりいろいろしていたのだろう。

人が人として価値のあった頃の名残か。

あちこちになにか貼り付けた跡が残っている。

それがこの机の歴戦たる証。

机の中には古いボールペンや万年筆などの筆記具が残っていた。

革製のペンケースの中には万年筆が二本入っていて、それぞれ白い星みたいなのが付いていたり鳥が描かれてはいるが、なにがなんだかさっぱりわからない。

インク瓶もあったが中身はすっかり蒸発したらしく、乾燥した塊が底にこびりついている。

万年筆はなんだか高そうに見えたが、使い方がわからないし使う気もない。

あれだろ。

ちょっと使わなかったらすぐ書けなくなったり、ほったらかすとすぐダメになるんだろ。

なんとなく艦娘に……いや、止めておこう。命は惜しい。

ドイツ製みたいだ。

西ドイツ時代かな?

メモ用紙に書こうとしてみたが、全然少しも書けなかった。

ボールペンの方が便利だな、やはり。

函館の同期生にでも送ってやろうか。

あいつなら、これがなんだかわかるだろうと思う。

最近、万年筆を使うようになったと言っていたし。

もしかしたら、使えるように出来るかもしれない。

あいつのところに送られた不出来な娘たちの如く。

 

 

私の配下の艦娘は先程会った個性的三名を加えて九名。

意外と多い。

艦娘と一対一なんて状況は、相性が悪かったら地獄だ。

複数いると、噂されたりしてやだ困っちゃうではある。

人間の女性ほど陰険ではないと聞くが、どこまで本当かはわからない。

どうなるのかねえ?

 

私室に入ると、掛け蒲団がもっこりしていた。

あっれー?

パッと剥いでみたら、髪の長い娘と眼鏡っ子がパンツ一丁で寝ている。

あのなー。

執務室の長椅子に蒲団を持っていき、そこで眠った。

 

 

ここの艦娘たちを使えるようにするのが、私に求められる役割。

はっちゃけた彼女たちをなんとかするべく派遣されたスタッフ。

なんとかなるのかねえ?

今回の私で何人目だよ?

執務室の机のようにおんぼろな私で、なんとかなるのだろうか?

ちっともわからないや。

 

 

背中にへばりつく娘たちへ適当に返事を返しながら、ぼちぼちと事務作業する。

その内慣れるだろうさ、と考えつつ。

万年筆は書いてゆく内に段々慣れてゆく筆記具だという。

彼女たちとそうなれたらいいと思う。

距離感がよくわからないけれども、慣れだ慣れ。

慣れるしかない。

夕方、生き生きとした表情で事務室改め執務室へやって来た艦娘が意気揚々と言う。

 

「提督、女体盛りにします? 混浴にします? それとも……。」

「うん、君たち、もっと自重しようね。」

 

慣れる……かなあ?

 

 

 

 





【オマケ】

「オマエタチのセンタクシはフタツ、いや、ミッツマングローブだ。」

静まり返った部屋。
まっちろい肌の美女が妖しく笑う。
目の下に隈を作った男たちがぼんやりとした表情で彼女を見つめた。

「スコシクライはハンノウシロよ。ムナシイだろ。」

反応が無い。
ただのクズ提督どものようだ。

彼らは素行不良で提督失格の烙印を押されそうになった小悪党ども。
逮捕間違いなしのところ、手引きを受けて逃亡したチンピラどもだ。
度胸は無い癖に威張りんぼで強気を助け弱きをくじくクズ野郎たち。
上手く逃亡出来たと思い込んだ時には別の籠が用意されていたのだ。

籠の鳥はまた別の籠に入るだけ。
そして死ぬまで歌うだけの存在。

「ジユウイシをモッたママ、ワレワレのテイトクにナルコトがヒトツ。モウヒトツはシュジュツをウケテ、ロボトミーなテイトクにナルコト。サイゴのヒトツは、ニシンガッタイしてカンムスモドキにナルコト。サア、ドレがイイ?」

指揮官不足分を補うため、彼女たちは元提督たちを使うつもりだ。
ダメ人間でも使い方次第でそれなりの働きが出来ないこともない。

垢じみた服を着たままの彼らは顔を寄せあい、ひそひそ話を始めた。
大して知恵も無さそうだが自分自身に落ち度は無いと考える連中だ。
常に自己にとって都合のよい解釈が成される。
原作とまるで異なる実写版を作って平然としている監督や脚本家のような者だ。
或いは偏向報道上等の報道記者のように、己の正義を欠片ほども疑っていない。
常時、変換濾過器が耳元に装着されているようなものだ。
そうやって彼らは自己保全に努めるのだ。
破落戸(ごろつき)にも知能があると思いたいのだろう。
異世界転移系なんちゃって中世欧風幻想小説序盤戦に出てくる盗賊もしくは野盗の如き男どもは、小田原評定になる前に相談を終えた。
俺たち賢明、という顔をしている。

「「「俺たちはお前たちのテイトクになります!」」」

それは悪魔の契約。
超小型N2爆雷が仕込まれた首輪を全員装着し、彼らは人間世界と訣別する。
借金やらヤンデレ彼女やらヤの付く仕事の人々からこれで逃れられる、と阿呆どもはニヤニヤしていた。
支給された高級万年筆型盗聴器その他であらゆる言動は筒抜けなのに、彼らはなんとも呑気なのだった。

そうして、かつて艦娘を率いていた提督たちは深海棲艦を率いる深海提督へと転職した。
一ヵ月以内の死亡率が五割三分八厘の過酷な仕事である。
ちなみに敵前逃亡しようとしたり投降しようとしたり情報提供しようとしたりすると、即時に爆雷が起動する。

ちなみに彼らの死因は砲撃や魚雷などやその破片よりも、首輪の爆発による方が圧倒的に多い。

堕ちた元提督たちの明日は霧の中。


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