回る回る
運命は回る
流転の人生に大いなるものたちの意図が糸のように絡みつく
それはけして逃れられない蜘蛛の巣
女郎蜘蛛の理が提督へとまといつく
燃やすための火に勢いは見られなく
断ち斬るための刄は磨がれていない
艦娘たらしなおっさん提督を巡って
函館の地に艦娘たちの愛憎が渦巻く
目には目を
歯には歯を
力こそが正義か
Not even justice, I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか?
「ヒューマンの第三階層か。久しいな。元気そうでなによりだ。」
貴族みたいな恰好をした男が私の目の前でほくそ笑んでいる。
ここは絢爛豪奢な書斎。
執務室より遥かに広い。
座り心地のよいソファー。
寛いだ雰囲気で対話する。
「ふむ、君から見た私が今回こういう姿とはな。非常に興味深い。」
「貴方はどなたですか?」
「ほほう、この状況に於いても怒鳴り付けることなく、喚くことなしか。相も変わらず、ヒューマンにしては素晴らしい。即時に消滅させなくてはならない者もいるだけに、とてもやりやすいよ。勘違いしている者も多いのでな。『あやつ』の言うとおり、今回中間値として特別に合格点を出してやろう。『どなた』か。それは極めて簡単にして大変難しい質問だ。檻の中のハムスターが実際に於いて、実験する側の人間を認識出来るかね?」
「『上位的存在』或いは『セカイ的観察者』といったところですか。」
「ふむ、その観点は悪くない。君は空想科学小説が好きなようだね。」
「ええ、旧いSF者ですよ。私の役どころは所謂モルモットですか?」
「君をモルモットにしたら、多数の相手から報復を受けると思うよ。」
「ははは、そこまで人徳があればいいのですが、それはないですね。」
「おや、空間干渉が始まったか。これは残念。そろそろ、お開きだ。」
「またお会いするのでしょうか?」
「既に、何度も会っているがね。」
「えっ?」
「君は本当に、自分自身の才能を開花させるつもりが無いようだね。」
「なんの話でしょう?」
「さてはて、『鍵は自らを開く為の道具と知らず』、か。まあ、致し方あるまい。じわりじわりと新品の万年筆に馴れるが如くだ。焦ってペン先を傷めてしまっては修理代がかさんで仕舞う。」
「万年筆?」
「そうさ。」
「私が万年筆ならば、どんな紙にどんなインキをもって書き記すのでしょう?」
「インキはほら、君の体内にあるじゃないか。真っ赤な真っ赤なその液体が。」
そう言って、血色の悪い顔をした東欧風の顔立ちの貴族はニヤリと笑った。
「やべえよ、駆逐艦、やべえよ。」
秘匿回線で電話がきたと思ったら、いきなり同期の泣き言から始まった。
「お前なあ。」
ECMは機能しているな。
FLAKも発砲準備よし。
「だってよう、あんなにムチムチの子たちが無防備に抱きついてくんだぜ。理性がどんどん削られてゆくっての。」
「耐えろ。」
あいつのところは……白露型か。
となると……白露か村雨辺りか?
「もう、限界に近いんだよっ!」
「夜の店にでも行けばどうだ。」
「この間行こうとはしたんだ。」
「彼女たちから阻止されたか?」
「なんでわかるんだってばよ!」
「いや、なんとなく。」
「こっそり出掛けようとしたら、ショッピングモールに連行されたんだ。」
「そして、昼食を奢ったのか。」
「なしてわかるんだってばよ!」
「いや、なんとなく。」
「あのよう。」
「ダメだな。」
「まだ、なんも言ってねえべよ。」
「函館のその手の店は規模が小さい。行くならススキノにでも行け。」
「なあなあ。」
「行かんよ。」
「まんだなんも言ってねえべ。」
「なんとなく、わかるんだよ。」
「地元のそういう店に行けたらなあ。」
「艦娘から侮蔑の視線を貰えるなあ。」
「やんだ、そたらこと。俺のちまきが疼くんだよ。なんとかならんべか?」
「おら、しんね。」
「なあ、ムラムラする時ってあるよな?」
「海岸線を走って、シャワーでも浴びたら大丈夫でねえの。」
「やんだやんだ、もうこがいなことはまっことたまらんち。」
「おみゃーさの方言が段々滅茶苦茶になってきているぞい。」
「ええねんええねん。もうなんでもどうでもええねん。」
「ここらで休暇を取って、函館観光でもしてみるかい?」
「そうだな……大門の客引きするお姉さんはまだいるのかね?」
「ああ、夕方あの辺を歩いていたら勧誘されるよ。」
「マジか?」
「たぶん三〇年か四〇年前には少女だったお姉さんが接客してくれるよ。」
「マジか。」
「今度呑もうぜ。」
「それがいいな。」
ケッコンしていた艦娘の内、三割ほどは四大鎮守府の提督の元へ行ってくれた。
残り七割強が無所属のままなので、取り敢えず函館鎮守府に仮住まいしてもらうこととなった。
三名いる天龍がテキパキと彼女たちを仕切ってくれて、そういった点では助かっている。
助かっているのだが、時折こちらを見てニヤリとされるのが少し不安材料だ。
考えすぎかもしれないが、なにか企んでいるのではと疑いたくなる時もある。
書類業務を終え、風呂にも入り、さて最近入手した古い万年筆を少しでも慣らそうかと思っていたら龍田から声をかけられた。
曰く、天龍たち込みで一緒に酒を呑まないかと。
「おさわりはあきまへんで。」
「その台詞、ホントは私たちが口にする類なのよねえ。」
龍田の私室に行くと、確かに天龍たちがいた。
バスタオル一枚きりの姿で。
謀ったな、シャア!
「ああ悪ぃな、提督。俺たち、たまたま風呂上がりなんだ。」
「ま、そんなの気にせず呑もうぜ。俺たちの仲じゃないか。」
「そうそう、酒も肴もいい女もいる。なんの不足もないな。」
三名とも胡座(あぐら)をかいている。
困るんだよなあ。
なんらかの意図を有する飲み会が開始された。
下ネタが一切の容赦なく話題にのぼってゆく。
夫だった提督たちの性癖が赤裸々に語られる。
二〇代だったら耐えられないんじゃないかな?
身悶えせんばかりの内容の話が紡がれてゆく。
そんなことまでやっていたのかと内心驚いた。
当然生理現象は発生し、天龍たちが見詰める。
途中で切り上げようとしたのだが、巧みに阻止された。
龍田が自然な感じで風呂に行って、話題が過激化する。
緩衝材になっていた軽巡洋艦の不在で、世界水準の艦娘がにじり寄ってきた。
頃合いだな。
明日も早いから、と立ち上がる。
今度は、引き留められなかった。
部屋を出て、私はびっくりする。
うちに仮所属している艦娘たちが、全員そこにいたからだ。
へへへ、と彼女たちは曖昧な笑みを浮かべて近づいてくる。
「あら、提督。もうお開きになったの?」
寝巻き姿の龍田が現れた。
よかった。
彼女は普通の振る舞いだ。
結局、彼女に先導されて自室に戻る。
部屋にいた鳳翔と間宮がしきりに私のにおいを嗅いでいたのには参った。
朝が来た。
いつもの朝だ。
ケッコンしていた艦娘たちが添い寝を希望する前に、転属させないと不味いだろう。
彼女たちの錬度が高いだけに、どこの鎮守府泊地警備府に振り分けるかは悩ましい。
大本営からは、なんちゃって鎮守府に絶対振り分けるなと事前に釘を刺されている。
なんちゃって系出身者もいるのだが、それはそれこれはこれということらしいのだ。
よう、わからんのう。
さて、どうするかな?
第六駆逐隊の面々は四名全員の方がいいだろうし、北上大井も一緒の方がいい。
北上大井なんて、引く手あまただったのに条件が厳しすぎたんじゃないのかな?
満潮や漣辺りが難しいんだよなあ。
駆逐艦が妙に多く残っているしな。
考えながら歩いていたら、天龍たちが爽やかな態度で挨拶してきた。
昨晩のことなど微塵も感じさせない、明るい雰囲気の顔つきだった。