はこちん!   作:輪音

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今回のお話は、『不健全鎮守府』の犬魚様の書かれました『提督と北国の中佐』の『はこちん!』仕様です。
どちらかというと翻案作品です。
その筈です。
今回はお話が長めですのでご留意ください。

※前話で合計文字数が四〇四四四四でした。
そういうことってあるんですね。
ちょっと興味深かったので記しておきます。




CⅩLⅥ:えらしぃ戦艦棲姫とおりきらん提督、九州へ向かう(前編)

 

 

九州沖縄地方には五〇を超える鎮守府と鎮守府もどきがあるそうで、大抵の鎮守府もどきは此処函館で管轄しているが、戦力的に見逃せないところで佐世保が管理している基地もある。

 

中には、独立独歩を貫き過ぎて訳わかんねえなコレみたいな鎮守府も存在する。

九州某県にあるその基地に所属の艦娘たちは品位に欠ける面が多々あるらしい。

合同作戦で戦列を組んだ四大鎮守府の面々からすると眉をひそめる程だという。

『極力知らぬ振りをしろ』が彼らの合言葉だ。

佐世保鎮守府もその基地は見て見ぬ振りをしているらしい。

まさにアンタッチャブル。

或いは無法地帯。

藪をつついて蛇を出すの愚を避けている訳ね。

そこの提督はどうやら武闘派のようで、肉体言語を駆使して深海棲艦まで生身で倒してしまうとか。

それなんて世紀末覇者よ。

イヤね、現役時代に当たらなくてよかったわ。

 

噂や憶測は青葉や大淀からも聞いたが、うちには関係ないと思っていた。

その日までは。

 

ある日、呉第六鎮守府の提督から私の提督宛に電話がきた。

恩義ある先輩から指令。

内容は内密の調査依頼。

場所は例の九州の基地。

提督の調査結果次第で、大本営が本格的な調査に乗り出すつもりらしい。

パンドラの箱にならなきゃいいけど。

彼らは、なにをやらかしたのだろう?

先だって中将閣下による内々の監査は行われたらしいけど、どうにも曖昧な点が残るので再調査することにしたとか。

そこの艦娘たちへの意識調査を行った結果では、練習巡洋艦の香取と駆逐艦の早霜は提督を絶讚し、他は普通か微妙な結果だったそうだ。

この二名は洗脳されている?

鉄底海峡でもやったりやられたりしていたわねえ。

特に航空巡洋艦の鈴谷との評価に差違が有りすぎて、この提督はなにかやらかしているのではないかとの疑いさえある。

特定の艦娘を弄んでいる?

艦娘同士の賭博が日常的に行われているとか、提督が夜な夜な私室に艦娘を連れ込んでムニャムニャしているとか、艦娘の給金が完全出来高制だとか、提督がローリーでモーホーで悪徳の限りを尽くしているとか、虚実併せた噂が噂を増幅させて膨らみ続けている。

このままいけば、おそらく鎮守府は閉鎖され提督は実刑を喰らうか太平洋を単独突撃させられることになると考えられる。

問題は艦娘たちの行き先だ。

提督色に染められた艦娘たちは、他所の世界に耐え得るかしら?

 

 

提督と誰が九州へ向かうか激烈な会議が行われ、私に決まった。

例の基地となんらかの問題が生じ、全員敵になる可能性がある。

実際、過去によそへ調査に向かった提督が殺された事例もある。

用心した方が賢明だ。

呉第六鎮守府並びに岡山の獄門島鎮守府が支援してくれる手筈になっている。

薩摩側へ逃走することも可能にしておく。

向こうの提督がそこまでバカじゃないと思いたいが、どこにでもバカはいる。

勲章をぶら下げたバカが特に問題だ。

一対多の戦いになると仮定して、島風では継戦能力に難がある。

吹雪でも難しいだろう。

他の駆逐艦でも同様だ。

いっそのこと連合艦隊で行こうという意見が出て、それは流石に妙高先生が停めた。

それはやり過ぎだ。

軽巡洋艦は装甲の問題があるし、空母系は接近戦に対して脆弱な面を持つ。

向こうの駆逐艦勢の戦い方はかなり荒っぽく、演習での評判は芳しくない。

ま、仮に大破しても、呉まで逃げ込めたら私たちの勝ちだ。

逃走経路は呉、薩摩、佐世保の三ヵ所に決定する。

この戦艦棲姫、少々の攻撃じゃ傷は付かないわよ。

必ず提督を函館まで連れ帰ってみせるわ。

第三砲塔がヤられてもなんとかするわよ。

念のためにダメコンも積んでおこう。

加賀は仕事が多いし、遠距離戦に強いものの近接戦闘に難があって駆逐艦の猛攻を許すおそれがある。

長門や妙高やネヴァダはその辺で安心出来るが、加賀と同様いなくなると鎮守府の管理が疎かになる。

結局、引き算で私こと戦艦棲姫が提督直衛の任を行うことになった。

大淀が血涙を流しながら結果発表すると、鎮守府は沈黙に包まれた。

 

さてと。

麦わら帽子にサマードレスに現役時代の戦利品の古いグローブトロッターを用意しなくっちゃ。

ふふふ。

 

行きと帰りとで、人数が変わったりなんかしちゃったりして。

ま、最近は自重している子が多いから大丈夫だとは思うけど。

 

 

 

函館から青森まで青函連絡船。

およそ三時間半の船旅。

艦娘直衛の安全安心旅。

提督を見続ける艦娘群。

 

奥羽本線で青森から一駅先の新青森へ行き、地元の名酒や名菓などを購入して新青森から華の都だった東京まで新幹線を使って一気に行く。

まだ一日数本しか走っていないので、乗り遅れると大変。

 

東京に着くと、提督の友人が経営している洋食屋へ行く。

浅草は静かな佇まいを見せていた。

アジフライ定食はなかなかだった。

鮮度のよい鯵を使って揚げられ、サクッとした歯応えのフライ。タルタルソースもたっぷり添えられている。

ほくほくしたポテトサラダにしゃきしゃきした野菜サラダ。

ちょっこしだけどしっかりした味わいのスパゲティナポリタン。

熟練の技が光る佃煮。

コクのあるとうもろこしのポタージュ。

とどめは豆かん。寒天の弾力がいいわ。

パーフェクトよ、ウォルター。

 

 

そこそこ人が歩いている地下迷宮めいた通路を通り、現在寝台車で最長距離を走るサンライズ瀬戸に乗った。

特等でも一等でもなく、二等寝台が私たちの愛の巣。

隣接しているのがまだ救いね。

堅い寝台で、昔々の夢を見た。

 

真っ暗だけど活気が見られる神戸を過ぎ、姫路に着いたのが午前五時半頃。

既に街は動き始めている。

そこから更に一時間かけて、大都会岡山に到着。

現在人口増加率の高い街のひとつだ。

清水白桃もマスカット・オブ・アレキサンドリアも堪能することが出来ないままに、広島の福山方面へ走る山陽本線の乗降場へ向かった。

途中で、青春18きっぷに二名分の判を捺してもらう。

九州まで鈍行汽車に乗って行くのよ、と若い女性駅係員に言ったら素敵ですねと返された。

なんだか羨ましそうな顔にさえ見える。

 

駅構内のコンビニはまだ開いていない。

 

「むう、駅のうどん屋もまだ開いていないですね。あそこの昆布だしは割と好きなんですが。」

「仕方ないわね。」

 

シリアルバーでもかじろうかと思ったら、胸の大きな重巡洋艦ぽい娘が白桃とマスカットのタルトを売りにきた。

怪しい。

どうにもこうにも怪しい。

しかも。

白いブラウスに青いブラ。

狙っているわね、この子。

大きなタルト二個千円也。

提督は、即決で購入した。

 

たぶん艦娘が懸命に焼いたタルトを車内で食べた。

なかなかおいしいじゃない。

テルモスの魔法瓶からお茶を注いで、提督に渡す。

明け方の山陽道を西へ西へ進んでゆく。

左手に時々海が見えて、とある小説の探偵気分を味わう。

 

「快速のサンライナーが走っていたらよかったのに、夕方から夜限定ですか。」

「困ったもんじゃのう、磯貝警部。」

「私は磯貝警部じゃありませんよ。」

 

革のカバーがかぶせられた携帯用時刻表をめくりなから、提督は素早く言った。

 

「三原を過ぎたら、白市(しらいち)で降りましょう。白市から下関まで直行の鈍行汽車に乗り換えます。」

「白市?」

「ええ、そこで降ります。ちなみにそこは広島空港の最寄り駅です。」

「なるほど。で、下関までそこからどれくらい時間かかるのかしら?」

「およそ五時間ですね。」

 

思わず、ため息を吐いた。

私も随分人間臭くなった。

提督の影響だわ。

そうよ。

そうに違いない。

 

「提督。」

「はい。」

「岡山から例の基地まで青春18きっぷで行けっていう、あんぽんたんであかんたれな指示に馬鹿正直に従わなくていいんじゃないかしら?」

「確かにそうですね。」

「提督。」

「はい。」

「提督って、もしかして鉄道マニア?」

「いえいえ、そんなことは有馬温泉。」

「……帰りに温泉に行くのもいいわね。」

 

白市で降車すると素早く軽空母っぽい艦娘めいた子が近寄ってきて、たまたま二人分しか無い弁当を売ってくれるという。

もうこれ、怪しくないと思う方がおかしいんじゃないかしら?

提督はなにも疑っていない様子でお好み焼き弁当を購入した。

お人好しというか、なんというか。

そんなところがとても気になるの。

弁当の中はそば入りミックスで海の幸が豊富なお好み焼きと、玉子焼きと広島菜漬けとオマケにもみじ饅頭。

お茶は因島産杜仲茶。

うん、旨い。

 

お昼頃。

旧小郡(おごおり)駅の現新山口駅に着くと、マフラーの似合いそうな軽巡洋艦ぽい子が颯爽と私たちの前に現れ、弁当を手渡してくれた。

提督の手をしっかり握り締めている。

 

「これ、差し入れ。じゃ!」

 

ちょっといろいろと省略し過ぎよ。

小野茶と共に穴子弁当を入手した。

 

「あのう、いいんですか?」

「いいのいいの、じゃあ!」

 

見知らぬ女の子から急に食べ物飲み物を渡されると、普通びっくりするわよね。

 

「折角ですから、いただきましょう。」

 

周囲の女学生に扮装しているっぽい艦娘めいた子たちが、こちらをちらちら窺っている。

一体どれくらい情報漏れしていて、一体何名の艦娘が今回の用件に絡んでいるのだろう?

……まっ、いっか。

もう、仕方ないわね。

穴子弁当を食べよう。

昆布でだしを取って味付けして炊き込んだご飯。

その上に秘伝っぽいタレに漬け込んで焼いたらしい穴子がどっさり載せられている。

ふくの一夜干しに、蒸し蒲鉾に野菜の煮付け。

甘味に抹茶外郎(ういろう)と夏蜜柑ゼリー。

旨し。

 

 

長い。

長い。

日本って意外と広いわ。

西日本の風景を堪能しながら、ごとりごとりと汽車は西へ向かって走る。

 

下関に到着し鹿児島本線に更に乗り換え、小倉に着いたのは午後三時だ。

 

「提督。」

「はい。」

「なにか食べときましょ。」

「それがいいですね。」

 

すると。

どことなくなんとなく鳳翔に似た売り子が見計らっていたみたいにどこからともなくやって来て、丁度二つだけある弁当を見せた。

しかも売れ残りだから、ひとつ五〇〇円でいいという。

その上、お茶付きだ。

限りなく怪しいわね。

駆逐艦っぽい娘たちがうろうろしている。

山陽本線の車内に居た子も混ざっていた。

呉……じゃない感じ。

瀬戸内海関連の艦娘が群れを成しているんじゃないわよね?

或いは西日本の艦娘が……。

いえいえ、まさか。

そんなことは無いわよね。

みんなが結託していて、提督の胃袋を掴むためにあれこれ画策……考えすぎかしら?

提督は疑わず、その娘から素直に買った。

東筑軒(とうちくけん)のかしわ飯弁当みたいだけど、なんとなく違う。

艦載機が飛んでいる気配を感じた。

そう言えば、北九州には東筑拳って古流武術があると聞いたことがある。

横浜発祥の崎陽拳にも対抗し得る必殺拳だとかで、こないだ佐世保の武蔵が演武を見せてくれたっけ。

 

蓋を開けると、其処は九州の誇りに満ちた空間。

鶏そぼろと錦糸卵と刻み海苔の三位一体な基本。

それらの上には照り焼きかしわの肉団子が六個。

奈良漬、紅生姜、牛肉と牛蒡と蒟蒻の煮付け、煮玉子、筑前煮、それと甘いうぐいす豆。

それらが隙間なくみっしり詰まっている。

これ、五〇〇円の内容じゃないわよ。

ん?

このご飯は吉野鶏めし。

鶏肉と牛蒡の合体攻撃。

大分では普通に家庭で食べられてきたという伝統料理。

だがしかしお菓子。

鶏と鶏と鶏とがかぶっているじゃない。

でもおいしい。

流石は鳳翔ね。

いえ、鳳翔だけじゃない。

これは複数の艦娘による連合の味わい。

見事也。

お姉さん、びっくりよ。

このお茶は八女茶ね。

提督は無邪気に旨い旨いと食べている。

柱の陰から覗く目が幾つも幾つもある。

あなたたち、監視しているわねっ!

提督は本当になにも気づいていないのかしら?

もしかしたら……。

 

小倉から汽車に乗って、夕刻にようやく九州某県のとある駅舎に辿り着く。

時刻は既に七時前。

計三路線が乗り入れ、四面八線の乗降場を有する大型駅舎は南国特有の熱気に包まれ、まだ暑さがそこかしこに漂っていた。

じっとりと肌から汗が滲み出してゆく。

街行く娘たちの服が透けてさえ見えた。

提督近辺をうろうろする娘さえ見える。

この時間には肌寒い函館とまるで違う。

いつの間にか、提督は地元の西瓜売りのお婆ちゃんと話をしていた。

なんだかお互いに、にこにこしている。

 

「しらしんけんおいしいけん、食べてみよ。」

「ほほう、これはよかもんに見えますけん。」

 

提督がなんちゃって方言を使っている。

結局彼は斬り刻まれた日田の西瓜を買い、私にも手渡した。

 

「この西瓜、おいしいですね。」

「とげちおいしいもんやけん。」

 

おいしいおいしいと食べていたら、周りの人たちも次々に西瓜を買っておいしいおいしいと食べ出した。

西日本だと鳥取の倉吉や熊本の植木辺りが有名だけど、日田のもおいしいわね。

 

提督がいないと気づいたのはその直後で、これは不味いと走りかけたら駅前商店街から呑気に提督が出てきた。

いつの間に?

電探が反応しなかった?

奈良セラの光学迷彩でも使っているの?

手にレトロな雰囲気の袋を持っている。

人気店のミックスサンドとフルーツサンドが入っているという。

 

「もう、心配させないでよね。」

「いや、ホントにすみません。」

 

どこからともなく現れた某軽空母めいて見える売り子から杵築(きつき)紅茶の入った容器を買い、長椅子に座ってサンドイッチを一緒に食べる。

旨し。

 

いつか平和な日々がやって来て、こんな感じで提督と旅に出掛けられたら、それはどれだけ幸せなことなのかしら?

 

刹那の幸せを噛み締める。

 

太陽が完全に沈みかけた頃、桃色塗装を施した軽自動車が少し寂れた駅前にやってきて私たちの眼の前で停車した。

 

空は赤黒くなって、鮮やかな紫色をたたえ始めている。

 

すらりと無駄なき所作で降車するは練達の練習巡洋艦。

その名は香取。

早霜同様、あちらの提督にすっかり心酔している艦娘。

もしかして、恋しているの?

キラキラ光ってさえ見えた。

かなり出来るわね、この女。

仕事の出来る女感が強いわ。

 

「お迎えに参りました。」

 

闇に溶けかかる風景の中、爽やかにその女は微笑みながら言った。

まるで当鎮守府には一切問題がありませんとでも体で語る如くに。

 

 

 





【脚註】

えらしぃ:可愛らしいこと。愛くるしいこと。またはその様。

おりきらん:落ち着きのないこと。またはその様子。

九州某県:おそらくは九州北側の県のいずれか。某老舗百貨店がある。『不健全鎮守府』側と『はこちん!』側とに相違が見られる可能性あり。

しらしんけん:一生懸命。本当に真剣に。同名の焼酎あり(知心剣)。必殺技の名前ではない(たぶん)。

とげち:とても。すこぶる。


方言は古語が元だったり他の地域でも使われたりしていて、とても興味深いです。



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