試製機械提督が何体か完成したとかで、函館鎮守府でも試験運用することになった。
艦娘の技術を流用して造られたらしい。
それはまさに新造人間。
軍服を着た、巨大黄色Tを頭部に備えた人造人間。
彼の名前は魚津伊井大蛇(うおついいおろち)だ。
知勇兼備にして、軍略に長けた名将。
それがこの魚津伊井シリーズだとか。
ホンマかいな。
量産化も検討されているらしいが、上手くいくかねえ?
さて、幾ら高性能な生まれでも経験が必要である。
教官の操る旧式攻撃機に、新人の乗る最新型戦闘機が太刀打ち出来ないようなものだ。
或いは歴戦の旧式改造人間に、最新鋭装備の怪人が激戦の結果敗れるようなものかな。
彼はどこから声を出しているのだろう?
穴は無いよな。
どうやら、黄色いT部分が微細に揺れて音声に変換するらしい。
紙スピーカーみたいなものか?
これがハイテクなのか?
ナニまで装備していた。
耐水仕様だというので一緒に入浴したら、戦艦級の代物を見せつけられた。
無駄にでけえ。
「触ってみますか?」
無駄に通りのよい声で囁かれて、触らんわと伝えた。
なに、こいつらそういう性癖なんか?
運用二日目は紅白戦で演習してみた。
私の方は艦娘に任せ、魚津伊井提督の方は彼の指揮に任せる。
お互い駆逐艦六名ずつで殺りあってみた。
勝ったら全員ほっぺにチューしてみるってどうかな、と言い終わる前に報奨はそれに決まった。
なあ、キミたち、おっさんのほっぺチューでええんか?
結果は当方の圧勝だった。
二回戦は艦娘たちを全員交換して行うことにした。
勝ったら全員ほっぺにチューで決まりよねと何故か厳しく念押しされ、それでええならと答えたら武士に二言無しよと言われた。
おっちゃん、武士ちゃうんやけどな。
二回戦も我が方が圧勝した。
あれえ?
チューチューしていたら、魚津伊井提督がこんなことは計算外ですと呻いていた。
人造提督は食事も出来るらしい。
ペーストじゃなくていいそうだ。
バリウムみたいなプロテインドリンク系でなくてええらしい。
彼の口元まで食べ物がゆくと、どういう理屈かフッと消える。
フェードインって感じかな?
わからん。私にはわからん。
原子分解していたりなんかしちゃったりして。
……んな訳ないか。
彼は棒々鶏(バンバンジー)定食を旨そうに平らげていた。
私室へ寝に行く途中、魚津伊井提督にばったり出くわした。
私の両隣には龍田と鹿島。
「破廉恥な! それはあまりにも破廉恥ですよ、提督!」
彼はなにか、とんでもない誤解をしているようだ。
単純に添い寝するだけだと三名がかりで説得した。
「毎晩、日替わりで艦娘たちと寝ているのですか?」
「おさわりは無しですよ、フフフ。」
「薄い本みたいな展開は無いです。」
「私の方からは、彼女たちを一切触っていません。」
「…………。」
夜と朝の合間。
風呂に入っていたら、魚津伊井提督も入ってきた。
そこへ元艦娘たちの事務員が何名も入ってきたものだから、彼は驚愕していた。
彼女たちにも想定外の事態だったらしい。
朝から騒ぎになって、大淀から全員怒られた。
あれ?
私、どうして怒られているんだろう?
魚津伊井提督も不本意そうに見える。
なんだか表情が無くてもわかりそうな気がしてきた。
大本営から連絡があって、魚津伊井提督の初期艦を送ってくるという。
そう言えば、私には初期艦が送られていないよなと思ったが一応吹雪がそれに該当するのかとも考える。
だが、それだと叢雲(むらくも)辺りが臍を曲げそうな気がした。
彼のような提督だと、テキパキ仕事を進める叢雲辺りが最適な気もする。
或いは何事も一生懸命な吹雪か、寄り添うような電(いなづま)辺りが次点か。
電同様庇護欲をそそるどじっ子頑張り屋の五月雨(さみだれ)はその次辺りか。
「ハーイ、ご主人様! 貴方の漣(さざなみ)、ここに見参!」
おう。
えーと。
あの提督にこの子で大丈夫なんじゃろか?
キタコレキタコレと、人造提督の回りをバターになりそうな勢いでぐるぐる走る漣。
その彼は大変困惑しているように見える。
魚津伊井提督と風呂場で男の付き合いをしていたら、曙たちと漣が乱入してきた。
「裸の付き合いは大事ですから……。なんですか、なんですか、ご主人様の主砲は! 漣、あっという間に轟沈しちゃうの?」
ちょっと気まずい入浴時間になった。
漣は魚津伊井提督との混浴を覚えた。
「イヤですよ、ご主人様。艦娘との添い寝は基本的合意があったら問題ありませんし、むしろご褒美です。最先任艦娘ならば、司令官と添い寝して交流を図るのは必然行為であります。さあ、さっさと寝ましょう!」
漣は魚津伊井提督との添い寝を覚えた。
学習効果で翌朝はキラキラ光る状態だ。
やったね、漣ちゃん。
執務室で書類仕事。
膝の上には駆逐艦。
本日は早霜である。
最初、魚津伊井提督は呆然としていた。
今彼の膝の上に漣。
同じ様式になった。
提督用の机を二つ並べて澄まし顔ナリ。
駆逐艦たちがちょこちょこやって来ては、抱きついたり背中に乗ったり肩車したりして去ってゆく。
仕事が一段落した頃、他所の金剛型が茶器をワゴンで運んできた。
お茶の時間を過ごす。
このスコーンがとても旨いと言ったら、比叡が真っ赤になって照れていた。
噂に違わぬ女たらし……もとい艦娘たらしですね、と魚津伊井提督がほざく。
大本営直属の大淀が翌日やってきて、新造人間の提督に聞き取り調査を行った。
結果、私は彼女から厳重注意を受ける。
そして、彼はよその鎮守府へ改めて研修に向かった。
「興味深い経験が出来ました。」
何故だか私に密着して耳元で囁いた後、彼は漣にしがみつかれながら去っていった。
それから、彼の達筆な葉書が送られてくるようになった。
万年筆で書いたらしい、几帳面さがわかる筆跡の書簡だ。
そんなに親身に接した覚えもないのに、不思議なことだ。
そして。
漣からも『負けませんから!』と墨痕鮮やかな葉書を貰った。
解せぬ。