少しホラー風味に仕立てました。
最近、ようやく海沿いの安全宣言がされて近海での漁業が復活してきた。
僕たちの住む街はずいぶん人が減ったけれども、これからはゆるやかに増えてゆくだろう。
たぶん。
休み時間にクラスの女子が見慣れない子たちの話をしていて、なんだろうと思っていたらおバカてお調子者の健介がなになになんの話と首を突っ込んでいた。
委員長が代表で教えてくれたところによると、近頃海沿いの廃屋に住む女の子たちがいるらしい。
未成年ぽいので、悪い連中が来たら大問題になるわと彼女は締めくくった。
健介がデジタルビデオ片手に大興奮しながらそこへいこうぜいこうぜ突撃しようぜと騒いだんだけど、やめとこうよと言っておいた。
訳ありかもしれないし、変なことに巻き込まれても困る。
酒浸りでダメダメな父さんの世話もしなくちゃいけない。
父さんは職場の女性に手を出して、しかもいろいろやらかしたそうだ。
そして、一番の問題は健介が変態ってとこだ。
さりげなく何人もの女の子と付き合っている。
困ったもんだよ。
放課後に寂れた商店街の総菜屋で出来合いの品を買っていたら、知らない女の子たちから声をかけられた。
二人とも黒いセーラー服を着ている。
同級生くらいの年齢かな?
この辺の中学校じゃないくらいしか、僕にはわからない。
「あれ? 提督じゃないか。なんでこんなところにいるんだい?」
提督?
誰、この子?
まさか、最近社会問題になりつつある『なりきり艦娘』?
「あーっ! 提督だ! 一緒に帰ろっ!」
自然に腕を絡めてきた。
とっても馴れ馴れしい。
顔が似ているから姉妹?
なんだかゾクッとした。
もしかして、本当に艦娘なんだろうか?
この頃はそれっぽい恰好をした女の子が増えているらしいから、どちらともつかない。
『艦娘スタイル』だなんてファッションが流行っているみたいだし、何故政府や大本営は見逃しているんだろう?
自分自身のことを本物の艦娘だと思い込んだ『なりきり艦娘』たちによる、監禁事件を何件も聞いたことがある。
そういった案件が複数あるらしいけど、男性側が訴訟に踏み切ることは先ず無いという。
てっきり、都市伝説だと思っていた。
あの夏の彼女たちは、一体どっちだったのだろうか?
「やれやれ、みんな待っているんだ。なにをしていたか聞かせてもらうよ。」
「そうそう、みんなずっとやきもきしていたからね。とっても喜ぶと思う。」
ちょ、ちょっと待ってよ。
ぐいぐいと引っ張られる。
彼女たちは大変力が強い。
本物の艦娘みたいだなあ。
まさか……本物?
それともお……。
「僕たち艦娘が生きてゆくには提督が絶対必要だからね。」
「提督がいないと生きていけないのは知っているでしょ。」
こわい。
なんだ、この子たち?
ヤバい子たちなのか?
首筋を舐めないでよ。
そんなところを普通に触っちゃダメだよ。
「僕はあなたたちのことを知りませんよ!」
「そりゃそうさ、提督とは初対面だもの。」
「私たちに任せてくれたら、大丈夫だよ!」
どこが大丈夫だよ!
話が噛み合わない。
そうだ、逃げよう!
父さんの交際相手だった女の人に捕まりそうになって振りほどいた時みたいに、えいやと腕を抜いた。
軽騎兵の如く逃走!
幸い、彼女たちは追いかけてこなかった。
翌日、登校するとおバカでエロい健介が興奮しながら話しかけてきた。
ハアハア言っている!
お前、たっているな!
それ以上、近寄るんじゃない!
「もしかして、お前、急に妖精が見えるようになったりした?」
「なに言ってんだ、健介? この間の妖精検査でみんな不合格だったじゃないか。」
「……あれ? そうだっけ?」
「なんで、僕が妖精を見える話になってんだ?」
「お前に提督の資質があるんじゃないか、って今朝から校内は盛り上がっているんだよ。」
「なんで?」
「艦娘みたいな色っぽいお姉さんが校長室に行ったのを、委員長が見たのさ。」
「はい?」
「そのお姉さんの言う特徴がお前っぽいんだ。まあ、ぶっちゃけ、僕が彼女に昨日聞かれてお前だと思ったからそう答えただけなんだけどさ。校内中に触れ回ったのも僕だけどね。ヤったね、これでお前は校内随一の有名人だよ! でさ、お姉さんが手をやさしく握ってくれたから気持ちよくってさあ。昨日の晩は……。」
「お前が諸悪の根源か! 変態死すべし、慈悲はなか!」
「苦しい! 苦しい! 委員長、笑ってないで助けて!」
そういや、二年前の小学六年生の夏休みに知り合いのお姉ちゃんたちと廃屋で暮らしたことがあったっけ。
確か、家から出してもらえなかったんだよね。
誰か一人が必ずくっついていて、お風呂も寝るのも誰かと一緒だった。
みんな美人でやさしかったんだけど、なんだかとってもこわかったな。
そんなことを、不意に思い出した。
口元のほくろとか、お……。
「おーい、あの色っぽいお姉さんがじっとお前を見てんだけど。彼女が僕の手を握ってくれた人さ。」
教室の引き戸の方へ、視線を向ける。
背のすらりと高い、少し紫がかった髪の綺麗なお姉さんが僕を見つめていた。
なつかしい、口元のほくろと黒い服。
僕の中のバビロンの宝物庫の頑丈な扉に、いきなり破城鎚が叩き込まれた。
厳重な施錠状態があっけなく壊れてゆく。
宝具が幾つも幾つも叩きつけられてゆく。
あの時の。
そうだ。
あの夏の。
覚えている。
彼女のことも。
あの夜のことも。
あの日々のことも。
心底の封印がゆるりと解けてゆく。
じわじわと黒い染みが溶けてゆく。
原初の海にいきなり放り込まれる。
あの夏の、蒸し暑い思い出が甦る。
一瞬だけ、ニヤリと彼女が笑った。
あの夜、僕に向けたそれは笑顔だ。
やさしくて、甘酸っぱくて、少し苦くてこわい思い出の夏休みを思い出した。
今年の夏休みもそんな感じになりそうだ。
健介がなにか喚いているけどわからない。
艦娘だろうとそうでなかろうと、僕にとってはどっちだっていいや。
頭の芯がビリビリ音を立てているようだ。
やさしく微笑みながら近づいてくる彼女を眺めながら、僕はぼんやり考えた。
今度は上手く伝えたいなあ、と。