はこちん!   作:輪音

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艦娘。
それは深海棲艦に対抗するための人型妖精兵器。
海洋での戦闘・遠征・護衛・哨戒のみならず、人間社会にも退役した元艦娘が普及し始めているが、元艦娘の関与する犯罪も密かに急増して秘密結社まで暗躍する有り様だ。
凶悪化する国内犯罪を憂慮し、警視庁は本庁警備部内に特科艦艇二課艦娘中隊を創設してこれに対抗することとした。
通称、特艦二課の誕生である。





ⅩⅢ:特艦二課

 

 

 

深海棲艦と呼ばれる謎の武装勢力が世界の海を荒らし回るようになって世界経済が大混乱に陥り、日本が世界から孤立して混沌化したあの日から八年。

絶望した人々による凶悪犯罪が年々増加したため、我々警視庁の面々の仕事も加速度的に増えていた。

五年前に現れた艦娘(かんむす)と呼ばれる人型妖精兵器が深海棲艦をかなり駆逐してゆく中、やっとこの頃は治安も安定している。

政府としては、海外旅行も近々行いたいらしい。

近海は安定しているが、まだまだ先のことだな。

 

『未来型海洋都市』を標榜して鳴り物入りだった都内のバビロン・プロジェクトも、シンボルマークの盗作問題や建設関連の不正入札並びに深海棲艦の襲撃により計画そのものが破綻し頓挫していた。

それ故に治安の安定化は喜ばしい事態だったが、海外との交易は今も限定的なままだ。

そういや、以前にカイゾーグという深海開発型改造人間の計画があったが、あれはどうなったのだろう?

それと、『烏賊娘計画』はどうなったのだろうか?

世の中、わからないことだらけじゃなイカ。

 

 

 

そんなある日、本庁に呼ばれた。

指定された部屋に行くと、警視庁のお偉いさんや白い軍服を着た軍人らがいた。

いや、軍人という呼び方はこの日本では今も出来ない。

大本営と鎮守府警備府という古めかしい呼称を用いているのは欺瞞であり、提督という呼び方も偽装のひとつだ。

純然たる軍事組織が有事に対処しているにもかかわらず、軍隊を名乗れない状況は歪に見える。

日本人の軍隊アレルギーは今も健在だった。

呼び方なぞどうでもいいような気さえするが、こだわる人々にとっては絶対事項らしい。

前大戦の亡霊は今もその力を振るっている。

前大戦の軍用艦艇の霊魂が女体化して、海原を今現在駆け巡っている現状が見えないのだろうか?

武装勢力に対して無抵抗で殺されるつもりかと聞いたら否と答える癖に、自国の武装は否定する。

正直、訳がわからない。

二重規範、三重規範を平気で使う人々からすると矛盾は生じないのか?

反抗期の子供みたいに見えなくもない。

 

 

 

切れ者らしい官僚めいた男性から説明があり、それを大人しく聞く。

要は東京湾及びその沿岸の治安維持に関わっていた大本営が手を引き、我々警視庁の面々が海も守る形にするらしい。

ついでに都内での凶悪犯罪に対処する任務を、我々警視庁が負担する。

重武装した連中を相手にしなさいよってことになる訳なんだなこれが。

上手くいけば、大阪や名古屋や博多にも同様の部隊を創設するらしい。

私の古巣を潰した連中がいけしゃあしゃあと二重規範を口にしている。

嘘つき共め。

私は言った。

 

「海上自衛隊や海上保安庁が存在しているでしょう。海の方ですが、彼らに任せては如何ですか?」

 

まだ組織として生き残っている筈だ。

戦力的にはあちらの方が上だろうし、海のことはあちら任せの方がよいのではないか?

 

「確かに組織としては生き残っているが、海上保安庁の方は装備の関係で戦闘力が期待出来ない。海上自衛隊の方も戦力が無限ではないし、攻撃対象が小さすぎて費用対効果が悪すぎる。予算は無尽蔵ではないのだ。」

「戦争に費用対効果もないでしょう。それを経済の尺度で計るのは間違っているのではないですか? 横須賀にある戦力に、無力な我々は期待するしかないのではないですか?」

 

軍人さんは無反応だ。

揺さぶりは効かんか。

 

「能登君、言葉を慎みたまえ。これは大本営の好意なのだよ。」

「好意? 責任の丸投げではなくてですか?」

「能登君!」

「ははは、気骨のある方でけっこう。流石は、嘗て首都警の特機隊六課で名を馳せられただけのことはありますね。」

 

軍人が口を開いた。

私のことは調査済みって訳だな。

 

「大本営でも意見が割れたのですが、これは試験運用の一環なのです。」

「試験運用、ですか?」

「そうです。最近は民間出身の提督も増えていますが、正直なところ、鎮守府としては犯罪者対策まで手が回りません。専門外ですしね。」

「それで、警察官をなんちゃって提督に仕立てて、対犯罪者専門艦隊を作ろうという訳ですか。」

「そうです。『カミソリ能登』の異名は伊達ではありませんね。最近、マカシキという秘密結社が暗躍しており、退役した元艦娘が関与している可能性が高いのです。先日その実行部隊と交戦がありまして、鎮圧にかなり手こずりました。事前に逮捕者が何名かいたら、そこまで苦戦することはなかったでしょう。私たちもこの状況を憂慮しているのです。日本はもっと暮らしやすい国になるべきです。そのために、能登さんの力を貸していただきたいのです。」

 

口が巧い。

これでは拒否出来んな。

いや。

最初から退路は絶たれているか。

あの時の戦いに比べたら、今のこれはぬるま湯だ。

後で墓参りにでも行くか。

 

「しかし、私のような者でも、その、提督ですか? 艦娘を率いることが出来るのですか?」

「事前調査は済んでいます。」

 

ひょいと軍人の後ろから小人が現れた。

 

「俗に言う、『妖精の見える者』という訳ですか?」

「そうです。艦娘は妖精が見えない者には従いませんからね。警視庁の方々では二人該当しました。」

「君と手雲君だ。」

 

最近、上司と不倫騒ぎを起こしたやり手美人か。

警視庁内部の醜聞を左遷という形で誤魔化すか。

 

「有能な方を二人も見つけることが出来て、我々は幸運です。」

 

大本営の若手将校は一見快活げに笑った。

 

 

 

バビロン・プロジェクトでの好景気を見込んで建設されたが、その計画が頓挫したお陰で二束三文で売却され半ば廃墟と化した工場の跡地。

埋め立て地の中にある建物。

他に建築物は見当たらない。

それが我々の本拠地だった。

厄介ごとのにおい強き集団。

その中間管理職に着任する。

まるで性質の悪い喜劇だな。

一番近い中華料理店の檸檬亭まで徒歩三〇分。炒飯と餃子とイカ墨スパゲティが特に旨いそうだ。

コンビニエンス・ストアは以前ならば徒歩圏内にあったそうだが、深海棲艦の侵攻で不採算店として斬り捨てられた。まあ、車でちょっと走れば辿り着くが、深夜は開いていない。灯火規制は今もある。

自動車も以前は使用許可証の携帯が必須な程規制が厳しかったが、原油の輸入が安定しつつあるためか、一時期ほどではなくなった。

 

えらく人懐っこい柴犬の野良犬にまとわりつかれる。

どうしようかと考えていたら、皆が飼おうと言い出した。

名前はアルフォンスになった。

本人も気に入ったらしい。

 

 

 

我々の正式な名称は特科艦艇二課艦娘中隊だ。

略して特艦二課。

現在第一第二小隊から成り、その内第三小隊も加える意向らしい。

手雲紫乃警部補が第一小隊隊長、私が第二小隊隊長になる。

課長は『風見鶏』の二本松警部だが、本庁でロビー活動するのが主な仕事らしい。

工廠での整備関係は警視庁警察庁海上陸上航空自衛隊から有志が全国から集まってくれた。

とんでもない競争率であったらしい。

まあ、やる気満々なのはありがたい。

知り合いの酒木さんが現場指揮官なので、安心して任せられる。彼も妖精が見えるそうだ。

不思議というものは、存外陳腐なものなのかもしれない。

 

私の元には六名の艦娘が所属することになる。いずれも癖の強そうな娘だ。

 

「駆逐艦の五月雨(さみだれ)です。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします。」

「軽空母の瑞鳳です。索敵も料理も得意ですので、よろしくお願いいたします。」

「軽巡洋艦の天龍だ。刀を少し使える。よろしく頼む。」

「あ、あの、軽巡洋艦の名取です。よ、よろしくお願いいたします。」

「駆逐艦の如月です。よろしくお願いしますね、素敵な司令官。」

「戦艦の扶桑です。よろしくお願いいたしますね、提督。ふふふ。」

 

同僚の手雲隊長の元には軽巡洋艦二名、駆逐艦四名の水雷戦隊が配属されるらしく、今は彼女たちを受領に横須賀へ出張中だ。

 

「能登さん、宴会しましょうよ、宴会!」

「親睦する必要があると思うのですよ!」

「あの子たちのことが私気になります!」

「労働にはモチベーションが必須です!」

「大丈夫ですよ、お触りはしませんし!」

 

若手の整備員男女性別関係なしに詰め寄られた。

買い出しはどうすんの? と聞いたら既に準備万端だと言われた。

苦笑しながら許可を出す。

 

「提督、伊達巻をどうぞ。」

「提督、ほらもっと呑め。」

「私、酔っちゃいました。」

「司令官って逞しいのね。」

 

宴会はどんちゃん騒ぎに陥った。

艦娘が案外自由奔放なのに驚く。

五月雨と名取は興奮した整備員たちに囲まれ、しどろもどろではあるが。

私は四名の艦娘にがっしり脇を固められて動けない。

装甲服でもあれば話は別だが、今はびくともしない。

これだと普通の警官隊では相手にもならないだろう。

改めて艦娘の力に感心する。

鍛え上げた人間でも勝てない力だ。

なにも付けていない状態でこれだ。

艤装と呼ばれる装備を身に付けた彼女たちを止められるのは、同じ装備を纏(まと)った艦娘だけとの話も頷ける。

仮に全盛期の頃の特機隊六課をぶつけたとしても、彼女たちの抑止力にはなり得ないな。

少し悔しい。

上層部の判断は間違っていないということか。

 

 

 

元の工場にはかなり大きめの社員用浴場が設置してあったそうで、現在妖精が管理する施設になっていた。

入渠施設と呼ばれる艦娘専用の治療設備とは別に、命の洗濯が出来る場所が用意されている。

私は酔っぱらった艦娘に引きずられ、共に入浴した。

全然抵抗出来なかった。

おそるべき力であった。

所謂混浴という状況だ。

裸の付き合い、になるのか?

この子たちとの宴会は今後気を付けよう。

 

 

 

執務室隣の仮眠室で、雑魚寝している艦娘たちをぼんやり眺める。

今日はマンションには帰れないな。

貞操は無事だったが危ういところだった。

まさか激しい攻防戦になるとは思ってもみなかったが、好意を持ってもらえるのはありがたいと前向きに考えよう。

うん、そうしよう。

近々、函館まで出向いて交流戦という名の演習予定だ。

そこの提督は『艦娘たらし』と呼ばれるやり手らしい。

彼から情報を得るとしよう。

 

近日中に、大本営から連絡役兼監視役の軽巡洋艦である大淀がやって来る。

彼女からも情報提供してもらおう。

今の所、手持ちの札が少なすぎる。

 

しかし、両脇を少女たちに固められて動けないのは我ながら情けない。

高校生くらいにしか見えない眼帯少女に頭を抱きかかえられて、綺麗なお姉さん系の女の子とおませな感じの中学生たちに抱きしめられている構図。

嘗ての仲間には到底見せられない姿だ。

往時の私になら殴られても致し方ない。

 

これからどうなることやら。

やれやれ。

 

 

 

 


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