「艦娘は愛する提督の腕の中で轟沈したいと願っている。しかして、提督は憲兵に逮捕されて散ってゆく。行き場を失った艦娘はどうすればいい?」
大淀がいてくれると実にありがたい。
事務関係では安定の戦力だからなあ。
時折他の鎮守府に出向してもらっているが、彼女なくして鎮守府の事務仕事は片付かない。
俺一人じゃ、とても処理しきれん。
「提督。」
「なんだ?」
鋭い視線で彼女が話しかけてくる。
この、甘ったるくない感じがいい。
函館の大淀は何故、アイツをあんなに甘やかそうとしているのだろうか?
大淀はさ、眼鏡をピカピカ光らせて油断なく目を配る感じがいいんだよ。
「外海作戦任務の件について、函館鎮守府から了承が得られました。」
「おう、そうか。そりゃ、ありがたい。」
うちの艦娘は総勢八名だからな。
穴だらけだ。
任務に支障をきたす勢いである。
元艦娘に粉をかけたり余剰分の艦娘を要求したりしているが、成果は出ていない。
函館は五大鎮守府に比べ、融通のきくところが素晴らしい。
三名回してもらってようやく息がつけたのは記憶に新しい。
艦娘の建造設備さえあればなあ。
五大鎮守府と一部の泊地でしか建造出来ない決まりは、なんとかならんかな?
「正規空母の雲龍、重巡洋艦の足柄、軽巡洋艦の龍田、駆逐艦の早霜が明日午前には到着予定だそうです。」
「よし! よし! これで二艦隊を編成出来る。」
大本営は時たま、無茶な指令を寄越す。
それに対応出来ないと、場合によっては首だ。
これではなんのための提督稼業なのか、全然ちっともさっばりわからん。
酷い話だが、実際、前例が幾つもある。
特に俺たちなんちゃって提督は、恰好の的だ。
提督によって違うという説もあるがな。
函館は立地的な強みがあるから、道内の助けは勿論、青森の大湊(おおみなと)と連携したり、ウラジオストックの浦潮(うらじお)泊地などと連携したりしている。
東北北陸方面の鎮守府とも仲がいいし、呉鎮守府には奴の先輩がいる。
小笠原の提督も同期だ。
それに、鎮守府設立の件で揉め事を解決して政治力的な力量を見せたし、先の大型作戦では大和二名武蔵二名などの戦艦を加えた大連合艦隊で深海棲艦の拠点を粉砕した。
捕虜まで滷獲するという金星だ。
現在、函館を潰す気であった連中の追い落としが始まっている。
そんな飛ぶ鳥を落とす勢いのアイツだが、相変わらず読めない。
喰えない、といった方が近いのかもしれない。
自分自身の立場がわかっているのかね?
まあ、いいさ。
利用出来るものはなんでも利用しよう。
アイツだって、最初からああではない。
「おう、提督。晩飯は炒飯と餃子と麻婆茄子でいいか?」
厨房で旨そうな匂いのカレーを仕込みながら、天龍が言った。
彼女の周りでは、駆逐艦たちがいそいそと手伝いをしている。
よきかな、よきかな。
「お前に一任する。それとだな。」
「明日、函館の龍田が来るってんだろ。」
引率名人の軽巡洋艦は男前に笑った。
「知っていたのか。」
「天龍龍田連絡会に漏れはねえぜ。」
天龍は面倒見がよく男前で遠征によく出掛ける関係から、各地の鎮守府泊地警備府の動向や艦娘のあれこれに詳しい。
事情通だ。
天龍或いは龍田が鎮守府にいるかいないかで、得られる情報量が格段に異なる。
「近々大湊で一人一名建造出来るって聞いたぜ。」
「ありがたいが、そこはかとなくケチくさいな。」
「大型建造も同時開催らしいから、誰か引き抜いてこいよ。」
「くじ運は悪い方だから、難しいな。」
「期待しないで待っているぜ。」
カレーが完成に近づいているようだ。
「いい香りだ。」
「アイツは俺の作るカレーが好きだからさ、今から仕込んでいるんだよ。」
「流石は天龍だ。」
「あたぼうよ。」
「お前たちもしっかり天龍を手伝ってやってくれ。」
「「「「はーい!」」」」
民家を改造したなんちゃって鎮守府の廊下を歩いていたら、視線を感じた。
振り向くと、古鷹が柱の陰から私を見つめている。彼女は不意に微笑んだ。
「これからも、重巡洋艦のいいところを一杯知ってくださいね。」
「お、おう。」
「ふふふふ。」
いい子なのだが、今一つ読めない。
うちの最強火力艦娘は少し天然だ。
中華な夕食を終え、仕事が終わって、やれやれと肩を回す時間。
手伝ってくれていた古鷹と大淀は、一時間前に風呂へ行かせた。
さてと。
俺も風呂に行くか。
入渠設備という名の風呂場へ行く途中、談話室で『辺境警備』を読んでいる大淀に尋ねた。
「『みんな』、出たか?」
「ええ、後は提督だけですよ。」
心なしかなんとなくふにゃあとなっている大淀と別れ、入渠設備にたどり着く。
『提督入浴中』の看板を立て、脱衣して浴槽に向かった。
体を洗っていたら、戸がガラガラと開いて当たり前のように軽空母が入ってくる。
「おっ、提督。今日は早いね。」
「まあな。」
隣に座った隼鷹(じゅんよう)が体を洗い出す。
第一艦隊旗艦はどうやらご機嫌みたいだ。
「明日から函館の子たちが来るね。」
「そうだな。」
「当分一緒に入れないねえ。」
「作戦が終われば大丈夫だ。」
「そっか。」
「そうだ。」
「あたしは提督に執着しているからさ、一日でも一緒にいられないとなんかこう、ムカつくんだよ。」
ニヤニヤ笑う美しき娘。
オレの大事なおんなだ。
「男冥利に尽きるね。」
「でしょでしょ。だからさ。」
「一升三〇〇〇円までだな。」
「まだなにも言っていない。」
「お前の言いたいことは、するっとまるっとお見通しさ。」
「うーん、そうしたら五合三〇〇〇円の酒でもいいかな?」
「一升でも五合でも、日本酒の総予算は変えないからな。」
「えー、そこはさ、ご奉仕するから、融通して欲しいよ。」
「これこれ、こんなところでそんなことをしてはいかん。」
「なに言ってんのさ、この体に散々激しく仕込んだ癖に。」
「合意済みだろ。」
「そりゃ、そうだけどさ。」
「仕方ないな、『初孫』と『八甲田山』の小瓶を提供しよう。」
「やった! 提督、愛しているよ!」
「お前なあ。」
互いに体を拭きあって、私室へ向かう。
綱渡りのような人生だが、悪くはない。
こうして見ると、艦娘も人と変わらん。
「なあ、隼鷹。」
「なんだい、提督?」
「『陸奥八仙』は旨かったか?」
「うん、あれはいい酒さ……あっ!」
「……。」
「悪かったよ。」
「任務はきっちりこなしているから、それと相殺する。」
「へへへ。」
「青森産の貝柱が減っていた。」
「あはは。」
「体で返してもらおう。」
「上手いことを言うね。」
意外と華奢な体を抱き寄せて、部屋に入った。
体力温存は……ちと難しいか。