溶ける
溶ける
資材が溶ける
消える
消える
備蓄が消える
世界を守る誇りを持って
艤装を背負った彼女たちの
ここは新たな戦場
無数の提督たちの
ギラつく欲望に晒されて
鎮守府に顕現する人型妖精兵器
ここは地獄か天国か
様々な性癖を持った提督たちが
必死になって手に汗握り
魔女の釜を覗き込む
そこに希望があると信じて
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
建造。
それは提督の浪漫。
建造。
それは見果てぬ夢。
春も終わりに近づいたある日。
大湊(おおみなと)鎮守府の建造設備の周囲には、様々な鎮守府や鎮守府もどきから訪れた提督や提督もどきで鈴なりだ。
今日は大型建造の日。
かの地の提督からしたらあまり行いたくない建造方法らしいが、来るべき決戦の戦力充実に向けて為さねばならないのである。
特に、先日自称異世界転移勇者を名乗る新人提督がウォースパイトやグラーフ・ツェッペリンやサラトガや阿賀野や潮や浜風などを入手してからは彼らの目の輝きが尋常でなくなっている。
通常、提督二種は建造を許されない。
だが、最近限定許可に変わったのだ。
それは大型建造が行われる特定時期。
彼らは互いに資材を持ち寄って願う。
よき艦娘が建造されて着任することを。
大湊だけで見られる、年に一度の祭典。
今年初めて行われる、欲望丸出しの日。
別に、高性能艦でなくてよいのである。
駆逐艦や軽巡洋艦、軽空母も悪くない。
重巡洋艦の建造を狙う提督さえもいる。
本日は通常建造を提督の人数分、大型建造を五回執り行う予定だ。
先ずは大型建造から。
大湊に於ける『ダブり艦』の同姿艦ならばお持ち帰りも出来る。
提督二種の面々と提督もどきたちの内心から溢れ出る黒いナニカが周囲に渦巻いた。
「ハーイ! テイトク! 会いに来ましたヨ! オーッ! 何故か沢山テイトクがいますネーッ!」
一回目は紅茶戦艦だった。
微妙な空気が流れる。
提督高速陥落娘か。
駆逐艦の速攻的猛攻に屈しなかった提督でさえも、彼女の巧妙な攻めには耐えきれぬという恋愛系勢力最強級筆頭だ。
危うく大本営送りになりそうだったが、駆逐艦のみが六名所属している提督の鎮守府預りで一件落着した。
波乱に満ちた開幕である。
気を取り直した紅茶戦艦が提督に、早速好意の猛威を振るっていた。
彼は秘書艦からげしげしと蹴られながら、なんだか満足げな表情だ。
二回目は紅い目の戦艦だ。
何故か一部で盛り上がる。
艦娘が一名しかいない提督たちは、彼女を迎えんと次々に立候補する。
おい、お前ら、資材の備蓄は十分か?
彼女は微笑みながら言った。
「不幸じゃないわ。」
結局、駆逐艦一名のみが着任している鎮守府もどきへ行くことが決定する。
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ね回る提督と駆逐艦。
やさしく微笑む、塔型艦橋の戦艦。
仲よきことは美しきかなかなかな。
三回目はお姉さま好き好き高速戦艦。
その元気っぷりに一目惚れした提督がいたとかいなかったとか。
激戦の末、軽巡洋艦や軽空母を有する提督の元へ行くことになった。
紅茶戦艦から激励を貰い、彼女はとても感激していた。
四回目は白い水着を着たなんちゃって潜水艦。
その場にいた提督たちの大半が大いに盛り上がり、鼻息荒く熱烈歓迎な自己紹介で彼女を脅えさせた。
盛り上がり過ぎて、各提督は連れてきた艦娘たちからしばかれたり折檻されたり泣かれたりしていた。
自業自得である。
運用が大変難しい艦娘なので、結局大湊所属に決定した。
はらはら落涙する提督続出せしと、後の歴史書は伝える。
五回目にして鉄血宰相の名を冠する独逸戦艦が建造された。
純日本製の独逸艦娘である。
独逸商標を冠しつつ日本で作られた筆記具のような感じか。
大いに沸く建造所。
そして、彼女は大湊に無事着任した。
何人もの提督が、最終レースに臨むような表情で建造設備に手を合わせている。
お馬さんか自転車かボートかお犬様か鶏か蟋蟀(こおろぎ)か或いは剣闘士か。
誰が出てくるかは運次第。
あまりにも酷い確率次第。
幸運の女神と悪運の魔王が一騎討ちする、天秤の傾きわからぬ無作為抽出の場。
安産祈願や交通安全や戒めの指輪などのお守りを握り締め、提督は祈り続ける。
もっと規制を緩めりゃいいんじゃねえかとも思うんだが、大本営は頭がかてえし、実際、国内の資源が潤沢に程遠い状況だ。
「司令官さんはどんな子がいいのです?」
不意に秘書艦が訊ねてきた。
「そうだな。第一候補としてはお前と同じ駆逐隊の連中か。うちはお前しかいないからな。」
ひでえもんだ。
任務をこなす以前の話だろ。
にっこりと笑った美少女がそっと手を重ねてくる。
その手は、少し震えていた。
「それは嬉しいのです。」
「初春型でも睦月型でもいいな。」
「誰が来てもお姉ちゃんとして頑張るのです!」
「その意気だ。軽巡洋艦が来たら、そいつに任せろよ。」
「わかっているのです。でも、司令官さんは渡さないのです。」
騒ぎが一段落。
いよいよ最後。
俺たちの番だ。
「電(いなづま)の本気を見るのです!」
気合いの入った駆逐艦。
『すでのな』と書かれた鉢巻きをきゅっと装着する。
貴重な資材を投入する。
最低量で回す建造設備。
年に一度の一発勝負だ。
「まわせーっ!」
「今朝は函館牛乳を飲んで元気一杯なのです! 必殺のライトニングプラズマ! なのです!」
設備の上にある時間表示が時を刻み、周囲が騒いだ。
火炎放射器に似た高速建造材が、勢いよく火を噴く。
大湊の天龍が手慣れた様子で、設備に炎を浴びせた。
そして、魔女の釜が蓋を開ける。
「陽炎型、もしくは夕雲型の秋雲着任! 提督、電さん、よろしくね!」
「お、おう。よろしく頼むぜ。」
「よろしく頼まれたのです!」
当たりだ!
大当たりだ!
俺たちは手に手を取って、喜びを感じる。
「むっ、スカウター起動! 提督ランク、チェーック! いいもんみーっけ!」
とてとてと走ってきた駆逐艦が、俺の一部をしげしげと見つめる。
「戦艦級ね。食べたいなあ。」
「「えっ?」」
「なーんちゃって!」
けらけらと笑う期待の駆逐艦。
黒いオーラが出始めた秘書艦。
喧騒に包まれる青森の鎮守府。
どやどやと大湊の艦娘が来る。
左右の腕に駆逐艦がしがみついて、身動きが取れなくなった。
賑やかしの重巡洋艦がやってきて、艦娘たちに取材を始める。
悪戯っ子の顔して耳元で囁く艦娘。
聞こえるすれすれの音量を用いて。
その無駄知識の出所はどこだ?
顔を真っ赤にする俺の初期艦。
潤んだ瞳で見つめるではない。
ふう。
春の終わりに、嵐が来そうだ。