半端なく圧倒的な威圧感の、なんちゃって提督。
それが、函館鎮守府へ研修に来ている錨提督だ。
四〇代の彼は眼鏡と顎髭が特徴的な怪しい親父。
本来顎髭などよろしくない筈だが、以前それなりに功績を上げた組織の代表だったということとキャラ付けの一環で許可されているとのことだった。
なんだよ、キャラ付けって。
組織名はツヴェルフだかトヴェルクだったかな?
その組織ではきたる時代に向けての汎用決戦型の人型兵器を開発研究していたらしいが、深海棲艦の侵攻で予算が下りなくなって結果的に組織解体となったそうだ。
技術的には非常に高度だったらしく、量産型艦娘を産み出す際にかなり役立ったみたいだ。
中学生を違法に使っていたとか複製人間を作っていたとか莫大な予算を使って地下都市を建設していたとか、なんだか違法のにおいがぷんぷんするのだけど知らん顔をしていた方が無難だろう。
さわらぬ神にたたりなし。
くわばら、くわばら。
研修は順調に進んでいる。
錨提督は無口というか口下手というか、あまり人と関わろうとしない性質なので少々やり取りに手間取った。
こういった武骨な人が現場の指揮をしていたのだから、その組織の人たちは大いに苦戦していたことだろう。
その反面。
彼の息子さんの新一君は大変出来た子で、父親をよく助けている。
ええ子や。
食堂の厨房で鳳翔や間宮から調理の技術を学んでいる真っ最中だ。
将来的には料理人になるつもりらしい。
友人の女の子を二人連れ、今日もにこやかに料理に勤しんでいる。
充実した春休みだね。
あまりにも眩しいな。
おじさんは学生時代、女の子と付き合ったことなんて無かったよ。
錨提督の引き連れている艦娘は駆逐艦の綾波と敷波。
なんちゃって鎮守府の標準的基幹戦力は駆逐艦二名。
内海任務しかこなせないが、大抵はそれで間に合う。
これに駆逐艦か軽巡洋艦一名が加わると、外海任務が出来るようになる。
その差は意外と大きい。
艦隊を公式に建造出来るのは大湊(おおみなと)を加えた五大鎮守府だけだから、『お裾分け』というか『下賜』というか、余剰戦力を分けてもらうか或いはなんらかのやり方で入手するしかない。
退役艦娘を口説きに行く提督もいるし。
ただ、前に建造でやらかした提督がけっこういるから、人員増加が難しいんだよな。
そこら辺をどうするかが、提督たちの知恵比べになっている面はある。
風の冷たい、函館の春の午後。
津軽海峡で綾波と敷波の訓練。
彼は髪の毛を金色に染めた美女と共に、なにやら打ち合わせをしている。
阿迦井博士といったか。
彼女は以前所属していた組織に於いて錨提督と男女の関係だったようで、組織解体後も一緒にいるという。
筋金入りか。
なんだかドロドロした雰囲気が濃厚だ。
新一君もよく割り切れているものだな。
私が彼の立場だったらぶん殴っている。
綾波は微笑みながら大きく手を振り、敷波は微妙な顔をしながら小さく手を振っていた。
教官役の妙高先生に引率されて、二名の駆逐艦は平和な海で戦うための練習をしている。
相手をより効率的に殺すための技を磨くため、彼女たちは当たり前の如く引き金を引く。
「彼、私がいないとダメな人なんです。」
応接室で雑談をしていた時に阿迦井博士は錨提督の目の前でサラリとそう言って、私はむせそうになった。
「ああ、そういうのはありますね。父さん、仕事は兎も角、私生活はてんでダメですから。」
お茶とお茶請けを持ってきた新一君にとどめを刺され、錨提督は能面のような顔になっていた。
「そうそう、父さん。僕は弟でも妹でも歓迎するから大丈夫だよ。それと、朝は窓くらい開けてね。」
完全に固まった男女を置き去りにして、少年は軽やかに部屋を去っていった。
「父さんと里葎子さんが夜中に元気過ぎて困っているんです。」
「そうですか。」
新一君から相談があるというので応接室で話を聞いたら、開口一番父親とその彼女についての話題になった。
里葎子さんとは、あのパッキン姉さんだ。
有能な科学者らしく、量産型艦娘の件でも一枚噛んでいるそうな。
その高い功績故に、鎮守府関係者として潜り込めているのだろう。
「里葎子さんが僕の義理のお母さんになるのは確定事項なので、それはそれでいいんです。ただ、夜中にいろいろ聞こえてくるのでどうにかならないものかと。」
遮音性や防音性の高い部屋に……いや、少年を別の部屋に移そうか。
「玲や明日香が興奮したら、僕では抵抗出来ないので困るんです。」
一緒にいる女の子たちのことか。
組織の訓練生をしていた名残で、今も彼らは大変仲よしだとか。
新一君が目覚めると、二人が添い寝していることもあるそうだ。
私と一緒だな。
つまり。
まるで自重しないおっさんと姉さんの所為で、思春期の若者たちが悶々していると。
ダメじゃん。
組織解体後に五人一組で狭い貸家に住んでいるそうだが、雑魚寝に近いと言われた。
教育によくないなあ。
さっさと鎮守府を用意してもらって、彼らと艦娘を移してしまおう。
そうだ、それがいい。
厄介ごとは素早く対処すべきだ。
におうぜえ、におうぜえ。
こいつらをほっとくと、厄介ごとのにおいがどんどん酷くなってくるぜえ。
夕食後の、少し弛緩気味の時間帯。
綾波に敷波、新一君に同期の女の子二人が無邪気に話をしている。
中学生青春日記、って感じがする。
彼らの、民家改造型のなんちゃって鎮守府への移動許可も下りた。
彼らの問題は彼ら自身に解決してもらおうじゃないか。
新一君に艦娘たちと女の子一人が抱きついて、残る女の子一人がなにやら喚いている。
青春だねえ。
とっとと追い出そう。
うん、それがいいぞ。
綾波と敷波に手を引かれて歩く錨提督は、まるで子供と一緒にいる父親みたいだ。
将来的には、赤城、蒼龍、葛城、日向、青葉といった艦娘を得て戦いたいそうだ。
機動艦隊を目指しているのかな?
彼には頑張って欲しいね。
私の目の届かない場所で。
今日も風が冷たく吹いている。
鎮守府前の海は、まだ冷たい。
もう数日すれば研修も終わる。
波を蹴って走る艦娘が見えた。
外見だけなら美しい少女たち。
だが、その中身は千差万別だ。
同姿艦でも全然違ったりする。
訳あり駆逐艦の受け入れ先があってよかった。
引き取り手がなかなか見つからなかったしな。
癖のある男だが、まあなんとかやるだろうさ。
騙した訳でないが、覚悟はしといた方がいい。
今日の夜に話だけはしておこうか。
こわい話を何席かぶった後にでも。
後戻りは出来ないのだと説得する。
今更艦娘を取り換えは出来んがね。
駆逐艦二名にからかわれて赤くなっている新人提督になんとなく既視感を覚えながら、私は執務室に向かった。
くわばらくわばら。