調理
人は食材をおいしくするための努力を古より重ねてきた
料理
女は古来より男の胃袋を握り潰すべく修練を重ねてきた
函館で料理上手の意地が激突する
譲れない思い
秘めたる思い
女の沽券と誇りと恋心が衝突する
その戦いの行方は
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
先日函館鎮守府で行われた、道内四鎮守府所属予定艦娘が集った合同研修。
そこで小さく、だがしかしばってん、熾烈な戦いが繰り広げられたことを知る者はほぼいない。
函館鎮守府の胃袋を守る、軽空母の鳳翔。
一度退役して小料理屋を開いていたが、提督に成りうる人材を発掘して戦場に舞い戻った。
その料理は絶品で、複数存在する同姿艦の中でも随一と言われる。
そんな彼女が、一度自らの意思ではなくその城たる厨房を他の艦娘に明け渡した時があった。
その相手は間宮。
名うての料理上手な給糧艦。
道内四鎮守府の合同研修のために、大本営より自ら希望してやって来た艦娘。
大量の旨い料理を日々作るという困難を日常的にこなしている彼女が、厨房長として辣腕を振るうのだ。
そして、彼女は提督と会った瞬間から大変親しげに振る舞ったのだった。
間宮は女の顔をしていた。
鳳翔の沸点を容易に超過させる行為。
料理は兎も角女として許せなかった。
鳳翔の女の意地が燃え上がる。
今の彼女は鳳翼天翔さえ放てそうだ。
毒と欲とにまみれた言葉の応酬の末。
彼女たちは味勝負を行うことにした。
味勝負。
それは。
古くから伝わる決闘の様式のひとつ。
裁定者として有名な人物は味将軍だ。
彼の良心的な経営法は称賛に値する。
知多星の良一少年が姉川老川両名を追い詰めた死闘が有名であるが、少年の母の未亡人が電撃再婚しなければ勝負は彼のものだったかもしれない。
そんな、人の運命をたまに翻弄しちゃったりなんかするおそるべき対決方法が味勝負だ。
間宮はフレンチトーストを指定した。
それは鳳翔の得意とする献立である。
相手の土俵で相撲を取る自信がある。
豊かな胸を反らせながら彼女は嗤う。
負けるものですか!
味勝負!
決戦は研修最終日の朝食。
献立はフレンチトーストと濃厚野菜ジュースと牛乳とお茶。
沢山の料理を手際よくおいしく提供する手練れの腕っこき。
舌鼓を打つ艦娘たちを菩薩のように眺めながら、夜叉の心持ちで提督を待つ二名。
提督は戦艦のローマと一緒に食堂へ来た。
心波立つ二名の女。
ざわつく艦娘たち。
さざ波が食堂覆う。
気づかない司令官。
なにかしら誇らしげに見えるイタリア艦。
嫉妬の火炎に身も心も燃やす二名の艦娘。
紅蓮の焔を背負った二名が、至高と究極のフレンチトーストを作り出す。
道南の豊かな乳製品が味わいをより深くしてゆく。
最高のフレンチトーストを!
あの人に認められるのは私!
提督だけに作られた逸品を!
五枚切りのパンを一枚ずつ使い、更にそれを二等分する。
四つに切り分けられた二名の思い!
食べて!
私を食べて!
祈りの包丁が煌めき、絶技が厨房で光輝きながら炸裂する。
提督へ提供されるは、奇跡的な至高究極フレンチトースト。
そこへ思わぬ伏兵が現れた。
食べ盛りの駆逐艦を甘く見ていた。
しっかりした量を出していた筈が!
司令官への好奇心も強いみたいだ。
或いは旨いものに対する本能かも。
提督の周りに集まった駆逐艦が、次々に少しずつ彼からフレンチトーストを分けてもらったのだ。
絶望的表情に陥る二名の艦娘たち。
駆逐艦たちは、提督から分けてもらったのでこんなにおいしいのだと勘違いした。
それは実際、鳳翔間宮にとって吉として働く。
いざとなれば提督仕様と抗弁する予定だった。
「さっきのよりおいしーい! 司令官から分けてもらったためかしら?」
「ハラショー! これは力を感じる!」
「フ、フン! おいしいじゃないの。」
「あの、皆さん、このままでは司令官さんの分が無くなってしまいます。」
「はい、アーンして。司令官にあたしの分を分けてあげるわ。もーっと食べていいのよ!」
提督に食べさせる駆逐艦もいるようだ。
混沌と化する状況。
どんどん目減りする金色の絶品。
にこにこしながら分けゆく提督。
幸せそうな表情になる駆逐艦群。
それはあたたかな情景であった。
彼の目指す世界がそこにあった。
提督はまさに幸せの王子だった。
外見はパッとせぬおっさんだが。
流石に巡洋艦以上は自重したが、その視線は大半が羨ましそうだ。
あと二口ずつ。
僅かな希望にすがる二名。
お願いしますから食べて!
だがしかし。
運命の女神が存在するならば、彼女は相当な皮肉屋らしい。
「ねえ、提督。」
それまでフレンチトーストに手を付けずに状況の推移を見守っていたローマが、口を開いた。
「食欲があまりないのよ。それと交換してくれる?」
声なき悲鳴を上げる二名。
初日の彼女からは考えられない事態だ。
あんなにも提督をバカにしていたのに!
彼の隣に堂々と座って艶かしい表情だ!
そんな!
そんな!
提督!
提督!
私を見て!
私だけを見て!
「えっ? でも朝はきちんと食べた方がいいですよ。」
「食事をろくすっぽ取らない指揮官の方が問題だわ。」
不意にローマが厨房内を見た。
それは単なる偶然。
菩薩系艦娘の夜叉の顔を見た。
それは瞬間的な表情であった。
戦艦の名を持つ女は感じ取る。
ほんの僅かな一瞬を見逃さぬ。
ニヤリと笑うは戦艦。
これもまた女の戦い。
「大丈夫よ。今日はこれから映画鑑賞会でしょう。それくらいなんでもないわ。お昼にしっかり食べればいいだけのことだし。貴方のそれが食べたいのよ。」
さっさと手際よく交換して、絶品のそれを口にするローマ。
提督は通常仕様のフレンチトーストをおいしそうに食べる。
「ホーショーとマミーヤの作るフレンチトーストはとてもおいしいわ。」
「ええ、私もそうだと思います。」
まるで異なるものだと知るは三名。
愛の戦士たちが思惑を交差させる。
「いつもおいしい料理をありがとうございます。」
食後、深々と頭を下げる提督。
これこそが提督の本領である。
困惑した表情の料理達者たち。
心ここに在らずという雰囲気。
「間宮さん、一週間お疲れ様でした。」
苦笑いしながら、それでも提督の手を握る歴戦の給糧艦。
本来はこれでお別れの時。
だが。
これで終わり?
ノー!
「間宮さん。」
「鳳翔さん。」
「お昼前に帰られる予定でしたが、どうされますか?」
「高笑いしながら帰るつもりでしたが、帰れません。」
「私もこんなおかしな結果では到底納得いきません。」
「「ならば!」」
「「改めて味勝負!」」
研修最終日のお昼である肉じゃが定食とカレー定食は、絶讚の嵐だったという。
ちなみに二名が息を詰めて待っていた提督は両方食べ、双方遜色なしと判じた。
その夜、鳳翔と間宮は提督の私室へ酔っぱらいながら突撃し、持ち込んだ特別純米酒と葡萄酒と惣菜を次々彼の口に運んだ。
その後、軽巡洋艦の大淀と重巡洋艦の足柄が乱入して場は大混乱に陥る。
トンカツバンザイ!
ヘイケバンザイ!
告白大会の自爆大会が開催されたが、それは参加した艦娘たちの黒歴史と化した。
提督の表情はまるで月光菩薩のように穏やかだったと、後に参加者たちは語った。
【オマケ】
「司令官、服を洗うから下着も出してくれる。」
「はい、わかりました。」
「これ、だいぶ古くなっているわね。」
「そうですねえ。」
「新しいのを用意しておくわ。古いのは私が処分しておくわね。」
「頼みます。」
「提督、いっぱい汗をかいちゃいましたね。」
「そうですね、タオルもびしゃびしゃです。」
「それ洗っときます。こっちにください。」
「頼みます。」
「提督、お背中流しに来ました。」
「自分で洗うから問題ありませんよ。」
「私では役に立てませんか?」
「いえ……では洗ってもらいましょうか。」
「はい、喜んで!」