作「実は、『はこちん!』はSFホラー作品なんですよ。」
函「えっ?」
姫「えっ?」
淀「えっ?」
作「えっ?」
如月末日に大都会岡山のイトーカトー岡山本店が閉店し、それは『西の超大型旗艦店、商運つたなく轟沈す!』と全国放送されて話題になった。
一九九八年に同店は期待されて開店したものの、今一つの品揃えや駅舎から微妙に距離のある立地の悪さで苦戦続きだったらしい。
深海棲艦の侵攻によって更なる打撃を受けつつも意地で維持してきたが、日本社会が復興しつつあった二〇一四年の師走、同業他社のニャスコ岡山店が華々しく宣伝過多気味に巨大駅舎構内で開店したことで絶望的な苦境に立たされる。
西日本最大級の超大型商業施設として、美術館・複合型映画館・放送局・道の駅・地産地消型販売店・コンサートホール・百貨店の一部・艦娘関連商品販売店をも包括的に備えた全方位型生活応援店カッコカリ。
それが、新世代型大型商業施設のニャスコ岡山店。
中四国九州を統括する西方旗艦店として、東日本よりも好景気な西日本経済に食い込む気満々の尖兵である。
ニャスコ倉敷店の集客数がその影響で一時期落ちて問題になったけれども、今は住み分けが出来ているとか。
郊外店の倉敷の方は駐車料金無料だし、地域的役割と店舗の特色違いを明確に打ち出して戦略を変えている。
だが。
かつては県内だけでなく鳥取広島香川三県からの来客も日常的で、全国二位の売り上げを誇った店舗だった。
腹の立たない筈がなかった。
だが、本部の命令は絶対だ。
モヤモヤを抑え業務に邁進。
それが日本の会社員の姿だ。
ただ、二〇一五年初頭の全国店長会議では両店の店長が極めて険悪な雰囲気になり、北斗神拳と南斗鳳凰拳が真っ向からぶつかる非常事態に陥った。
拳圧でズタズタになった会議室と全国の店長たちを救ったのは、強面(こわもて)の本部長であった。
「静まらんか! 小僧どもっ!」
両者を車田飛びで吹っ飛ばし、文字通り力業で武力衝突を鎮圧したのだ。
倒れながらもまだ言い募る二人に向かい、歴戦の会社員は厳しく言った。
「黙らっしゃい!」
ネットでこれらのことが面白おかしく取り上げられ、逆説的に宣伝となった。
イトーカトーの提灯型おべっか部隊が暗躍奔走するも、それは逆効果だった。
ニャスコ岡山店の白眉は、なんといっても『耕助喫茶室』だ。
故横溝正史氏の生み出した、被害者防御率の低い名探偵金田一耕助。
その愛好者たちが訪れるべきセカイを、ニャスコで働く推理小説マニアたちと在野のマニアたちが手に手を取ってがっつり組み上げたのだ。
昭和の戦後世界を丹念に調べて作り上げられたセカイは、民俗学的にも興味深いものだという。
横溝氏が戦時中に疎開していた真備町に於いても、古民家カフェの企画が進行中だと言われる。
二〇二〇年如月末日までにおおよそ一〇〇店舗を閉鎖する予定のイトーカトーにとって、逆風はまだまだ続きそうだ。
都会の郊外型百貨店や商業施設が統合整理合併を九年前から何度も何度も繰り返しているが、まだはっきりとした光明は見えてこない。
言うまでもなく、私が業務を行っている執務室はある意味戦場であって、社交や折衝や交渉の場でもある。
室内の基本人員は私に第一秘書艦と第二秘書艦。第一は大淀で固定しており、第二は週交代制としている。
書類作業がやたら多い時は第四秘書艦まで増員し、適宜対応している。
部屋はそれなりに広く、来客数名をもてなすくらいは軽く出来るのだ。
最初は殺風景な部屋だった。
執務室の戸を開けると、正面に事務所で使われるような業務用鉄製机。
これが私の拠点。
その両脇には資料用の戸棚がある。
私の席から見て左前方に二つの机。
どちらも業務用鉄製机。
右前方に長い木製の机。
ここに第三第四秘書艦。
食事用の机にもなる場。
無名の画家の絵が二点。
小さくて簡素な雰囲気。
それだけがここの飾り。
海岸沿いの鎮守府はその目的のために無骨な建築が行われ、今も増築中だが、執務室は内装を簡素簡潔にしていた。
それで用が足りていたからである。
慣れない提督稼業を進めている内、役割がどんどん継ぎ足されて訳のわからない方向に進みつつある。
戦艦棲姫が投降して程ない頃、彼女は執務室を見渡して言った。
「随分殺風景な部屋ね。」
「必要なものは最低限あればいいのさ。」
「いいわ、ちょっと見繕っておくわね。」
およそ一ヵ月後、彼女はどこからともなくマホガニー製と思われる執務用の机と戸棚二台、書類作業をするには高価そうなオーク材のテーブル一卓に椅子を六脚、バロック調の来客用テーブルと椅子一式を持ち運んできた。
軽く見積もっても、私の年収が数年分は吹き飛びそうな感じだ。
作業員は何故か某秘密結社の全身タイツ型戦闘員服を着ていた。
書類作業にあくせくしていたら、ある日メトロン星人が執務室にやって来た。
私同様、冴えないおっさん姿の彼はため息を吐きながら、しみじみと言った。
「もっとよい絵を飾りたまえ。」
「絵ねえ。等伯とか北斎とか?」
「彼らの作品は持っていないが、昔の友人たちに描いてもらった絵がある。その中の二点を今度持ってきてあげよう。」
「ああ、頼むよ。お礼に間宮羊羮を進呈しようじゃないか。」
「それはいい。後、いつでも食堂を使えるようにしてくれたまえ。ここの料理はなかなか旨いからな。」
「お安いご用だ。」
数日後。
「これを見たまえ。どう思う?」
「とても……オランダっぽいな。」
「昔デルフトに住んでいた頃に買った絵でね。君にこの二点を進呈しよう。額装済みだから安心したまえ。どちらもメトロンの科学力で経年劣化しないようにしてあるから、瑞々しいままだ。見たまえ、この鮮やかな筆致を。」
「あ、あのだね……その、どちらも欧米の有名な美術館に飾ってありそうな絵なんだけど。それに、私の収入では一生かかってもどちらも買えない。」
「素人絵だとでも言っておけばいい。描かれて数年しか経っていないような絵を見て、これが人気画家の真作だと思う専門家など存在しない。」
「宇宙人の所蔵品だと思う専門家はいないかね?」
「ははは、地球人の専門家にそこまで柔軟な思考の持ち主が存在するとは、とても思えないね。君はこの絵が宇宙人の所蔵品だと言われて、素直に信じるかね?」
「信じないだろうなあ。」
「そういうことだ。これらは稀少な品々だ。くれぐれも大切にしたまえ。」
「いいのかい?」
「君と私の友好の証さ。」
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
「これから食事でもどうだい?」
「その台詞を待っていたよ。」
その後、一箱二〇〇円の意外に高品質な煙草が闇で出回って多数の事件を引き起こした。
その中には疲労がポンと抜ける成分が含まれていて、禁断症状の人が暴れて大変だった。
そして。
ただでさえ肩身の狭い愛煙家たちが、より一層苦境に立たされる破目になってしまった。
……あいつの仕業じゃないだろうな。
『麗しき朝』と題が付けられた、縦五〇センチ未満横四〇センチ未満の青空が印象的な水運都市の朝を描いた風景画。
『刺繍する娘』と題が付けられた、縦二五センチ未満横二〇センチほどの黄色い服を着た娘が刺繍に励む姿の風俗画。
名画の疑いさえある作品から目をそらし、私はそっとため息をついた。