IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

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第38話

月日は流れて、明日には十二月に入り気温もめっきり寒く、日が落ちるのも早くなって冬の装いとなっている。

この時期はクリスマスというイベントも控え、寮内の飾りつけ等準備を行うのも生徒会の行う業務の一部。

京都の修学旅行の一件以降、急接近している本音と一夏だが生徒会執行部の仕事ということでさらに一緒に過ごすことが増えて、英・独代表候補生は焦りを感じているのが傍目に見える。

 

「んー、でも一夏くんと本音だけにまかせっきりなのもよくないし、私たちも放課後買い出しに行きましょうか」

「そうだね……お姉ちゃん。という訳で、猛は荷物持ちよろしくね」

「了解です」

「はい、本音。買ってきて欲しいもの……メモしておいたから、よろしく」

「はいはい~。おりむー、一緒に行こうか~」

「それじゃあ、行ってきますね」

 

 

 

放課後、待ち合わせ場所の駅前に白い息を燻らせながら猛は更識姉妹がやって来るのを待っていた。

IS学園の制服から普段使いの量販店の服に着替えつつ、コートは以前楯無に見立ててもらったものを着用。

目立つことや恰好に頓着しない一夏に比べて、基本周囲に溶け込むように無難な、悪く言えば地味な格好を好む猛。

更に彼よりメディアに顔を出す機会がほとんど無いので、制服とか分かりやすい衣装でなければ一般人に紛れ込みやすいのだ。

そこに周囲の視線が集まるほどの美人姉妹が猛に声を掛けてきた。

 

「お待たせ、猛くん」

「ごめん……着替えるのに時間かかっちゃって」

 

ローズピンクのパーカーにライトグレーのチノパンとデニムジャケットを身に着け快活な格好の楯無に対し、白のセーターに黒いロングスカートとグリーンチェックのストールが落ち着いた印象を受ける簪の衣装。

対照的な格好とはいえどこか似ている雰囲気を感じられる。

 

「それほど待っていないから大丈夫。にしても、簪の恰好可愛らしいね。よく似合ってる」

「あ、あぅ……そ、その、ありがとぅ……」

「むー、猛くん簪ちゃんばかり褒めてないで私の服も褒めてー」

 

二人に言い寄られていると周りの男性陣から殺気が混じった視線が注がれているのを感じながら、とりあえずまずは生徒会で使うものを買いに行く猛だった。

 

必要な雑貨を買いそろえた後、彼女たちの買い物デートをする前に小腹を満たすため近場のファーストフードへ足を運んだ。

放課後を彼氏、彼女や友人たちと過ごす学生たちで店内はそれなりに混雑していたが調度よくテーブル席を確保できたので簪がその場に残り二人で注文をしに行った。

 

「ふふっ。お姉ちゃんって昔、オーダー取りに来ると思ってて、ずっと座って待ってたことがあるんだよ」

 

席に戻り注文したバーガーを食べていると、思わぬ妹からの暴露に喉を詰まらせ咳き込む楯無。

 

「ちょっ、簪ちゃん!? いきなりそんなこと言いださなくてもいいじゃない!」

「他にもね……、最初ハンバーガーをナイフとフォークで食べようとしたんだよ」

「だから、子供の時の話はやめなさい!」

 

とにかく恥ずかしくて仕方がない楯無は顔を真っ赤にし、にこにこと朗らかに話を続ける簪。

遠縁だった二人がこうしてまた仲良く話が出来る姿は、協力者としてやはり嬉しい。

だが、いつまでもやられっぱなしではいない学園最強の生徒会長。

にま~と意地の悪い笑みを浮かべて反撃を開始する。

 

「ふふっ、ちょーっと調子に乗り過ぎたようね、簪ちゃん……」

「あ、しまった……」

「ねぇ、猛くん。簪ちゃんって実はピクルスが食べられないのよ」

「え、そうなの? それ大丈夫? ピクルス入ってるはずだけど」

 

猛に心配されるのは嬉しいが、今度は簪が赤面しながら持っていたバーガーをさっと隠した。

 

「む、む、昔の話だから……っ! 今は、へ、平気……」

「安心して。ちゃーんとピクルス抜きで注文してあるから」

「お、お姉ちゃん……っ!」

 

いじる側に回った楯無では簪の手には負えない。

そして更識姉妹のトレーの上には飲み物のコップだけだが、猛の前のにはLサイズのポテトとドリンク、更にナゲットまで。ちなみに今食べているバーガーはダブルサイズの大型でベーコンチーズと油分たっぷり。

しかもポテトはもう半分も残っていないし、二人に一つずつあげたナゲットの容器はすでに空になっている。

 

「にしても、本当よく食べられるわね。夕食残しちゃだめよ?」

「あはは、どうにもお腹がすいちゃって。大丈夫です、まだ腹半分くらいなので」

「それだけ食べて、太らないって……ちょっと羨ましい」

 

三人はバーガーを食べ終えるとお店を後にする。

人で賑わう通りを歩いていると更に人垣が出来ている一角が。

どうやらローカル番組の企画で街往く人たちにインタビューをしながら簡単な素人のど自慢のようなことをやっている模様。

 

「ありがとうございましたー。さて、次の人は……そこの美人姉妹っぽい人こちらへどうぞ!」

 

更識姉妹をターゲットにしたレポーターがカメラを向けてきた。驚きで戸惑う簪の手を握り颯爽とテレビの前に躍り出る楯無。

 

「今日はどのような用事でこちらにいらしたんですか?」

「えっと、私たち生徒会役員をやっていましてクリスマスの準備に必要なものを買いに来ているんです。そこに荷物持ち君も居ますよー」

「や、やっほー……猛、み、見てる……?」

 

あっという間に自分のペースに引きずり込んだ楯無と引っ込み思案ながらも小さくこちらに手を振る簪。

二人に手を振り返していると、彼女らにこれから短いながらも歌を唄ってもらおうとレポーターに言われて簪がリクエストを告げる。スピーカーに接続した端末からイントロが流れ始め、二人は息ぴったりに歌いだす。

 

――あるアニメのテーマソングで二人のヒロインの切ない恋心を綴った曲だが、周囲の人は更識姉妹の歌声に聞き惚れていた。

歌唱力が物凄いわけではないのだが、歌詞に込められた想いが聞く人の心にすっと自然に入り込むほどに情緒深く歌われて本当に作中のヒロインがその場に居るかのよう。

1フレーズを歌いきり、しばらく皆放心状態だったが慌ててレポーターが取り成して猛の傍へと二人は戻ってきた。

 

「お疲れ様。二人とも凄かったよ」

「ありがとう……、前々から好きだったアニメだったんだけど、最近はもっと好きになって自然と歌うことが多くなったから……」

「簪ちゃんが熱入れて何度も見返しているから、私も一緒に見てたらつい口ずさむくらいには覚えちゃってね」

 

意味深な笑みを浮かべながらするりと腕を絡ませて身を寄せてきた楯無。頬を朱に染めつつ負けじと簪も密着してくる。

こうしてデートっぽい生徒会の買い出しは終わって、寮まで更識姉妹に連れられて行くのだった。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

『私は女風呂を覗いた敗戦主義者です』

そんなプラカードを首から下げて、一夏は一年生寮の廊下に正座していた。

アリーシャから受け取ったシャイニィの世話中に大浴場へ入り込んでしまい、運の悪いことに大勢の子が入浴中だったのだ。

顔のいたるところに青痣が出来て、頭には瘤だらけ。

鈴は未だ収まらない怒りに任せて蹴りを入れているし、絶対零度の視線で微笑んでいるシャルロットに侮蔑の表情を浮かべて冷徹な一言を吐き捨てて去って行ったラウラ。

ヘタに慰めに行くと理不尽なとばっちりを貰いそうなので遠巻きに見るしかできない猛。

骨は拾ってやろうとその場を離れると、何やら挙動不審なセシリアと出くわす。

 

「あれ、どうしたのセシリア」

「あ、猛さん。その……一夏さんの様子はどうでしたか?」

「あー……まだ被害に遭った子たちが憤慨してて、責められてしょぼくれてる。しばらくはそっとしておいてあげて」

「そうですか……」

 

見るからに気落ちしているセシリアだったが、気を取り成すと猛に向き合いチケットを差し出してきた。

 

「あの……猛さん。もしよろしかったら私とここに付き合ってもらえないでしょうか?」

 

そこには横浜にあるテーマパークの一日パスポート券だった。

なるほど、おそらく一夏を誘って休日デートをするはずだったのだろうが、絶賛消沈中のアイツでは楽しむ余裕はなさそうだし罪人を勝手に許して連れ出したら皆がいい気しないだろう。

 

「それなら他の人に譲るとかは?」

「チケットの一方に私の名が入っているため譲ることができませんの……。期限延長も無理なので……だめですか?」

 

楽しい予定が消えてしまったのだ。一夏の代わりにはならないかもしれないが、弱弱しくなっているセシリアを慰めるのに一肌脱ぐことにしよう。

 

「分かった。一緒に行こうか」

「あ、ありがとうございますわ」

 

 

 

「……は?」

 

たまたま通りかかった箒は、曲がり角に隠れつつ今の会話を聞いて間の抜けた声がつい出てしまった。

 

(いいい、いかんぞ!? セシリアと二人きりのデデデ、デートなど! 私も、久しぶりにい、一緒にデートしたいんだ! ぬ、抜け駆けなど……!)

 

闘志をメラメラと燃やす箒。

どうあっても波乱が起こりそうな週末デートだった。

 

 

 

 

 

 

週末待ち合わせの現場に猛は佇んでいた。

約束の時間から二十分は経っていて何か事故にでも巻き込まれてしまったのかと不安がよぎる。

彼女の携帯に連絡を入れておこうかと思っていた時に、後ろから声がかけられた。

 

「す、すみません。遅くなってしまいましたわ」

 

振り向くとバラの香水がふわりと鼻腔をくすぐる。

ブルーのワンピースにホワイトのコート。薄く塗られたピンク色の口紅が普段より彼女を大人びて魅せる。

 

「よかった、何かあってこれなくなったのかと心配してたんだよ」

「ちょっと仕度に手間取ってしまいまして……あら、今日の恰好は以前私が見てあげたものですわね」

「せっかくセシリアがコーディネートしてくれたものだしね。そのまま眠らせておくのも悪いかと」

「ふふっ、猛さんはホントお上手ですわ。さぁ、まいりましょうか」

 

すっと手を差し出したセシリア。それをごく自然に受け取り手を繋いで入場ゲートをくぐる。

どう見てもこれからデートですという雰囲気を見て遠くから怨嗟の焔が上がる。

 

「おのれおのれぇぇぇ~! セシリア許すまじ! 天誅下すべし、慈悲はない!」

「あいつぅぅぅ~! 久しぶりに恰好に気合い入れてるなと思ったら何でセシリアと一緒に居るのよ! あたしとデートしなさいよ!」

「……むぅ。一緒にアニメ見ようと誘ったのに、用事があるって断ったけど……何かムカっとする」

 

出歯亀三人娘はどう邪魔してやろうかと私怨たっぷりで二人の後ろに張り付いていた。

 

 

 

入口で貰った園内のパンフレットを二人で覗きこみながら、どの施設を回ろうか考える。

 

「あら、このドッグパークとか面白そうですわ」

「犬かぁ、それじゃあそこに行こうか。セシリアはどんな犬が好き?」

 

香水に混じる仄かに甘いようなセシリアの匂いに、少しどきっとしながら彼女に問いかける。

 

「それはもちろん我が英国の誇る名犬、シェルティーですわ。あの優雅な毛並み、凛々しい顔立ち、愛くるしい仕草。どれをとっても最高ですわ。でもわんちゃんは何でも可愛いものですし、特にこだわりはありませんわ」

 

出会ったばかりの頃のセシリアなら、イギリス犬種以外認めない勢いがあっただろう。

あの時より丸く、いや柔軟になったのだ。考え方や捉え方が。

 

「セシリアは犬飼ってたことあるの?」

「いえ、私はあいにく飼ったことはありませんが、チェルシーよく写真を見せてくれて」

「チェルシー……、セシリアの御付のメイドさん?」

「ええ、そうですわ。ところで猛さんはどのような犬が好きですか?」

「俺は柴犬やコーギーとか好きだけど、どちらかと言えば猫派かなぁ」

「あら、理由を窺っても?」

「あのしなやかな体の線が触りごこちがいいし、かなり気まぐれな性格も愛らしさがあるよね」

「そうですわね。ふふっ、シャルロットさんは犬っぽいですが、鈴さんはどこか猫らしさがございますしそこが気に入りましたの?」

「ちょっ、いきなり何を言い出すのかなセシリアさん!?」

 

くすくすと笑いながら捕まえてごらんなさいと足早にドッグパークへ向かうセシリア。

それを追う猛。どこからどう見ても仲のいいデートの風景だ。

 

 

 

「ええぃ、二人はどこへ行ったのだ! まだそう遠くへは行ってないはずだ!」

「ちょっと目を離した隙に見失うとか……!」

(……何か帰りたくなってきた)

 

あっという間に煙に巻かれてしまったお邪魔虫たち。彼女らに(強制的に)鍛えられた密会技能は伊達ではない。

 

 

 

セシリアは愛くるしい小型犬に囲まれて、満面の笑みを浮かべポメラニアン、ダックス、パピヨンなどを代わる代わる撫でたり抱き上げていた。

猛の周りにはコーギー、柴、ビーグル、テリアが居てゴムボールを投げて遊んでやり、上手く取ってこれたら目一杯褒めてやる。

犬たちに癒されてほっこりしたままドッグパークを後にする。

その後、前の壊滅的と言っていいほどの出来栄えよりかは上達したセシリアのお手製お昼をいただきお化け屋敷、ジェットコースター等を巡り、朱に染まる遊園地を眺めながら二人は観覧車の中に居た。

夕日のせいで心なしか頬がより染まって見え、どこか憂愁さを感じさせる姿はまさに深窓の令嬢のよう。

 

「きれいですわね……」

「そうだね」

「……そこは私の方が綺麗だという場面ですのに」

「あはは、ごめんね。一夏の代わりだけど、楽しんで貰えたのなら嬉しいよ」

「あ……、そ、そうでしたわね。すっかり忘れていましたわ……」

 

苦笑し、外の景色に視線を移した猛の横顔をじっと見つめているセシリア。

心の内に自分でも説明できない渦巻いた何かは、もやもやとして、胸を締め付ける。

自然と口を開き何か言葉が漏れて――

 

猛は一瞬のうちに外へ八咫鏡の結晶を顕現させ、それに僅かに遅れて突然の閃光が飛来する。

空から降り注いだ極光の柱は遊園地を無差別に焼き払うはずだった。

が、橙色の燐光の傘が地表へ到達させることなく、全て結晶内部へエネルギーを吸収させる。

被害は出なかったが突然の事態に混乱している人々へ避難誘導を行うため二人はISを身に纏った。

 

 

 

パニックも比較的早めに収まり、一息ついているセシリアたちの元へ何者かが近づいてくる。

 

「こちらにいらっしゃいましたか、お嬢様。そして貴方が塚本猛さまですね。もう少し被害が出るかと予想していたのですが……あの判断の速さはお見事です」

「え……チェルシー? どうして……今はイギリスで仕事を任せておきましたのに」

「お迎えにあがったのです、お嬢様。……いえ、セシリア・オルコット」

 

恭しく頭を垂れるチェルシーは感情の籠らない冷たい声でそう告げると、ISを纏う。

 

「イギリスでお待ちしております。それでは」

 

刹那の最中、空間に沈み込むように彼女の姿が消えていく。

未だ纏まらない脳内に、しばしその場に佇んでしまう。

 

「ああ、ここに居たのか」

 

そこへ投げかけられた声に、すぐさま十束を手に呼び出してセシリアを庇うように身を乗り出す。

全身を黒ずくめにし、ロングコートを身に着けている小柄な女性。

亡国機業のエージェント、マドカがそこに居た。

 

「待て待て。今日は別に再戦のために来たわけではない。

 イギリス代表候補生、何が起こっているのか知りたいだろう? それと塚本、お前にも協力を依頼したい。一緒に来てもらおう。それとコイツも連れていく」

「あ、あはは……どうも」

 

また戦いたい欲求はあるものの、別件でやってきたのだからまず落ち着けと取り成す。

警戒は解かずにいるが、どうにも毒気なくあっさりとしているマドカに拍子抜けしてしまう。

そしてどこからか連れてきたシャルロットも困った顔で現場に姿を見せ、混沌ここに極まれりといったところだ。まだ一大事件の始まりか……心の中でそう呟いた。




おや、セシリアの様子が……?

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