IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

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第37話

オータムを確保し、アーリィを連れて宿まで戻ってくるとまたコイツは女性を引っ掛けてきやがったと箒たちのジト目に晒される。

猛の頭には白い猫、シャイニィが乗っかって収まりがいいのかごろごろと喉を鳴らして目を閉じてしまっている。

 

「ふふ、シャイニィも猛の頭の上が気に入ったみたいネ」

「おい、今までどこに行っていたんだ。連絡くらいは寄越せ」

「久しぶりサね、ブリュンヒルデ。過保護の弟クンともう一人の有名人を見たかったのサ」

 

くすくすと悪びれた様子もなく笑うアーリィに頭痛を堪えるようこめかみに指を当てる千冬。

いいからさっさと自己紹介をしろと促されて一夏たちに向き直る。

 

「私の名前はアリーシャ。『嵐(テンペスタ)』のアーリィといえば、一応知ってくれているのサ?」

 

この場で第二回モンド・グロッソの覇者の名を知らぬ者……今まで興味がなかった猛と一夏以外はいない。

それでも雑誌やニュースで一度くらいは名を聞いたことくらいはある程の有名人だ。

だが、腕を目を失った理由を躊躇いがちに問えば気負うことなく新型の稼働テスト中事故でと言い放った。

重苦しい沈黙が漂う中空気を読めないオータムが喚いて、千冬が脇腹へつま先をえぐり込み黙らせる。

 

 

 

状況の確認から今後の計画の調整、実行について千冬が話し始める。

 

「さて、ダリルとフォルテが敵に回りこちらの戦力はマイナス2、しかし相手もマイナス1でアーリィを入れてこちらはプラス1だ。悪くない数字だが、敵の数はプラス2であることは忘れるな」

 

千冬の言葉に猛たちは気合いを入れ直す。そこへふらりと楯無が現れて潜伏先の情報を知らせる。

現在地から遠くない市内のホテルと空港内の倉庫が有力地点として搾り込めた。

堂々と一般客として宿泊し、物資は倉庫内に置いておくと盲点を突いた亡国機業らしいやり方だ。

 

「へ、今まで気づかなかっただけだろうが、マヌケ!」

 

騒ぐオータムを黙らせようと再び蹴りを入れようとする千冬とラウラだったが、それよりも先に猛が彼女の目を覗きこんだ。

 

「あぁ!? なんだテメェ……」

 

鋭い眼光で睨みつけていたオータムの目の焦点が合わなくなり、口を半開きにしたまま意識を失って倒れ込む。

訝しげにしながら千冬は立ち上がった猛に声をかける。

 

「塚本、何をした?」

「ちょっと催眠術を。少しえげつなくかけたので、ぶん殴るとかしない限り今夜は目を覚まさないかと」

 

静かになった彼女を脇に寄せて、部隊を二つに分けることにする。

ホテル強襲部隊にアーリィ、一夏、箒、鈴がアタッカー、セシリアがサポートに回る。

残ったメンバー、猛、ラウラ、シャルロット、簪が倉庫へ向かい、先生たちと楯無は本部待機し、危機が迫れば駆けつけることになっている。

楯無の作戦開始の号令と共に全員が行動を開始した。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

空港倉庫付近――闇に紛れて目標へと接近していく最中、不意に猛が足を止めた。

 

「ん? どうした」

「……いや、ごめん。ちょっとトイレに」

 

こんな大事な時に何を言い出すのかと呆れるラウラ。

すぐに済ませてくるからと駆け足で距離を離す。

あまりにも静か過ぎる現場。ISはおろか警備員すら姿が見えないという違和感。

別倉庫の前に佇んでいるとふらりと人影が猛の前へ通路から姿を現した。

 

「遅かったじゃないか。待ちかねていたぞ」

「……やっぱりな、そんな気はしていた」

 

薄明りの中、コートを羽織った少女マドカがこちらを見つめていた。

以前遭った時の狂気に満ちた気配は薄れ、それでいて尚底冷えするかの如く鋭い殺気を突き付けられている。

どちらが促した訳でもなく自然にISを纏い対峙していた。

マドカのISは『サイレント・ゼフィルス』の面影を全く無くし、全身を覆い隠す漆黒のフルアーマーは狭霧神の姉妹機のよう。

 

「これが私の専用機『黒騎士』だ。ああ、それとお前に見せておきたいものがある」

 

自然に踏み出した一歩。それが地面に着く前に狭霧神の懐へ潜りこむ黒騎士。

下からのかち上げに咄嗟に顕現させた十束で受け止めようとするが、背筋に氷柱を差し込まれる感覚にこのままではまずいと悟る。

たった一刀の斬撃であるはずなのに、大気を振動させる程の衝撃が響き渡る。

 

「ははっ、やはり止められたか。初めてお前と出会った時、何をされたか分からなかったが今なら答えられる。知覚出来ぬ程の超高速による連続斬撃。それがあの時貴様が行ったことだ」

 

それを寸分違わぬ動きで再現させたマドカ。

ただ防御しただけでは自分が潰されていた。

咄嗟に意識を集中し、迫る無数の凶刃を全て迎撃することには成功したが油断をしていたら……と冷や汗が伝う。

ゆっくりと大太刀を上段に構えてこちらを睨む黒騎士に、十束を中段に構えて呼吸を整える。

 

「さぁ、存分に殺し合おうじゃあないか、塚本猛!!」

 

狭霧神と黒騎士が姿を掻き消し、周囲一帯を衝撃波で薙ぎ払う。光の尾を描いて二機は夜空の闇へ躍り出た。

 

 

 

刹那の最中、数百、幾億にもおける剣戟の応酬。

不意を突かれて黒騎士の姿を見失う。

高機動戦で相手を喪失することはこちらの不利になりうる。

一時的とはいえ空から地へ足をつけて相手の出方を窺う。

神経を張り詰めていると、霞からの警告が飛ぶ。

 

『来ます! マスター!』

 

全方位から狭霧神に向けて数えきれぬ程の斬撃が襲い来る。

隙間無く包囲されたそれは正に剣舞の囲い。

一区画でも切り裂けば、逃げることは出来るだろうが恐らくそれは罠――。

故に最低限の”八咫鏡”の大型装甲を展開し、腰溜めにした十束の柄を握り締める。

全身を襲う衝撃と抉られていく地面の悲鳴じみた震動に晒されつつ、しかし絶対防御だけは発動させぬように。

瞳を閉じ、精神を集中させただ一点の閃きだけに意識を向ける。

蜂が獲物を刺すが如きの冷徹な殺気。ぎしりと渾身を込めてその輝きへと刃を走らせる。

 

 

(――――浅い!)

 

 

横薙ぎに振り抜いた十束は、黒騎士の胴を輪切りにするはずだったが手ごたえは弱く先端が脇腹を削いた程度。

だが、両断するために接近していたマドカは、咄嗟の回避行動で体勢を崩しかけたまま後方へ抜けていく。

一度”捉えた”のだ。このまま逃がして主導権を渡すわけにはいかない。

未だ脳裏に映り込む黒騎士の背後へ向けて、柄を逆手に持ち替えて身を反転する。

獣じみた咆哮を挙げながら力を流し込み続け、漆黒の輝きを深く強めていく。

上弦の月の影を切るように、地へ向けて大振りに刃を振り抜いた。

白い線が闇夜の空間を切りとり、狙われた黒騎士も――

 

「く、あぁぁああッ!!」

 

強引な真横への瞬時加速で、その魔の咢から逃れる。PICでも消しきれないGの反動で半身が引き裂かれそうな痛みが襲う。

しかし破壊の奔流が紙一重のところを飲み込んでいき、周囲のものを根こそぎ破砕していくのを見て冷や汗が伝った。

……見られている、その寒々しい眼力を肌に感じながら今一度、最大速度まで加速を行う。

周囲の色が抜け落ちて狭霧神と黒騎士のみが動いている世界で、お互い獲物を構え直し再び乱戦状態で宙を舞い飛びかう。その相対する音は遠雷のように古都へ幾度となく響いていく。

 

 

 

今宵戦う者たちは、知らず二機の輪舞曲(ロンド)を見入ってしまっていた。

ハイパーセンサーですら時折捉えきれない圧倒的な絢爛舞踏。

入り込めない――そう自然と口に出して。

そんな中、熱に浮かされながら冷静な己が居るとマドカは客観的に感じていた。

織斑千冬のクローンとして生まれ、彼女を超えることだけが存在価値だった。

だから失敗作と罵られ悪意に晒されながらも、己を証明するためにひたすら突き進んだ。

 

そこへ唐突に表れた人間――塚本猛。千冬以外など虫けらのようなものと歯牙にもかけなかったのにあっさりと叩きのめされた。

身を焼き尽くさんばかりの憎悪で、再び会った際には縊り殺してやると一層訓練に熱を入れた。

が、幾度ともなくシミュレーションを繰り返していくうちに奴のことが頭から離れなくなっていった。

空想の中でもアイツは成長を続けてそれを追うように無数の手数を考え出した。

そして今も必死に考えを巡らせて、意識を集中させねば容易く勝敗は決するだろう。

いつの間にか、織斑千冬のクローンではなく”ただの織斑マドカ”として猛に勝ちたいという感情、繋がりが芽生えていた。

 

(貴様に勝つ――それが、私が私であることの証明!)

 

京都の空に黒騎士と狭霧神が向い合せに足を止めた。お互い満身創痍ですでに機能停止してもおかしくはない状態だ。

自然と互いに大きく深呼吸を行い、獲物を腰溜めに沿える。

放てるのは一撃のみ、故に全ての力をこの瞬間に注ぎ入れる。

冷えていく思考回路、視線の先には好敵手が同じ姿で堰を切る一瞬を待ちかねて佇む。

誰もが固唾を飲み言葉も発せられぬ張りつめた世界――夜空に一筋の星が流れたのが切っ掛け。

音もなく立ち消えた両者、その勝者は。

 

 

 

「……私の、負けか」

 

 

 

ぐらりと姿勢を崩した黒騎士が力なく地表へ向けて落下していった。

 

 

 

黒騎士が落ちた地点へ降下していくと、強制解除してしまったのか生身のマドカが『ゴールデン・ドーン』に肩を貸してもらって立ち上がる最中だった。

 

「ごめんなさいね、ここらが潮時だからエムはこのまま回収させてもらうわ。貴方だってもう余力はないでしょう?」

 

装甲越しでもチリチリと肌を焼く感覚があり、逆らえば強烈な熱波に晒される予感がする。

限界が近い中、これ以上の戦闘は流石に厳しいものがある。そこへ何気ない様子で『テンペスタ』を纏ったアーリィが猛の隣に音もなく降り立つ。

 

「おや、そんなあっさり逃がすと思うのかサ? お互いタッグで一人はもう戦えない、こちらの有利な状況を逃すわけないサ」

 

一触即発な状況。だが、猛は武装を解き、頭部の装甲を無くし素顔のままマドカを見つめて、彼女も視線に気づき目を合わす。

 

「……何だ」

「……また会えて全力で戦えて、とても面白かった。次再戦できる日を楽しみにしている」

 

何を言われたのか分からず、一瞬呆けた表情になるが心底おかしいと破顔し声をあげて笑いだすマドカ。

 

「お、お前、私たちはさっき本気で殺し合ってたんだぞ? それを、あ、あはははっ……だめだ、笑いが止まらなっ、はははっ」

 

それにつられるかのように口端に笑みを浮かべているスコールと、呆れているアーリィ。

どうにも毒気が抜かれて闘争の雰囲気ではない。さっさと行けと手を振るアーリィにマドカを抱えたスコールが宙に浮く。

呼吸を整えマドカは不敵に笑う。

 

「はー……。ああ、次に会うまでは私も更に強くなっておこう。それまで誰にも殺されるな、約束だ」

「ほんと、面白いわ猛くん。ますますこっちに連れ込みたくなったわ」

 

瞬時加速とパッケージ・ブーストでその場から離脱する二人。

姿が見えなくなってから、糸が切れたかのように崩れ落ち狭霧神も解除される。

 

「おっと、大丈夫カ?」

「すみません、こっちも限界で……」

 

意識を保つことすら困難なまま、アーリィに支えられて身体を起こすこともできない。

 

「仕方ないネ、このまま宿まで運んであげるのサ」

 

意識を失う前、最後に聞こえてきたのは霞の悔恨の混じった静かで力強い言葉だった。

 

『申し訳ありませんマスター。5日……いえ3日ほど狭霧神は起動できなくなります。ですが、それまでに完全に調整、修繕を行い、より適性・性能を高めた機体に仕上げます。……二度とマスターに負担を掛けぬ最高のISに。それが私『霞』に与えられた使命ですから』

 

 

 

次に目が覚めた時、猛は布団の中に寝かされていて窓際の傍で紫煙を燻らせるアーリィの姿があった。

 

「やぁっとお目覚めサね」

「えーと、あの後……あ、ずっと見ててくれたんですか」

「ん、それもあるけどお別れを告げるために待ってたのサ」

 

抱えていたシャイニィを離すと、ここが定位置と言わんばかりに猛の頭に乗っかる。

 

「これより、イタリア代表アリーシャ・ジョセスターフは、亡国機業に降るのサ」

 

衝撃的な話のはずなのだが、違和感なく胸の内へすとんと収まってしまう。

なんとなくこうなる予想はついていた。

 

「理由を聞いてもいいですか?」

「答えは簡単サ。私の目的は織斑千冬と戦うこと。そしてその舞台を用意してくれるのは亡国機業だということ……だけれど、もう一つ理由が生まれてしまってネ。塚本猛くん、いずれキミとも雌雄を決したくなったのサ」

 

二人の激闘を見て久方ぶりに熱が籠り、滾るのを感じた。最強のブリュンヒルデ(織斑千冬)との戦いとは別に己も狭霧神との輪舞曲をしてみたくなったのだ。そしてそれが叶うのも亡国機業に居ればいずれ――

 

「いつか会いまみえる時まで、もっともっと強くなっておくのサ!」

 

にやりと笑って彼女は窓の外へ身を躍らせた。残されたのは白猫のシャイニィのみ。

嵐のようにやってきた彼女は嵐のように過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

作戦もひと段落ついたため、特別に露天温泉を開けてもらい心地いい湯に浸かって千冬と真耶は身体の疲れを癒していた。

他に誰も入ってこないだろうとお盆に熱燗と肴を乗せて自由気ままな酒盛り中。

形のいい千冬の乳房を眼福と言いながら拝む真耶に、不思議なものを見る目をする千冬。

そこへ誰かがやってきたらしく水音が響き、すわ亡国機業の不意打ちかと身構える二人。

 

「あれ? 誰か入っていましたか? すみません、入浴中の札が掛かっていなかったもので。失礼します」

 

一陣の風が吹いて湯気を掻き消すと、片足を湯船に浸けている猛の姿が。

お互い全裸で、奇襲に備え立ち上がっていた千冬たちと温泉のルールに従ってタオルは傍の桶に入れている猛。

自然と大事な部分に視線が集まってしまい数秒固まるが、このままでいるわけにもいかず全員身を沈める。

流石に顔を赤く染めつつ、申し訳なさそうに縮こまる。

 

「あの、どうも御見苦しいものを見せてしまって……」

「いいいいえいえいえ! そそそ、そんなことないですよ! じゅじゅじゅ十分凄くて、って何言ってるの私!?」

「ふむ、確かに大きさは悪くないものだ。一夏とどちらが立派か比べてみたことはあるのか、ん?」

 

熱暴走しパニックになっている真耶に、できあがってセクハラ発言を堂々とする千冬。

とりあえず場所を離そうと思っているところに、無理やり千冬が腕を掴んで教師二人の傍へ連行された。

 

「……ほう、また余分なものを削いで実践的な肉づきに仕上げてあるな。実に触りごこちがいい。ほら真耶も触ってみろ」

「え、そ、それじゃあ失礼して……。うわ、凄い。硬くてそれでいてしなやかで、ずっと撫でていたいですね」

 

最初はおずおずとしていたのに、段々と大胆にぺたぺたと身体を触りだす真耶。いちいち発言がえっちぃので冷静さを保って主砲に血が集まらないように努力をするが、そこへ更なる追い討ちがやってきた。

 

「ここの露天風呂、結構素敵だったから楽しみにしてたんだよねー。……って」

「猛……、ここで何をしているんだ? それに織斑先生たちも」

 

和気藹々としていた空気が一変、冷え冷えとした養豚場の豚でも見るかのような視線を浴びせる箒、鈴、シャルロットに簪。

千冬と真耶に挟まれて身体を触られている現場を見れば、誰だってこんな表情になるのだろう。

 

「いや! これは事故なんだ!」

「先生、すみませんがちょっと猛を貸してもらえませんか」

「ああ、いいぞ持って行け」

 

逃げ出そうにも千冬に腕を抑えられ弁解の余地すらなく、箒とシャルロットに両腕を掴まれて奥の方へ引きずられていく。

それを心配そうに見つめる真耶と、にやにやしている千冬。

 

「猛くん、大丈夫でしょうか……」

「なぁに、あいつらだってそこまで考え無しじゃないさ。湯を汚す暴挙まではいかないだろうさ」

 

 

 

その後、地獄のような天国のような状況から解放されたのだが、就寝時に再び不意を突かれてとある部屋の中へ引きずりこまれ、帰りの新幹線で妙に疲れ切っていた猛は死んだように眠りつづけ、逆に箒たちの肌はぴっちぴちになっていたのを一夏は首をかしげて見ていた。


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