IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君 作:テクニクティクス
「ありえねぇ、マジありえねぇ! ブリュンヒルデだって海を割る芸当なんて出来ねぇぞ!」
理不尽の塊と言ってもいい猛の所業を始めてみた人間は大体こんな反応するわね、と妙に冷静なまま真っ二つになった空母から飛び出してきた、イーリスの喚く声を聞き流している楯無。
その他もろもろなややこしい後始末は、折を見てそのうちということで二人は臨海公園へと戻ってきた。
後はお楽しみのディナーへ一緒に出掛けて、雰囲気にまかせてそのままホテルの一室へ……
「あの、楯無さん。言いにくいんですが、もうディナーのチェックインできる時間過ぎ去ってます」
甘い妄想から現実へ引き戻されてがっくりする楯無。まぁ仕方がない、次の機会を待ちましょう。
お姉さんの懐の深さを見せるチャンスだと気合いを入れ直す。
「そっか、それじゃあ仕方ないわね。なら帰りましょうか?」
「……あ、なら別の店でもいいのなら行き付けの場所があるんですが、いかがでしょう?」
「へ!? う、うん! いいわ、それじゃあお姉さんをエスコートしてくれる?」
再び心臓の跳ねる速度が上がり、バーとか大人の夜時間をたっぷりと……と心をときめかせて猛の隣に並んで歩き始める。
「……猛くんのおすすめの店って、ここ?」
「はい、結構質素な佇まいですが味は保障します」
連れてこられたのは趣のある日本家屋。とはいえ料亭とかそこまで洒落た店構えではない。
入口付近には年季を感じさせるそば・うどんと書かれた筆文字の看板行燈。
想像していたものとはかけ離れていて、ついため息が零れてしまう。
「猛くんって誰にでもそうな訳?」
「えっ、楯無さんって普段からホテルのディナーや料亭の料理を食べなれてそうだから、いつもと違うものをと考えたんですが……ダメでしたか?」
申し訳なさそうに見つめてくる猛に対し、ついにこらえきれなくなりぷっと吹き出してしまった。
彼女はこう見えても名家の令嬢。社交界で異性に誘われて夕食を共にすることがあっても、どれも高級なだけであって退屈なだけだった。
「あははっ、私を普通の御蕎麦屋さんに誘ってきたのはあなたが初めてよ。うん、猛くんのおすすめ店どんなものか楽しみだわ」
「ああ、よかった。それじゃあ入りましょう」
引き戸を開いて中に入ると、夕食時を過ぎているので混雑はしていないがそこそこの人が席に座っている。
「いらっしゃ……あら! 猛ちゃんじゃないの!」
「こんばんは、おばさん。二名なんですが大丈夫ですか」
「あいよ、好きな席に座って待っててちょうだい」
恰幅のいい妙齢の女将と話をし、とりあえず手近な席に向い合せに座る。
部屋全体に漂う出汁の香りが鼻をくすぐる。
メニューを見ながら楯無は口火を切る。
「えっと、猛くんここのお店の人と知り合いなの?」
「ええ、以前街でさっきの女将さんが困っていたのを助けたことがありまして、その際におそばをごちそうになってからここでよく食べたりしているんです」
そこへ湯呑をもった女将がやってきた。
「はい、お茶。……猛ちゃん、また違う女の子連れて来てるわね。この子が彼女なわけ?」
「いやいや、楯無さんは俺の学園の生徒会長で今日はたまたま誘っただけです」
「ふ~ん。で、ご注文は?」
猛は普段から頼んでいる肉うどんの大盛り。
楯無もそれでいいと決めて注文を受けた女将が厨房へと戻っていく。
メニュー表で顔半分を隠してじとーっとした目で睨むように猛を見つめる。
「……た・け・る・く・ん? また違う”女の子”ですって?」
「ここのは本当に美味しいから広めたくて、箒やシャルとか時々クラスメイト連れてきているだけですから!」
「そんなこと言って、いつか猛ちゃんが刺されたりしないかあたしゃ心配だよ」
「ちょっ、お、おばちゃん!?」
奥から聞こえてくる声と慌てる猛の姿につい笑顔がこぼれてしまう楯無。
厨房からけじめはしっかりとつけなよと言う声に亭主なのか、男の笑い声も聞こえてきた。
バツの悪そうな顔をしながら席に座り直す姿をつい見つめてしまう。
猛と居ると着飾る必要なく自然体のままでいられる。楯無――刀奈はそう感じた。
やってきたうどんは大き目のどんぶりにたっぷりとした肉が乗り、鰹節の濃厚な香りが食欲をそそる。
猛から箸を受け取り、始めにうどんを啜るとしっかりとしたコシがあり喉ごしが凄くいい。
甘辛く煮つけた牛肉も味のアクセントとなりうどん汁との相性も素晴らしい。
つい夢中で食べていたら、ちょっと量が多そうに見えたのが全て腹の中に納まってしまっていた。
「ふぅ……、気がついたら全部食べきっちゃってたわ。流石おすすめって言うだけあるわね」
「そういってもらえると誘った甲斐があります」
奢ると言っていた楯無を抑えて、ここは自分が出しますと伝票をレジへと持っていってしまう。
そしてあの量でありながらお安い値段に、楯無は驚いていた。
「あ、あの……猛くん? 無理しなくていいのだけれど」
「全然大丈夫ですって。楯無……刀奈さん軽くて背負っている感じがしませんから」
あの後、腕でも組んで帰ろうとしたのだが途中何度もよろけてしまった楯無。
危なっかしくて仕方がないので彼女を背負って学園へ向かっている。
まだまだ拙いところはあるとしても、やっぱり男なのだろう。その大きな背に身を預けているとほっとする安心感が得られる。
(猛くんの背中……意外に広いんだなぁ。……それに、すごくあったかい)
心地よい振動にうとうととし始めてしまい、そのうち本格的に寝入ってしまったらしい楯無の寝息が耳元で聞こえる。
滅多に見せない刀奈の無防備な姿に微笑みを浮かべて、学園へと帰るのであった。
休み明けの月曜、うっきうきだった鈴なのだが受け取ったメールの内容を読み進めるうちに段々とご機嫌がナナメになっていき、一緒に教室へ向かう際には不機嫌さを隠しきれていなかった。
あまりの突然の変わりっぷりに猛は心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫か? 鈴? 何か機嫌悪そうなんだが……」
「ん? あ、あぁ……別に猛が悪いわけじゃないから気にしないで。ちょっと、納得できないことがあっただけだから」
二組の教室に着いたのだが、そこを素通りして一組の教室へと入っていく鈴を慌てて追うと、そこにはいつものメンツに加えて簪の姿まであった。
「あれ? 簪、何でここに居るの? もうすぐHR始まるよ?」
「猛……、まだメール見てないの? メール自体貰ってない……? 今日から専用機持ちは1組に纏められるんだよ」
そこへちょうど織斑先生と山田先生がやって来て、先日の体育祭の結果を生徒会長なりに判断した処置として、専用機持ちは全員纏められるのだと伝えてきた。
また楯無の横車押しにがっくりとしてしまう猛に同じ風に項垂れている一夏。
「これで事実上、クラス対抗戦は出来なくなったが専用機持ちの訓練は特別メニューを組んでやるから安心しろ」
そんな嬉しくないことを嬉々として言われても……と思う猛の周りには隣の席を狙って喧々諤々するヒロインズ。
なお一夏の両隣はラウラとセシリアがちゃっかり陣取っている。
そんなドタバタから始まったいつもの日常、午後からの全校集会で楯無が檀上に立っていた。
「それでは、これより秋の修学旅行についての説明をさせていただきます」
各国からの選りすぐりのエリートとはいえ、まだ花の十代。歓声の声が館内に響く。
さまざまな騒動の結果、延期となっていたのだが再び介入がないとは言い切れない、と楯無は重苦しく言い放つ。
「――というわけで、生徒会からの選抜メンバーによる京都修学旅行への下見をお願いするわね。参加者は専用機持ち全員、それから織斑先生と山田先生に引率を頼みます。以上」
その発表で周囲からは織斑くんや塚本くんと少数旅行なんて羨ましい、私も行きたいと言う女子特有の声があがり京都という単語に目を輝かせる箒、シャルロット、ラウラにげんなりとした鈴にセシリアと反応は様々。
そんな中いまいち乗り気になれていない一夏に対し軽く肩に手を乗せる猛。
「どうしたんだよ、そんな乗り気じゃない風に」
「そりゃそうだろうよ。楯無さんからの話聞いたらさ……」
二人は秘匿回線によりこの視察の本来の目的、亡国機業の京都にあるらしい拠点制圧が本命だと直々に楯無から知らされた。
「ま、あまり気負い過ぎると疲れちまっていざという時動けないぞ? 気楽に構えていればいいんだよ」
「猛は随分軽く言い過ぎ……」
一夏は隣の友人の笑みを見て、何故だか一瞬背筋に寒気を感じた。
普段と何も変わらない笑顔のはずなのに指先まで凍りつくような、覇気のようなものを。
「ん? 何か俺の顔についてる?」
「……いや、俺の思い過ごしだと思う」
「そっか。楽しみだなぁ、何か面白いことが起きる予感がするんだ」
時は流れて、京都へ向かう新幹線の中。欠員が居ないか副会長としての務めを全うしている一夏にラウラが強襲。
どうやら銘菓ひよこを買占めようとしていたところ、強引に列車に乗せられたことにご立腹の様子。
首を絞められて段々青くなっていく一夏を助けるため、困った顔でラウラを宥めているシャルロットと騒がしい姿に笑顔で見ている猛。
そこへ缶ジュースが何気なく投げ入れられ、受け取るとキンキンに冷えたオレンジジュースが手の中に。けだるげに椅子へ沈んでいる二年生、フォルテからの差し入れのようだ。
「それ、飲むといいっスよ」
「ありがとうございます。いただきます」
しかし、どうやっても缶のふたが開かない。よく容器を見てみると周囲に霜が沢山ついて、刺すような冷気の痛みが手のひらに伝わってくる。
「これ、完全に凍ってますが。普通に凍らせたら破裂か変形しているのに何でだ?」
「むぅ……もっと驚くかと思ったのに意外と冷静っスね」
「なんだお前、フォルテのISについて知らないのか?」
彼女の隣で足を組んでいるダリルが割って入ってきた。
「こいつのISは分子活動を極端に低下させて停止、凍結させることが出来るんだよ」
「だから、そういうの止めてほしいっス。ネタバレっスよ? ネタバレっスよ?」
大事なことなのだからか、二度同じことを言うフォルテに対しダリルは組んだ足を入れ替えて適当に笑う。
「あっはっは。いいじゃねーか、別に。……あ、今パンツ見たな? にひひっ」
「ええ、見えましたね」
凍った缶ジュースはバッグに仕舞い、緑茶のペットボトルを取り出して平然と飲みだす。
動揺した様子もない猛に憮然とした表情をするダリル。
「なんだよ、もっと取り乱したりしろって」
「そういう短いスカートなら見えてもいい下着とかを穿いたりするんでしょう? ならシャルの白いのが偶然見えた方が余程役得です」
「な、何言い出すのっ!? た、猛のばかっ! えっち! 知らないっ!」
突然の爆弾発言に顔を真っ赤にしてそっぽを向くシャルロットに、自分のをうっかり見せたらどうなるのだろう……と思案顔になる箒、鈴、簪。
「……お前、すげぇな」
「女性のセクハラに反応する方が酷い目に遭うの、ここで学びましたので」