IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

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第2話

次の日の始めの授業は教科担当の山田先生ではなく織斑先生が教壇に立っていた。

 

「今日はまず、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める」

 

初めて聞く単語に疑問符を浮かべて、猛は先生に質問を投げかける。

 

「先生、代表っていったい何のことなのですか?」

「クラス代表者とはそのままの意味だ。

 対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……。

 まあ、普通の学校で言う学級委員長だな。

 ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。

 今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで」

 

完全には飲み込めていないが、疑問の8割は解けたので、ここの学園ではそういう役職があるものなんだと納得する。

 

「さて、誰が代表者になる? 自薦他薦は問わない」

「はい! 織斑くんを推薦します!」

「うぇぇっ!? なんで俺が!?」

「ああ、ちなみに推薦された者は辞退できないからそのつもりで」

「う、嘘だろ、千冬姉ぇ! ぐわぁっ!?」

「学校では織斑先生と呼べと言っているだろう」

 

目に見えない速さで投げつけられたチョークが一夏の額に直撃して砕け散る。

痛みで額を抑えて涙目になりながらも、一夏もなんとか手を上げる。

 

「そ、それじゃあ俺も猛を代表者に推薦する!」

「お待ちになってください! 納得できませんわ!」

 

机をバンっと叩いた立ち上がる金色の髪が長い女生徒。

セシリアは頭に血を上らせて、感情の赴くまま言いたい放題喚き散らす。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ!

 わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

興の乗った演説に酔ってしまっている彼女は周りの状況など気にも留めず、更にテンションを上げる。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!

 わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!

 それに、クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはイギリス代表候補生であるわたくしですわ!

 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

聞いていられない暴言の数々に皮肉の効いた一夏の一言で、青筋を浮かべたセシリアが視線を向ける。

 

「お、おほほほ……、わたくしの聞き間違いだと思いますが、今なんとおっしゃったのですか?」

「何だ、口だけじゃなく耳まで悪いのかよ。救いようがないな」

 

今度こそぶちっと堪忍袋の尾が切れる音がして、もう一度机に手のひらを叩きつけるセシリア。

 

「決闘ですわ!」

「おう、望むところだ! ここまで馬鹿にされて黙っていられるか」

「そして、そこで知らんぷりをしている貴方!

 貴方にも決闘は受けてもらいますからね!」

「……えー」

 

知らぬ存ぜぬーと無視を決め込んでいた猛も二人の決闘騒ぎに巻き込まれることに。

仕方がないかとため息をついて、やれやれと首を振る。

そうして、猛は席を立ちあがりセシリアに向き合う。

 

「ところで、ハンデはいくらくらい貰えるのかな?」

「あら、殊勝な方ですのね。いいですわ、素人を相手に無慈悲に勝ち越しても弱いものいじめにしかなりませんもの。

 貴方が望むだけ、ハンデを背負わせてもらいますわ。それでもわたくしの勝ちは揺るぎませんが」

「ありがとう。それじゃあ、ビットは一切使用しないで武器は遠距離狙撃銃のみ。スピードも6割まで落としてもらえるかな?」

「は、はあっ!? あ、貴方わたくしを馬鹿にしていますの!? それだけハンデを付けたなら素人だって勝てるじゃないですの!」

「いやぁ、俺はそれくらいハンデが無いと勝ち目すらないから」

 

ポリポリと情けなく頭を掻く猛。その仕草にまたしても激高しそうになるセシリアに対して山田先生からフォローが入る。

 

「いえ……、冗談ではなく塚本君はもしセシリアさんと戦う場合それくらいのハンデが必要になってしまいます」

 

 

 

時は入試試験まで遡る。ビギナーズラックを発揮し山田先生を相手に勝利を納めてしまった一夏。

気負い過ぎて空回りしてしまったことを反省し、次の猛を相手には堅実に自分の持ち味で試験官の役割を果たそうとした。

――その結果、猛はほとんど何もできずにエネルギーシールドを失って惨敗した。

彼はISを起動できた。だが、試験の際に分かったのだが出来るのはISの起動のみで、傍から見てた千冬でさえ悲壮の色を隠せなかった。

まるで中世の甲冑を身に着けたかのような、鈍足な機動。武器のコールでさえあまりに遅く

猛のラファールは同じISを纏った山田先生に鴨撃ちのごとく、ろくな回避も出来ずに終了した。

 

 

 

セシリアは同情するような瞳で、ただ決して親しみが籠ったものではなく下賤な者を見るような目で猛を見る。

 

「……もし、貴方がここで非礼を詫びて土下座でもするのでしたら、わたくしも鬼ではないので決闘を取り下げてもよろしくてよ?」

「いや、やるって言うんだから撤回はしないよ」

「はぁ……所詮貴方も実力差の分からないお馬鹿さんな男なのですね。試合当日に無様な姿を全員に晒すと良いですわ」

「話は纏まったな。では一週間後お前ら3人で戦って代表を決めろ」

 

そう締めくくる織斑先生。一瞬大丈夫なのかという色を含んだ視線に対し苦笑を返す猛。

今まで他の生徒の試験結果など知らないし、むしろ結果を知り心配そうな声をかけてくる一夏。

 

「なぁ猛。今からでも遅くないからお前は試合辞退した方が良くないか?」

「一夏は頑張るんだろ? なら俺も少しは頑張ってみたいし、ダメならダメで良いってことでやらずに後悔するよりはいいかなって」

「そうか……。昔からこう引かない部分は滅多に引かないしなお前。じゃあ頑張ろうな!」

 

 

 

 

 

その後、一夏には専用機が送られることを織斑先生から告げられて

一夏が猛にはないのかと問いただすと

やはり適性が歴代学生の中でも最低ランクである彼にわざわざISを作る企業、研究所などなく

しかし、ただ世界で2人目の男性操縦者に何も渡さないのも……ということで練習機のラファールを臨時で個別貸出をしてくれた。

そして練習用アリーナにやってきた猛はラファールを身に纏って、練習用プログラムを起動させて訓練を始める。

始めの頃は物珍しさで見物にくる生徒も多かったが、何より不恰好な機動で一番簡単なプログラムですらせいぜい6割の達成率。

もはや、彼の練習に興味を持つ生徒は居なかった。

 

明かりがほぼ消えかかり、薄ぼんやりとしたアリーナの中央で

大の字に寝そべり荒い呼吸を繰り返す猛。

重い腕を天に伸ばして、星空を見上げる。幼いころから暇さえあれば夜空を見上げていた。

天体観測と称するほど崇高な趣味ではなく

よく聞く夏の大三角や星座などひとつも覚えていない。

それでも、吸い込まれてしまいそうな漆黒に瞬く星々を見つめることが猛は大好きだった。

 

「……こんなところに居たのか。一夏が心配してたぞ」

「やっほー、箒。ちゃんと話すのはこれが初めてかな」

 

不意に隣に現れた人物に目を向ける。やれやれと言った感じで猛を上から覗き込んでいる箒。

そのまま、倒れ込んでいる猛の傍に座り込む。ここに来る前にシャワーでも浴びたのか仄かに柔らかな石鹸の匂いが鼻をくすぐる。

 

「そっちはどうなのさ? 今までたるんでる一夏をビシバシ鍛え直してるって話は聞いたけど」

「う、うむ……。まったく一夏のやつは何であんなに鈍ってしまっているのだ! かつては私が敵わない腕を持っていたのに!」

「そりゃあ、剣道止めちゃってずっと帰宅部にバイトやってれば鈍るよ」

「それにしたって…………。と、ところで猛の方はどうなんだ、剣道は続けてたのか?」

「ごめん、箒が居なくなってからは剣道は止めちゃって、代わりに弓道部に入ってたよ。俺、目だけはいいから」

「むぅ……お前はお前で光るものがあったのに。

 ああ、そういえばうちの剣術道場で稽古が終わってから、境内に座ってずっと星空を見つめてたことがあったな。

 ……ふふ、猛は星を見るのが好きなわりにいっさい星座とか覚えようとしないで

 逆に私の方が詳しくなってしまったことがあったな」

 

楽しかった幼少期を思い出し屈託のない笑顔を浮かべる箒。

 

「箒も一夏の前でその笑顔見せてやればいいのに」

「な、なぁぁっ!? ば、馬鹿なことを言うな! は、恥ずかしいではないか……」

「ふーん、俺に笑顔見せるのは恥ずかしくないんだ。やったー。一夏より一歩リード」

「ひ、人をおちょくるのもいい加減にしろ!」

 

ぽかりと頭をたたかれても、全然力も入っていない拳骨に、にこにこと笑っている猛。

箒はぶすっと頬を膨らませて、不機嫌さをアピールするがそれも長く持たずに、訥々とまた話し始める。

かつての幼馴染との再会で、尚且つ不必要に触れられたくない部分には踏み込まない猛に、どうしても会話は弾む。

そうして、あちこち走り回り、息を弾ませて猛を探していた一夏がアリーナにやってきた。

 

「……と、ずいぶん話し込んでしまったな。早く寮に戻らないと千冬さんに怒られてしまうな、急ごう猛」

「あー、ごめん箒。起こして。もう自分ですら起き上がれないのだ」

「はぁ……仕方のないやつだな、お前は」

 

ISを解除して箒の肩を借りて立ち上がる。そのまま一夏の肩も借りて、何とか寮へ帰って行った。

 

 

 

 

 

 

そして試合当日のハンガー。一夏に猛、箒が居て、少し怪訝そうな表情を浮かべている教師2人。

 

「えーと、一夏君の専用機。試合前に何とか間に合ったのですが……」

 

何か言いたげな表情で山田先生は隣で腕を組んでいる織斑先生に助けを求める。

眉間に軽く皺を寄せたまま、彼女は口を開く。

 

「今日、ハンガー内に見たこともないISが置かれていて、撤去しようにも強固なロックが掛かっていて動かすどころか触ることも出来ん。

 そしてそのISはずっと所有者シグナルを発しているんだ。

 ……塚本、ずっとお前の名を呼び続けている」

「え……? いやいや、最低ランクの適性しかないモルモット候補にそんな専用機送るやつがいますか」

「で、でも本当に急に搬入されてたんですよ。……業者の履歴を調べましても、そんな機体を搬入したは痕跡ありませんが」

「だが……今のお前がラファールに乗ったところでセシリア相手に勝ち目など0だ。

 もし異常や危険を感じたら強制的に接続遮断するから試しに認証をしてみろ。何よりいつまでもここに置いておくわけにもいかん」

 

そのまま、その異質なISの前までやってくる。

 

「これが……猛を呼んでいるISか……」

「ずいぶんと、細見だな。普段の練習用ISとは全然……というより別物じゃん」

 

一夏と箒はそんな感想を告げる。

そこに鎮座しているISは、普通のものと比べてまったく異なる形をしていた。

ISは基本的に人間部分は不可視のシールドに守られているが、ほぼむき出しで巨大な手足にさまざまなオプションが付く。

だが、このISはフルアーマーのように全身を包むようなタイプで、かつての白騎士より更に余分なものをそぎ落とし

色合いもガンメタルより若干明るく、少しくすんでカラーリングされている。

例えるなら、強化外骨格や戦術兵器と言った無骨さと機能美を兼ね備えていた。

 

促されるままに、猛は手を伸ばしISに触れた途端その機体は光の粒子となり

彼はISを装着していた。

 

「……やはりお前専用機と言うことになるのか。おい、大丈夫か? 平気なら返事をしろ」

「…………あ、は、はい。特に問題はないです。ただ、今すぐに動かすことはできないみたいで、システム類がほぼ稼働してません」

「そうか、では織斑。今度はお前の専用機を教える。ついてこい。塚本はどうする?」

「俺はしばらくコイツの初期調整に時間かかりそうなのでここに居ます」

「では、織斑の方が先に試合になりそうか。じゃあ異常があったらすぐに知らせろ。……ああ、ところでそいつの名はあるのか?」

「はい。コイツは天之狭霧神(アメノサギリ)というみたいです」

「随分と珍しい名だな。まぁいい、何かあればすぐに呼べ。ではいくぞ」

 

一夏に頑張ってねと手をひらひらと振る猛。

そして彼は皆の姿が見えなくなると、そのままメンテナンス用ベッドに懸架させ意識を深く落とす――

 

 

 

 

 

 

 

自分の試合が終わり、惜しくも勝つことができなかった一夏は箒と一緒にピットにやってくる。

 

「あー、あそこでエネルギーが切れなければなぁ……」

「調子に乗り過ぎるからだ、馬鹿者」

「まぁ、それは今後の課題ということで。おーい猛、次はお前の番だぞ」

 

そう一夏が声を掛けるが、ハンガーのISは反応を返さない。

一応中に人の気配を感じはするが、まるで鎧武者のようなその外見の機体は静かに鎮座したままだ。

 

「おいおい、どうしたんだよ……本当に大丈夫か?」

「なぁ、一夏。これは織斑先生を呼ぶべきなんじゃないか?」

「そ、そうだな、俺千冬姉を呼んでくる!」

「どうした、騒々しいな」

 

そこに管制室からやってきた千冬と山田先生が騒ぎに気付くが、それに合わせるかのように機体の瞳に光が戻る。

 

「ん、んん……? あれ、どうした一夏? 試合はどうなったのさ」

「え、あ、ああ……すまん、負けた。ってか、猛! お前こそさっき話しかけて何も言わなかったんだよ!」

「あー、ごめん。イメージトレーニングしてたら、いつの間にか寝てたみたいだ」

 

あまりにのんびりした受け答えに、心配して損したと落胆のため息をつき、織斑先生の出席簿で喝を入れられる。

フルアーマーですら脳まで痺れる衝撃を叩き込む先生に、相変わらず恐ろしいなぁと思う猛。

 

「で、そこまでリラックスしていたんだ。準備はできているな?」

「もちろんです。いつでも行けます」

 

ひょいっとハンガーから飛び降りると軽く身体を動かして

出撃カタパルトの前までつかつかと進む。

あまりの気楽さにちょっと心配になる山田先生は隣の織斑先生に話しかける。

 

「あ、あの……塚本君、あまりに気を抜き過ぎじゃないでしょうか? 織斑君はもう少し緊張してたと思うのですが」

「緊張し過ぎてロクに動けないくらいよりかは、多少気が抜けている方がいいでしょう。それでダメなら説教です」

 

PICを起動させてふわりと重さを感じさせなく空中に浮かぶ。

 

「それじゃ塚本猛、出撃します」

 

離陸からほぼ苦労することなくカタパルトからアリーナ内に飛び出していく猛。

その中央には補給と修理を終わらせたブルー・ティアーズが待っていた。

 

「ごめん、待たせちゃったかな」

「いえ、私もつい先ほど来たばかりですのでお気になさらず。それはそうとして、貴方には専用機は無いと聞いていたのですが?」

「何かどこかの変わり者が俺用に用意してくれたみたいで。

 まぁ、これ以外だと打鉄でもラファールでもまともに動かせないんだけどさ」

「それでは、この間の約束通りにハンデを付けずともよろしいのですか? それなら私も全力でいかせてもらいますが」

「うん、コイツなら俺もどこまでやれるか知りたいしね。……セシリアさん、どこか変わった?」

 

今までの彼女だったなら、女性を待たせるなど所詮男は下劣なのですわとか、他人を見下すことが多かったが目の前のセシリアからはそういった雰囲気は消え、真摯な表情を浮かべてこちらを見ている。

 

「男性にも、見るべきところがある人も居るということに気づいただけですわ」

「そっか」

 

猛は一度上を向いて眼前に広がる青空を見つめる。ああ、満点の星空や深淵のような光のない闇夜もいいが、この蒼天もまた、どこまでも遠くまで見通せて――

 

「綺麗だな」

「なっ!? いいい、いきなり何を言い出すのですか?」

「え? ……い、いやいやっ。俺はこの青い空が綺麗だなって言っただけで……セ、セシリアも綺麗だと思うよ?」

「そ、そんな歯の浮くようなこと言われましても、嬉しくありませんのよっ!」

 

自分の勘違いで顔を真っ赤に染めたセシリアがスターライトmk3を構えて、戦闘準備を終えたことを告げる。

 

「さ、さぁ、貴方も踊りなさい。私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

「見せてもらうよ、セシリア。君の全てを」

 

 

 

 

 

 

試合が始まって数分後、管制室に居る面々の表情はさまざまだ。

一夏に箒は驚愕、山田先生は困惑、そして織斑先生は真剣な表情で彼らの戦いを見守っている。

 

「う、嘘だろ……。なぁ箒、猛が練習している姿見たよな?」

「あ、ああ……。私が見ても、ISの重さが枷になってまともに機動すら出来ないような不恰好な動きだった」

 

そうは言っても、今目の前で繰り広げられている戦闘はそんな様子は一切ない。

むしろ手足のように完全に機体を自分の制御下に置いて、戦闘機動をこなしている。

 

「そ、そんな……私が試験官だった時にはあんな動きは出来ませんでしたよ。いったい……」

「皆何を言ってる。今の塚本の動きが本来のアイツの動き方だ」

 

そう発言した織斑先生に全員の視線が集まる。

 

「そんなこと言っても、ちふ……織斑先生。今までのISを纏った猛は」

「そうだ。だが、それは適性のない場合だろう。自分の思い通りに機体を動かせるなら、それは枷にはならん。

 そして、今やっている戦い方も昔、私が塚本と稽古や練習した時と同じ……いや更に洗練されている」

 

そう、千冬の戦い方が火だとするなら、猛のは水や風。

状況を読み、相手の挙動を写しとり、僅かな隙を逃さずに突く。

その戦術眼と思考の読み・決断までの速さとが猛の一番の強みだ。

 

「まだまだ青いが、私としては一番戦いたくないタイプだ」

「え、えぇぇっ!?」

 

驚きで管制室に叫び声が響く。

 

「ち、千冬姉が、苦手にするものなんてあるなんて……」

「ん? 私だって人間だ。苦手なもの位はあるさ」

「ああ、掃除は全然ダメだしな……ぐわぁっ!」

 

一夏の頭に鉄拳制裁を加えて、こほんと咳払いをする。わざわざ虎の尾を踏む気はない箒と山田先生はアリーナに視線を戻す。

 

「まぁ、いざとなったらまだ力で押しつぶせる程度だ。……さて、塚本。お前はどこまでの高みまで行けるんだろうな」

 

 

 

 

 

 

(いったいどうなってますの!? 何故……何故一発も当たらないのですわ!)

 

目の前で綺麗な機動を描いて、回避に徹している猛に対して困惑と苛立ちを隠せないセシリア。

決して手を抜いているわけではないし、むしろ一夏戦の時より気合いを入れて立ち会っている。

しかしどんなに狙いをつけ、フェイントと織り交ぜて射撃をしても

ギリギリのところで回避され、避けられないものは手に持った小刀で弾かれる。

そして、ビットを使った全方位からの射撃ですら、視線を向けずに危なげなく回避する猛に対し、不安が首をもたげる。

 

(いくら、ハイパーセンサーが360°見渡せると言っても本当に全てを……見通せている……のですか?)

 

不意に動きを止めた猛に対し、いぶかしげになりつつも声を掛けるセシリア。

 

「あら? もう逃げ回るのは終わりですの?」

「んー、何か手になじむ武器を検索してたんだけど、ひとつ使ってみたいものを見つけてそれを使おうかと」

 

持ち上げた右手に瞬間的に光が集まって現れたそれは、機殻に包まれてはいるがどこから見ても弓としか言えない。

矢もつがえず、光で出来た弦を引き絞る猛だが、その弓にエネルギーが溜まっていくのをセシリアのブルー・ティアーズは感知する。

表情はフルフェイスで読めないが、しっかりとこちらを捉えており

まるで狙いを定めた猛禽か、己を映し出す水鏡のような視線に背筋に冷たいものが流れる。

 

(あ、あれを撃たせたら、私は負けてしまいますわ!)

 

根拠はどこにもないが、この直感は無視したらそれこそまずいことになる。

もはやなりふり構わず、必死にスターライトmk3、ブルー・ティアーズを総動員させて五月雨のごとく射撃を開始する。

が、それでも猛の駆るISにまともに当たるものはなく、せいぜい掠る程度。

そして、限界まで引かれた弦を猛は解放する――

 

「行け――”八俣”」

 

キィンと甲高い金属音が響いたと思った瞬間、弓から巨大な光の濁流が8本、楔を解かれた大蛇のごとくアリーナ内を荒れ狂い、踊る。

その光の龍は不規則な動きをしながらセシリアに向かっていく。

 

(こんなものに当たったら、それこそ一撃で絶対防御が発動してしまいますわ! な、なんとかしないと!)

 

今展開していたビットは全て飲み込まれ、ミサイルビットすら何の役にも立たないだろう。

焦りで思考が上手く纏まらない中、眼前に何とかすり抜けられるかもしれない隙間を見つける。

このまま、突っ立ってていれば間違いなく負ける。

セシリアは意を決すると瞬時加速でその僅かな間に身を滑り込ませ、足先が通り抜けたところでそこが締まりきる。

何とか窮地を脱して、ほっと気を抜いてしまったのが悪かった。ふと見上げた自分の真上。

そこに、射撃姿勢を整えた猛が浮かんでいた。

 

「そ、そんな……誘い込まれたと言うのですか?」

 

セシリアが回避行動を取ろうとしたのより先に、弦を離す方が速かった。

真っ直ぐ伸びる光の矢に胴部分を射抜かれて、セシリアのエネルギーゲージは0を差す。

 

 

<<勝者、塚本猛!>>

 

 

試合終了のブザーが鳴り響く中、先ほどの光景に皆言葉を発することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

次は一夏とは試合のはずだったのだが、彼は最初から白旗を挙げて棄権。

そのまま、なし崩し的に試合は終わって、各々自室に戻って行った。

猛も寮内の部屋に戻ると、テーブル横の椅子に座ってこちらに笑みを浮かべている楯無が居た。

 

「おかえりなさーい。試合見せてもらったわよ」

「あ、モニターとか録画とかでもされてたんですか?」

「うん、まぁ覗き見みたいな感じで。しかし、あんな初陣でとんでもない武器使うなんてお姉さん信じらんない」

「まさかあそこまで凄いものが出るなんて俺だって思いませんでしたよ。ただ前から部活とかで使ってた弓が

 使えるなら使ってみようとしたら、ああなっただけです。出力抑えれば普通の弓矢ですよ」

 

ふーんと意味深なため息をつきながら椅子から立ち上がると、猛の胸元に手を伸ばす楯無。

首からネックレスのようにぶら下げられた翠色の勾玉。これが天之狭霧神の待機状態だ。

 

「これ、取り上げられなかったのね」

「一応織斑先生に検査のため、渡したんですが何かあっさり返却されたんですよ」

 

勾玉を手の中で弄ぶ楯無。どこか仄かに暖かく感じるのは気のせいだろうか。

 

(一応、第二の男性IS操縦者ってことで、たやすく攫われたりしてモルモットにされないよう目を付けてたけどこれを扱えるってことが知れれば、もっと強引な手段に出る輩も出てくるんでしょうね……はぁ、憂鬱)

 

どこか疲れたため息をつく楯無に対し、疲れてるなら何か甘いものでも出しましょうかという猛の誘いにすぐさま食いつく。

そのまま、紅茶を二人分淹れて軽いお茶会みたいなことをし始めた。

 

「で、このISの出所は分かったんですか?」

「それが、まったく。髪の毛程の情報すらどこにも無いの。

 それこそ、本当に今日その場に現れたとしか言いようがないくらいに……って何でそんなこと私に聞くのかしら?」

「うーん、楯無さんって泣きつけば何でも教えてくれそうな感じしたんで。髪の色もどこかの青だぬきみたいだし」

「人を未来からきた世話焼きロボット扱いしないの」

「うわーん、楯無さーん何とかしてよぉ」

「調子に乗らない」

 

猛は嘘泣きして、の○太風な声色を出しても頭を扇子で叩くだけで楯無は乗ってきてくれなかった。

 

「はぁ、このまま隠してても、猛君はどこかで気づきそうだしぶっちゃけると、私この学園の生徒会長なの」

「ふむふむ……で?」

「で、この学園の生徒会長ってのは、学園内で最強を意味してるの」

「つまり千冬さんを除けば、トップってことなんですね。ますます俺に貼りついてたのか分からなくなります」

「んー、本当は一夏君の方を護衛ってのも有りだったんだけど、彼、女の子といろんなトラブル起こしそうでそっちを先に見たくなっちゃってね。

 君は君でまた面白いから、こっちもそれなりに楽しめてるけど」

 

そう言って艶の含んだ流し目でこちらを見つめる楯無。綺麗な華には毒があるって言葉が似あうなぁとうかつにこの人の誘いに乗らないよう、気をつけようと思う猛。

 

「それでも、今日の試合で貴方を見る目は変わると思うから、自分でも気をつけてね」

「了解です」

 

変な虫が付く前に私に夢中になってくれるなら、それでもいいんだけど……と胸元を見せつけようとする楯無に脱兎のごとくその場から逃げ出す猛。

ホントいじりがいのあるタイプと口元を隠してくふふと笑う楯無。

その後、消灯ギリギリになりデカイたんこぶを付けて織斑先生に引きずられるように部屋に投げ入れられた。

 

 

 

 

 

 

「という訳で、クラス代表は織斑一夏君に決まりました! あ、同じ一繋がりで縁起がいいですね」

 

翌日のHRで山田先生がそう発表する。それに対して困惑した表情で疑問を投げかける一夏。

 

「あ、あの……俺一回も勝ってないんですが」

「それが、お二人とも辞退してしまって、結果的に織斑君に繰り上がって……。

 あ、でもセシリアさんとの戦いでは健闘しましたから、これから頑張っていけばまだまだ伸びますよ!」

「そ、そうですわ! 私はあの戦いで一夏さんに勝つことができました。けれど……」

 

それでも納得がいってない一夏に対し、プライベートチャネルで話しかける猛。

 

『おいおい、俺が代表に立てない理由分からないのか?』

『どういうことだよ、猛』

『お前の白式は倉持技研というちゃんとした所が作ったものだろ? 

 俺のは誰が作ったのか、何故あるのかすら分からない不明機体だ。そんなもの代表に出せるわけないだろ』

『そ、そうか……忘れてた』

『一応千冬さんとかが、出所調べてるが公になる試合には無理でも他は出れるはずだ……多分。

 まぁクラス代表頑張ってくれ』

 

滔々と言葉を連ねているセシリアを横にのんきに雑談を繰り広げる猛と一夏。

織斑先生が投げた出席簿が見事に二人の頭に命中し、ブーメランのように寸分違わず手元に戻ってくる。

 

「織斑、塚本、ずいぶん入れ込んで話をしていたようだな」

「えっ!? この通信って誰にも分からないんじゃないのか!?」

「あっ、バカ!」

「ほほう……やはりそんなことをやっていたのか。おい、貴様ら前に出てこい」

 

出席簿が当たった痛みが引かぬうちに、おかわりとしての織斑先生の拳骨。

しばらくの間、教室の横で先生がいいと言うまで突っ立ってるハメになってしまった。

 




鎧武者とは書いたけど、筆者のイメージ的に猛のISは
クーガーNX、川上作品の武神系フォルム

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