IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

16 / 40
第16話

 

蝉の鳴き声が聞こえる篠ノ之神社。板張りの剣術道場は昔と変わりなかった。

子供の頃とは違い、壁には多くの木製札が掛けられていてずいぶん盛況らしい。

その一覧を見つつ箒は過去に思いを馳せる。

 

『今日は俺が勝つ!』

『ふん』

 

気合いを入れた叫びをあげつつ上段で切りかかる一夏。

それを容易く叩きのめす箒。

 

『あ、明日は俺が勝つ!』

『ふん、その日はいつ来るのだろうな』

 

…………。

 

(いや、待て。幼い私はここまで愛想のない子供だっただろうか?

 もっといい思い出があるはずだ。きっとそうだ)

 

首をかしげて他の思い出を探す。

 

 

 

道場の床に仰向けに倒れこみ、荒い呼吸を繰り返している猛と、それを見下ろす箒。

 

『箒は強いね』

『当然だ。いつかはここを継ぐのだから弱くてどうする』

『よし、いつか箒から一本とってみせるよ』

『ふん、その日はいつ来るのだろうな』

『頑張るから、期待してて』

『それより、また星を見て帰るつもりか? あまり遅くまで居られると迷惑だ。さっさと帰れ』

『そういうけど、箒心配してつきそってくれるよね。ありがとう』

『んなっ!? そ、そんなわけあるかっ!』

 

 

 

「わぁぁっ!? わーっ! わーっ!」

 

顔を真っ赤に染めてわたわたと手を振って思い出をかき消す。

はぁはぁと荒い呼吸を整えつつ、ぎゅっと胸元を掴む。

 

(私は……猛をどう思っているのだろう)

 

生徒手帳を取り出して挟んである写真を取り出す。

剣道着を着た一夏と箒が並んで写っている思い出の写真。

折りたたんである片方をそっと戻すと一夏の隣に猛、千冬が居る。

ちなみにもう片方側には束が写っている。

その猛の肖像をそっと指でなぞる。

 

「こんにちわー」

 

突然の来訪の声に慌てて写真を手帳に戻すと玄関に向かう。

 

「あらあら、お久しぶりね。猛ちゃん」

「どうも、ご無沙汰してます。雪子小母さん。あ、これお土産の水ようかんです。よかったら」

「そんな気を遣わなくてもいいのに」

 

箒が急いで駆けてくると叔母と世間話をしていた猛の姿が。

 

「な、な、何で猛がここにいるんだ!」

「一夏から篠ノ之神社でお祭りがあるって聞いてさ、なら箒も戻ってるかなって様子見に。

 久しぶりに剣道場も見たいと思って。迷惑だった?」

「そ、そんなことはない……。じゃあ、案内するからこっちにこい」

「お邪魔します」

 

箒に案内されて、道場内に足を踏み入れる猛。

懐かしさに目を輝かしてあちこち見つめている。

そんな彼を複雑な思いで見る箒。

 

「昔と比べると門下生増えてるね。俺、箒、一夏に千冬さんしか居なかったのに。

 そうだ、久しぶりに軽く打ち合ってみないか?」

「ふん、またこてんぱんにやられてもしらないぞ」

 

剣道着に着替えて相対する箒と猛。そこまで本格的に試合をするつもりはないので防具は籠手のみ。

気持ちを落ち着かせて、正面に竹刀を構える。

軽く目蓋を閉じていた猛がゆっくりと瞳を開くと、気配が薄くなったのを箒は感じる。

 

(昔より洗練されているな……)

 

箒や一夏、何より千冬の剣は燃えるような火の剣に対して、猛は研ぎ澄まされた水か風のよう。

道は違えども武に携わっていた成果か、水鏡のように澄んで相手の挙動を映しこんでいる。

静謐な空気に満ちた場内。猛の竹刀の先端がゆらりと揺れ、箒は先手必勝と手を出した。

 

(しまった! 誘いだったか!)

 

上段から面を狙いにいったが、それよりも早く深い踏込で箒の胴が払われる。

竹刀の音が響き渡り、余韻が消えたのち元の位置に戻って一礼をする。

 

「はぁ。やった、初めて箒から一本とれた。約束守れたね」

「え……覚えていたのか」

「うん、いつか箒から一本とるって約束してたものね」

「そうか……」

「え……箒、どうかした? まさか結構痛かったとか? ごめん」

 

心配そうな顔をして近づいてくる猛。ふと頬に熱いものが流れるのに気付くと指で拭ってみる。

その指先がしっとりと濡れ、自覚なく自然と涙が零れている。

 

「すまない……しばらく、こうさせていてくれ。

 大丈夫、大丈夫だから……すぐ普段の私に戻るから、今だけは……」

 

猛の肩に自分の額を当てて声を押し殺して、静かに涙を零す箒。

何も言わず、ただそっと髪を撫でてその場に立ちつくし、泣き止むのを待つ猛。

 

思い起こせば、芯が強く我を曲げる事ができなかった自分。

その愚直さが良い方に向かう時もあれば、悪い方に向かうこともしばしば。

自分を抑えきれずに暴走し、落ち込むことも。

……陰ながら支えてくれた、彼の思い出が少しずつ記憶の底から浮かび上がる。

 

 

 

夜空に満点の星が散りばめられて瞬きを繰り返している。

それを心の底から嬉しそうに眺めている猛。

神社の境内は他に明かりになるものがほとんどないので普段は見えにくい星が見える。

 

『……早く帰れと言ったはずだぞ』

『ごめんごめん、もうちょっと眺めたら帰るから』

 

寝転がる猛の傍にそっと腰を降ろして空を一緒に見つめている箒。

ただただ、静かな境内に時折虫の音が混じることも。

ここで、よく箒はどうでもいいことやちょっとした悩みを独り言のように零した。

猛はそれをただじっと話し終えるまで聞いて、軽い助言をすることもあれば

彼女が自分の中に答えが出せるまで根気強く待った。

 

『なぁ、どうしてお前はそうまでして私に構う?』

『そりゃあ、箒は友達だもの。友達が悩んでいたら助けたいじゃないか』

『……私はあまり可愛げが無い方だぞ。クラスにはもっと可愛らしい子もいるし

 お、男女だと馬鹿にされたりもした』

『他人がどう思ってひどいことを言っても、箒は可愛いもん。俺はそう思うし笑顔も綺麗だよね』

『そうやってすぐ人をおちょくって……誰にでもそう言っているのだろう?』

『誰彼構わずなんて言ってないよ! そう思った人にしか言ってないし!』

『やっぱり言っているのではないか』

 

気が付くと自然に笑顔になり、神社から家路に向かう猛に手を振って別れの挨拶をした。

離ればなれになるまで、こうして他愛もない話をするのが箒にはいつしか楽しみに

そして支えになっていた。

 

セピア色に染まった思い出に真新しい福音の時のことも

全て繋がって心の奥からゆっくり湧き上がる。

今聞こえる声、触れている暖かさ、辛い時には傍でやさしく微笑んでいた君――

 

 

 

「うん。もう大丈夫。悪かったな心配かけて」

「そりゃあびっくりするよ。いきなり泣き出すから、何事かと思ったし」

「何か吹っ切れてしまったからな。もう悩まないと思う。あ、夜には神楽舞をするから

 そろそろ準備しないといけないんだ。悪いが猛」

「分かった。一旦帰るよ、箒の舞楽しみにしてる」

 

ばいばいと手を振ると、同じく手を振り返して帰っていく猛。

軽く頬を叩き、風呂場に向かい身を清めると巫女衣装に身を包む箒だった。

 

 

 

 

 

「おーい箒、こっちこっち」

「あ、一夏に猛。舞を見ててくれたのか」

「ああ、なんていうか凄く凛々しくて……綺麗だった」

「ふふ、そう言ってくれると踊ったかいがあるというものだ」

 

純白の衣に袴を穿いて、神楽を舞った箒は剣の巫女と呼ぶに相応しい

厳格さと静寂さを兼ね備えていたが、少しだけ女性らしい色香を感じさせる雰囲気を纏っていた。

巫女服から着替えて軽く湯あみをした箒は、神社の鳥居の前で待っていた

猛と一夏の所にやってきた。

水縹色(みなはだいろ)に染められた浴衣にはさまざまな朝顔が散りばめられて

彼女の長い黒髪と相成って、縁日の背景によく映える。

 

「ど……どうだ? 変なところはないか?」

「そんなことはないよ。きちんと綺麗だよな、一夏?」

「お、おう……何だか箒に見えないくらいに、凄く綺麗だ」

 

褒められて、花が開くような笑顔を浮かべる箒。

猛は昼間に箒に会っているし、神楽も見れたから二人だけ残して別行動しようとしたが

一夏と箒に久しぶりに幼馴染三人だけで遊ぼうと引き留められる。

一夏はともかく二人きりになれるシチュエーションだというのに、同じく引き留めようとする

箒に疑問を抱きつつも、縁日を回る。

 

金魚すくいに射的、りんご飴、らくがき煎餅などの駄菓子に焼きそば、たこ焼きを堪能する。

そんな中、ダーツの的当てに挑戦する三人。ブリキのおもちゃなど粗品景品がもらえる的は

大きいがゲーム機やらノートPCなどの豪華景品は豆粒かと思うほどに小さい。

 

「ぐぬぬ……流石に三等以上は難しいな」

「俺、3DSかPS4欲しいけど……当てられる自信ないわ」

「むー、しっかり集中すれば……そりゃ」

 

猛の投げたダーツは惜しくも一等の的を逸れたが、運よく左隣下の三等的に刺さる。

たとえ偶然でも当たりは当たり。的屋のおっちゃんから景品を受け取る。

 

「はい、これあげるよ」

「えっ、い、いいのか? 猛が当てたものだろう?」

「他に欲しいもの無かったし、それに箒それじっと見てただろう? 貰って嬉しい人に

 使われた方が景品も喜ぶだろうし」

 

デフォルメされただるまのぬいぐるみを手渡される箒。それだけ上手いなら俺のも取ってくれと

じゃれつく一夏に、それぐらい自分で取りやがれといなす猛。

先を進んでいる男陣に気づかれないように、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。

 

神社の水飲み場付近で休憩をしながら八時に上がる花火を待つ。

が、猛は用事を思い出したと言って帰ろうとし、最初に強く引き留めてしまった憂いもあるのか

強く押せない二人。そろそろ夏休みも終わりだし、次は学園始まってからかな、会えるのはと。

去り際に上手くやれよと箒に視線を向けると、何故か切なそうな顔をする。

参道を下っていくとちょうど花火が上がり始める。

星もいいけど、夜空に咲く大輪の花もまたいいよなと

猛は一人夜空の花火を見つめた後、寮に向かう。

 

 

 

 

 

 

「すまない、シャルロット。少し相談があるんだ」

「あれ? 珍しいね、箒が相談なんて。どうしたの」

 

残り少ない夏休みのとある朝。

ノックされたドアを開けるとそこには少し俯きがちの箒が立っている。

普段の凛とした雰囲気はなりを潜め、どこか悩みを抱えているのが分かる。

 

「で、できれば鈴音とも一緒に話がしたい。

 立ち話じゃなく、どこか落ち着いたところでなるべく誰にも聞かれたくないことなんだ」

「ん? 僕だけじゃなく、鈴も一緒に? どうして?」

「じ……実は、私……た、猛のことが、す、好きかもしれないんだ!」

「……はい?」

 

箒の口から告げられた意外な言葉に

一瞬呆けた返事をしてしまったシャルロットを責められはすまい。

 

 

 

ご飯の時間帯からずれた人がまばらなIS学園の食堂。その一角に三人は座っている。

未だ俯いている箒に、イライラを隠さず腕組みをしている鈴。

そして困った笑顔を浮かべたシャルロット。いかにも立て込んでますという雰囲気に

人は興味があっても、藪蛇はしたくないので、遠巻きに見る程度。

ストローを咥えて、上下に動かしていた鈴がコップにストローを戻して口火を切る。

 

「で、なに? 一夏があまりに唐変木だから気遣ってくれる猛の方に乗り換えでもするわけ?」

「ち、違う!! そんなつもりはない! だ、だけど……この学園で再会して

 私が一夏に想いを告げられるよう、親身になってくれたり、昔と変わらず接してくれたり

 福音の時にも支えてくれたり、まだ道場に通っていた時の約束を覚えていてくれたり……」

 

不意にはじまった彼女らしからぬノロケがつらつらと口から零れて、シャルロットは苦笑する。

逆に鈴は、あー私の嫌な予感が当たったと机に肘をついて頭を抱える。

 

「嫌な予感ってどういうこと、鈴?」

「んー、まぁ一夏はさ、ヒーローっぽいところがあるでしょ? それに結構顔もいいし

 いわゆる白馬の王子様みたいな所があって、ピンチな時、颯爽と助けてくれたりするから

 そこやルックスに惚れる子が多いの。

 逆に猛の方はあんまりパッとしないし、どちらかって言うとイケメンじゃないでしょ」

「うーん、まぁアイドルや俳優さんと比べると、埋もれちゃうよね」

「その代わり、あいつは人が弱ってたり辛かったりするとき、そっと傍にいて立ち直れるよう

 支えてくれるのよ。分かるでしょ? あたしも、あんたも、箒だって思い返すと

 あの時ずっと支えてくれたんだなアイツって」

「う……うん……。あれ? けれど、猛ここに来るまではほとんどモテてないって」

「たぶんね、そこに気づくか気づかないかだと思うのよ。

 気づかないなら、ただ、ただ「いい人」で済むの。

 けれど、一旦気がついてしまったら、今までの積み重ねが一気に噴出するんでしょうね。

 例えるなら大量に埋まった地雷よ。一個でも起爆したら連鎖反応起こすんだわ」

 

どれだけ不発弾埋まってるのか、誰についてるのかも分からないし

よけい困るわーと悩み始める鈴。

ふと顔を赤らめていた箒が一番の疑問を口にする。

 

「……そう言えば、鈴もシャルロットも猛に好きだと告白して、その、キスもしてたな?

 なのに、何故未だに二人ともカップルのようなことをしているんだ?」

 

その言葉に困ったような笑顔を浮かべて互いを見つめ返す鈴とシャルロット。

 

「そこはね……、あたしたちどちらかを選んでってハッキリ言ってないのよ」

「最初はさ、僕が一番猛のこと好きなんだってことで意気込んでたんけど

 だんだん今のままでもいいかなって思うようになってきちゃって」

「どういうことだ?」

「あいつはさ、あたしのこともシャルロットの事も均等に扱ってくれてるの。

 デートに誘えばちゃんと時間空けてくれるし、向こうからも遊びに誘ってくれる」

「流石にキスとかはこっちから積極的に行かないとダメだけど、手を繋いでくれたり

 抱きしめてくれたりとかは普通にしてくれるし、大事にしてくれて」

「それにね、あたしたちが本気で迫れば、悩んだ末にどちらかを選んでくれるのよ。たぶん」

 

つまり、迫って0になるか1を得るか現状8割くらいのまま均等に愛してもらうのか。

今までの過去なども振り返りつつ、彼女らの出した結論とは――

 

「うん、今のままでも、その、何の問題もないな! うん!」

「そ、そうそう! 贔屓しないし! してほしいことやってくれるし

 したいことちゃんと受け入れてくれるし!」

「と、ところで箒はいつ自分の想い伝えるの?」

「うえぇっ!? そ、それはまた……日を改めてそのうちに……」

 

現状維持のまま、もうしばらく居ることにしたらしい。




筆が進むままに書き進めるとヒロインが増えていくよ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。