IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君 作:テクニクティクス
夏にしては抜けるほど透明に透き通った青空。じりじりと身を焦がす日の日差しも夏の風物詩だ。
ちょっと遠くに見える海原を見つめながらうーんと伸びをする猛。
バス内で皆とわいわい遊んでいたとはいえ、やはり身体の節々は少し固まる。
「おーい、猛。皆旅館前に集まっているから早く来いよ」
「ああ、今行く」
臨海学校でお世話になる旅館は趣ある年代を感じさせる立派な佇まいをしていた。
時代が時代なら、廊下でひょっこりお忍びで来ている文豪と鉢合わせしてもおかしくない雰囲気だ。
玄関口でクラス点呼を取って、部屋割り表の前に行き自分の泊まる部屋を確認する。
「……ん? んん? なぁ、一夏。俺の名前見つけたか」
「いや、猛の名前もだけど俺の名前もどこにもないぞ」
「書き忘れたのかな。とりあえず先生の所に行って聞いてみるか」
「その必要はない。貴様らの部屋はこれから案内するからついてこい」
言われるがまま、織斑先生に先導されて旅館内を進む二人。
教員室と張り紙がされた襖の先に案内されてこちらを振り向く先生。
「お前らが泊まる部屋はここだ」
「……? 先生、俺と猛の二人部屋じゃないんですか?」
「はぁ……貴様ら二人だけの部屋割りなんかしてみろ。どれだけの生徒が押しかけて入り浸るか分かったものじゃない」
「絶対不可侵防壁があればそんなことはないですからね」
ちょっとだけ織斑先生の眉が上がったのをさらりと無視して、荷物を置く猛。
「今日は全て自由時間だ。各々好きに楽しんでくるといい。ただ、教員や旅館の人に迷惑をかけるなよ」
「了解です。さてと、どうする一夏? せっかく海に来たんだ。少しは遊ぶだろ」
「少しどころじゃなく、しっかり遊ぼうぜ。明日からはみっちり授業漬けになるんだろうしさ」
二人は荷物から水着を取り出して、更衣室に向かった。
●
白い砂浜は太陽の日差しを反射して、遠浅な海原は綺麗なコバルトブルーに染まっている。
手のひらで目の上に日よけを作って絶景を見渡す猛。
パーカーを羽織って、カーゴ風のハーフパンツ水着を身に着けている。
更衣室から出る際に、先に一夏を出させたところ待ち構えていた女子陣が取り囲み
箒、セシリア、ラウラがその包囲網を突破してお持ち帰り。
そのスケープゴートの犠牲を後目にちゃっかり逃げおおせたのである。
一夏がイケメンの美少年なら、猛は顔つきは普通でも皆に知れ渡ってしまった身体付きが
女の子の本能的な部分をきゅんきゅんときめかせてしまうので
時折飢えた肉食獣の視線がクラスメイトはもちろん、他クラスの娘からも注がれることに背筋が冷える。
「猛ー! 見つけたー!」
「もう、鈴ったら。そんな駆けて行かなくても」
砂浜に響き渡るほどの大きな声のした方向に視線を向けると
元気に手を振りつつこちらに走ってくる鈴と、苦笑しながらついてきているシャルロットの姿が。
この間の買い物で可愛いといった水着を身に着けて、試着した姿もよかったが、やはりこのような海岸の方がより栄えて見える。
「うん、この間の水着もお店の中より海辺とかの方がより綺麗に可愛くみえるね」
「相変わらず口がうまいんだから。おだてたってなにも出ないわよ」
「普通に感想言っただけなんだけどな」
そこに若干ぐったりした一夏と箒たちもやってくる。
女子陣が妙につやつやしていることにはあえて触れない。わざわざ蛇を出す必要もないだろう。
「大丈夫か、一夏」
「あ、ああ……何とかな」
「それじゃあ、まず何して遊ぶ? ビーチーボール持ってきたからバレーでもやらない?」
「あ、僕は猛と組むよ。いいよね」
「ちょっ、う、うう……い、いいわよ! ならあんたら二人まとめてけちょんけちょんにしてやるんだから!
セシリア! タッグ組んで!」
「わ、私ですの!? ふふっ、山田先生との時は無様な姿を晒しましたけど今度はそんなことありませんのよ!」
砂浜に線を描いて簡易コートを作り、脇にビーチボールを挟んで勝気にこちらを指さす鈴。
さて、一勝負とコート内に入ろうとする前にシャルロットが両手を差し出してきた。
「そのパーカー、着てたら動きにくいでしょ? 脇に置いといてあげるよ」
「……脱がなきゃだめ?」
「だめ」
「他意はないんだよね」
「猛はその身体の何が気に入らないの?」
「うーん……、嫌いというわけじゃないんだけど毎回何かしら騒がれるのがね」
「慣れだよ。僕だってセシリアとかも最初はモデルとか緊張したけど数こなす内に慣れちゃったし
ISパイロットってもはアイドルみたいなところもあるからね。
そ、それに……猛の身体、見せないと損だもん。本当は誰にも見せたくないんだけど」
最後の消えかかりそうな呟きは聞こえないふりをする。いつまでも悩み続けても解決はしないだろう。
シャルロットのアイデアに倣い、慣れていくしかないかとするりとパーカーを脱ぎ去る。
途端黄色い悲鳴のような声と甘く芯が蕩けているような溜息が周囲から聞こえる。
写真担当の子が一心不乱にシャッターを切っているのを苦笑しつつ軽く準備運動をする。
鈴とセシリアが少し見とれてしまったのを振り払うように気合いを入れているのを見つつ
シャルロットと並んで構える。
「いつでもいいよ」
「ふっふっふ。手加減するのは勝負に申し訳ないもんね。それじゃ全力でいくわよ!」
そうして夏の日差しの中、太陽に負けないくらい輝いている美少女たちとビーチバレーを楽しんだ。
自販機に飲み物を買いに来た猛は地面に珍妙なものが生えていることに気が付く。
ピコピコと細かく動いているそれはどこからどう見てもウサミミ。しかもご丁寧に引っ張ってくださいとの立札付き。
このまま放置してもいいのだろうが、そうすれば今度はどんな方法で現れるか予想が付かない。
その方が不安だ。やれやれとその地面から生えてるものをむんずと掴んで
聞いたら即死するような叫びをあげないことを祈り、引っこ抜く。
あまりに手ごたえなく抜けてしまったその付け根には何もついてはいなかった。
が、上空から空気を切り裂くような音が近づいてきたのでその場から数歩離れる。
勢いよく衝突した巨大なにんじんは瀑布のように砂を巻きあげたので咄嗟に目を庇う猛。
段々砂埃が収まりつつある中、高笑いを上げながら稀代の天才且つ厄災の主が姿を現す。
「あーっはっはっはー! 束さんの登場だー! ……ってあれ?」
「お久しぶりですね。束さん」
「おやおや、いっくんが引っこ抜いたのかと思いきやたっくんの方だったか。んー、たまにはこんなこともあるか。
ところでたっくん、箒ちゃんはどこにいるかな?」
「箒なら一夏と一緒に居るかと思いますが」
「んにゃ、何か察したのか別の場所に居るみたいだね。お姉ちゃんから逃げられぬのは分かってるのになー。
じゃぁ、またねー」
何かしらの機構を組み込んでいるのか、レーダーみたいに一定の方向を指し示すウサミミに従って駆け抜けていく束。
「……まぁ、いっか」
まともに付き合うと、疲れがどっと押し寄せてくる相手だ。
この邂逅はとりあえず記憶の片隅に置いて、皆のところに戻るか。
その前に飲み物だな、と何事もなかったように自販機に向けて歩いて行った。
●
楽しい時間はあっという間に過ぎて、日が沈み旅館での夕食の時間。
新鮮な海の幸に舌つづみを打ち、シャルロットが薬味であるわさびをそのまま口にしてしまい
涙目になっているのに心配しつつ、お茶を渡す。
正座に慣れていないのに一夏の傍に無理して座るセシリアが
箸を上手く使えず、見かねた一夏が食べさせてやったのを見た女子陣が自分も自分もと騒ぎ立てて
織斑先生の怒りを買ったりと。
そして夕食後――
「千冬姉、久しぶりだから緊張してる?」
「そんな訳あるか……。んっ、おい、もう少し加減しろ」
「はいはい。それじゃ今度はこれで……どうかな」
「んっ、う……ぁっ、ああ、気持ちいいな……」
一夏や猛と遊ぼうと部屋に来たはいいが、襖の奥から漏れる艶めかしい声に、好奇心満々で聞き耳を立てる女子陣。
突然すぱーんと勢いよく襖を開けられて、部屋になだれ込んでしまい驚きの表情を浮かべて、視線を上げる。
布団に寝そべっている織斑先生に呆気にとられている一夏、そして襖を開けてにやにやと笑っている猛。
「おやおや皆さま、どうなさいましたか? リビドー溢れる妄想もいいけど、ここには俺も居るんだよ?
第三者に見られつつとか、マニアック過ぎでありえないでしょ」
何を想像してたかを揶揄されてかぁぁ……と顔を赤らめた箒と鈴がぽかぽかと猛を殴り始め
セシリアとシャルロットは委縮して縮こまる。
ラウラは、これも一種のトラップだな。気をつけねばと別な視点から教訓を得ている。
ようやく落ち着きを取り戻したヒロインズ。
そんな彼女らを見ながら猛と一夏に風呂に行くよう告げる織斑先生。
手持無沙汰で何を話していいか分からない彼女らに、何本目かのビールの缶を開け、半分まで一気に飲み干してから口火を切る。
「ところでお前ら、あいつのどこに惚れたんだ? ああ、デュノアに凰は塚本の方か」
酔っ払いの絡みに近いが、この人に逆らっていいことなど一つもない。
それぞれ甘酸っぱい主張を力強く伝えていく。
一夏に対する想いの丈を吐露し、まるで婿を貰いに来たかのように言うが、容易く一蹴する織斑先生。
が、シャルロットと鈴音の想いを聞いた彼女は少し影のある表情を浮かべた。
「あいつの優しいところに……か。デュノア、凰、なら少しは気が付いているんだろ? あいつの危うさに」
その言葉で少し部屋の空気がしんと静まる。酒精で喉を湿らしてから織斑先生は言葉を続ける。
「一夏もやさしいところがあると先ほどボーデヴィッヒは言ったが、猛はそれが一線を越えてしまっている。
あいつは自分と救えるものを天秤に掛けるとあっさりと自分の方を切り捨ててしまう。
デュノア、お前を救えるなら身売りすると容易く言い放った。それがどういう意味か想像できていないわけでもないのにだ。
……だから、もしあいつの傍に居たいと思うのなら、いざという時にはどんな手段を持っても猛を繋ぎ止めてやってくれ」
「千冬さんは、猛のことも気にかけているんですね」
「まぁな、一夏が手のかかる弟なら、猛は心配ばかりかける義弟みたいなものだ」
苦笑して缶の中身を飲み干す織斑先生。少し湿っぽくなってしまった空気を切り替えるように明るく手をあげる鈴音。
「はいはーい。千冬さんは猛とも幼い頃から知り合いなんですよね? 過去の話とか聞かせてくれませんか?」
「ふむ、まぁいいだろう。私はこの剣一本で世界を取って、昔からそこそこ剣道も嗜んでいた。
最初から強かったわけではないが、一夏や猛とも練習として何回か手合せもしたな。
一夏はある程度やられてしまうと、しばらく延びてしまうが猛は何度打ち倒しても気力が続く限り立ち上がってな。
それが心地よく段々と熱が入ってきて、終いにはあいつが気絶するまでやってしまうことが多々あって私もまだ未熟さを感じたよ。
ついこないだも、もう少し、もう少しと熱中してたらあの馬鹿、うつ伏せにぶっ倒れて気絶してな。
そこまで我慢するなと再三言い続けてるんだが……どうした?」
正座した箒たちは小さく身体を震わせて、顔を青ざめさせている。
「え……? 千冬さんのしごきを耐えてるの、猛?」
「しかも気絶するまで、やり続けてるとか……マゾなの?」
「人して、どこかおかしいのは……そのせいじゃありませんの?」
「お前ら……言いたい放題言ってくれるな」
そして、その当人はというと――
「ふぅ……気持ちいいな、足の伸ばせる風呂は最高だ」
「そうだな。一応部屋に風呂はあってもユニットバスだし、大体皆シャワーだけで済ますし、大浴場は交代制だ」
学園のたった二人の男は露天風呂にのんびり浸かっていた。
こきこきと首をまげて、コリをほぐしている一夏は傍の頭にタオルを乗せてる幼馴染に視線を向ける。
「本当、羨ましいよ。その身体」
「おい……、意味深な言い方をするな。だからホモだ何だと言われるんだぞ」
「だから俺はホモじゃねえって。普通に女の子が好きだよ」
「なら猥談しようぜ」
くるりと一夏の方に向き直りニマニマと嫌味ったらしい笑顔を浮かべる猛。
「……何でそうなるんだよ」
「修学旅行とか男子高校生が女子の居ないところで話すことなんて下半身直結なことだろうが。
漫画やラノベで見た! で、一夏くん相変わらず写真集の好みは千冬さんにそっくりなモデルさんかな?」
「んなっ!?」
「その反応は、答えを言っているようなものだぜ。数を揃えるよりかは吟味してお気に入り数点を持つタイプだしなお前。
……そういえば最近新しいものが増えたんだよな」
「どどど、どうしてそれを知っていやがる!?」
「さあ? 何でだろうね」
「な、なら猛はどうなんだよ! 相変わらずスレンダーボディの元気たっぷりお転婆系専門だろ!」
「んー、それも悪くないんだけど可愛らしい、守ってあげたくなるお嬢様系もなかなか良いと思えるようになった」
「……シャルロットの影響か」
ふふふ、と意味深な笑いをする猛。
「ではお次は女子のどこら辺に魅力を感じるかだ。今度は俺から言おう、やっぱり胸とお尻だろ」
「お前、それじろじろ見たら一番嫌われるやつだろ」
「じろじろ見るからいけないんだ。さっと見て脳内に焼き付けるんだ。
小さいものも、大きいものも、安産型も小ぶりな桃も等しく価値があるだろ? 流石に奇乳は勘弁するが」
「今度は俺か。そうだな……、俺はうなじとかが好きだな」
「ほうほう、詳しく」
「髪を長くしている子が居るだろ? そんな子のちらりと見えた首筋とか、ちょっとどきっとする」
実に下らない話だが、女子高内のたった二人の男子だ。思う存分語り合い少しのぼせ気味になりながら部屋へと帰って行った。