IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君 作:テクニクティクス
――世界は何でも起こる。 ――ありえないなんてありえない。
どちらも好きで読んでいた漫画の一台詞のひとつ。
実際、人間が5分、いやたった数秒後の出来事だって予想することはできても
それが現実に起こるなんて確証を持つことは、超能力、魔導、異質な力でもなければ不可能だ。
ただ、それが自分に降りかかることが起こるなど、信じられないわけで――
彼は冬の雪の降る寒い日に、あつらえたように養護施設の軒先に倒れていた。
この時期には、まずありえない薄手の白いTシャツに洗いざらしのジーパンという恰好で。
偶然倒れている人影を見つけた職員に保護されて事情を聞くと、名前以外すっぱり記憶もなく
苗字は分からないし持ち物も、今着ている服しか見当たらなかった。
警察に捜索願を届けられてないか確認しても、該当する件は存在しなかった。
行き場のない少年は院長の誘いもあり、その養護施設の一員となった。
同年代の子と比べると随分と落ち着き、分別のある子ではあっても、特に問題を起こすことはなく、すくすくと育った。
――ある日、全テレビ局が流した事件を見て、光の濁流のような記憶の波に飲まれて『彼』は気付いた。
この世界は「IS(インフィニット・ストラトス)」の世界なのだと……。
●
IS学園のとある教室。全方位を見回しても、女の子ばかりでその視線は二人の男子に注がれている。
廊下に目を向ければ、2、3年生までも物珍しそうにこちらを見ているので、客寄せパンダにでもなった気分だ。
「うぅ……、思ったよりキツイぞこの状況は。
本当なら俺達、春から藍越学園に行くはずだったのに」
「まぁ、起こってしまったことに対してグチグチ言ってもどうしようもないんだから、受け入れようよ一夏。……ただ、この状況は俺も辛いが」
その二人の男子の名は織斑一夏と
一夏に比べると、若干髪は長くすこしクセがあり毛先が外に跳ねている。
凡庸な容姿は、親しみやすさを感じさせて悪く言うなら地味。
藍越学園の入試試験会場を間違えて、うっかりISに一夏が触れた途端男には起動すら出来ないはずの代物が起動。
更には一緒に受験会場に行くはずの猛が冗談で触ってもISを動かせてしまったのだ。
全世界で二人もISを動かせた男が現れたとなれば、その後の展開は想像するに容易いので割愛。
急遽、このIS学園に新入生として入ることになったのだ。
そして教壇に立ち、優しげな笑みを浮かべている副担任の山田真耶先生。
「えーと、つ、次は、お、織斑一夏君! じ、自己紹介をお願いしますね」
まだこういったことに対し耐性、経験がないのか、しどろもどろに進行しているが逆にそれが庇護欲を掻き立てる。
立派な成人女性にそういった感想はどうなのかとは思わなくもないが。
名指しされた一夏は席を立ち、自己紹介を始める。
「……えっと、初めまして、織斑一夏です。よろしくお願いします……以上です」
文字通りの自分の名前しか告げない自己紹介に思わず全員ずっこける。
ただ一人キョトンと突っ立ってる一夏の頭上に音速の拳骨が叩き込まれる。
急な暴力と強烈な痛みで声も出せない一夏はその暴徒に目を向け、驚愕する。
「げぇ!? 人修羅っ! あいたぁ!!」
「誰が人でも悪魔でもない者だ、馬鹿者」
背の高い、スーツをビシっと着こなしている女偉丈夫が一夏の後ろに立ちもう一度鉄拳制裁を加える。
「お久しぶりです、千冬さん」
「塚本、学校では織斑先生と呼べ」
久しく会えていなかった幼馴染の姉と再会し、笑みを浮かべる猛。
鉄面皮に見える彼女にうっすらと喜びの色が混じっているのを気づけるのは今悶絶している愚弟ぐらいだろう。
「ちょうどいい。塚本、順番は変わってしまうが、今度はお前が自己紹介をやってみろ」
「了解しました、織斑先生」
一夏に変わり席を立ち、とりあえず離れたところにも聞き取りやすい声でしゃべり始める猛。
「初めまして、塚本猛と言います。
事情があって正確な誕生日は分かりませんが一応2月生まれです。
基本的に嫌いな食べ物はありませんが、青魚などクセの強いものは苦手です。
趣味は読書にゲーム、空を見上げること。
中学までは弓道部に所属し、時折部員の足りないところへ助っ人に行ってました。
これから1年間よろしくお願いします」
模倣的な自己紹介を終え、拍手の中席に座り直す猛。
「どうだ織斑、これが自己紹介というものだ。貴様もちゃんと見習え」
そう言って山田先生の隣に並び立つ織斑先生。
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。
君たち新人を一年で使い物になる為のIS操縦者に育てるのが仕事だ。
私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。
私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛えぬくことだ。逆らっても構わんが、私の言うことは絶対に聞け。いいな?」
その宣言と共に教室の窓ガラスが割れかねない大きさの黄色い悲鳴があがる。
「キャ~~~~~! 素敵ぃ! 本物の千冬様をこの目で見られるなんて!」
「お目にかかれて光栄です!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に北九州から来ました!!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しくも本望です!」
「私、お姉さまの命令なら何でも聞きます!」
毎回のこととはいえ、うんざりした表情で女生徒たちを眺めている織斑先生。
「……はぁ。毎年毎年、よくもこれだけ馬鹿者共がたくさん集まるものだ。
ある意味感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者だけを集中させるように仕組んでいるのか?」
「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 鞭で叩きながら罵って!」
「でも時には優しい笑顔を見せて!」
「そして絶対につけあがらないようにキツイ躾をして!」
女三人寄れば姦しいとは言うが、これからこれに何度も晒されなきゃならんのかと思うと、黒二点は背中が煤けるのだった。
●
「あー……猛、俺もうだめかもしれない」
「そんなブラック企業に入ってしまった人みたいに……いや状況的には似たようなもんかな」
1時限目を終えて早くも一夏はグロッキー状態だ。何せ授業中ですら好奇の視線に晒されて
話しかけられる人間は隣の同性のみ。精神を徐々にやすりで削られているようなものだ。
「というか、この状況でよく教科書なんて読んでられるよな、お前」
「そりゃ、今まで学ぶ必要なかったものが必須になってるんだ。少しは予習とかも必要じゃん?」
「う……」
と、そんなやりとりをしている二人の前に黒髪をポニーテールにした女生徒が立つ。
「ん……? 箒か?」
「やほー、箒も久しぶりだね。元気してた?」
「ん、あ、あぁ……。悪いが一夏を借りていっていいか?」
どうぞどうぞと促すと箒は一夏を連れて教室を後にした。猛はまた参考書に目を戻そうとすると別の女生徒から声を掛けられる。
「ちょっとよろしいかしら」
「ん……? 俺?」
「まあ! なんですの、その返事は。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから
それ相応の態度と言う物があるんではないかしら?」
うわぁ……とあまりに強烈な売り言葉に苦笑してしまう猛。確か彼女はセシリア・オルコット。
”蘇った記憶”に寄ればイギリス代表候補生だったはずだ。
女尊男卑がまかり通ったこの世界では男性を単なる奴隷などと、見下す女性も少なくない。
だが、できうる限りそういった選民思想の人は意識的に遠ざかったり避けたりしてきたが
こんな女性の園で回避しきることは出来なかったようだ。
「えっと……謝罪と賠償を求めているので?」
「なんですの!? その人を馬鹿にした対応は! これだから男は……」
「ははは……」
「……まぁ、いいですわ。わたくしが言いたいことは」
二の句を告げる前に次の授業の予鈴が鳴る。
次の休み時間にまた話すと言い残し去っていくセシリア。
そしてギリギリで教室に駆け込んできた一夏と箒は織斑先生の制裁を仲良く受けた。
今日一日の授業が終わり、亡者のような足取りで進む一夏とそこまで疲弊はしていないが疲れ気味の猛。
入学前に配られた参考書を間違えて捨ててしまった一夏にまたも織斑先生の拳骨が炸裂し
更には一週間以内に全て覚えろと命令されて、灰寸前にまで燃え尽きている幼馴染。
確かに電話帳、辞書サイズの厚さはあったとしても
要点など重要なところをきっちり抑えられている参考書なので身を入れて勉強すればある程度は理解できる内容なのだ。
自業自得としか言いようがない。
山田先生から急遽寮のカギを貰い、そこまでの道のりを進む。
一週間は自宅から通学してもらうはずだったが、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしい。
せめて荷物くらいはと抗議するも、最低限の生活必需品を渡され、他に必要なものは日曜に取りに行けと夜叉に威圧されて反逆するほどの気概はない。
「それにしても、俺と猛が別々の部屋ってのもおかしいと思わないか?」
「多分重要性の違いの現れなんじゃないかな。試験の結果、一夏のはまぐれだとしても、俺の醜態は事実なんだし」
「何だよそれ……」
「誰だって優秀な方を取りたいってことさ。じゃあ俺はこの部屋だから」
一夏と別れて、部屋のカギを開けて中に入る。
猛の目の前には裸エプロン姿の痴女が居た。
「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
「…………」
「あ、あの……その汚泥を濃縮して更に煮詰めたような目で見つめるのは、止めてくれないかな……?」
「誰だって目の前に痴女が湧けばこういう目をします」
まるで養豚場の豚でも見るような、感情の篭らない目で見つめられて痴女は白旗を上げる。
「えっと……とりあえずこの下は水着だから安心してね!」
「どこに安心する要素があるか分かりませんが、了解です」
「それじゃあ、改めまして私は2年の更識楯無。今日からルームメイトになるのでよろしくね」
「俺は塚本猛です。よろしくお願いします」
笑顔で握手する中、猛の頭の中では疑問符が浮かぶ。確か彼女は学園の生徒会長。
自分の護衛役としては、あまりに……。
「なんか納得いってない顔してるね」
「え……表情には出してないはずなんですが」
「んー、雰囲気と乙女の勘ってやつね。まぁ、一夏君と比べると月とすっぽんのようなものだけど
わざわざハニートラップに引っ掛けて攫われるのも面白くない連中が居るのよ」
「はぁ……モルモットコースに乗せるしか使い道にならないと思うんですがね」
「……怒らないのね」
「事実ですから。それより、何か飲みますか? 紅茶があればそれが一番なんですが」
「ああ、待って。私の方が先客なんだし、私が淹れる……きゃっ!?」
「うわっ、あぶなっ!」
足を滑らした楯無を支えようとした猛も同じく滑ってしまい、彼を押し倒すように楯無が覆いかぶさる恰好に。
目の前に水着姿の美人(見方によれば裸エプロン)が居ればどうしたって顔は赤くなって動悸も早くなる。
「……硬くなってるね」
「ちょっ!? 何言ってはりますのん!」
「言葉づかい変になってるわよ。そ・れ・に・私は身体全体のこと言ってるのだけど?」
は、ハメられた! と羞恥で真紅になってるところに一夏がノックもなしに飛び込んでくる。
「た、猛っ! 助けて……く、れ……」
目の前には今にも美味しくいただきますと言わんばかりのお姉さんに押し倒されている幼馴染が。
数回まばたきを繰り返した一夏は油の切れたロボットか擦り切れたビデオテープの映像のように不自然に後退していく。
「お、おじゃましました……」
「ま、待って一夏! 誤解だ……ぁ……、行っちゃった……」
入学初日にラッキースケベをするのは一夏の方だろうとたそがれてしまう猛。
いつの間にか楯無の広げた扇子には『無様(面白くなってきた!)』と書かれ、必死に笑いを堪えている。
そんな彼のIS学園初日は終わりを告げる。