死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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幕間:分岐点への予習

「ヒソカ。ソラ=シキオリと以前から面識があったことを黙っていたことに、何か弁解はあるか」

「ないね♦」

 

 クロロの問いに、ヒソカは旅団メンバー全員から胡散くさそうに見られ、囲まれてもいつも通り飄々と答える。

 むしろ思ったより吊るし上げが遅かったなと考えるくらいに、ヒソカには余裕があった。そして遅れた理由にも察しがついている。おそらくはマチが、わざと報告を遅らせたのだろう。

 もちろん、ヒソカの為じゃない。ほとんど彼女は自分のために、わざわざ丸一日時間を置いてクロロに報告した。

 それだけの時間があれば、ソラの方は逃げて行方をくらませているだろうから、クロロも積極的に追いかけはしないとマチは考えたのだろう。

 

 それぐらい、マチはソラ本人と会ったこともないくせに完全な勘だけ、己の本能だけで彼女を避けている。

 その勘の良さにヒソカは内心感心しながら、弁解する気はないと言いつつも、薄っぺらい言葉を続けた。

 

「そもそも、話したからって何になるんだい? 残念ながらボクは彼女に嫌われているから、仲介はしてあげられないなぁ♦」

「あぁ、もちろんそんな期待はしていない」

 

 ヒソカのふざけた発言に他のメンバー、特に気の短いノブナガやフィンクスは苛立ちを露わにするが、会話を交わしているクロロは割とヒソカと同じ調子で、飄々と彼も相手の言葉を受け流す。

 別にクロロも、ヒソカがわざわざソラについて報告しなかったことに怒っていないし、その理由も単にソラはヒソカにとっても執着している、誰にも渡したくない獲物だからだと想像がついているので、不信感などない。

 

 そもそもこの男は、自分(クロロ)とタイマンがしたいという理由で入団してきた、旅団の中でも飛びぬけて、そして別ベクトルでの変わり者。

 不信感がないというより、初めから誰もヒソカに関して信じている部分などほとんどないから、不審な行動そのものは今更でしかない。

 

 ついでにヒソカも、自分が旅団でどう思われているかは、ちゃんと正確に理解している。信用も信頼もされていないことくらいわかっている。

 だからこそ、ここで真実全てを語る気は到底ないが、基本的に嘘はつかないことにしている。

 

 どうもパクノダは「仲間の記憶は読まない」を制約にしているのか、旅団メンバーにその能力を使わない。例えどれほど疑わしきヒソカ相手でも、パクノダはもちろん他のメンバーも能力行使を強要したことはないので、ほぼ確実だろう。

 

 だからこそ、ヒソカは必要以上に嘘はつかない。信頼によってあえて使わないのではなく、制約上使えないだけなら、その分全員から全力で警戒されていることはわかりきっているし、もしも自分に対する不満や不信感が極限に達すれば、それこそパクノダは制約を破る覚悟でヒソカから真実を暴こうとするかもしれない。

 その場合、偽装入団しているヒソカは真実を全て暴かれた挙句、パクノダも制約を破ったリスクを負う必要はないので、相打ちにすらならない。

 

 なのでヒソカは違和感や不自然さを最低限にするため、ソラのことに関しては「今現在、同盟を組んでいる」という部分のみ伏せて、正直に語る。

 

 ただヒソカの話など、クロロとシャルナークは事前に調べておいたのか、特に反応はなかった。

 

「……お前が今年のハンター試験に合格してるのなら、ソラ=シキオリのことを知っているのは当然だな。そのことに気付かなかった俺がマヌケか」と、クロロは自嘲を呟く。

 ヒソカとソラが同期のハンターであることに気付かなかったのは、おそらくヒソカに興味がないから、彼がハンター試験に合格していたことも知らなかったからだろう。

 クロロは予め調べた通りの関係であるということをヒソカの口から聞き出し、その反応を見て嘘ではないことを確かめてから、話を本題に移らせる。

 

「まぁ、話さなかったことはいい。が、昨夜の『カルナ』とやらについては、話してもらうぞ」

 

 マチから報告を受けた時は、正直言ってクロロはマチが何を言っているのかわからず、割と本気で「大丈夫かお前?」と訊いてしまい、マチから殴られた。

 殴っておきながらも、マチ自身も自分が糸越しに聞いた会話ややり取りの内容はほとんど理解できてないので、そのまま伝えても自分と同じくは謎しか生まないことは自覚していたので、その結果がこの吊るし上げだ。

 

 報告を受けてなかった他のメンバーが、「カルナ?」「誰だそれ?」と不思議そうな顔をする中、その中心でヒソカは珍しく困ったような苦笑を浮かべていた。

 

「いいよ♣ だけど、彼に関しては正真正銘、僕だって昨日が初の顔合わせだけど?」

「そうか。ひとまずそれは信用しておこう。で……その『カルナ』とやらはソラ=シキオリの従僕(サーヴァント)と名乗る、彼女に取り憑く死者の念だというのは事実か?」

 

「誰だ?」という話題でざわついていた他のメンバーが一斉に絶句した。

 初めに沈黙を破ったのは、シャルナークだった。

 

「……あの女は反則の権化?」とドン引きしながら言い出したその言葉は、なかなかにソラのことを的確に言い表しているなとヒソカは思いながら答える。

 カルナも自分の獲物なので教えるのは癪だが、マチが話を聞いていたから誤魔化しは利かないこともわかりきっているので、彼についてもヒソカは嘘はつかずに答えた。

 

「自称だけどね♦ でも、赤の他人だったとかソラが恍けて他人のフリしてたっていうより、信憑性はあると思うよ♠

 眼の色と声が変わっていたし、彼女に会ったことがあるのなら、多分すぐに中身が違うってことはわかるよ♦ それくらい、完璧に別人♥ あんな容姿の子が、目の色は違うとはいえそうそうそっくりさんがいるとは思えないしね♠」

 

 ただでさえ反則的な異能を持っているのに、死者の念がボディガードという情報は易々とは信じられなかったメンバーも、ソラのあらゆる意味で類いまれなき容姿は知っているので、ヒソカの発言に納得してしまう。

 ただクロロだけは、「眼の色が違った」という部分に反応して、ヒソカに「どういうことだ?」と食いついた。

 

「そのまんまだよ♦ 『カルナ』が表に出てる時の彼女の眼は、左目は蒼天、右目は紅蓮のオッドアイだった♠

 ソラの眼はキミが執着するのもわかるくらいに素晴らしいけど、彼の眼も良かったよ♥ ソラと違ってカルナは、『直死の魔眼』じゃないみたいだけど、彼も彼でパクノダみたいな能力を持ってるんじゃないかと思ったくらいに、あの眼は相手の心の内を見透かしていたね♠

 

 なんたってゾルディック家の長男、イルミの恋心まで一目で気づいていたし♥」

『は?』

「ちょっ! ばらしてやるな!!」

 

 嘘をつく気はないが、彼のことを事細かに全て話す気もなかったので、飄々とおどけて話をふざけた方向にシフトすれば、さすがになかなかのパワーワードをぶちこまれたので、ヒソカとマチ以外のメンバー全員が目を丸くして呆けた。

 狙い通りの反応だが、マチから報告を受けていたはずのクロロも唖然としているのを見て、ヒソカは少し首を傾げてから、「あれ? マチ、これは話してなかったのかい?」と尋ねる。

 

「それは話す意味もないだろ! っていうか、あんたはあの暗殺者と知り合いなら、そいつがソラって奴が好きなことばらしてやるな! さすがに可哀相だろ!!」

「うん、今その可哀想な情報を全部ばらしたのは、マチだけどね♥」

「あ…………」

 

 さすがに弟とヒソカの前で盛大にばらされたイルミにマチは同情して、気を遣ってクロロに報告していなかった部分をヒソカも盛大にばらしたことに抗議するが、ヒソカの言う通り彼は「恋心」としか言わず、イルミが誰を想っているのかは伏せていたが、マチがサラッと口を滑らせてヒソカ以上に盛大な暴露してしまった。

 今回は本人がいないとはいえ、カルナの時以上の人数にばらされたイルミは泣いていいだろう。泣かんだろうけど。

 

 ヒソカとマチの暴露に旅団は、イルミの事を多少知っている者も全く知らない者も例外なく、非常に気まずげな顔になる。

 苦虫を噛み潰したような顔でフィンクスが、「つーか、そいつは何のつもりでンなこと本人の前で暴露したんだ? 嫌がらせか?」と言い出すが、その答えにはさすがのヒソカも困ったような苦笑を浮かべていた。

 

「いや、たぶん悪意も他意もないんじゃない? 彼の性格は一言で言うとシズクと同タイプだから、深く考えたら疲れるよ♠」

 

 ヒソカのやや遠い目で語るカルナの人物像に、思わずシズク以外の全員が、「……あぁ」と脱力したような声を上げて納得した。それは確かに、相手の言動の意図を深読みしていた方が疲れる。

 そして結構失礼なことを言われたシズク本人は、周囲の反応どころかヒソカの言ったことの意味もよくわかっていないのか、ただ首を傾げていた。

 

 クロロもヒソカの答えで脱力したように項垂れながら、頭痛を堪えるように眉間に指を当てて、「……あいつが遅れたのはその所為か」と呟いた。

 今更だが、イルミの父親と祖父との戦闘がかなりギリギリまで長引いた理由を理解して、何とも言えない気持ちになっているのだろう。

 

「うん♦ 全力で殺しにかかって行ってたね♥

 あぁ、でもたぶんソラが相手でも依頼のことを忘れたかもね♦ 彼は本当にソラを見れば一目散に殺しにかかるほどベタ惚れだから♥」

「本当に惚れてるのか、それは。というか、あいつ趣味悪いな」

「団長がそれを言う?」

 

 しれっと自分の執着対象に惚れている相手のことを、真顔で「趣味が悪い」と言い放ったクロロにヒソカは素で言った。おそらく初めて、旅団メンバーはクロロよりヒソカの意見に、この時ばかりは全面的に同意した。

 

 しかしクロロは自分の感想に訂正を入れる気はなく、さらりと話を変える。実はこの男、割とマイペースである。

 

「まぁ、あいつの色恋沙汰に興味はあるが、後が怖いからそれは横に置いて……、ヒソカ。イルミとカルナでは、どちらが有利だった?」

 

 マイペースだが、それでもクロロはおそらく自分自身を「クロロ=ルシルフル」という個人以前に「幻影旅団(クモ)の頭」だと認識している。

 だからこそ、彼はヒソカに尋ねる。確かめる。

 

「……イルミ()遊んでもらってたよ」

 

 その答えに、またしてもマチと報告を受けていたクロロ以外が驚愕で絶句する。

 イルミのことを知らなくとも、彼がゾルディック家の長男であることは既に全員知っている。そしてその父と祖父によって受けた団長の怪我を見れば、その息子も相当な実力者であることくらい想像がつく。

 

 しかし、それほどの相手を「遊んでやれる」ほどの実力者は、想像できない。それはもはや実力者というより、化け物の領域だ。

 そしてヒソカのこの発言は、おちょくっている訳でも過大評価でもないこともわかるからこそ、恐ろしい。

 何考えているのかサッパリわからない奇人変人な変態だが、ヒソカが執着する対象は戦い甲斐のある強者であることくらい、誰もが知っている。

 そんな彼が、熱に浮かされたように眼をギラつかせて、粘着質な殺気を噴き出しながら恍惚と答えたということは、この戦闘狂だからこそ相手にこだわり、冷厳に対象の強さを査定するヒソカが執着するほどの強者であること他ならない。

 

 ヒソカの答えに、クロロはうんざりしたような息をついて、天井を仰ぎ見ながら呟いた。

 

「……なるほど。確かにそれほどなら、あと5本くらい捥ぎ取れるな。まったく……厄介すぎる防人だな」

「?」

 

 クロロの呟きの意味がわからず、マチは横で首を傾げたが、どういう意味かを尋ねる前にクロロは天を仰ぐのはやめて、静かに宣言した。

 

「今夜、ヨークシン(ここ)を発つ」

 

 * * *

 

 静かだが有無を言わせぬクロロの宣言に、異議を申し立てる猛者がいた。

 

「どーいうことだ? 引き上げるってのはよ」

 

 昨夜、ゴンとキルアに出し抜かれて逃げられて、大暴れが出来た仕事にも参加できずふてくされていたノブナガが立ち上がり、クロロと対峙して問う。

 自分の意に沿わぬ発言をすれば、切られた自覚もなく首を落とされそうなほどの殺気を放ちながらの問いだが、もちろんそのような殺気に怖気づくクロロではなく、彼は淡々と自分が下した判断を繰り返す。

 

「言葉通りだ。今夜、ここを発つ。

 今日でお宝は全部いただける。それで終わりだ」

 

 さすがに団長相手に攻撃を即座に仕掛けるほどの短気は起こさなかったが、当然そのような答えで納得するのなら、ノブナガは初めから異議を申し立てやしない。

 

「…………まだだろ。

 鎖野郎と赤コートを探し出す」

 

 ヒソカの粘着質な殺気とは違う、触れるものを全て切り払うような鋭さ、焼き払うような熱を感じ取れるような憎悪と憤怒、そして後悔による殺気を放ちながら、ノブナガは血走った目でまだ自分たちがすべきことを告げる。

 親友を殺した可能性が高い二人を見つけ出し、殺すことを諦めていないと、クロロに宣言する。

 自分達の足の一本の弔いは、まだ終わってなどいないと団長に申し立てる。

 

「ノブナガ、いい加減にしねぇか。団長命令だぞ……!」

 

 しばし睨み合いを続ける二人の間に入ってフランクリンが声をかけるが、ノブナガの頭に昇った血も、沸騰した怒りの熱も下がりはしない。

 むしろ、「団長命令」という言葉が余計にノブナガの癇に障ったのか、彼はついに「旅団員」としての顔を一瞬だが捨てる。

 

「本当にそりゃ団長としての命令か? クロロよ」

 

「団長」ではなく「クロロ」と、部下とリーダーではなく対等な幼馴染として問うノブナガを、クロロはただ見ていた。

 どこにも光などない、ひたすらに昏い闇の瞳には何の感情も見当たらない。

 そこには、ネオンの占いで涙した人間性は一欠片も残っていなかった。

 

 そんな眼で、彼は右手に「盗賊の極意(スキルハンター)」を唐突に具現化させて問う。

 

「ノブナガ。俺の質問に答えろ。

 ――生年月日は?」

 

 問われて、思わず空気がつい先ほどのヒソカの暴露とは別の意味の気まずさに支配された。

 当然、訊かれた本人は意味がわからず「………………あ?」と、間抜けな声を上げた。

 だが割とマイペースな団長はノブナガだけではなく他のメンバーの困惑を気にも掛けず、「生まれた年だよ。いつだ?」と、それはわかってるから他の説明をしろと言いたい補足を加えてさらに問う。

 

「9月8日だ。70年のな」

 

 カルナ並みに訳の分からない言動だが、なんだかんだで幼馴染なだけあって、ノブナガはクロロのこういう唐突な言動をそれなりに慣れていたのか、戸惑いつつも素直に答えた。

 だが、団長の訳の分からない質問は残念ながらまだ続いた。

 

「血液型は?」

「Bだ」

「名前は?」

「ノブナガ=ハザマだ! 知ってんだろ!!」

 

 何故かノブナガのプロフィールを、普通に知っているはずの名前まで尋ねてきたクロロに、「何なんだよ、次は何が知りてーんだ!?」とノブナガがキレると、今度は適当な紙を取り出して、先ほどまで尋ねていたプロフィールをその紙に書けと言い出す。

 訊いた意味はあんのか? と思いながらノブナガが乱暴にその紙を受け取って書き殴り、これまた乱暴に突っ返すと、今度はスキルハンターを開きながらボールペンを取り出して、クルクルと何度かそのペンを回し……

 

 一心不乱にノブナガのプロフィールが書かれた紙の余白に何か文章を書き始めた。

 

 スキルハンターを開いていることからして何か能力を行使しているのは一目瞭然だが、いきなり何の能力を使っているのかは事前のやり取りではサッパリ理解できないため、団員は困惑しながらも団長が何かを書き終えるまで大人しく待った。

 

 幸いながら一分足らずで団長は書き終えて、その紙はそのままノブナガに渡す。

 ノブナガは戸惑いながらそれを受け取り、そしてその文章に目を通し……そのまま放ち続けていた殺気を緩やかに納めてゆきながら黙り込んだ。

 

「ノブナガ?」とフィンクスやフランクリンが尋ねるが、彼は紙に目を下ろしたまま何も答えず、代わりに団長がノブナガに何を渡したのか、自分がどんなの能力を使ったのかを説明する。

 

「詩の形を借りた100%当たる予知能力だ。ある女から盗んだ。

 こっちは俺が占ってもらったもの。ウボォーのことなど全く知らない女だ」

 

 言って、他のメンバーに自分の占いの結果が書かれた紙を渡して見せる。

 

「俺達がマフィアの競売を襲うことも、こいつに予言されてた訳だ。十老頭にファンがいたらしい」

「なる程。それで合点がいく」

 

 クロロの説明と渡されたクロロの占いの内容、それがどれほどわかりにくいものなのかを見て全員が、初っ端の襲撃が何とも中途半端な対応をされていたことに納得する。

 クロロの読み通り、ユダによる内通ではなく、第3者による絶対的だが具体性は皆無に等しい情報だったからこそ、競売品は別の所に移されたのに客の方は丸腰という半端すぎる対応だったのだ。

 

「ノブナガのはどんな占いが出たんですか?」

 

 納得しながらクロロの予言を読みつつシズクが尋ね、クロロは「自動書記といってな。俺には内容がわからない。ノブナガ本人に聞けよ」と答えるが、それでもノブナガは微動だにしないでただ手の内の紙を、そこに書かれた己の未来を眺め続ける。

 

『?』

 

「ちなみに占いは4~5つの4行詩から成る。それが今月の週ごとに起こることを予言している」

 

 そんな彼の反応にさらにメンバーがいぶかしげな顔をし始め、クロロがさらに占いの補足を加えてようやく、ノブナガは長い沈黙をやめてぽつりと、何気ないことのようにしれっと言った。

 

「来週、俺は死ぬな」

 

 * * *

 

「どういうことだ?」と尋ねるメンバーに、渡された自分の占いの結果、100%当たる予知能力による未来を見せつける。

 それはやけに短い、たった二つの4行詩だった。

 

 

 

『大切な暦が一部欠けて

 遺された月達は盛大に葬うだろう

 加わり損ねた睦月は一人で

 霜月の影を追い続ける

 

 霜月の影と仇を追い続けた睦月は

 迷いの果てに焼き尽くされる

 仇を見失ってはいけない

 迷い、間違えた道の先に太陽があるのだから』

 

 

 

「俺にはサッパリ意味がわかんねーが、団長が言う通り週ごとに4行詩があるのなら、二つしかないって時点で俺は来週死ぬってことだろ?」

 

 あまりに抽象的な内容にノブナガは詩の意味を読み解くことは諦めて、確実にわかっていることだけを告げると、クロロは思案するように顎に手をやって呟いた。

 

「なるほど。お前が欠ける5本のうちの一本か」

「? どういうことだ?」

 

 クロロの独り言にノブナガが尋ね返すと、クロロは「俺の予言を見ろ」とだけ答える。

 言われて回し読みされていたクロロの予言を見て、ノブナガは納得した。

 やはりこちらも言い回しが回りくどくて読み解く気にはなれなかったが、「蜘蛛の手足の半分が捥がれる」という部分のみは、ほとんど比喩表現ではなくそのままだったので理解できた。

 

「……なるほど、ウボォーと俺の他にあと4人死ぬってことか」

「そうだ」

 

 クロロもノブナガの予言を読みながら肯定し、そしてついでに、自分が読み説いた解釈を述べる。

 

「おそらく、俺の予言に出てくる『蒼玉』と『空の女神』はソラ=シキオリ。そして『蒼玉の防人』とやらは、先ほど話していた『カルナ』のことだろう。……『防人達』と複数形だから、おそらく他に最低一人は仲間がいる。それは鎖野郎、そしてソラ=シキオリと同一人物でないのなら、赤コートである可能性が高いな」

 

 言われて、ひとまず全員が納得する。

 根拠と言えるようなものは何もないが、執着するクロロやヒソカはもちろん、異常な程にソラを忌避しているシャルナークでさえも「あまりに美しい蒼天の瞳」と表現する眼を持つ女なので、サファイアの別名である「蒼玉」や彼女の名前に掛けているであろう「空の女神」という表現は、ソラ=シキオリをやたらと連想させる。

 

「カルナ」という存在を知れば、なおの事。

「蒼玉の防人」という表現に、確かにこの二人はやけに符合するし、ヒソカの言う通りの実力者ならば、旅団のメンバーが半分まで削られてもおかしくはない。ウボォーギンを捕えた鎖野郎、旅団数人を迎え撃って逃走に成功した赤コートも仲間ならば、さらに説得力は増す。

 

「団長の予言ってつまりは、『ソラ=シキオリの仲間によってあと5人死ぬ』ってことですか?」

「そうだな。しかも、最後の一文を見る限り、それはまだマシな方らしいな」

 

 クロロの9月二週目、来週の予言である二つ目の詩をシズクがシンプルにまとめると、クロロは肯定しつつさすがに少しうんざりしたような声音で補足する。

 

「最後の文はおそらく、ソラ=シキオリ本人をブチキレさせるなってところか。あいつの仲間を敵に回している段階ならば、最悪でもメンバーをあと5人失うだけで済み、状況で言えば優位なのは俺たちの方なんだろう。

 だが、『空の女神』が目覚めたら、その優位も揺らぐという事だろうな」

 

 言いながら、思い出す。

 10カ月ほど前の出会い。

 あの美術館で、自分を殺すために開かれた「直死の魔眼」。

 

 蒼天にして虚空。

 (そら)にして(から)

 

 清濁の境界など存在せず、万象を平等に飲み込みかねないほど底なしの、最果てに、深淵に、根源に、「 」に通ずる眼。

 

 クロロ本人ですら異常であることを認めているほど、理屈や理由はなく、自分でも理解できない執着をさせるあの眼で、殺しにかかってきた死神そのものの彼女を思い出す。

 おそらくあれこそが、「空の女神」だろうとクロロは解釈する。

 

 だからこそ、この結論を出したのだ。

 

「今日が9月の第一週目の土曜日。

 今日中に本拠地(ホーム)に戻れば来週、ソラ=シキオリに会うことはまずないだろう」

 

 クロロ個人の本音で言えば、あの眼を手に入れるチャンスがわずかばかりでも有るのなら逃したくない。それほどまでに、クロロという存在そのものがあの眼を、「直死の魔眼」を求めている。

 だが、それを求めてやまないのは、執着しているのはクロロという個人の話。

 

 自分は、「クロロ=ルシルフル」である前に「幻影旅団のリーダー」であることを選んだから。

 生かすべき存在の優先順位は、自分よりも仲間よりも他の何よりも「幻影旅団(クモ)そのもの」が第一だと決めたのも、それを幼馴染たちに、仲間たちに守らせてきたのも自分だから。

 

 だから、クロロは個人の欲求を退けて選んだ。

 

「悪い予言を回避するチャンスが与えられているところが、この予知能力の最大の利点だ。

 俺達がこの地を離れてソラ=シキオリとその仲間に関わらなければ、逆に100%この予言は成就しない」

 

 あれほど執着していたソラ=シキオリを諦めて、この街にいることをわかっていながら放置して、撤退することを選んだ。

 

 自分が選んだものを口にして、そしてクロロはノブナガに真っ直ぐ向き直り、改めて問う。

 

「ノブナガ。

 お前やウボォーは特攻だ。死ぬのも仕事の1つに含まれる。お前たちはすすんで捨て石になることを選んだんじゃなかったのか?」

「…………そうだ」

 

 ノブナガが選んだはずのものを改めて問いただすと、彼はやや間を開けつつも認める。

 それでもクロロは容赦なく、畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「自分に出た予言をよく読め。意味がわからない部分は多いが、どう読み取ってもお前の死は無駄死にとしか読み取れない文だろうが。仇すら見失なって死ぬ気か?

 しかも俺の予言を見る限り、あと5人死んで旅団(クモ)の手足が半分になるのはマシな方。下手すれば全滅の可能性すら読み取れる。

 

 ……ノブナガ。生かすべきは何なのか、そしてその中でも優先順位が高いのは何なのかも忘れた訳じゃないだろ」

 

 生かすべきは旅団そのもの。

 旅団を生かすためなら、頭さえも切り捨てろという鉄の掟を作り上げたが、当然状況によって順位変動はしても、「旅団(クモ)を生かすために優先して生かすべき者」というのは存在する。

 

 その中でも特攻役で、なおかつさほど珍しい能力持ちでもないノブナガは、どのような状況でも「最優先で生かすべき者」になり得ないことは、初めからわかっている。

 わかっているからこそ、特攻役に、捨て石になることを自ら選んだ。

 

「…………ああ」

 

 だから、ノブナガはクロロの言葉を肯定する。

 ノブナガ=ハザマという個人は決して捨てられないし、捨てる気もない。

 だけど、それ以前に自分は幻影旅団の1番であることを、自分自身の意思で、ノブナガ=ハザマという存在が選び取ったということを思い出したから、当初の殺気や激昂とは裏腹に、やけに静かに答える。

 

「旅団の立場を忘れて駄々をこねてんのは俺とお前、どっちだ」

 

 クロロの問いに、もう答える声はない。

 答えるまでもないことを、聞くまでもないことをクロロもわかっていたのか、答えることを強要はせずにクロロは最後、「何か言うことはあるか?」と確認の言葉を告げる。

 

 本音で言えば、言いたいことはあった。

 だがそれは全て、「ノブナガ=ハザマ」としての言葉だ。

 

 自分は「幻影旅団の1番」であることを思い出した、そうであることを選んだノブナガに、旅団のリーダーとして自分が何よりも求めるものより、旅団そのものを優先して撤退することを選んだクロロに言うべきことなど有る訳がなかった。

 

「――ねぇよ……」

 

 言うべきことは、誰も、何もない。

「幻影旅団」にとって、半分どころか全滅さえも示唆されている予言が出ているというのに、その予言を実現するであろう死神がいるこの街に残る気は、誰もさらさらない。

 

 ……「幻影旅団」の意見は全員一致している。反対意見などない。

 

 だが、この暦は狂っている。

 本来あるべき暦が実は一つ足りていない。

 そこにある卯月は偽りであることを、卯月そのものであるヒソカ以外はまだ知らない。

 

 周囲がクロロとノブナガのやり取りに集中している隙に、ヒソカはケータイを取り出してメールを一通送信する。

 

 

 

 

 

《死体は偽物(フェイク)

 

 

 

 

 

 自分にとって望む未来を加速させる為に、ヒソカは「防人」の一人であろう共犯者に、数多の傷を負いながらも得たはずの安寧の時間が偽りであったことを告げた。

 

 * * *

 

「これから残りのメンバーも占う」

 

 クロロはそう宣言して、紙を配った。

 今夜ここを発つことはことは決定したが、何らかの事情で翌週までヨークシンに足止めされる可能性もあるので、念の為に全員分を占って、ついでに占いの詩句の法則性でも見つけて読み取り、より正確な未来予知を行って万全の対策を尽くそうと思ったのだが、問題点が一つ。

 

「そこにはノブナガの様に危険回避の助言が出ているかもしれない。それぞれこの紙に名前・生年月日・血液型を書いてくれ」

 

 クロロの指示に、フェイタンがまず言った。

 

「ワタシ、自分の生年月日知らないね」

「俺なんて血液型も知らねーよ」

「げ」

 

 そう。彼らの大半は流星街出身。

 真っ当な社会を生きていた時期はあったが、ドロップアウトして辿り着いたか、もしくは両親も流星街の住人という生粋ならばまだしも、流星街以外の社会で生まれたのに初めから、早い段階から真っ当に生きられなかった、生かせてもらえなかった者は、血液型ならともかく自分の生年月日を知る由などない。

 フェイタンに続きフィンクス、そしてコルトピもデータ不足を申告し、クロロは素でその可能性が頭から抜けていたらしく、ちょっと凹んで項垂れた。

 

 しかしデータ不足ともう既に占ったノブナガを抜いても、あと7人分占わなくてはいけないので、凹んでいる暇はない。

 クロロはいい歳こいた男の自分が使うには恥ずかしい名称の能力、「天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)」を発動させて、ザカザカと予言を書きなぐっていった。

 

 書きなぐられた自分の予言をそれぞれがまずじっくりと読んでみるが、大半が眉根を寄せて首を傾げている。

 どれもこれも、クロロやノブナガのものと変わらない、回りくどくて何が言いたいのかよくわからない詩句なのだろう。

 

 その中でヒソカは一人、表面上は無表情だが内心は苦笑していた。

 

(予知能力かぁ……♠ 嘘つかなかったのがちょっと裏目に出たかな?)

 

 そう思いながら、ヒソカは紙面を撫でる。

 

 

 

『蒼緋の硬玉が貴方の店に訪れる

 一人は天使で一人は死神

 月達の秘密を売るといいだろう

 霜月のそれが貴方を防人へと導くから

 

 紅玉の仲介により、待ち人がやってくる

 そして偽りの卯月は焼き払われる

 それでも貴方は幸福だ

 空の女神が目覚めぬ限り』

 

 

 

 クロロ達のものと同じく回りくどい言葉だが、ヒソカの裏切りだけは簡単に読み取れる内容の予言に、思わずこぼれそうな笑みをヒソカは何とか堪える。

 こぼれそうな笑みは、もう苦笑ではない。

 それは自分の望みが叶う未来を得たことによる、歓喜の笑みだ。

 

 クロロと同じ不穏な警告文があるが、ノブナガと違って自分の予言はきっちり今月分まであり、3つ目以降の詩もわかりにくい文章だが、ヒソカが重傷を負うと読み取れるものなので、おそらくは「空の女神」が目覚めたらタイマンはヒソカが重傷を負って敗北、それも幸福にはなれない不完全燃焼という形で終わるのだろう。

 

 それでも、クロロとのタイマンを果たせるチャンスがあるのなら、ヒソカはこの機会を逃す気などない。

 死にはしないのなら、まだ次があるのならば、この警告文も3週目以降の未来も、ヒソカにとっては恐れるものではない。裏切りが知られたらマチはもう使えないが、金さえ払えば体の一部が欠損してようがそれを補う手段はいくらでも心当たりはある。

 

「どんな占いが出たの? 見せて」

 

 一通り他のメンバーの予言は回し見されたのか、自分の予言を無表情で眺め続けるヒソカに、パクノダは歩みよって言った。

 もしくは、ソラとカルナのことについて吊るし上げをくらっても飄々と軽薄に笑っていたヒソカが、何の感情も読み取れない無表情になったことに警戒したのかもしれない。

 

「やめた方がいい♣ 見たら驚くよ?」

 

 しかしヒソカはいつものニヤニヤとした神経逆撫でする笑みを取りつくろうとはせずに、無表情のままパクノダに警告するが、もちろんパクノダは「いいから」と彼の警告を無視してさっさと渡すように、語調を強める。

 

 パクノダに言われて「ハイハイ♦」とヒソカは、やや投げやりにも見える様子で渡した。

 

 そしてパクノダは、ヒソカの言葉通り驚愕で言葉を失う。

 それを見もせず、ヒソカは手持ちぶたさを解消するように、トランプをいつも通り弄っていた。

 

 自分の未来を、予言を成就させる為に張り巡らせる虚実を考えながら。

 

 * * *

 

「ちょっと、皆も見て」

 

 ヒソカの予言を目の当たりにして絶句していたパクノダが、ショックから少し回復してすぐに他のメンバーにもその予言を見せつける。

 

「これは……」

 見せつけられた者達は皆一様に、パクノダと同じ反応をする。

 

 

 

『紅玉が貴方の店に訪れて

 貴方に物々交換を持ちかける

 客は掟の剣を差し出して

 月達の秘密を攫って行くだろう

 

 11本足のクモが懐郷病に罹り

 さらに5本の足を失うだろう

 仮宿から出てはいけない

 貴方もその足の一本なのだから』

 

 

 

 ノブナガや他に死の予言が出たパクノダ、シャルナークと同じように2週分しかない予言は、誰の予言よりも不穏な言葉に満ちていた。

 

「紅玉が月達の秘密を……………………か」

「達ってことは一人じゃねぇな」

 

 新たに出たが既出の「蒼玉」とどう考えても無関係とは思えない「紅玉」というワードも気になるが、やはりそれよりも注目するのはその「紅玉」が持ちかけて、そしてヒソカが行ったとされる「物々交換」と、それによって攫われた「月達の秘密」。

 

 フランクリンとフィンクスは顔を酷くしかめつつも、冷静にその文章を読み取るが、まだ全部見た訳でもないのにその断片的な情報で冷静さなど保っていられない、むしろ自分で投げ捨てた者が一人、乱暴にヒソカの予言を奪い取る。

 

「見せろ!」

 

 奪い取った紙を、そこに綴られた詩句をせわしなく目で追って、そしてノブナガの眼は紙の上からヒソカに移る。

 

「ヒソカ……。てめぇが売ったのか? ウボォーを」

 

 予言が書かれた紙を投げ捨てて、ノブナガは愛刀を抜いてヒソカと対峙する。

 しかしヒソカの方は全く、ノブナガを相手にしていない。彼の方を見向きもせずに、相変わらず自分のトランプを無言でペラペラと弄っていた。

 

「イエスと取るぜ!!」

 

 ヒソカの答えを待たず、彼の対応を答えとしてノブナガは距離を詰めるが、フランクリンやシャルナークによって押しとどめられた。

「まあ待てよ。話を聞いてからだ」と宥めるフランクリンに、ノブナガは話などないと怒鳴りつけて拒否するが、シャルナークに淡々と述べられた正論を、わずかに残る冷静さが受け入れる。

 

「落ち着きなよ。これは予言だから行動によっては回避も出来るって団長が言っただろ。

 ヒソカ。今週何があったか説明しろ」

 

 シャルナークがそう言ってヒソカに答えを促すと、ようやく彼は反応する。

 

「言えない♠

 だが……そこにある一つ目の詩の内容は事実だったとだけ言っておこう♦」

 

 しかし相変わらず他人の神経を全力で逆撫でする口調で、ある意味ではノブナガの望み通りの言葉を吐きだし、ノブナガの残った冷静さを見る見るうちに怒りで蒸発させてゆく。

 今にも切りかかりそうなノブナガを抑えるのはフランクリンに任せ、シャルナークはうんざりしつつも根気強く、もう一度ヒソカに尋ねた。

 

「なぜ言えない?」

「それを言ったら言えない内容を言ったも同然なので、やはり言えない♠」

 

 少し、ヒソカの声のトーンが変わる。

 言っている内容は変わらずおちょくっているような言い回しだが、彼は無表情でシャルナークと同じく淡々とさらに補足を加えて答えた。

 

「言わないんじゃなくて言えない♠ ボクがギリギリ言えるのはそこまでだ♣

 それで納得できないなら、ボクもボクを守るため、戦わざるを得ないな……♦」

 

 言いながらトランプを一枚構え、ゆらりと殺気と共に立ち上がったヒソカとノブナガがしばし睨み合う。

 最初に、その睨み合いから降りたのはノブナガの方だった。

 

「………………チッ、やめとくぜ。てめぇは()りづれぇからな……なわけねぇだろボケ!!」

 

 彼は刀を鞘に収めて頭をボリボリ掻きながら答えたかと思ったら、自分で前言を即座に撤回して押しとどめていた二人の隙間を縫うようにして、駆け抜ける。刀を収めたのは()る気がなくなったからではなく、むしろ全力の居合抜きで()るためだったのだろう。

 

 しかし、殺し合いは起こらなかった。

 

「「!?」」

 

 一瞬にしてノブナガの前からヒソカが、ヒソカの前からノブナガが掻き消える。

 ノブナガはヒソカが一瞬で移動したのかと思ったが、よくあたりを見渡せば自分のいる位置の方がおかしいことに気付く。移動したのは自分の方だと気付いたら、それを行った者は誰なのかも簡単に想像がつく。

 

「ノブナガ」

 

 ブチキレていたとはいえ、レベルの高い念能力者のノブナガに対して、違和感もなく気付かせもせずに一瞬で“念”を掛けた張本人は振り返りもせず、ただ静かに命じた。

 

「………………少し黙れ」

 

 その命令に不満を覚えても、足の一本であるノブナガは反論など出来る訳がない。

 そしてノブナガが黙ったので、クロロはヒソカの予言を眺めながら彼に尋ねる。

 

「ヒソカ。いくつか質問する。答えられないものは『言えない』でいい。

 攫われた秘密というのはなんのことだ?」

「……団員の能力♦」

 

 少し間を開けて、ヒソカは答える。その答えは既に全員が予測しているので、特に反応はない。

 だが、次の団長の質問の答えには、2,3人程度だが少しいぶかしげな顔をした。

 

「それは何人だ?」

「7人……いや、8人か♣ 団長にウボォーギン・シズク・マチ・フランクリン・パクノダ・シャルナークにボクで8人だ♣」

 

 ヒソカが知っているであろう団員の能力を全員分というのもまだ予測出来ていたが、ヒソカは何故かわざわざ自分自身も数に入れる。

 そのことをシャルナークやフランクリンといった冷静なメンバーは気に掛けるが、それ以降の答えも予想出来ていたがノブナガでなくても確かにイラッと来た。

 

「相手の能力は?」

「言えない♠」

 

「相手の形貌(なりかたち)は?」

「言えない♠」

 

「お前と相手の関係は?」

「言えない♠」

「~~~~~~~~~~~~~」

 

 わかっていたが飄々と「紅玉」に関しての情報は何も漏らさないヒソカにノブナガの怒りが爆発しかけるが、その前にクロロが最後の質問を口にする。

 

「……ん? お前がコルトピの能力を知ったのは昨日か……。

 ヒソカ、最後の質問だ。『紅玉』と『蒼玉』……相手とソラ=シキオリの関係は?」

「…………言えない♠」

 

 やや間が開いたが、やはり全く同じ答えしか返ってこなかったのにクロロは納得したように頷いて、そのまま無言でしばし思案する。

 

「…………なるほど。

『紅玉』はおそらく、ソラ=シキオリの『弟』だろうな。そしてこいつが『空の女神』を起こすきっかけになりうる」

『は?』

 

 唐突に出された推論に、ヒソカと言い出したクロロ以外のメンバーが思わず異口同音を発した。

 

 * * *

 

「何だそりゃ? どっから『弟』なんて発想が出てきたんだよ?」

「あ!」

 

 ノブナガが団長の推測とはいえ割と突拍子のない結論に、その根拠はどこだ? と尋ねるが、それに答えるような声を上げたのはシャルナークだった。

 彼は何かを思い出したのか、しばし「あぁ、そっか。あれか!」と一人勝手に納得して、他のメンバーから「どういうことだ?」と詰め寄られる。

 

「いや前に交戦した時、あいつ初めは団長が出した条件、専属の除念師になったら見逃してやるっていうのを、ほとんど話を聞かずにOKしてたんだ。でも、俺たちが『幻影旅団(クモ)』だって知ったとたん、殺しにかかってきたんだけど、そういえばその時なんか独り言を言ってたんだ。

 別に俺らのことは嫌いじゃないから条件を受けても良かったけど、『弟』の為にそれは出来ないとかなんとか、そんな感じのことを言ってた。最終的に殺すのをやめたのも、何か訳わかんないけどやっぱりその『弟』の為みたいだったし」

「そうだ」

 

 シャルナークの思い出したソラの情報を肯定し、クロロはさらに推測を続ける。

 

「先ほどまでソラ=シキオリに関しての情報は話せていたのに、『紅玉』に絡む情報は言えないのなら、無関係ではないということは確実だ。

 そして、おそらくその『紅玉』は実弟ではなく、義弟か弟分でしかない相手。クルタ族の生き残りだ。実弟ならば、弟の方が俺たちを殺してやりたいほど憎んでいるというのに、姉であるあいつは俺たちに思うことは何もないというのはおかしいからな」

「クルタ族?」

 

 クロロの推測は筋が通っていたが、唐突に現れた民族名に何名かは首を傾げ、そして何名かはその名で思い出す。

 

「……緋の眼」と初めに呟いたのは、コルトピ。

 昨夜のオークションで、最後にコピーしたものだったので記憶に新しかったのだろう。

 そしてその獲物の名前で、5年前は参加していなかったシズク以外の全員が思い出す。

 

「思い出した。眼が赤くなる連中ね」

「生き残りがいたのか」

「だろうな。そう考えると、紅玉(ルビー)蒼玉(サファイア)で対を成す表現に説明がつく。あいつらの眼の本質は別物だが、表面上の特徴だけで語るならば、色以外は同一だ」

 

 パクノダとフェイタンの言葉に同意して、さらに推論をクロロは続ける。

 

「ソラ=シキオリの方が俺たちに思い入れはないのならば、あいつがクルタ族に対して何か関係やら恩義があるのではなく、生き残りを拾ってそのまま似たような眼を持つ者同士、仲間意識が芽生えたんだろう。

 そして、紅玉は鎖野郎である可能性が高い。赤コートは1対多数とはいえ、俺達を前にして逃亡を優先し、そして初めの襲撃以降は何の動きを見せないのは、復讐目的なら不自然だ。

 ウボォーを拉致した鎖野郎の方が復讐者として行動に筋が通っているし、何より赤コートは確かに何かと反則的だが、ヒソカに掛けられているであろう“念”は具現化系か操作系の鎖野郎の方が説明がつく」

「“念”? ヒソカに?」

 

 さらに推測を、連想を続けていくクロロをヒソカは黙ってただ見降ろす。

 ドクドクと血がある一点に集まっていくことを感じながら。

 

「紅玉……鎖野郎は…………最低でも二つの能力を有する敵だ。

 1つはウボォーを捕らえた時の能力。もう1つはヒソカの言動を縛っている能力。

 後者の能力は『掟の剣』という表現から察するところ、相手に何らかのルールを強いるものだろう。『俺に嘘をつくな』と、『俺に関して一切説明するな』といったところか。鎖野郎がヒソカに与えた『(ルール)』は。

 

 ここからはさらに想像に依るが、ヒソカの体内には敵が仕掛けた何かが埋まっている。

『物々交換』で『差し出す』とあるにもかかわらず、『攫う』のでは前後の文意が食い違ってしまう。これは『掟の剣』がヒソカを攻撃するという予言を暗示させるため、差し出すと刺し出すを掛けたものだと思う」

(ああ…………♥)

 

 クロロの言葉を、推測を、予言の解釈を聞きながらヒソカは恍惚とした息を吐き出す。

 

(やっぱりいいよ、あなたは♥

 絶対にあなたは、ボクが()る)

 

 何とか自分の興奮が、歓喜が顔に出ないように堪える代わりに最悪な部分がそれらを表現しているが、誰にとっても幸いなことにそれは気付かれることはなかった。

 あれだけの少なく、そしてわかりにくいヒントでここまで、特にソラとクラピカの関係を見事に当てに来ているクロロに、心の底からヒソカは歓喜する。

 

 彼の頭の回転の早さと、いくつもの暗喩を読み取る思慮深さを目の当たりにして、自分の眼は、自分が見出した価値は間違っていなかったと確信しながら、心の中でクロロに礼を告げる。

 

 

 

 自分の思惑通り、踊ってくれてありがとう、と。

 

 

 

 ヒソカがパクノダに渡し、全員に見せた予言は偽物。

 マチ以外は知らない、そしてマチでも化粧代わりか悪趣味で無意味な奇術のタネぐらいにしか思っていないヒソカの能力、「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」によってヒソカに即興で上書きしたもの。

 

 マチはその能力を「ヒソカの体の保護・装飾の為」の能力としか認識していないので、遠目で見れば全く分からないが近くで見るか、もしくは触れればすぐにわかる、上質なカラーコピーのようなものだと思っている。しかし実際は、ヒソカが薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)のよって平面上で再現できる質感は、千を超える。

 闘技場で見せたもののように、ハンカチに腕の皮膚を再現して張りつけるでは、触ってしまえばハンカチと本物の皮膚のつなぎ目で違和感を覚えるだろうが、今日のように紙に書かれた内容を誤魔化したければ、紙全体をオーラで包んでその紙の質感とインクの質感を再現してしまえば、もう“凝”でその紙を見ない限りわからない。

 

 逆に言えば、“凝”をされたら言葉通り一目でばれる程度のものなのだが、戦闘中ならともかくこんな時まで四六時中“凝”をしている者など当然おらず、ヒソカの言動も不自然さを誰も感じていないので、わざわざ“凝”で見る者もいない。

 いや、感じていると言えばいるのだが、それでも誰もこの予言がヒソカによって改変されたものだとは思っていない。

 

 そもそも予言は細かい部分は多々変えられているが、一番肝心な「ヒソカが旅団を裏切って、敵に情報を売った」という部分は何も変わっていない為、わざわざ自分が今度こそつるし上げどころか私刑(リンチ)でも優しい方、処刑されてもおかしくない情報を書いて渡すという発想は誰も生まれない。

 

 それこそがヒソカの狙い。

 

 自分が旅団で信用されていないのなら、今更信頼を得られるとも思っていないので、自分の言動を取り繕う真似は無駄な労力でしかない。

 それにヒソカとしては予言通りの未来に進みたいので、予言の内容を全面的に変えてしまえば、他の者の予言と大きく矛盾を起こす可能性があったし、上手く騙されても改変された別物の予言に旅団が踊らされたことによって、結局は本来の予言通りの未来には至らなければ、ヒソカにとっては何の意味もない。

 

 上手く嘘をつくコツは、嘘で全てを塗りつくして取り繕うのではなく、9割の真実に1割の嘘を混ぜることなのは、基本中の基本。

 だから、ヒソカが改変したのは最低限。

 

 ソラのことは正直に話してしまった後なので、「蒼緋の硬玉」という記述からソラを表しているであろう「蒼玉」を抜いて、自分と取引しているのは「紅玉」であるクラピカだけにし、自ら進んで情報を売ったのではなく、「奪われた」というニュアンスの言葉に置き換える。

 

 狙い通りクロロは、ヒソカの暗喩と「言わないんじゃなくて言えない」という言葉の意味に気付き、「ヒソカは何らかの念によって裏切った」と解釈している。

 無論、そんな訳がない。

 

 クラピカの「律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)」を使えば確かに、クロロの推測どおりの効果は可能だが、この半年ほどでずいぶん美味しそうに育ったとはいえ、クラピカがヒソカの隙を突いて、念の刃を彼の心臓に突き刺すにはまだまだ実力も経験も足りやしない。

 

 そしてそれ以前の問題として、ヒソカはクラピカの能力など、他の旅団員と同程度にしか把握していない。

 お互い、いつ敵に回るかわからない関係での同盟なので、手の内を明かし合うという信頼方法など、もちろん取る訳がなかったからだ。

 

 だから、ここでの「掟の剣」というものは、ヒソカが用意したミスリード。クラピカの能力に符合するのは、ただの偶然だ。

 

 そんなことも知らずに、クロロや他のメンバーはもう完全に「ヒソカの体内に敵の“念”による何かが埋め込まれている」「その所為で、ヒソカの言動は規制されている」という前提で話し合っている。

 

 信用していないはずなのに、なんだかんだで仲間意識が相当高い連中にヒソカは言う。

 

「ボクはここに残るよ♥」

 

 旅団を、クロロをヨークシンに留まらせて予言を成就させるという、ヒソカの執念。

 

「死ぬ前にまだやりたいことがあるんでね♥ 仮宿からは離れない♦」

 

 ヒソカの狙い通り、ヒソカの改変した予言は疑われずに信じられた。

 クロロがヒソカの改変した予言による暗喩に気付かなければ、本物を見た時と変わらぬ結果、今この場で旅団員全員を敵に回すという、さすがのヒソカもそれは自分が不利だと認める状況に陥ってもおかしくなかったが、クロロを信用した結果、自分や仲間を裏切ったという感情よりも、いかに旅団(クモ)のダメージを最小限にするかを考える冷静沈着な彼の思考が裏目に出て、クロロはヒソカの手の内で踊る。

 

「……ウボォー・ヒソカ・ノブナガ・パクノダ・シャルナーク……。半分まであと一人……。

 他に死の予言が出た者はいないんだな?」

 

 クロロはヒソカの言葉に答えず、まずはあと一人出るはずの死の予言を探すが、占いを行われた者の中には誰もいなかったので、最後の一人はデータ不足組の誰かだと結論づけられた。

 

「空の女神」が目覚めていない、まだマシな結果でこれだけの、特に相当レア能力なパクノダと、具現化系の中でもかなり特異で、旅団にとって都合のいい能力を持つコルトピが死ぬ可能性が高いのは痛すぎる。

 挙句、「空の女神」が目覚めてしまえば、これだけの犠牲がマシと思えるほどの結末だと予言されている。

 

 なのでクロロとしては何としても、この予言を避けたい。

 クロロ個人として執着してやまないソラ=シキオリを、そして本心ではノブナガと同じく望んでいるウボォーギンの仇を殺すことも諦めるのが、「旅団(クモ)のリーダー」としてすべきことだ。その為に、今日の競売の品を盗めば、その後すぐにヨークシンを発つという結論を出したが、その結論をヒソカの予言が否定する。

 

 正直言って何故、ソラと鎖野郎、そしてソラと別人だとはあまり思っていないのだが赤コートがいるはずのこのヨークシンから離れることが、ソラの「防人」達に旅団(クモ)の足を捥がれるという結末に至るのか全く想像がつかないのだが、それを否定できるだけの情報も根拠もない。

 

「団長。どうする? 退くか残るか」

 

 だからクロロはシャルナークに促されて、答えを口にする。

 

「――――残ろう」

 

 ヒソカは、完全に賭けに勝った。

 

 * * *

 

 

 

 

 

 しかし、一つだけヒソカの頭の片隅に小さな疑問が引っかかった。

 

(……ソラが蒼玉(サファイア)でクラピカが紅玉(ルビー)なのは間違いないだろうけど、それならわざわざソラを『空の女神』って別の表現にするかな?)

 

 それは本当に小さな疑問だった。

 だから、疑問に思ったことも、頭の片隅に引っかかっていることも忘れてしまう。

 

 忘れて、気にも掛けなかった。

 

 

 

 

 …………空の女神は、まだ目覚めない。






ネオンの予言を改変し直すのめっちゃ大変だった。
あれを即興で偽造したヒソカがマジですげぇわ。

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