死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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60:7人目

「……なーんか、私の忠告が逆効果になった感じでやっぱ気分悪いな」

 

 言いながら、ソラはストローを咥えてアイスティーを一口飲む。

 そんなソラを向かいに座るキルアが頬杖をつきながら眺めて、訊いた。

 

「……ソラ。お前、いつからカストロの能力に気付いてたんだよ?」

 

 * * *

 

 ヒソカVSカストロ戦は、ヒソカの予言通り踊り狂うようにヒソカのトランプの餌食となって、カストロ死亡で幕を閉じた。

 その後、二人は闘技場内の喫茶店でお茶をしながら試合についてそれぞれ思い返していた。

 

 ソラからしたら、先ほどの独り言があの試合の全てだろう。

 後味が悪いものを見たくないから、「負けて死ぬから戦うな」という忠告も、せめて戦うのならばと与えた忠告もカストロは聞かず、意味を理解できないまま戦いに赴き、そしてヒソカの予言と同じく、ソラの忠告も予言となって死んでいった。

 

 カストロがヒソカの奇術であれほど冷静さを失って錯乱したのは、ヒソカの話術や迫力だけではなく、事前に言われたソラの言葉があったからという可能性も高い。

 

 しかしキルアには、未だにソラの忠告の意味がわからなかった。

 何故、カストロの試合を一度も見たことがないのにカストロが負けると確信していたのか、せめて戦うのならばと与えた忠告である「未来は無形だからこそ無敵」という言葉の意味がわからず、とりあえずキルアは気になっている部分から訊いて疑問を晴らしていくことにした。

 

 その第一の疑問が、「いつからソラはカストロの能力を知ったか?」だ。

 

 ソラは試合中、終始退屈そうでほとんど何が起こっても無反応だった。

 唯一、ヒソカの右腕がカストロに切断された際は反応していたが、ヒソカに対しての同情でも、カストロへの驚嘆でもなければ、右腕切断という怪我に引いていたわけでもなく、「……あいつ、アホなの?」とヒソカに対して呆れていたぐらいで、残った左手を自ら差し出していた時も、失った右腕が復活していた時も、もう反応はせずに冷めた目で白けたようにただ見ていた。

 

 カストロの能力が判明した時も、ソラは一切驚いていなかった。

 

 なので間違いなく彼女は、かなり早い段階からカストロの能力に気付いていたとキルアは考え、その気付いたタイミング次第では、あの「戦うな」という忠告も理解できたからだ。

 ソラならヒソカと同じく能力の仕掛け(タネ)さえわかれば、芋づる式で弱点も理解できたから忠告したのだろうと思った。

 

 ソラの返答は、即座に返ってきた。

 

「試合中に、あいつがダブル出した時点で。

 私の眼なら念能力で具現化されたものでも『線』も『点』も見えるけど、生き物や物質じゃないのなら少し気合い入れて意識しないと見えないから、普通に見てたらダブルの方は『線』も『点』もないように見えるんだよ。

 だから、普通ならカストロが一瞬二重に見えても眼の錯覚か気の所為って思うだろうけど、私には疑う余地もなく念能力で分身出したなってわかっただけ」

 

 しかし、思った通り相当早くに気付いていたが、キルアが思っていたよりも遅かった。

 あんな忠告をしたくらいなので、試合前にカストロと会った時点で気づいていたのではないかと思ったが、思い返してみればソラがやって来たのはカストロがキルアの背後から声を掛けて、部屋の中のダブルを消した後だ。

 さすがに自分と違ってダブルを使われてからかわれたわけでもないのに、あの時点で気づける訳はなかった。

 

 しかしあの時点でカストロの念能力とその大きな欠点に気付いていなかったのなら、何故あそこまで確信してカストロが負けると思っていたのかが説明つかず、キルアは自分が注文したコーラを飲みながら、「じゃあ、何でお前はカストロが負けるって確信してたんだよ?」と改めて、話の本題である質問をぶつける。

 

 その問いへの答えも、即答だった。

 

「試合前に見たインタビューで。

『勝算が無かったら戦わない』なんて言ってる奴じゃ、ヒソカに勝てるわけがない」

 

 あまりにも当たり前のようにソラは語るが、キルアはそのインタビューの内容もろくに覚えていなかったので、「そんなこと言ってたっけ?」と「その答えの何が問題なんだ?」という疑問で目を丸くする。

 そんなキルアに、向かいに座るソラがストローから離した指を一本立てて、教師のように語る。

 

「良い機会だから、キルアも覚えておきなさい。このあたりは君とカストロは同じタイプだから、同じ間違いを犯しかねない。

 

 キルア。未来に『期待』や『予測』はすべきだし、『予定』や『目標』を立てることは悪いことじゃない。でも、『確定』はさせちゃダメだ。未来の形を一つの形に定めるな。

 未来は無形だからこそ、無敵なんだ。『確定』された未来は簡単に壊されるし、壊された時点で未来を失う可能性が高い。今日のカストロのようにな」

 

 カストロに与えたものと同じ忠告を自分にもされて、キルアは少しムッとした様子を見せる。

 確かに自分は、勝算がない戦いなど絶対にしないタイプであることを自覚しているが、あそこまで無様に殺られたカストロと同じような結末になりかねないといわれるのは、カストロに対する同情や憐みを吹き飛ばして不愉快だったらしい。

 

 それにそもそも、ソラの「未来は無形だからこそ無敵」という言葉の意味も意図もわからないので、「意味わかんねーよ」とふてくされながら言うと、ソラは両手で頬杖をつきながら心外そうだが答えてくれた。

 

「だから、深く考える必要はないって。そのまんまだよ、そのまんま。

 未来はな、いくら期待しようが予測しようが、精密な予定や具体的な目標を立てようが、一秒後の不慮の出来事でそれらが一瞬にしてもう有り得ない絵空事に変わる。それぐらい予測不可能で掴めないけど必ず訪れる『無形』だってことを忘れて、『未来はこうなるに違いない』っていう『確定』をしてしまうなって話だよ。

 

 未来を『確定』させるってことはな、ただの思考停止だ。それ以外の起こりうる可能性を全て捨てて、自分が決めつけた未来が訪れることを雛鳥みたいにアホ面下げて口開けて待ってる奴の元に訪れるのは、遅かれ早かれ破滅一択だよ。

 今日のカストロの戦いを思い出してごらん? あいつは『ダブルさえあれば負けない。絶対に勝つ』っていう未来を自分の中で確定させていたからこそ、簡単にヒソカにそれを壊されて未来を失っていただろう」

 

 ようやく、ソラの言いたいことを少しは理解できてきたキルアは、言われた通りヒソカとカストロの戦いを思い出してみる。

 

「カストロの能力は、バレたら終わりの初見殺しってほどじゃない。冷静ささえ保てていたら、勝てはしなくてももっと善戦は普通にできてたよ」

 

 ヒントのつもりか、ストローでグラスの中身をかき混ぜて、からからと氷を鳴らしながらソラは言う。

 

 彼女の言う通り、カストロの能力をヒソカは「ネタがわかれば大したことなどない」と言っていたが、それは彼から冷静さを奪うための挑発だろう。

 ネタがわかって通用しなくなるのは奇襲や囮ぐらいの役割だけであり、単純に考えて2対1に持ち込めるあの能力は、この闘技場内での試合では十分すぎるほど有利に働くはず。

 

 そもそも、ダブルを囮にするのではなく自分を囮にする形で初めと同じような攻撃を仕掛ければ良かったのだ。

 ダブルが囮で本体が攻撃役ならば、ダブルは自在に消せても本体は消えることも瞬間移動も出来ないので、どこから攻撃してくるかが予測できるのに対して、ダブルはある程度任意で好きな所に具現化出来るのならば、本体が囮だとわかっていても肝心の攻撃役であるダブルがどこから攻撃してくるのか予測困難になる為、ダブルを囮に使うより間違いなく対処はこちらの方が難しい。

 

 この程度の考えや応用が頭に浮かばず、ヒソカの迫力と言葉に錯乱してあの死に様は、ソラの言う通り「思考停止」としか言いようがない。

 そんなカストロに対してヒソカは、タネも仕掛けもわからなかった相手の能力を、片腕を犠牲にして見抜いた。

 なんとも異常なやり口とはいえ、「考えること」を放棄しなかったヒソカに思考停止していたカストロが勝てるわけがないとキルアは心の底から思う。

 

「ダブルを囮にして本体が攻撃」という方法に、「未来」にこだわって固執して、それを「確定」させていたのが敗因というソラの予言となった忠告に、今度こそキルアは確かにと深く納得した。

 

 カストロの能力で思いついた応用をキルアが口に出してみれば、ソラはキルアの頭に手を伸ばし「そうそう」と笑いながら褒めるように撫でた。

 その手はいつものように、やや赤くなった顔で「うぜぇ」と言われて払いのけられるが、ソラももちろん慣れた調子で気にせず笑ったまま話を続ける。

 

「けど、それだけじゃないよ。あの能力はもっと応用が利く。

 オーラを具現化するのも操作するのも、複雑なものより単純なもの、大きなものより小さなものの方が簡単なのは共通。だから、自分の体全身じゃなくて手首から先だけとか足首より先だけを具現化してしまえば、ヒソカが言った『容量(メモリ)』は大幅に節約できるし、戦闘中にでも応用利かせて新しく編み出せた可能性も高い。

 そもそも別に腕や足の形になってなくてもいいんだよ。ただ、あのヒラヒラした服の死角から予想外の攻撃を仕掛けることが出来る、ダブルより小回りの利くものならただのオーラの塊でも十分だった。

 

 というか、いっそダブルを引っ込めて、それに使っていたオーラを全部自分の肉体強化に使うのが一番賢かったかもね。

 ヒソカの能力って、中・遠距離戦と搦め手に特化してるから、ゼロ距離の殴り合いに持ち込むだけであいつの能力のメリット大部分を封じることが出来るから」

 

 さすがにゴンに付き合って念に関しての修業も勉強も最低限で止まっているキルアには思いつかなかった応用を補足してから、ソラは言った。

 憐みさえもそこにはない、酷く冷めたミッドナイトブルーの眼が語る。

 

「それだけの『未来』があったはずなのに、あいつはただ一つの『未来』に固執して『確定』させてしまったからこそ、負けたんだよ。

 ヒソカによってそれらの可能性に考えを巡らせるほどの冷静さを奪われたってのが大きいけど、初めから『これで確実に勝てる』なんて勝算で思考停止させてなけりゃ、あの程度のゆさぶりで冷静さは失われないよ。ちょうど、右腕復活なんていう有り得なさすぎて頭が冷めるようなことが起こってんのに。

 

 だから、キルア。勝算を計算することも、作ることも決して悪いことなんかじゃないけど、その勝算に自惚れて思考停止しちゃダメだ。未来は本来なら私でも殺せないのに、確定させちゃったらご覧の通り私以外でも殺せるものに成り下がるんだから」

 

 バカにするような、侮蔑しているような色はその声音にも、瞳にもない。

 彼女は初めから、自分の忠告に従わなかった時点で、カストロという人物を「人」として見ることをやめている。

 

 それは、彼を「人」として見てしまえばその死を割り切れなくなる、赤の他人であるカストロのあまりに憐れな死にざまが、自分の壊れた精神にさらに負担をかける傷になるからという、ソラ自身の人の良さ故であることをキルアは理解している。

 それでも、だからこそ「人」として見ないという解決法を出して、それを自覚しているのかどうかも怪しいくらいに自然体に実行しているこの女は、お人好しであり善人であるが、それ以前に途方もなく狂っていることを如実に表している。

 

 そのことに気付いていながらも、ソラの狂気に背筋に冷ややかなものを感じても、それでもキルアはソラの眼を見返した。

 カストロを語るその眼には、「人」など映っていない。

 けれど、「自分」を見る目には柔らかな光が灯る。

 

 彼女の心をさらに壊しかねない、弱い「他人」などキルアもいらなかったから。

 

「……覚えとくわ」

 

 壊れた心をさらに壊す傷を与えかねないのに、それでも「人」として自分を見てくれるのなら、「君になら壊されてもいい」ではなく「君なら壊さない」と思ってもらえるために、自分は彼女の忠告を守ろうと誓った。

 

 キルアの素直な返答にソラは一瞬だけ意外そうな顔をしたが、キルアが文句をつける前に嬉しそうに微笑んだので、キルアはきまり悪そうにストローをガジガジと噛む。

 そんなキルアの様子を微笑ましそうに眺めてながら、ふと思い出したのかソラはさすがに同情するような苦笑いを浮かべて言い出した。

 

「あー……、でも今思えばカストロに悪いこと言ったわ。

 あそこまでよりにもよって相性最悪の能力にするくらいヒソカを怖がってたんなら、もうちょい言い方を何とかしてやるべきだったなと、今は反省してる」

「怖がる?」

 

 言い方よりもその評価の方がよっぽどカストロに対しての侮辱じゃないかとキルアは思ったが、キルアの反応にソラは目を丸くして「あれ? 気付いてないの?」と尋ね返す。

 

「何がだよ?」

 

 キルアがソラの質問返しをさらに質問で返すと、ソラは一回アイスティーを啜ってから答えた。

 

「カストロは、ダブルが見抜かれていない時は囮、見抜かれてからの単身特攻はダブルに任せてた。危ない役目は全部、ダブル任せだったんだよ」

「あ……」

 

 言われて、気付く。

 思い至る。

 

 キルアもソラも、カストロの事などまったく知らないと言っていい。

 それでも、あの試合前の短い会話やヒソカとのやり取りでカストロは直情的な人間であることくらいはわかる。

 

「正々堂々」という言葉がいかにも好きそうな彼が、「ダブル」という見ようによってはだいぶ卑怯な能力を選んだことに、キルアは違和感を覚えた。

 まだオーラの系統というものを知らないキルアではその違和感の正体を掴めないが、それでもおかしいと感じた。

 

 おかしくて当然だ。

 ソラの見立てでは、おそらく彼は強化系。

 オーラとは精神エネルギー……魂や命と言い換えてもさほど支障はないものだからか、実はオーラの系統がもたらすイメージと本人の性格・性質は割と一致することが多いと、ソラの個人的な偏見で勝手に思っている。

 

 例えば強化系なら単純、変化系ならひねくれ者などと、そんな性格だからそのような系統になるのか、逆にその系統だからそんな性格になるのかは、卵が先か鶏が先かという話になって来るのでわからないし、ソラも具体的に統計を取って調べた訳でもないので何の根拠もないが、血液型診断よりは信憑性はあるとも思っている。

 

 なんにせよ、オーラの系統そのものも本人の性格や精神性がある程度影響している可能性があるのなら、いくら“念”に関して正しく指導する人間に恵まれず我流で“発”に至ったとしても、“発”には系統よりもなおさらわかりやすく本人の精神性が表れ出る。

 

 相性の悪い能力を得てしまう場合はたいていが、正しい指導をしてくれる者がいなかった場合にプラスして、ギドのように強い思い入れのある何かを持つ者の場合がほとんど。

 特に何か思い入れがあるものを持っていないのならば、正しい指導をされていなくとも、普通はカストロ程に相性の悪い系統の能力にはしないもの。

 

 なのに、性格といい武道家という職業柄も考えたら、特に誰の指導がなくても自分のオーラの系統さえ知らなくても、「ダブル」などといった小細工より単純な肉体強化を選ぶ方がよほど自然なはずなのに、それなのに彼は、カストロは「ダブル」という能力を得た。

 

 その理由は、先ほどソラによって上げられた試合中の行動ではっきりと、残酷なほどに説明がついた。

 キルアが考えた「本体が囮役になる」という応用も、ソラが言った「いっそダブルを引っ込めて肉体強化にオーラを使う」という方法もカストロが思い浮かばなかったことも、あまりにも綺麗な形で腑に落ちる。

 

 自覚があったのかなかったのかはもう誰にもわからないが、思い浮かばなかったのではなく、初めからそれだけはしたくなかったからこその能力(ダブル)だったのだ。

 

「よっぽど、怖かったんだろうね。ヒソカが。直接対決を無意識であそこまで避ける程に」

 

 頬杖をついたソラが、淡々と結論付ける。

 その眼にはもう、同情はない。

 

 それほど怖かったのに、死にたくなかったからこそ得た能力のはずなのに、愚かな未来の確定で思考停止して自ら死ににいったような男に一瞬でも同情したのは、ただ「憧れだ」と言われたからその餞別に過ぎないのだろう。

 むしろ彼女は少し、不思議そうなくらいだった。

 

 常に加速し続けて壊れ続けて、壊れ果てても止まらない、1秒後の死を退け続ける為に自らの死を夢想し続ける詰将棋を脳内で行い続けている彼女からしたら、何故死にたくなかったのに未来を確定させてしまったのか、何故考えるのをやめてしまったのかが本気でわからず、藍色の瞳を丸くしていた。

 

 そんなソラにキルアが返せた反応は、やたらと引き攣った笑みだった。

 

 * * *

 

「ソラ、今日も泊まってく?」

「うん、そのつもり」

 

 ソラが作った夕飯を食べて、3人でそれぞれ後片付けをした後にゴンが尋ねると、ソラは即答。

 そしてその返答にキルアは「またかよ」と言いつつ嬉しさを隠しきれていない所までが、ソラが天空闘技場に来てからの3日間での様式美となりつつあった。

 

 ソラがゴンかキルアの個室に泊まるのはもちろん、初日に見つけた死者の念対策の為だが、そのことを二人には教えていないので、さすがにソラが他の宿に泊まらないことを不審がるかと思ったら、ゴンもキルアも素直か素直じゃないかという違いはあれど、ソラと丸一日一緒にいれることが嬉しいのか、何ら疑問に思った様子はない。

 ソラとしても大好きな弟分二人と離れたくないのも本当なので、キルアのツンデレに「キルアは私と一緒じゃくつろげないの?」と少し意地の悪い問いをしてからかう。

 

「お前がそういうこと言うから、くつろげないんだろうが! 廊下で寝かすぞ!」

 

 からかわれていることをわかっていながらもキルアは軽くキレてソラに掴みかかり、ソラはキルアの可愛げがない所が可愛い反応に笑いながら「ごめんごめん」と謝罪する。

 そんな二人のじゃれあいを眺めながら、ゴンは「……そう言いながらも、キルアは自分の部屋に戻るつもりはないんだね」と呟き、キルアに睨まれた。

 

 ゴンの言う通り、キルアはソラがゴンの部屋に泊まると言えば、絶対にキルアもゴンの部屋に泊まって自分の個室には戻らない。

 ゴンも全く同じなので別にそのことに関して文句はないのだが、少しは素直になったかと思ったのが気の所為だったことに、ゴンはいつもの大人びた苦笑を漏らしてさらにキルアに睨まれた。

 

 今度はソラがそんな二人の様子を微笑ましそうに見てから、キルアに向かって手を差し出す。

 

「という訳でキルア、鍵貸して。シャワー浴びてくるから」

 

 ソラが泊まる時は、泊まらない側の部屋のシャワーを借りることにしている。

 これは一応ソラは紅一点なので、ベタな着替え中やシャワー中ドッキリイベント勃発防止の為……ではなかったりする。

 むしろ、ソラの風呂上りの格好にキルアだけではなくゴンもキレて、このルールを作った。

 

 もちろんさすがにソラはシャワーを浴びて真っ裸でバスルームから出てきた訳でも、バスタオルだけ巻いて出てきた訳でもないのだが、短パンに見せブラ……、しかもハンター試験中に着ていたタンクトップに近いものではなく水着のようなビキニタイプという、バスタオル巻きの方が露出が低いくらいの格好だったので、ソラは子供二人からかなり本気の説教をくらった。

 

 女らしい可愛い恰好はあれほど恥ずかしがったのに、露出の高い恰好をすること、見られることに関しては何も気にしない、「暑いからすぐにパーカー着たくないけど、涼しくなるまでバスルーム占領するのも悪いと思って」と明後日の方向な気の遣い方をするソラに、ゴンとキルアが頭を抱えたのは言うまでもない。

 

 そんな謎の羞恥心を持つ女だが、さすがに不特定多数が出歩く廊下でそこまでの露出はしないので、ソラはシャワーを浴びる時は別の部屋で浴びて涼んでから、こっちの部屋に戻ってくるようにとキルアとゴンでルールを決めたので、ソラは未だに二人が何故あんなにも怒ったのかをわかっていないようだが、とりあえず素直にそのルールに従って鍵を求めた。

 

 鍵を求められたキルアは三日前の出来事を思い出したのか、顔を真っ赤にさせて投げつけるように渡し、ソラは「キルア、物は丁寧に扱いなさい」と正論だが見当はずれな叱責をしてから、着替えの入ったカバンを掴んで部屋から出る。

 

 出た直後、ゴンの個室の扉がまた開いてソラのカバンが勢いよく投げ込まれた。

 

「「!?」」

 

 唐突過ぎるソラの行動に、「物は丁寧に扱えって、どの口が言ってるんだ?」という突っ込みも頭には浮かばない。

 ゴンもキルアもドアの前まで駆け寄るが、ソラはドア前で自分の体を使って塞いで二人に「出るな!!」と命じる。

 

「二人は出るな! ……大丈夫。問題ない。すぐに終わるし、終わらせる」

 言いながらソラは、着替えの入ったカバンとは違って投げ込まなかったウエストポーチから宝石をいくつか出して二人に渡す。

 

「これは、ドア前に置いといて。残り二つはそれぞれ君たちが持ってて。絶対に離すな」

 

 自分の魔力(オーラ)がこもった宝石をバリケード代わりとお守りとして持たせてドアを閉めようとするのだが、二人がかりでそれを阻止してゴンとキルアはそれぞれ、泣き出しそうな顔でソラに訊く。

 

「ソラ! 何があったの!? 何をする気なの!?」

「ふざけんなよ! 何でもかんでもいつも一人で抱え込んでんじゃんーよ!! 俺らはそんなにも頼りにならねーのか!?」

 

 ソラの切羽詰まった様子と行動に怯えているのではなく、頼りにされていない自分を悔しがって、二人は泣き出しそうな顔でソラに縋り付く。

 そんな二人に、ソラは申し訳なさそうに顔を歪めてから、「ごめんね」とまずは謝った。

 

「ごめん。ちゃんと説明しなくて、黙っててごめん。

 実は、ここに幽霊みたいなのが住み着いてるんだ。その幽霊は生き返りたくて人間の体を狙ってる。君たち……特にキルアがその幽霊からしたら最高のターゲットで、私の眼はその幽霊相手だと一番有利に働くんだ。

 だから、お願い。君たちはここで待ってて。お願いだから、私に君たちを守らせて」

 

 ソラはかなり最低限の説明をして、二人を決して頼りにしていない訳ではない、二人が決して無力ではないと伝えて、逆に彼女が縋るように懇願した。

 守らせてくれと頼んだ。

 

 その懇願がなおさら自分たちの弱さを強調させて、ゴンもキルアも悔しさで俯き、無力感に苛まれて拳を強く握りしめる。

 守られるのは嫌だった。自分達だって戦えると言いたかった。

 

 けれど、そう思って死んでもおかしくない大怪我をして、親友と自分に“念”という力をくれた人を心配させて悲しませたのは1か月前。

 ゴンには、そんな意地を張れなかった。

 

「未来を確定させるな」という忠告は数時間前にもらったばかり。

 幽霊なんて相手には勝算が計算できないどころか、一番「危ない」と言われた自分が犠牲になる未来を確定させてしまいそうだった。

 キルアは意地すら張れなかった。

 

 だから二人は唇を噛みしめて、涙をこらえてソラに伝える。

 

「絶対にソラも無茶しちゃダメだよ! 絶対に絶対にすぐに帰ってきて!!」

「すぐに終わらせろよ! 10分たっても終わってなかったら、こっちも勝手にやらせてもらうからな!!」

 

 懇願して約束を取り付け、脅してすぐに終わらせるように命じて、自分の無力感以上に湧き上がる不安を押さえつける。

 そんな二人の髪をソラは撫でて、申し訳なさそうで泣き出しそうだった顔をいつもの晴れやかな笑顔にして応える。

 

「もちろん。すぐに終わらせて帰って来るよ」

 

 その笑顔に、ようやく少しは安堵した二人から手を離して扉を閉める。

 そして、パーカーのポケットから昼間の喫茶店で持ち帰った使い捨てのフォークを取り出して構え、廊下の突き当たりを睨み付ける。

 

「……行動に移すとしたら夜中あたりかと思ったら、せっかちだな」

 

 部屋を出てすぐに気づいた気配。

“円”がほぼできないソラでも、いや“円”に頼っていないソラだからこそ気が付いた気配。

 

 自分の狂気の源泉、抑止力級の本能、原始の願望である「死にたくない」という思いと同じものに執着して、もうそれ以外の何でもなくなったなれの果ての気配をソラは感じ取る。

 

 あの複数人が融合した死者の念には、もはや人間らしい知性や理性はおろか、我欲すらない。

「死にたくなかった」「生き返りたい」という未練だけで動き、おそらくは奴らにとって絶好の「器」を見つけて奪っても、奴らはまるでヤドカリが新しい貝殻を求めるようにして、生者も死者も含めて吸収して肥大したオーラが収まる器を求め続ける。

 

 生き返って何がしたかったなど、もうほとんど覚えていないだろう。目的が本末転倒を起こして、ただただ器を求める自然災害じみた存在になっている。

 

 そう簡単に人の体を乗っ取れるようなものではないというのが不幸中の幸いだが、あれは複数人の融合で自我が混濁して複雑に入り混じった混沌そのもの。

 おそらくあれに心の「虚」を付け込まれたら、どんな美しい色にでも黒を混ぜると濁った色になるように、その混沌に取り込まれて、その人の魂も混沌の一部として吸収される。

 

 そう簡単に付け込まれるような存在ではないが、付け込まれた時点で終わる。あれはそういう災害だ。

 

 だからこそ、ソラは放っておくことが出来なかった。

 そして、やっと再び見つけたのならばもう逃がすつもりはない。

 

 だからソラは、ひたひたと近づいてくる気配の元に彼女自身も近づいて、廊下の曲がり角を飛び出した。

 その曲がり角の先で目にしたのは――

 

 

 

 

 

「や♥」

 

 

 

 

 

 ノーメイクの腹が立つほどイケメンなヒソカだった。

 

「ぎゃーーーーっっっ!!」

 

 もちろんソラは、死者の念の100億倍会いたくなかった天敵の登場で盛大に悲鳴を上げた。

 

 * * *

 

 ソラの絶叫に思わず他の部屋の闘士が「うるせーぞ!!」と怒鳴って部屋から出てくる。

 ゴンとキルアも、「ソラ!?」「どうした!? 何があった!?」と言いつけを守って部屋からは出ないが、扉を激しく叩いてソラの安否を問う。

 

「ごめん! 大丈夫!! いや、大丈夫じゃないかも! ヒソカがいやがった!!」

 

 とりあえずソラはゴンとキルアの心配を軽減させようと思って返答するが、天敵登場でパニクっている所為か自分でも大丈夫じゃないと言ってしまっている。

 

 ソラの返答で無関係の闘士たちは全員、無言でドアを閉めて鍵をかけた。メイクをしていなかったので相手が誰か気付かなかったらしいが、奇術師だとわかったら騒音のクレームをつける気など瞬間で消え去ったのだろう。

 そしてゴンとキルアは一瞬間を置いてから、キルアはややこしい状況をさらにややこしくするヒソカにキレて「死ねーーっっ!!」と叫び、ゴンがキルアを宥める声がうっすらと聞こえてきた。

 

 そんなだいぶカオスな現状を、そのカオスを生み出した元凶は一切気にせず非常に機嫌良さそうにソラに声を掛ける。

 

「や♥ 久しぶりだね、ソラ♦ 会いたかったよ♥」

「そうか私は一生会いたくなかったから今すぐに死んでくれ!! っていうか、何でお前が今ここにいる!?」

「今日の試合でソラが見てくれてるのに気付いたから、せっかくソラが来てくれたのなら挨拶をしなくちゃと思ってね♥」

 

 前半の切実かつ無茶な頼みごとはいつものことなのでヒソカは無視して、ノーメイクのイケメンが台無しのニヤニヤとした笑みを浮かべて後半の質問に答える。

 まさかと思っていたが、本当にあれだけ多くの観客がいた試合で、あれだけ広い観客席にいたソラにヒソカが気付いたという事実がソラの全身に鳥肌を立たせる。

 

 それだけでも怖気が既にMAX状態なのに、さらにヒソカはソラに対しての嫌がらせとしか思えないことを言い出す。

 

「けど、さすがにキルアが横にいなかったら気付かなかったなぁ♠

 ソラ、その格好はイメチェン? すごくいいね♥ 絶景絶景♥ イルミに見せたいから写真撮っていい?」

「どこ見てんだてめーは!?」

 

 殺気と一緒にねっとりとした最高に気持ちの悪い視線が自分の全身を這うのを感じ、ソラは自分の体を抱きしめて半泣きで絶叫する。

 そんなソラを実に楽しそうに眺めながら、奇術師はいけしゃあしゃあと答えた。

 

「主に脚かな♥」

「質問したわけじゃねーよ!! 答えんな! 見るな!!」

 

 言いつつ答えの通りショートパンツとニーソで強調されたソラの美脚に視線をやると、ソラはキレながらパーカーの裾を引っぱって、実に魅力的な絶対領域を隠した。

 ゴンとキルアがこの光景を見れば、ソラは露出を恥ずかしがらないのではなく、ただ単にゴンとキルアはそういう目で見ないと思っているから気にしなかっただけだと理解するが、ゴンはともかくキルアにとっては非常に複雑な信頼だろう。

 

 そしてやはり人並みの羞恥心があると理解しても、ソラの無防備さにキルアはキレて、ゴンは頭を抱えるに違いない。

 この女、涙目で脚を隠しているが、パーカーを下に引っ張れば今度は胸元が開いて赤いビキニタイプの見せブラと薄い谷間が見えることに気付いていなかった。

 

 せっかくなのでこちらは指摘せずに、これはこれでな絶景を楽しみながらのうのうとヒソカは尋ねた。

 

「ところで、ソラ♣ キミは気付いてる?」

 

 あまりにシンプルすぎて意味不明な問いだが、何が言いたいかを理解できる自分が嫌なのか、ソラは舌を打つ。

 

「……お前の尻ぬぐいをさせんじゃねーよ、マッドクラウン。マジで頼むから、責任とって死んでくれ」

「あ、やっぱりボクの所為なんだ♦」

 

 質問の答えになっていないソラのクレームに、ヒソカは腹立つくらいにこやかに笑いながら自分の背後……正確には斜め後ろに視線をやる。

 ソラも眉間に皺を寄せてもう一度舌を打ってから、ヒソカと同じ場所に……窓に視線を向けて言った。

 

 がたがたと、激しく音を立てて揺れる窓に。

 200階という超高層階で、強風が叩きつけているように揺れるただ一つの窓に。

 

「ヒソカ。お前が元凶なんだから責任とって働いて死ね」

 

 ソラは初めから気づいていた。

 あの複数人が融合した死者の念は、「死にたくない」「生き返りたい」という未練だけでよせ集まった者ではないと。

 

 その程度にしか共通点がないのならば、天空闘技場という場所柄、人死には日常茶飯事とまではいかなくても珍しいとも言えないここならば、あの死者の念はもっと多くの人間と融合しているはずだ。

「死者の念」の除念は絶望的であるのは事実だが、一概に全てが例外なく強力で絶望的という訳ではない。

 本当に強力と言える死者の念は、少なくとも自分個人の能力である“発”が型として完成している念能力者の“念”がほとんどだ。

 

“念”に目覚めたばかりの者や一般人が死に際の最後の足掻きで目覚めた死後の念は、9割方が死によって生まれる莫大なエネルギーをそこに留めることで精いっぱいとなってしまい、能力として正しく機能していない。

 ただ死んだ場所に佇んで、死にたくなかったという未練や自分が死んだ原因に対しての恨み言を吐き続ける、所謂「地縛霊」の類はそういう正しく「念能力」として機能していない「死者の念」であり、それは珍しいものではない。人死にが多い場所なら、たいてい1,2体はいるくらいだ。

 

 なので当然、天空闘技場にもそのような「死者の念」の最低級と言っていい「幽霊」は多い。各階に一人くらいはいるといっても過言ではない。

 なのに、死者の念を吸収する死者の念という存在でありながら、ここは最高の餌場だというのに6人という二桁にも満たない数で済んでいるということは、あれは死者の念なら無条件に吸収できるものではないということくらいすぐにわかる。

 

「死にたくなかった」「生き返りたい」は、吸収できる死者の念の条件にはならない。

 そんなのは、幽霊などという一般人でも生み出せるような「死者の念」を最低条件みたいなもの。そんなものは無条件とほぼ同意だ。

 

 ……ソラからしたら、初めからもう一つくらい吸収して融合する条件があることくらいわかっていたが、その条件を知ったところであの死者の念に関して何か有利になる訳でもなかったし、興味もなかったのでわざわざ調べなどしなかったが、今日の試合で、正確に言えばキルアからの情報でいらないのに気付いてしまった。

 

「8勝3敗6KO。KO数は死人の数」

 

 これで、気付かない訳がない。

 あの死後の念は、特定の人物によって殺された者の集合体。

 

 彼ら6人……いや、7人を繋ぐ未練は、「死にたくなかった」という原始の願望と、自分を殺した者に対しての復讐心だ。

 

 ソラが「戦うな」と忠告した一番の理由は、ただ単にこれ以上融合する死者の念が増えて厄介な事態にしたくなかったから。

 同時に、強く止めなかったのはこれはこれで楽かもしれないと思ったから。

 

「有り得ざるもの」を見つけることに特化したソラでさえも見つけるのが困難な混沌が、自らやって来てくれるのではないかというソラの期待は現実となった。

 

 ゴンやキルアほどではないが、本日の犠牲者にして仲間は奴らを収めるに値する「器」だった。

 ひどく壊されて、壊れていたが、それでもようやく見つけた「器」に必ず奴らは潜り込むとソラは確信していた。

「器」を得たのなら、物理的な干渉力を失って、誰とも波長が合わない不活性の混沌(カオス)だからこそ見つけることが出来なかったものを、見つけることが出来るかもしれないという、人でなしな期待を懐いたからこそ、ソラは強くは止めなかった。

 

 窓が揺れる。

 いや、もう揺れるなどという可愛らしいものではない。

 

 バンバンと叩きつける音がする。

 叩きつけて、窓を無理やり開けようとする者がいる。

 

 200階という超高層階の、ベランダどころかも落下防止の鉄格子すらないはめ殺しの窓を。

 他の窓は静寂を保っているというのに、ヒソカとソラから一番近い窓だけが蜘蛛の巣状に罅が入り、その細かい罅によって白く曇っても激しく揺れ続け、音を立てる。

 

 そんな窓を、その窓にしがみついてへばりついて、頭を大きくのけぞらせては窓に叩きつけてぶち破ろうとしている「もの」を、ソラは冷ややかなスカイブルーの眼で、ヒソカは実に楽しそうに見た。

 

 

 

 

 ――血の気が失せ、目は濁って焦点が合っていないカストロをただ眺めていた。

 

 

 

 

 

 遺体安置室がどこにあるかなど、ソラもヒソカもまるで興味がないので知らないが、おそらくはそう近い階ではないだろう。

 外壁をよじ登ってきたカストロの指先が、爪どころか肉がほぼ削れて骨が露出しているのがその証明だ。

 

 しかしそこまでの傷を負いながらも、出血そのものは少ない。

 当たり前だ。彼の体の血流はとっくの昔に止まって、血液はもうすでにほとんど固まっているのだろう。

 

 生きてなどいない。

 これはただの残骸。

 

 だからこそ満足などしていない。

 これは物理的な干渉力を失っている「中身」が、一時的に干渉するために得た仮初の器。

 こんな残骸よりも、自分たちの「中身」を収めるにふさわしい「器」があることを知っているから、多少壊してでもその「器」を得るために一時的に使っているに過ぎない。

 

 いや、もしかしたら求めているのは「器」ではないのかもしれない。

 

 ただ「彼ら」は自分たちを繋ぐ「未練」そのものがそこにいることを感じ取って、最短距離でやって来ただけのかもしれない。

 

 自分の命を刈り取った死神の奇術師と、自分たちを収めることが可能な「器」。

 それらが集まっているこの階に、訪れない道理などあるわけがなかった。

 

 窓枠にしがみついて、頭突きで力任せにカストロの「死体」は窓を破って侵入を果たす。

 正確に言えば、勢い余って転がりこんだ無様なもの。

 頭から床に受け身も取らずに墜落して、ゴキリと首辺りからあからさまに嫌な音がした。

 

 それでも、糸に繋がったマリオネットのようにそれは、カストロは起き上がる。

 

 曲がるはずのない角度に首を曲げたまま、濁った眼は左右で別々の方向を向いたまま、糸がもつれて絡まったマリオネットのようにぎこちなく、それでも奴は、「奴ら」はこちらに顔を向けた。

 

 そんな悪夢的な光景を前にしても、ソラはただ心の底から面倒くさそうなため息をつくだけ。

 

「良かったな、ヒソカ。少しはお前好みの骨がありそうな奴になったぞ」

「うーん♣ むしろ骨の意味がなくなってるよね?」

 

 自分でないとこの「死者の念」は、死体を壊しても逃げられてまた探し出さなくてはならないということはわかっているのだが、どう考えてもヒソカの所為で複数人融合、本日新たな犠牲となったカストロ合わせて7人分の死者の念を相手にしなくてはいけないという事実がソラのやる気を全力で削ぎにかかっているのか、ソラはヒソカの背中を押して、カストロのゾンビを押し付けようとする。

 

 そんなソラの言葉に対して、首の折れたカストロを見て皮肉気に笑ってからヒソカは、ちょっとだけ困ったように眉根を下げつつも、やはりどこまでも癇に障る笑顔で言った。

 

「それと、ごめんねソラ♠ 責任取ってあげたいのはやまやまなんだけど……」

 

 ヒソカの「責任」という一番彼に似合わないし説得力もない言葉に、気色の悪いものを感じて浮き出た鳥肌を撫でながら「……何?」とソラが先を促すと、ヒソカは自分の試合中にカストロにもぎ取られたはずの両手を、その指を器用にワキワキと動かしながら、殴りたくなるような笑顔で言い出した。

 

「ごめん♦ これでも完治してないから、あんまり本気出せないかも♥」

 

 間違いなく、両手を犠牲にしなくてもこの男ならカストロに勝てたはずなのに、思ったよりも「美味しく」育たなかったカストロとの戦いを少しでも美味しく味わおうとした、自慰同然の自傷で「本気が出せない」と言い出した。

 とことん、迷惑しかかけない男である。

 

 そんなクソ迷惑な奇術師にソラは、一瞬真顔になってから笑顔で親指を立てた。

 眼は全く笑っていない笑顔で、言い放つ。

 

「いや、もういい機会だからこれを期に死ね!!」

「キミの隙あらばボクに自殺をお勧めする姿勢は結構好きだなぁ♥」

 

 もちろん、ソラの渾身の懇願もどストレートな嫌味もこの男には通じなかった。






次回の61話目を書き上げてから投稿する予定だったけど、感想でカストロの生存フラグを期待されている方が多かったので、待たせて原作通り死亡のこの展開はどうかなーと思って本日更新しました。

カストロが原作通りの展開なのは、作中でソラが語った通り「カストロはヒソカを恐れていた」と私が解釈しているからです。
この解釈通りだと、カストロは試合放棄して逃げ出さない限り、生存はあり得ないだろうと思い原作通りの展開になりました。



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