死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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59:忠告

 ソラが天空闘技場にやって来てから三日目。

 さすがに三日も経てば慣れたのか、ウサ耳パーカーを今は挙動不審にならず着て歩きながら、疲れたような溜息を吐いた。

 

「見つからないなぁ。こういう時、“円”がほとんど出来ないのはやっぱ不便」

 

 闘技場内ロビーのテキトーなベンチに座って、ソラは独り言で愚痴った。

 もちろん、愚痴の理由も内容も三日前に見つけた死者の念に関してだ。

 

 ウイングに説明したように、複数人が融合したことによって人格もオーラの系統も混濁している死者の念は、ただでさえ“凝”をしようが“円”をしようが他の念能力者のオーラにまぎれて非常にわかりにくいのに、理性も知性もないどころか獣としての本能もなく、薄らぼんやりと覚えている自分たちの「未練」に従って夢遊病患者のようにただフラフラと彷徨う所為で、どこで何をしているのかという行動予測が全く立たないため、三日たった今もソラは始末どころか逃がしたその“念”を見つけられずいた。

 

 ただ、見つけられないのは死後の念の特異性だけではなく、この闘技場、特に200階クラスのエリアをうろついていたら、ソラの天敵の一人であるヒソカと鉢合わせしそうだから積極的に探せていないというのも大きくあった。

 

 今のところ「どうかあの変態マッドクラウンに私の存在が気付かれませんように」という祈りの効果か、ヒソカと鉢合わせすることも向こうが気付いて接触を図ることもまだ起こっておらず、ソラはこの幸運がせめてゴンの修業が再開されて、ヒソカとの試合が行われるまで続くことをさらに祈る。

 

 もちろん、祈っているが期待はしていない。

 

「お、いたいた。おーい、ソラ!」

「ん? キルアか。どうしたの?」

 

 割と不毛な祈りはキルアがやって来たことでとっとと終わり、今日はやけに多い客の間をキルアは器用にすり抜けてソラの元までやって来て、2枚のチケットをぴらっと見せて言った。

 

「ソラ、どうせ暇なんだろ? これ見にいかね?

 ゴンがまだあと1ヶ月“念”の修業禁止だから、試合見るのも禁止されてるんだよ」

 

 ソラが暇であると失礼な決めつけをして誘うキルアに、ソラはやや苦い表情をする。

 

 苦い表情と言っても、別にソラはキルアの発言に怒っていない。

 死者の念のことはもちろんソラはキルアやゴンには言っていないので、キルアがソラは何をしているのか知らないのは当たり前であり、そして実際にその死者の念を探すこと以外にソラにすることはない。

 ゴンが(すでに完治しているが)治療中なのと、ウイングの言いつけを守らなかった罰としてあと1ヶ月は“念”の修業はなしなので、それに付き合っているキルア共々“念”の修業の手伝いも出来なければ彼らの試合を見る機会もない為、実際にソラは割と暇だった。

 

 なら何故、苦々しい顔をしているのかは、キルアは訊くまでもなくわかっている。自分が見せているチケット……本日行われる試合がヒソカのものであるいうことが、この何とも微妙な苦笑の原因である。

 

「……今日はやたらと客が多いなと思ったら、こいつのせいか」

「おう、すっげー大人気だぜ、ヒソカ戦。ダフ屋が出来てたくらいだし」

 

 ソラが周囲を「よくあんな変態の戦いを見たがるな」と言いたげな目で見渡しながら言うと、キルアの方は面白がって笑いながら、少し調べたらしい天空闘技場(ここ)でのヒソカの情報をソラに語る。

 

「やっぱタダ者じゃないな、あいつは。11戦して8勝3敗6KOで、KO数イコール死人の数。3敗は全部、めぼしい相手が見つからない間に準備期間がなくなったから登録だけした不戦勝。

 で、11戦して相手にとられたポイントは、ダウン1回、クリーンヒット3回の4(ポイント)のみ。

 もう実力は間違いなく、ここのフロアマスター級だな」

「……改めて考えると、ヒソカよりもそんな相手と割とノリノリで戦いたがってるゴンの方がヤバいよね」

 

 ソラのセリフにキルアも改めて考えてみたのか、ちょっと親友に対して引いたような苦笑を浮かべて「……だな」と控えめだが同意した。

 しかし、ゴンとヒソカが同類というか割と類友という情報は、あっても得どころか最悪の気分にしかならないので、キルアはそれを見なかったことにして話をヒソカの話題に戻す。

 

「で、カストロ……今回の対戦相手なんだけどさ、こいつは唯一ヒソカからダウンを奪ってる相手なんだよ」

「! へぇ。やるじゃん、そいつ」

 

 ソラの方も自分で言っておいてキルアと同じく見たくなかったのか、キルアの戻した話題に乗ってその相手を素直に称賛する。

 

「あぁ、ついでにクリーンヒットの2Pもそいつで、今回の試合はお互いが示しあわせた因縁の対決らしいんだよ」

 

 説明しながら、キルアはちょうど天井近くに設置されたモニターを指さした。

 そこにはちょうど、ヒソカの対決相手であるカストロという男が以前に受けたらしいインタビュー映像が流れていた。

 

 それを見て、ソラは意外そうに少し目を丸くする。

 指さしたキルアも、カストロの姿を見るのは初めてなのだろう。「どんなゴリラかと思ったら、優男だな」と率直な感想を口にしていた。

 

 キルアの言う通り、カストロという男はキルアやゴン、ズシといった子供ほどではないが、野蛮人の聖地であるこの天空闘技場では明らかに浮くほどの優男だ。

 武道家だの格闘家だという職業や肩書よりも俳優だの芸能人だと言った方が説得力があるのは、整った優し気な顔立ちをしているだけではなく、武道家らしくないヒラヒラしたローブのような服装と、やけにインタビュー慣れした様子の所為だろう。

 

 おそらくはあのルックスと、そしてヒソカに負けてから9連勝という実力が注目を浴びて、何かと取材を受ける機会が多くて慣れたのだろうが、インタビューを慣れるほど受ける時点でやはり武道家という肩書に合わず、結構派手好きの目立ちたがり屋かもしれないとも考えながら、ソラとキルアはそのインタビュー映像をしばらく一緒に眺めていた。

 

《勝算がないのなら戦いませんよ。2年前とは別人だってところをお見せします》

 

 カストロのセリフに、キルアは不敵に笑いながら「大した自信だな」と呟き、ソラは若干顔を青ざめながら言う。

 

「っていうか、こいつらの試合が2年前ってことは私がここから出て行ってすぐにヒソカが来たってこと?

 うわっ! 私、あぶなっ! 下手したらこの頃からあの変態に目を付けられかけたのか!」

 

 今更になって、ヒソカが天空闘技場の闘士になった頃と自分が闘士だった頃がギリギリ重ならなかったことに気付いて、ソラは当時の自分の幸運に胸を撫で下ろす。

 2年前にヒソカに会わずに済んで良かったという安堵でいっぱいいっぱいなソラは、ある可能性に気付いてなかったので、その可能性に関しては代わりにキルアが突っ込んでおいた。

 

「っていうか、そもそもあいつがここの闘士になったの、お前の噂を知ってお前目当てできた可能性が高くね?

 なぁ、『雪髪戦姫(ゆきがみせんき)』」

「きゃーーっっ!!」

 

 キルアがニヤニヤ笑いながらぶっこんできた呼称に、思わずソラは悲鳴を上げる。

 周囲の視線をやたらと集めるが、そんなのお構いなしでソラはキルアの肩につかみかかって、赤い顔で詰め寄った。

 

「キルア! それどこで知ったの!?」

「たかだか2年前だからな。動画を漁ったらお前の試合なんていくらでも出てきたぜ。200階未満の試合なら、ウイングも別に文句言わず見る許可くれたしな」

「待って! キルアだけじゃなくてゴンも見たの!?」

「見たぜ」

 

 キルアの答えに、ソラは今度は両手で自分の顔を覆い隠して、椅子に座ったまま項垂れた。

 三日前の自分の格好をゴンやキルアに見られた時と似たような反応をしてしまうほど、ヒソカの「休みがちな死神」と同じようにつけられたソラの天空闘技場での二つ名、おそらくは唯一の女性闘士であったことと、白と黒のツートンカラーでちょうど土に雪が積もったような髪から取られた「雪髪戦姫」が恥ずかしいらしく、項垂れたままソラは「……言っとくけどそれ、私が自称したんじゃないよ。勝手につけられたんだから」と言い訳していた。

 

 言い訳されるまでもなく、初めてその二つ名を実況で叫ばれた時は本人が「何その恥ずかしい二つ名! 誰の事!?」と叫んで観客を爆笑させていたのもしっかり動画に残っていたので、キルアもゴンもそこは誤解していない

 ついでに動画で見たソラの戦闘を思い出して、どうしてこの女は厄介なファンが生まれるほどの人気闘士になったのかを理解した。

 

「お前さぁ、何であんなにプロレス技多用してんの?」

 

 この女、本当に女であることが信じられない程に決め技がプロレス、それもやたらと派手な技ばかりだった。

 元々、強くなるためではなくて加減を覚えるために闘士になったので、他の闘士とは初めからレベルが違い、闘士になった当初こそは苦戦や敗北も多かったがそれは手加減のし過ぎ、ビスケにつけられたハンデが大きすぎたからであって、慣れてくれば完全に試合はソラの独壇場、そうなると余裕が生まれてこの女はやたらと派手な大技を披露していた。

 

 ただでさえ、顔を隠していても美形だとわかる闘士というだけで注目が集まるのに、殴る蹴るといった地味で泥くさい試合より、ジャーマンやシャイニングウィザードを芸術的なまでに綺麗に決める選手の試合の方が見ていて楽しい。完全なエンターテイメントだ。そりゃ、ファンが出来るしその中にストーカー級が紛れてもおかしくない。

 

 そして実力者がソラの試合を見ていれば、ソラがパフォーマンスの側面が強い為、実際の試合や戦闘でそう簡単に綺麗には決められないはずの技を決めまくるだけではなく、試合によっては一切片手を使っていないなど、ビスケに与えられたハンデにも気付く。

 そのハンデに気付いたらソラの実力があの試合よりもはるか高みだということにも当然気付き、今以上の強さを求める者、とにかく強者と戦いたい者が寄ってくるのも自明の理。

 

 だからヒソカも何かの拍子でソラの天空闘技場での試合を見たのならば、間違いなくあの男はソラ目当てで登録してこの200階まで駆け上がって来るだろうとキルアは考えた。

 まぁ、いくら顔を隠して髪もツートンカラーから白一色になっていたとはいえ、試合じゃ普通に名前は呼ばれているのにハンター試験時で気付いていなかったので、これはほぼ空想に過ぎないともキルアは思っている。というか、空想であってほしい。

 

「……プロレスは淑女の嗜みなんだよ」

「それを嗜んでる時点で淑女じゃねぇよ」

 

 ソラへの突っ込み兼、素で疑問だった問いの回答はやけに遠い目で答えられたが、はっきり言って答えになっていない。

 百歩譲って護身術なら淑女の嗜みと認めてもいいかもしれないが、プロレスはどう考えても護身術に向かない。明らかに、守らず狩りに行っている。

 

 しかし、キルアのさらなる突っ込みに意味はなく、ソラはまた更に遠い目になって追い打ちをかける。

 

「私もそれ言ったけど、その趣味と凛さんへの対抗意識以外完璧な淑女がそう言って譲らなかったんだよ」

「わかった。お前の世界のレディって、こっちの世界じゃアマゾネスと同義なんだろ」

 

 ソラの答えを聞かずに嫌な結論を出して、無益にもほどがある話題を打ち切ってキルアは握っていたチケットをもう一度見せつけてソラに再び訊く。

 

「で、結局どうすんだ? 見に行くのか行かないのか決めろよ」

「ん? もちろん行くよ」

 

 サラッと即答し、ソラはキルアの持っていたチケットを一枚抜き取り、キルアは思わずきょとんとした顔になってしまった。

 試合相手が相手なため、観戦さえも嫌がる可能性は低くないと思っていたので、こうもあっさり了承するとは思ってなかった。そもそも、だからキルアが取ったチケットは自分とゴンの二人分だけだったのだ。

 

 そんなキルアの反応をソラの方こそ理解できないのか、首を傾げて「どうしたの?」と尋ねるものだから、キルアは「良いのかよ? ヒソカの試合だぞ」と念押しする。

 

「あー……。確かに正直言って見たいか見たくないかと言えば、見たくないよ。あいつが見ていて気持ちのいい試合なんかするわけないし、観客席からでも私を見つけてきそうで本当に嫌だけど」

 

 キルアの念押しで理解し、気まずそうに笑ってから観客席にいても見つけられてあの気色の悪い殺気を飛ばされるのを想像したのか、ソラは浮かび上がった鳥肌を撫でさする。

 そこまで嫌なのに、それでもソラは微笑んで答えた。

 

「でも、君からのデートのお誘いなら喜んでいくに決まってるじゃないか」

「なっ!? で、デートじゃねぇよ!! ゴンがいないから仕方なく代わりにお前を誘ってやっただけだっつーの!!」

 

 ソラの答えに、瞬間的に真っ赤になったキルアが否定する。

 否定しながら「ウイングの石頭グッジョブ!」と思ってしまったことは、ゴンに悪いので一生秘密にしておくことにした。

 

 * * *

 

 闘士の控室前で警備している闘技場スタッフの前に、そこらの観葉植物の鉢から拾った小石を投げつけて意識を逸らし、“絶”状態のままキルアは素通りした。

 ソラの「デート」発言で恥ずかしくなって一緒に観客席まで行きたくなくなったのと、普通にカストロの実力が気になったので、ソラに「先に行っとけ」と言ってキルアはカストロの控室前まで忍び込んだ。

 

 いくら相手がスタッフよりはるかに強者であろう闘士だからといって、警備がザルすぎだろとキルアはやや呆れながらカストロの部屋の扉をまずは覗く。扉は初めから半開きだった為、開ける必要がなかった。

 部屋の中でリラックスした様子で椅子に座っているカストロは、イルミ同じくらい長い髪にひらひらとしたローブにマントという服装の所為で、やはり武道家にはどうも見えない。

 

 それは“絶”をしているからとはいえ、扉が開いているのキルアの存在に気付いた様子も一切見られないからもあるだろう。

 そのことにキルアは拍子抜けして、この後どうするか、もうソラの元に戻るかそれとも少しだけちょっかいをかけてみるかを考えていた時……

 

 

 

「私に何か用かい?」

 

 

 

 唐突に、背後から声を掛けられた。

 

 その背後の声の主を視線だけ一瞬向けてから即座に、キルアは再び視線を元に、部屋の中で座っていたはずのカストロに戻す。

 

(いない!)

 

 そこにいたはずの、武道家らしくない印象の優男は影も形もなくなっていた。

 そのことを確かめてからキルアが背後の声を掛けてきた男と向き合えば、やはり一番高かった可能性は除外されて、不可能さがだけが際立った。

 

 キルアの背後で声を掛けたのは、間違いなくカストロだった。

 しかも、その姿はキルアが部屋で見た男と寸分も変わらない。顔はあまりちゃんと見える角度ではなかったが、そうそう人を見間違うような節穴な眼ではとても暗殺者はやっていられなかったので、あの部屋で椅子に座っていた男はカストロと背格好が良く似た他人だったという可能性は除外するしかない。

 

 しかしそうなると、カストロのしたことは瞬間移動ぐらいの非常識を持ち出さないと不可能になる。実際に念能力なら有り得るのだが、さすがにキルアはまだ念能力の非常識さを知らなかった。

 

(こいつは確かにあのイスに座っていた!! いつのまに……

 俺に気付かれず素早くドアを開けて、俺の横をすりぬけ背後に!? 絶対にありえない!

 俺がドアから目を離したのはこいつが背後から声を掛けた後だ。そんなスキはなかった!! どうやって……)

 

 内心の焦りをおくびにも出さずにキルアは、いけしゃあしゃあと誤魔化しのセリフを吐き出す。

 

「いやぁ、サインもらおうと思ってさ」

「私の? それは光栄だな、キルア君」

「え?」

 

 しかし、キルアの誤魔化しはお見通しだったことをさっさと明かされる。

 カストロは柔和な笑顔を浮かべながら、「同じ200階クラスのライバルくらいチェックしてるよ。ゴンって子は一緒じゃないのかい?」と、キルアだけではなくゴンのことも知っていると伝えて、さすがのキルアも言われるまでもなく子供の自分たちが200階入りした時点で、顔と名前くらいは知られていて当然だったと反省しながら負けを認める。

 

「ぜーんぶバレバレなのね」

 

 ただの子供ではないことを知った上で話しかけてきただけあって、カストロはキルアが忍び込んだことを咎める気はサラサラないらしく、やはり穏やかに笑ったまま「今日は敵状視察かい?」と尋ねてくる。

 そこはさすがにキルアは否定して、自分の好奇心を正直に答えておいた。

 

「いやいや、ちょっとあんたを近くで見たかっただけさ」

 

 その答えに、カストロは少しだけ微笑みを薄めてさらにキルアに尋ねる。

 

「――で、私の印象はどうだい?」

 

 カストロの問いに一瞬だけキルアは間を置いて、どのような答えならば先ほどの彼の不可解な移動に関してのヒントを得られるかどうかを考えたが、そもそもカストの能力はもちろん人柄の情報も少なすぎると判断して、諦めて率直な感想に留めておいた。

 

「相当やるね」

「ありがとう。キルア君の“絶”もなかなか見事だったよ。

 だが、気配を消すならこの階に来る前からじゃなきゃ意味が無い。君ほどの使い手の気配が急に消えたら私でなくても警戒するよ」

 

 キルアの返答が割と本心から嬉しかったのか、カストロは再び笑みを深めてキルアの実力も称賛する。

 しかし同時にキルアの未熟さも指摘してきたので、プライドの高いキルアはその指摘に悔しそうな顔になると同時にその指摘に補足が加えられた。

 

「そうそう。もしくはスイッチを切るように“絶”じゃなくて、徐々にオーラを薄めていくっていうのもあるね。いちいちいったん離れて“絶”よりこっちの方が尾行とかには都合がいいから、出来るようになった方が良いよ」

 

 唐突なカストロの指摘に対する補足の声に、キルアだけではなくカストロも笑顔を消し去って強張った顔になる。

 が、その声の主を見てすぐに、その人物があまりにも敵意も何もないことに拍子抜けしたような顔になった。

 

 敵意も戦意も欠片もなく、壁にもたれたままヘラリと笑ってソラは振り返ったキルアに向かって手を振った。

 

「!? ソラ! 何でお前もここに!?」

「いや、私も少し興味湧いたから」

 

 キルアが尋ねるとソラはケロッとした顔で言い、その会話にカストロが困ったように笑いながら割り込んで問いかける

 

「……君は、キルア君のお姉さんかな? いや、君の存在には全く気付かなかったよ。いつからいたんだい?」

「ついさっきですよ。私はさっき言ったような徐々にオーラを薄めるっていう芸当は諸事情でほぼ不可能だから、わざわざ190階まで一度降りてから“絶”して来たんですよ」

「なるほど。さすがにキルア君と一緒に来ていたのに気付かなかったとかじゃなくて良かったよ。

 そうだとしたら、自信が一気に喪失するところだった」

 

 ソラの答えにカストロは苦笑してから、キルアに「美人なだけじゃなくて相当な実力を持つお姉さんだね。羨ましい」とリップサービスなのか本音なのかよくわからないことを言い出して、キルアのツンデレを無駄に発揮させる。

 

「こいつは姉じゃねーよ!!」

「おや? そうなのかい? それにしてはよく似て……」

 

 キルアの否定に、完全にソラとキルアを実の姉弟だと思い込んでいたのか、本気で意外そうな顔をして改めてソラの方に顔を向けたカストロが、何かに気付いたように目を丸くして固まった。

 その反応に凝視されているソラはもちろん、ツンデレを発揮していたキルアも怪訝そうに首を傾げた。

 

 幸いと言っていいのかどうかは微妙だが、二人がカストロに「どうした?」と尋ねる前にカストロは自分で答えを出したらしく、ソラを指さして確かめるように言った。

 

「……ソラ。……ソラ……。……もしかして君は、『雪髪戦姫』かな?」

「チガイマス」

 

 カストロの問いに、ソラは死んだ目でイルミでも珍しいレベルの棒読みで否定した。そこまで、あの二つ名が嫌らしい。

 だがソラの否定はキルアのツンデレと同じくらいわかりやすい嘘だったので、カストロはソラの返答を無視していきなりテンションを上げた。

 

「! そうか! やはり君が『雪髪戦姫』か!!

 初めまして! 君の試合は何度も動画で見させてもらっていたよ! リアルタイムで観戦できなかったのが残念だが、お会いできて光栄だ! 顔を隠していようが画質の荒い動画だろうが美人だとはわかっていたが、こんなにも可愛らしい美人だとはさすがに思わなくって気づかなかった!

 実は私は君の試合を見て、ぜひとも君とお手合わせがしたくてここの闘士になったんだ! けれどここを訪れた時には君が引退した直後でずいぶん落ち込んだものだが、諦めて去ってしまわなくて良かったよ!!」

 

 外見やキルアに対しての言動でウイングに近い穏やか温厚な性格かと思ったら、本質はゴンやズシと同じく直情バカの類なのか、いきなりテンションを上げたカストロはソラの手を両手で握りしめて、出会えたことに驚喜しながら一方的に捲し立てる。

 

 カストロの予想外の行動に一瞬唖然としてしまったキルアだが、カストロが喜びのあまりに何をしているのかに気付くと、わかりやすく怒りのオーラを湧き立たせて言った。

 

「おい! 引いてんだろ! 離れろ!!」

「え? あぁ、申し訳ない。いや、まさかここに来るきっかけとなった憧れの闘士に出会えるなんて夢にも思っていなかったもので、つい……」

 

 キルアに怒鳴られてようやく冷静さを取り戻したカストロが、キルアの言う通り自分のテンションの高さで明らかドン引きしているソラに気づいて、気まずそうに謝りながら手を離す。

 もちろん、そんな謝罪で本人はともかく素直じゃないくせに独占欲が非常に強いキルアの溜飲が下がる訳もない。

 

「おい、ソラ! もう行くぞ!!」

 

 もうキルアの頭の中からは、いったいいつ、どうやってカストロは部屋から出て自分の背後に回り込んだのかという疑問は残っておらず、ソラの腕を引っぱってカストロから離そうとする。

 が、ソラは「ごめん、ちょっと待って」とキルアを止めてから、まだやや引いている様子を隠しもせずにカストロに尋ねた。

 

「えーと、カストロだっけ? これから、ヒソカと戦うんだよね?」

「? あぁ、そうだが。……出来れば君とも対戦したかったから、今日で終わるのが残念この上ないな。

 どうだい、『雪髪戦姫』。もう一度、登録して200階で勝ち抜いてみないか? 君なら間違いなく女性初のフロアマスターになれるはずだ」

 

 ソラの問いに、カストロは当たり前すぎる予定なので一瞬何を訊かれたのかわからないと言いたげな顔になってから肯定し、そしてにこやかにソラを再び闘士に誘う。

 その誘いにキルアの眉が不愉快そうに跳ね上がったが、誘われた本人はさらりと無視して話を続けた。

 

「そう。……なら、一応ここの先輩として、そしてどうも憧れてくれているんならそのお礼に一つ忠告」

 

 どう見てもカストロに憧れを懐かれても嬉しくなさそうな顔と声音で、ソラは淡々と言い放つ。

 

「ヒソカへのリベンジは諦めなさい。あなたじゃ勝てない。死ぬだけだから」

 

 * * *

 

 あまりにもはっきり言い切られて、カストロは言葉を失っていた。

 キルアも先ほどまでのカストロに対する敵愾心はどこへやら、きょとんとした顔でソラを見上げていた。

 

 ソラはどちらの反応も気にせず「じゃ、それだけだから」と言って去ろうとしたので、慌ててカストロが呼び止める。

 

「!待ってくれ! ……それは、どういう意味だ?」

「? どうもこうも、そのまんま」

 

 キルアを連れてそのまま去ろうとしていたソラが、カストロの問いにこちらの方が不思議そうな顔をして答える。

 その様子に、さすがの憧れの闘士でも……いや、憧れだからこそプライドが傷つけられたのか、初めてカストロは穏やかな笑みを消してソラを睨み付けて言い返す。

 

「……一応言っておくが、私はヒソカに負けた後の9戦はどれも本気を出してないが、それでもその評価は変わらないのかい?」

「変わるも何も、私は今日初めてあなたの名前も顔も知ったんだけど? あなたの試合なんて、どれも見たことないよ。興味ないし」

 

 ソラはいっそ悪意で挑発している方がマシなセリフをサラッと吐き出し、さすがにキルアもカストロに同情して「おい、じゃあ何で負けるって決めつけてるんだよ」と尋ねた。

 

「実力以前の問題だから。どっちかって言うと、心得違いが問題だね。

 あなたは、骨の髄から『武道家』で『格闘家』。結局のところはお行儀のいいスポーツの枠組みの中で生きてる人だから、そもそもヒソカとは戦う土俵が違う。あいつをあなたの土俵に上がらせて戦うのならともかく、あいつの土俵で戦うにはまず、あなたの骨を引っこ抜いてあいつと同じ狂気を原料にした骨を代わりに埋め込むべき。

 それが出来ていない、今のあなたじゃ良いように遊ばれるのが関の山だって言ってるんだよ」

 

 キルアの問いにも、ソラはやはり淡々とした調子で答えた。

 その声音から感じられるのは、もはや勝ち目がない戦いに挑むカストロに対する同情や憐みではなく、ただただ退屈そうで呆れ果てているような、白けた声音だった。

 

 キルアだけではなく、カストロもその声音に込められた感情に気付いているのだろう。

 憧れが反転した屈辱と怒りを何とか抑えつけているような形相で、ソラに対して反論する。

 

「確かに、あいつの狂気は度が過ぎている。倫理観や道徳にこだわっていたら、あいつを倒すどころかかすり傷一つつけることが不可能なことくらい、最初の一戦をする前からわかっている!

 舐めるな。罪もない人を殺すつもりは毛頭ないが、あいつを殺す覚悟くらいならとっくの昔に決めている!!」

 

 ソラの言葉を「あなたに人を殺す度胸はない」という風に解釈したカストロがそう主張するが、ソラは困ったように頭を掻いて、「そういう考えに至る健全な思考な時点で無理なんだよなぁ」と呟いた。

 キルアもカストロと同じ解釈をしていたので、ソラの呟きでそれが違うと知ってまた「どういうことだよ?」と尋ねようとするが、その前にカストロが言った。

 

「……君が何を言いたいのか、さっぱりわからないな。

 だが、それほど私の試合も何も見ていないのに言い切るのならば、私の今までを否定して侮辱するのならば、一つ承諾してもらいたいな。

 この試合に……ヒソカに私が勝てば私と手合せをすると。私の実力を侮ったことを詫びる気持ちがあるのならば、この提案を受けてもらいたい」

 

 カストロとしてはソラが憧れの人だからこそ、憧れの人に認めてもらいたいという思いがあったからこその提案だったのだろうが、ソラはその思いに気付いているのかいないのか、相変わらず白けたような声音で一蹴した。

 

「ヤダよ。私としては後味悪い、戦いにもならないもんを見るのが嫌だからやめろって言ってんのに、何で余計に戦わなくちゃいけない理由に私がなってやんなくちゃいけないんだよ」

 

 カストロの憧れを振り払って踏みにじるような発言だったので、カストロは怒りで顔を歪めて何かを叫びそうになったが、その前にソラは言葉を続けて黙らせた。

 

「あぁ、けどあなたの今までを否定も侮辱してるつもりもないよ。

 私としては、あなたの今までをここであんなマジキチ戦闘狂に終わらされるのがもったいないから忠告してるんであって、侮辱してるように聞こえたのならごめん」

 

 さすがにカストロが憧れの人に一番されたくなかったことをしていたわけではないとフォローを入れられ、少しは頭が冷えたのかソラへと向けられていた怒りや敵意が薄めて、まだ少し不満そうだが「……いや、こちらも短慮だった」と謝罪した。

 

 しかしソラはその謝罪も「別にいいよ」と軽く受け流して、カストロにもう一度「忠告」した。

 

「カストロ。どうしても戦うって言うのなら、これだけは頭に入れろ」

 

 酷く冷めた目で、期待すれば傷つくことがわかりきっているから何も期待していない、諦観が込められた夜空色の瞳にカストロを映して、ソラは最後の忠告をカストロに授ける。

 

「未来は無形だからこそ無敵なんだ。

 思考停止するな。止まってる奴が動いてる奴のスピードに敵う訳ねぇだろ」

 

「ヒソカと戦うな」以上に意味がわからない、あまりに抽象的な忠告にまたしてもカストロがきょとんとしている間にソラは、キルアの背を押すようにしてそのまま彼の控室から離れて行った。

 

 二人してまた“絶”になって警備スタッフの横をすり抜けて出て行ってから、キルアが「おい、あれどういう意味だ?」と、カストロと同じく最後の忠告の意味を理解できていなかったキルアが尋ねる。

 が、ソラは「どういう意味も何も、そのまんま。何もひねってなんかないよ」としか答えてはくれなかった。

 

 そのことに唇を尖らせながらも、キルアは質問を変える。

 

「……試合、見るのやめるか?」

「え? なんで?」

 

 本人が「後味わるい、戦いにもならないもんを見るのが嫌」と言っていたのでキルアは気を遣ったつもりだが、ソラに素で尋ね返されて思わず脱力してから突っ込んだ。

 

「お前、見たくないんじゃねーのかよ!?」

「ヒソカの試合っていう時点で、どんな試合でも見たくない度は一緒だよ」

 

 キルアの突っ込みに即座で言い返してから、ソラは自分の唇に指を当てて補足する。

 

「それに、カストロには悪いけどたぶんキルアやゴンは見といた方が良い試合になると思う」

「? ヒソカに勝つヒントが見つかるかもしれないからか?」

 

 自分とゴンに「見ておくべき」と推奨する理由を予測して尋ねてみるとソラは首を振って否定して答えてくれた。

 

「ううん。そうじゃなくて……」

 

 夜空色の瞳は、何も映していなかった。

 

「カストロの負け方は多分、反面教師として良い教材だから」

 

 忠告はした。けれどその忠告を聞く気はなく、自分の愚かさに気付きもしないで自ら死地に向かう者を、「人」として見ることは無駄なストレスになると言わんばかりに、彼女の目にはもうカストロという「人物」は映っていなかった。

 彼女にとって彼はもはや既に、キルアとゴンの為の「教材」でしかなかった。

 

 死にたくない。

 大切な人を守り抜きたい。

 

 そんな二つの狂気のために切り捨てられた「大切じゃない相手」に対して、キルアは同情しながらも何も言わず、ソラの隣を歩いた。

 

 カストロに同情しながら、ソラの狂気にぞっとしながらも、ちゃんと「人」としてその目に自分が映るのならそれで良いと思う自分も狂っているのかもしれないと思いながら。

 

 それでも、キルアは隣を歩いた。






天空闘技場編と言っておいてなんですが、原作沿いの展開はもしかしたらこの回だけかもしれません……。

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