死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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34:第6次聖杯戦争断章

 完全に素のきょとん顔を見て、わずかに懐いていた「話したくない内容だったのか?」という不安は完全に消えてなくなる。

 

「私が聞いたのは、お前の姉弟子が参加した聖杯戦争の話だけだ」とクラピカが答えれば、ソラは誤魔化すように明後日の方向に目を向けて言った。

 

「あー、ごめんごめん。そういえば私自身が参加したのは、通常のとは違ってものすっごいややこしい状態な挙句、私は終盤とはいえ途中退場(リタイア)しちゃったから、結末どころか未だ黒幕が何したかったのか、敵サーヴァントの正体とかわかんないところだらけで、話として消化不良すぎるから話さなかったんだ」

「……そんな理由で話さなかったのか、お前は」

 

 実にソラらしい理由に、脱力してクラピカは項垂れる。

 別にクラピカにとってソラが話してくれた「聖杯戦争」の話は、シーラからもらった「(ディノ)・ハンター」の物語と同じくらいの位置づけ、話してくれているソラ自身は関係のない、完全に終わった話だったので、後味の悪い所もあったがほとんど面白い物語としてお互いに認識していたし、そもそもソラ自身の話も、話してもらえなかったからと言ってクラピカにもソラにも何の支障もないのだから責める権利も必要もない。

 

 しかし、まさか「戦争」の名がつく通り正真正銘、命の取り合いに参加したソラ自身もクラピカが好きそうな話題程度にしか思っていなかったことに対しては、自分は怒ってもいいはずだと思いつつも、もはや怒る気力がわかない。

 

 色んな意味で脱力したクラピカに、「クラピカ―。ごめんってばー」とソラが何に対して彼がこんなに脱力してるのかわかっているのかいないのか、とりあえず謝る。

 そのやり取りを眺めながら、話の内容が理解できず置いてけぼりをくらっている3人を代表してレオリオが口をはさんで尋ねた。

 

「おい、お前ら二人が仲良いのはいいけどよ、お前らの会話が俺らにはさっぱりわかんねーよ。

 なんだよその『聖杯戦争』って不穏な単語は。説明しろよ」

「ん? 簡単に言うと、神話の英雄とか歴史の偉人とかを使い魔として召喚して、勝ち残った人の願いが叶うバトロワ」

 レオリオの突っ込み兼疑問に、ソラは本当に簡単にまとめて即答した。

 

「! 何それ! 神話の英雄とかを召喚ってどういうこと!?」

「! 願いが叶うってマジか!? どんな願いでも!?」

 

 すると、ゴンとレオリオが勢いよく食いついた。キルアはその二人の様子を、「……ガキか」と呟いて呆れたように眺めるが、ソワソワとソラの言葉の続きを待つ本心は隠しきれていない。

 

「興味の対象がわかりやすいね、君達」

 ソラは食いついてきた二人に少し苦笑してから、3人の期待通り「聖杯戦争」について話し始めた。

 

 * * *

 

「詳しく話すとゴンじゃなくても訳わかんなくて頭がパンクすると思うから大部分を端折るけど、『聖杯』って呼ばれる願望器があって、その願望器を起動させるのに必要な魔力として『英霊』って呼ばれる神話の英雄や歴史の偉人を使い魔として7騎召喚して、戦わせる。

 で、その召喚された使い魔は『サーヴァント』って呼ばれるんだけど、脱落したサーヴァントは聖杯の中身となって、サーヴァントの魂6騎分で願望器として起動できる。これがわざわざ魔術師本人が戦うんじゃなくてサーヴァントを召喚して戦わせる理由と、聖杯戦争の一番最低限のルールだよ」

 

 ソラ自身が言ったように、本気で大部分9割方を端折って説明した。

 実際、真の目的は万物の願望器としての起動ではなく魔術師が根源に至る為だとか、そのために英霊が「座」に還る瞬間を利用するためのサーヴァント召喚システムだとかは、話せば話すほど説明しなくてはいけない部分が増えるくせに、彼らが知っても理解しても何の意味もないので、この程度の説明と認識で十分だろう。

 

「……召喚した人の魂を、願いを叶えるための材料にしちゃうの?」

 何気に失礼なことを最初に言われたのに、ゴンは自覚してるからかそのあたりの事は全く気にせず、ソラの説明での「願望器を起動させるのに必要な魔力としてサーヴァントを召喚し、その魂6騎分を聖杯に収める」という部分を、酷く悲し気な顔をして訊き返す。

 そんなゴンを慰めるように、ソラの手が彼の髪をクシャリとかき混ぜた。

 

「魂と言っても、過去の人物の本物の魂を現代に呼び戻すことは不可能だ。正確に言うと、サーヴァントは本人の外見や能力、記憶や性格を完全コピーした魔力の塊でしかないから、非人道的なのは間違いないけど本人の存在が消滅するとか、そこまで絶望的ではないよ。

 そもそも、召喚される側の英霊も何らかの願いがあって聖杯を望んでる場合が多いから、自分の魂が材料にされるのは覚悟の上さ」

 

 この説明も正確に言えばだいぶ違うのだが、「英霊の座」という概念の説明をゴンに理解させるには多分丸一日かかるとこれまた失礼な判断をして、ソラは雑に嘘ではないが全然正確ではない説明で終わらせる。

 

「そうなんだ。……それでもまだ嫌だけど、でも良かった。死んだ後もまた死んで、しかも自分の命さえも物みたいに使われるんじゃないんだ」

 ゴンのピュアすぎる言葉に、嘘はついてないのに何故か酷い罪悪感にソラが襲われたのは、自業自得だろう。

 ソラだけではなく、「願いが叶う」という部分のみに興味を示したレオリオ、サーヴァントの魂が材料と聞いてもなんとも思わなかったキルアも、同じ良心の痛みに襲われながら、気を取り直してそれぞれ自分たちの懐いた疑問をソラにぶつけた。

 

「その『聖杯』ってやつに叶えられる願い事って、マジで何でもいいのか?」

「つーか、使い魔も願い叶えるために参加するんなら、最終的に召喚した魔術師を裏切るんじゃねーの?」

 

 いっそ清々しいまでに「願望器」にしか注目せず、自分の欲望に忠実なレオリオと、子供らしくない慎重さでえげつない可能性に気付くキルアに、「君達、疑問点が普通逆じゃない?」とソラが突っ込んでから答える。

 

「願いに関しては、実は私も詳しくはわかんない。私が聖杯を作ったわけじゃないから、願望器としての効果やキャパなんか知らないし、聖杯戦争は私が参加したの合わせて全部で6回行われてるけど、どれもサーヴァントが全滅したりとかトラブル続きで、結局一回もちゃんと起動したことないらしいから。

 ただ、うちのジジイが儀式に立ち会ってるし、確かあれ第三魔法の応用か何かだから、たいがいの願い事は叶うんじゃない?

 

 キルアの疑問に関しては、願いの内容とか規模と聖杯に収められた魔力の量によっては複数の願いを叶えることが可能だと思うけど、そもそもサーヴァントが召喚者であるマスターを裏切らない保険はちゃんあるよ。

 マスターの証として、『令呪』っていう刺青みたいなのが体のどっか、主に手の甲とかに現れるんだけど、それがサーヴァントに対する絶対命令権になってるんだ。3回までって回数制限があるけど、これで裏切りを防止できるし、あとサーヴァントが離れたところにいても自分の元に強制召喚させたり、サーヴァント自身を強化させるブーストとしても使えるから便利だよ。

 ……サーヴァントが強すぎて、マスターがヘボだと令呪の命令キャンセルされて下剋上されることもあるけどね」

 

 最後の「令呪キャンセル」を妙に遠い目で語るのを見て、キルアは「されたんだな」と勝手に納得して、そしてそのまま勝手に同情して何も言わないでおいてやる。

 代わりにソラの答えで脱力していたクラピカが、3年前に聞いた第5次聖杯戦争の顛末を思い出したのか、項垂れていた顔を上げて尋ねる。

 

「……ちょっと待て。聖杯戦争はお前の姉弟子が参加したもので終わりじゃなかったのか? 聖杯が汚染されて、願望器として意味が無いどころか害悪しか生まないものになっていたんじゃなかったのか?」

「あー……。それが、私が参加したというかさせられた戦争が、めちゃくちゃややこしくなってる要因なんだよねー。私が参加したのは願いを叶えるためじゃなくて、汚染聖杯をぶっ壊せっていうジジイからの命令だよ」

 

 クラピカが思い出した情報でソラの遠い目がさらに遠くなり、参加した理由を話すあたりでは目が死んでいた。

 その様子に全員が引きつつ同情しながら、また意味がよくわからない情報が出てきたことで首を傾げる。

 

「汚染って何の事だ?」

 レオリオが尋ねると、クラピカの方が先に答える。

 

「どうしてそうなったかの経緯はソラ自身も知らないらしいが、聖杯の機能が何故か第3次の戦争以降から、『願いを負の方向で叶える』という方向性に歪められてしまったらしい。

 ……例えるなら、レオリオが『金が欲しい』と願えば、宝くじが当たるなどという真っ当な叶い方ではなく、レオリオの親戚が短期間で、最終的にレオリオに遺産が行きつく順番で死んでゆき、お前の身内を全滅させて全財産が手に入るだろうな」

 

 クラピカの初めの説明では、レオリオだけではなくキルアもゴンもいまいちよくわかっていなかったが、出された例えで三人は一気に顔色を変えた。

 

「……もうそれは、一番最悪な呪いの産物じゃねぇか」

「うん、そう。そんな風に変質してしまったことに気付いてなかった4次では、その所為で聖杯戦争が開催された都市で大火災が起こって、5次でやっと聖杯の汚染がはっきり分かったからもう聖杯戦争は開催されない、汚染された聖杯も解体される予定だったんだけど……、そこまでの底なしの悪意で歪められて汚された聖杯を、さらに蹂躙して改造して利用しようとした、腐りきった老害がいたんだよ」

 

 レオリオの言葉を肯定し、ソラは自分の両手を強く握りしめた。

 言葉も声も静かだが、つい先ほどの自分の師に対する愚痴とは比べ物にならないほどの怒りが宿っていることくらい、この場の全員が理解できた。

 クラピカに話してくれなかった理由として、「物語として消化不良だから」というのは嘘ではないだろうが、やはり話したくない理由もあったのは、その青い炎に似た瞳の色が語っている。

 

「……ねぇ。ソラが参加した『聖杯戦争』ってどんなのだったの?」

 

 なのに、訊いた。

 全員が知りたいと思いつつ、触れる勇気が出なかった部分にゴンは、躊躇いがちだがそれでも彼は触れ、知りたいと訴える。

 ソラは瞳をいつもの夜空色に戻して、「面白い話じゃないよ。さっき言ったようにわかんない部分多いし、面倒くさい陰謀とか絡みまくりだし」とゴンに告げる

 

 しかしゴンは、退かない。

 

「うん、いいよ。俺、ソラの事がもっと知りたいから、ソラが何にそんなに怒ってるのか知りたいんだ」

 

 真っ直ぐに彼女を見返して、そう返した。

 

「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」

 義母がくれた、自分が一番好きな言葉のままに彼が答えると、またソラだけはなく三人もきょとん顔で自分を見返していることに気付き、ゴンは慌てて「あ、話したくないことならいいんだよ! いやな思い出で、話してソラが辛くなるんならむしろ絶対に話さないで!」と補足を加える。

 

「……あはっ! ゴン、君は本当にシンプルで素晴らしいな!」

 ゴンの「ソラに話したくないことを無理に『話して』と言っちゃった」という心配が杞憂であることを証明するように、彼女は晴れやかに笑った。

 

 ソラの言葉に今度はゴンがきょとんとする。

 その様子にソラが吹き出して、他三人もつられて笑う。

 知るためにはこちらも傷つく覚悟がなければならなかったのに、その覚悟が決められず触れる勇気が持てなかった自分に自嘲しながら。

 ゴンに羨望を抱きながら、笑った。

 

 * * *

 

「はじめに言ったように、私が参加した第6次はルール捻じ曲げられて、今までの聖杯戦争とはかなり違ってややこしい状況だし、私は途中退場したから本当に当事者なのにというか当事者だからこそわかんないことが多いんだよね」

 ソラは改めてその前提を語ってから、何が今までの聖杯戦争と違っていたのかをまず説明する。

 

「願望器を起動させるにはサーヴァントの魂6つ必要で、バトロワなんだからサーヴァントは7騎なのが絶対で、この人数は増やしも減らしも出来ないはずなんだけどさ、まず私が参加したのサーヴァントが13騎……、つまりは聖杯戦争の参加人数が通常の約倍だったんだよね」

「しょっぱなから何でだよ?」

 

 キルアが思わず突っ込んだ。

 まさか、一人二人少ないとか多いなら何らかの例外だとこちらで勝手に解釈できるが、ほぼ倍というのは予想が出来なかったし、その理由の想像も出来なかったらしい。

 

「私も詳しいことわかってないんだけどさー、どうもまず最初に表向きの聖杯戦争参加マスターを集めてサーヴァントを召喚させる。この時点でルールを弄ってサーヴァントは6騎しか召喚できないようにされてたんだよ。私はその表の聖杯戦争のマスターの一人。

 で、その6騎を呼び水にして黒幕側が集めた本当に聖杯戦争マスターとして7騎召喚されたみたいで、合計13騎。

 何でこんなにもサーヴァントを召喚させなくちゃいけなかったのかは、未だにわかんない。サーヴァントの魂6つでは足りない規模のことを、聖杯に願おうとしてたのかもしれないけど……、黒幕が本末転倒して魂が腐っても生にしがみつく蟲ジジイと、快楽享楽至上主義の露出狂老害だからな。ただ単に、『その方が面白そうだったから』っでやらかした可能性も十分にある」

 

 よほど、黒幕である「老害」が許せないのか、またジワリと瞳の明度を上げて行きながらソラは答える。

 若干、「露出狂」のくだりを全員が一瞬気にしてしまったが、珍しくソラが真面目な話をしているので、4人は空気を読んで聞かなかったことにする。

 幸い、ソラの方もわざわざその黒幕の一人と会った時、黒幕が名乗るのを被せて「スカート履き忘れてますよ!!」と叫んだことを話すエアブレイクはやらかさず、話をそのまま続けた。

 

「そんな感じで事情をよく知らない6組と黒幕側7組がいるって時点でややこしいのに、元々『聖杯』を作り出した一族が絡んできて、黒幕側からマスター資格とサーヴァントを1組奪って、また戦局がカオスだったのに、さらにカオスになる要因があったんだよ。

 ……『聖杯』って名前だから、形状は普通に優勝トロフィー的な豪勢なカップを想像するかもしれないけど、この名前は便宜上のもの、魔力をしばらく収めるためのものだからついただけで、形なんかはもちろん、材料だって何でもいいんだよ。金属の鍋でも、幼稚園児が使ってそうな水筒でも、……人間でもね」

 

 最後の一言で、ソラの眼が蒼天にまで明度が上がる。

 同時に、全員が理解した。彼女が何に対してここまで怒っているかを。

 

「……聖杯は二つあるんだ。サーヴァントを呼び出したりとか、聖杯戦争の儀式を行うためのプログラミングをされた本体にあたる大聖杯と、サーヴァントの魂を収めるための小聖杯の二つ。

 そして、第6次で小聖杯として使われたのは、私の姉弟子の実妹だ。その人は黒幕側の家の子供が魔術回路を持ってなかったのとその他もろもろの事情で、その家に養子に出されてそこで実験的に『聖杯』として改造されて、5次では間に合わなかったけど6次で使われた。

 ……そして、大元である大聖杯が汚染されてた影響で小聖杯にされた妹さんは、自分の負の感情が増幅・暴走して、彼女が寝てる時とか意識が薄い時に大聖杯の影響で無差別に人を襲って殺す凶行に走ってしまった。

 

 ……それに責任を感じた姉弟子は思いつめちゃって、せめて自分の手で終わらせてやろうとするし、義兄は魔術師じゃないのにこれまた責任感じて、妹を助けるために姉弟子と敵対するしで、表の聖杯戦争とも裏の聖杯戦争とも重なってるのに関係ない、違う理由で争いが起こってもう完全にカオスだったんだよ。

『この狂って歪んだ聖杯戦争をぶっ壊せ』ってジジイに命令されて参加してた私は、その全部に少しずつだけど関わったから、過労で死ななかったのが不思議だね」

 

 最後はいつものように少しおどけて言うが、話を聞かされた4人の悲痛な表情は当然晴れず、ソラは困ったように苦笑する。

「参ったなぁ。君たちは本当に優しすぎるよ。

 君達には関係ない、過去のことなんだからそんなまるで自分の責任だと思い込むみたいな顔しないでよ。大丈夫だから。妹さんは聖杯になんかならなかった、実の姉妹はちゃんと生きて和解したし、汚染された大聖杯はぶっ壊された……っていうか、それだけは私がこっちに来る直前に壊したからさ。ちゃんとハッピーエンドだから、そんな顔しないで」

「ハッピーエンド? お前、結末知らないって言ったじゃねぇか」

 

 ソラの言葉が自分達へのフォローであることはわかっていたが、気を遣って強がったというより本気でそう思っているような口調が気になって、キルアがまた突っ込むとソラは笑って言った。

「知らないよ。でも、ハッピーエンドに決まってる。

 だって、『正義の味方』がいたから」

 

 その眼は、いつもの黒に近い、闇に似ているのにどこか柔らかな光を持つ瞳の色をしていた。

 

「正義の味方?」

「え? もしかしてソラのサーヴァントがそうなの?」

 

 レオリオがあまりこの話題に向かない呼称が出たことに首を傾げ、ゴンはやはり歪みなく子供らしい期待で目を輝かせて尋ねる。

 クラピカだけが、その呼称が誰を現すのかに気付き、苦笑した。

 苦笑しながら、彼は一足先に安堵した。確かに、「彼」がいるのなら大丈夫だろうと納得したからだ。

 

(ディノ)・ハンター」の主人公とは違って無力に等しいただの少年に過ぎなかったはずの主人公が、描いた夢を貫き通した結末をソラから聞いて、知っているから。

 以前の「聖杯戦争」の「主人公」を、思い出した。

 

「いやいや、全然違う。サーヴァントじゃなくて普通に生きた人間で、前回の聖杯戦争の参加者の一人だよ。

 ちなみに姉弟子も前回の参加者だったけど、たぶんこの二人を関わらせたくなかったから細工かなんかされて、二人にマスター資格が出なかったんだよねー。ま、そこはどうでもいいけど」

 

 ゴンの期待による勘違いをソラは否定してから、懐かしむように目を細めて語る。

「その人は、『正義の味方』に本気でなりたがってる変な人でバカだったけど、もうその生き方以外なんか考えられないくらい真っ直ぐにその夢を追いかけてる人だったよ。

 だから、大丈夫。あの人がいるのなら、全部大丈夫。

 ……っていうか、ヘタレてハッピーエンド諦めたら去勢拳ぶちかますぞって言っといたから大丈夫だよ」

「何だその処刑技!?」

 

 最後は若干黒い笑みを浮かべて言い放ったソラのセリフに、レオリオは顔色を変えて自分の股間を押さえて突っ込む。

 他3人も無言で内股になっているのを見て、ソラは一人爆笑した。

 

 * * *

 

「ねぇ、ソラのサーヴァントさんはどんな人だったの?」

 全員が想像していた以上に重い事情だったが、本人は結末を知らずとも本気でハッピーエンドを迎えたことを疑っていないのがわかったからか、ソラの爆笑が治まったあたりでゴンが気を取り直して尋ねた。

 

「話してもわかんないと思うよ。私の世界の神話の住人だから」

「いいよ、それでも知りたい! だって、違う世界でも何でも神話の英雄が本当はどんな人だったのかすごく気になる! どんな人だった? 何をした人なの? ソラと友達になれた?」

「……ゴン、お前『聖杯戦争』の趣旨忘れてるだろ?」

「つーか、お前『サーヴァント』って言葉の意味すらよくわかってないだろ? 『従僕』、もしくは『奴隷』だぞ、意味」

 

 何度もソラに違うと否定されても失わない期待で目を輝かせて、前のめりで尋ねるゴンを嗜めるように、レオリオとキルアが突っ込む。

 が、今度は否定されたのはゴンではなかった。

 

「いや、ビジネスライクな関係の組も、仲が最悪というかサーヴァントがマスター嫌いすぎて殺しにかかる組とかもあったけど、もう完全に主従関係を超えた絆を育む奴らもいたよ。私の時も前の時も。

 私の友達なんて、そもそも参戦した理由が『英霊と友達になりたい』だし」

「……実にお前の友人らしいな」

 

 呆れと感心を本当に半々で、クラピカが率直な感想を述べる。

 ゴンはソラの返答に今度こそ自分の期待が叶うと思ったのか、目の輝きをさらに増して「すごいね、その人!」と言ってから、ソラのサーヴァントを教えて欲しいとねだるが、ソラは腕を組んで首を左右に何度か傾げてなかなか答えない。

 話したくないという反応ではなくどう話そうかを悩むようなその反応に、ゴンだけではなく興味を抱き始めた3人も不思議そうに顔を見合わせたタイミングで、ソラは眉間に人さし指を当てて俯きながら唐突に言った。

 

「とりあえず、眼からビーム出した」

「お前は何を言ってるんだ?」

「私だってこんなこと言いたかないわ……」

 

 何がとりあえずなのかが全くわからない発言に、反射でクラピカが突っ込めば、ソラは頭を抱えて即答した。

 その反応で、クラピカだけではなく全員が悟る。受け狙いで空気を読まない冗談を言った訳でも、何らかの比喩でもなく、これはマジだと……。

 

「いや、私はあの人大好きなんだよ? 良いサーヴァントを引いたと思ってるし、すっごく今でも感謝してるし、いっぱい自慢したいくらいなんだよ?

 でもさぁ、『武器など無粋。真の英雄は目で殺す』って言われたら、眼力で実力差を現して戦意を喪失させるか、気迫で失神させるかって想像するじゃん? ……本当にビーム出されたのを見た瞬間、同盟組んで一緒に居た友達とそのサーヴァントの3人で『物理!?』って叫んだ私は悪くないし、もうそれが『とりあえず』であげる程の印象になってるのも仕方なくない?」

 

 頭を抱えて項垂れたままソラは、さらにゴン達が困惑することを言い出して、キルアが「……お前のサーヴァント、マジで何なんだよ? ロボット?」と割と本気で尋ねた。

 その問いで少しは気を取り直したのか、ソラは頭を上げて答える。

 

「ロボットじゃないよ……。人間とも言い難いけど。

 私の世界のインドって国で有名な、『マハーバーラタ』って叙事詩の英雄で、太陽神を父に持つ『施しの英雄』、カルナ。それが私のサーヴァント」

 

 言われてもこの世界には「インド」という国がそもそもないので、「あぁ、あの英雄か!」という反応は当然ない。

 だが半神の英雄と聞けば、さすがにそれだけでだいぶ規格外であることは想像できたのか、全員が目を丸くする。……しかしその後すぐに、「眼からビーム出した」という情報を思い出して、全員が微妙な顔をした。

 

「……その人は目からビーム出して、何かを倒した人なの?」

「いや、大丈夫。原典で目からビームなんか出してない。っていうかそもそも、あれ弓術の一種。

 サーヴァントには剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)っていう七つのクラスがあって、これも通常なら被ることがないし、生前は剣の逸話も弓の逸話があっても一人でクラスを重複することもないんだよ。だからカルナさんはランサーで召喚されたから、弓術のスキルが何故かねじ曲がってあんな方向に発現しちゃったんだ……。

 アーチャークラスだったらちゃんと……、それはそれでビーム撃ちそうだなあの人」

 

 ゴンの今度は勘違いしても仕方がない疑問に、ソラがフォローを入れようとしたが無理だった。どう考えてもあの男なら、普通の弓矢で射ってもレーザーのような破壊力になるのが容易く想像がついた。

 

「……本気でどんな英霊だったんだ、お前のサーヴァントは」

 フォローになっていない言葉に引きつつも、クラピカが尋ねればソラは困ったように笑う。

 

「いや、本当にいい人なんだよ? っていうか、あの人は『施しの英雄』って呼ばれるくらい、死因は『ぐう聖すぎたから』ってレベルでいい人なんだよ? すっごい強いし、ウソ発見器として使えるくらいに洞察力あるし、爆発しろって言えないくらいイケメンだし、誰が相手でも言うべきところははっきり指摘するのに、その悪い所も『それもまた良し』って評価して受け入れて、こっちを尊重してくれるし、私の無鉄砲に文句言わず付き合ってくれて、フォロー完璧だったし……。

 ただ同時に、『コミュ障』も死因の一つなんじゃないかなーって思うぐらい、言葉足らずで色々と天然な所があった人だけど……」

「お前の答え、さっきから謎しか生み出してねぇよ」

 

 キルアに的確な突っ込みを決められて、ソラが「……だよね」と同意してため息をついた。どうやら、自分のサーヴァントをフォローするのは諦めたらしい。

 

「私、本当にカルナさんがサーヴァントで良かったと思ってるし大好きなんだけど、傍から見たらあの人、訳わかんない天然さんに見えたらいい方で、初見は嫌味な奴に見えるんだよねー」

「ぐう聖じゃなかったのかよ?」

 フォローを諦めて愚痴っぽい語りになり、レオリオが第一印象と彼女の語った印象の矛盾を指摘したら、ソラは心底遠い目をして語る。

 

「私、カルナさんを召喚した日にテンション上がって、主従じゃなくて友達になりたかったから、『一緒にご飯食べよう! カルナさんが食べたいもの何かある?』って言ったら、『必要ない。何故、そんな無意味なことをしようとする?』って返されたんだけど……、このセリフ、正確に訳すと『サーヴァントに食事は必要ないから、そんな無意味なことはせずにお前が好きなものを食べたらいい。そもそも何故、ただの従僕にすぎない俺を優先してくれるんだ?』ぐらいの意味なんだよね」

「お前ら同じ言語で会話してんのかそれ!?」

 

 初めにカルナの返答を訊いた瞬間、全員が不快そうに顔を歪めたが、ソラの翻訳を聞いてレオリオが代表して突っ込んだ。言葉が足りないにもほどがある。

 

「私もおんなじこと思ったよ……。こんな感じであの人、意味が真逆に取られるくらい短く言葉をまとめないと死ぬ呪いにでもかかってんの? ってレベルで言葉足らずなのに、人の悪い所の指摘は躊躇も遠慮もなくバンバンしてくるから、すっごく嫌な奴に見えちゃうんだよねー。

 でも、本当は他意がなくて善意しかない人だから、慣れたら脳内で自動翻訳できるし、むしろこの言葉足らずの不器用さが何か和む」

「そう思えるレベルまで付き合えるのは、たぶんお前しかいない」

 

 ソラのセリフにクラピカが即座に突っ込みを入れて、ソラ以外の全員が深々と頷く。

 実際、第一声でそんなことを言われてもそのまま付き合えるのは、怒るのは面倒くさいと言って自分のことでは基本的に怒らないくせに、強引に自分のペースに引きずり込む、なんだかんだで人の本質を見抜き、本心に敏いソラぐらいだろう。

 ソラ自身も、「かもね。フラットでもガチ凹みしたくらいだし」と言って笑った。「フラット」という人物を知らない4人は当然何とも思わないが、時計塔の連中ならば「あの超合金メンタルが凹んだ!?」と戦慄するレベルである。恐るべし、カルナ。

 

「でも本当にいい人だし、大好きな自慢のサーヴァントだったんだよ? 私が魔術師としてヘボすぎて、本来の実力を出せない状態なのに、全然私を責めたりしないでむしろ全力で私に尽くしてくれたし、私の無鉄砲さを注意しても私の意思とか希望を尊重して付き合ってくれたし。

 ただ、生粋の戦士だったから戦いがいのある敵が現れたらうっかり加減を忘れかけたのが何度かあって、すっごい心臓がヒヤヒヤしたけど。この時ばかりは、私がヘボで良かったよ。

 原典でライバル関係の異父弟もサーヴァントとして召喚されてたから、兄弟げんかが始まったときは、本気で町が焦土になるかと思ったわー。弟が敵とはいえ黒幕側じゃなくて、どこまでも誰が相手でも正々堂々と高潔に、無関係な人の犠牲を出さない戦い方にこだわってくれてなかったら、マジで町どころか日本滅んだんじゃないかな?」

 

 原典である「マハーバーラタ」を知っていれば、もしくは本人たちを見ていれば全くシャレにならない事態を笑いながらソラは語る。ここにそのことを突っ込めるほど、彼らが規格外の英霊であることを理解できる者がいないのは、幸運なのかどうかは誰にもわからない。

 ただソラは至極機嫌良さそうに、心底楽しそうで嬉しそうに、そして懐かしみながら自分のサーヴァントを、「カルナ」という人物のことを語るのを見て、ゴンは無邪気に楽しそうに話を聞きながら質問を重ねているが、キルアとクラピカはあからさまにふてくされていた。

 

 ただでさえ自分以外の人物を自分の前で「大好き」と言うことが気に入らないのに、その相手は自分たちと違って「守りたい対象」ではなく、「守ってくれる頼りになる人」として自慢して語るのが、心底気に入らないのはレオリオではなくても一目瞭然だった。

 なのにいつもはこちらが砂糖吐きそうなくらい敏くて二人を甘やかすソラが、よっぽどそのサーヴァントに関して懐かしくて自慢したかったのか、それとも何らかの思惑があってわざと放置してるのか、珍しくソラは二人にフォローする言葉は与えず、自分の右手の甲を左手の指先で撫でながら語る。

 

「……次元のはざまか何かに私が吸い込まれて落ちた時も、カルナさんは躊躇なく私の手を掴んでくれたんだ。一緒に落ちても、あの人は私だけでも引き上げようとしてくれて、自分の鎧を私に着せて私を守ろうとしてくれたんだ。

 ――カルナさんは私に何の期待もしていなかったのに、私に何の価値がなくても、それでもあの人は守り抜いてくれたんだ。ほんと、ぐう聖の見本だね」

 

 手の甲の、今はもうない令呪(きずな)があった場所を見つめて、ソラは言った。

 令呪など使う必要もないくらい、忠実に仕えてくれたから最後まで3画すべて残っていた。

 その3画全て重ねて使って、「カルナは座に帰れ!!」と「 」に落ちながらも願って、命じても、それに逆らって守ろうとしてくれたサーヴァントを思い出し、彼女は言う。

 

「……私を生かしているのは、私自身だ。でも、私が『死にたくない』と願うのも、『生きていたい』と望むのも、言い訳にしたくないけどたぶんあの人がそこまでして守ってくれたからがあるかもね。

 だから、私は何の意味もなく、何の価値がなくても、どんな世界であっても、私は私が満足するまで死ねないんだ」

 

 蒼天の瞳で、ソラは微笑んで宣言した。

 今、生きていることを、その目さえも誇るように。




本編を読めばわかると思いますが、ソラさんが参戦した聖杯戦争は、strange FakeにHFルートの要素が入ったもの。
書けないと言ったのは、strange Fakeが3巻現在で未だに謎しか生み出していない状態なだから、いくらなんでも情報不足すぎるので書けません。
あと、書くとしたら完全な群雄劇になると思うので、私に書く気力があるかどうか謎。
マジでこの第6次聖杯戦争は期待しないでくださいね。今のところ妄想してるだけで、ちゃんと書く予定はゼロなので。

その今のところ妄想して決まっている設定は、活動報告に書きますので、興味がありましたらそちらを良ければご覧ください。

ソラのサーバントは④の施しの英雄でした。
CCCといい、アポクリといい、「マスターを生還させるサーヴァント」としての印象が強いため、彼のおかげでソラが生き延びたは説得力があると思って彼に決定しました。
……まぁ、一番の理由は「とりあえず眼からビーム出した」って言わせたかったからなんですけどね。
ごめんなさい、カルナさん。CCCのあれで爆笑したのが忘れられないんです。

あと、カルナさんは本編登場「予定」は今のところないけど、「可能性」はあったりします。
まぁ、出すとした王位継承戦編なので、確定してもまだまだ先ですね。

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