死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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1話でまとめるつもりが、予定より長くなったので分けた結果、つける予定のタイトルを後半につけないと意味がわからなくなるが、前半のタイトルが全く浮かばなかった結果が、このタイトル。
頸じゃないだけマシってことで。


30:妖怪プレート置いてけ

「……あー、見つからん」

 

 4次試験が始まってから早5日。

 期日(リミット)まであと2日を切ってしまったが、未だに残り1点を得ることが出来ないソラは森のど真ん中で呟いた。

 

「見つかんなーい、見つかんなーい。ターゲットどころか他の受験生誰も見つかんなーい」

 頭の中に浮かんでいる考えをテキトー極まりないメロディーに乗せて歌いながら、ソラは歩く。

 ターゲットのくだりはともかく、言葉通りあと1点、誰でもいいからプレートを奪えばソラは合格の6点になるのだが、奪うどころか肝心の受験生をソラはまず探すことが出来ずにいる。

 

 ソラは狂気と化した生存本能のおかげで、“円”が必要ないほど感覚が研ぎ澄まされているが、それは「自分の周りに自分に敵意・害意を持つ者が潜んでいないか」ということを察することに特化してしまっている。

 つまりは、すぐ傍に潜んでいても敵意や害意など、こちらに危害を加えてくる気が相手に一切ない場合はまったく気付けないので、こういう探索時にソラの予知能力かと勘違いされるレベルの超感覚は役に立たない。

 

 なのでひたすらやみくもに探すしかないのだが、それをやるとヒソカやあの針男と鉢合わせる可能性が高いので、どうしても本腰を入れて探そうという気になれず、ソラはあらゆる意味で途方に暮れる。

 

「……リミット近いし、集合場所近くでも探ってみようかな?」

 とりあえず、やみくもに探しても自分が疲れるだけだとこの数日間で嫌ほど理解したので、探索場所の範囲を限定することにした。

 試験の内容上、プレートを奪われたら取り返すチャンスが与えられているので早抜けはこの試験に存在しないが、もう合格点を獲得しつつリミットが近ければ心理的にゴール地点近くにいたくなるものだろうと判断した。

 

 この場合、その受験生からプレートを奪ったら合格点分をせっかく集めたのに奪われた怒りと、リミットの短さの焦りで普通に奪うより数倍の恨みを買いそうなので、ソラ個人としては遠慮しておきたかったが、そこ以外に待っていて確実に受験生が来るであろう場所など思いつかない。

 なので憂鬱そうなため息をついて、ソラはトボトボと上陸した入江方面に足を向けた。

 

 そのタイミングで、パシッと右手は勝手に動いたかのように受け止める。

 投げつけられたと言っても怪我をさせるつもりもなかっただろう、ただ当てて自分という存在に気付かせることだけが目的だった小さな木の実を受け止めて、ようやくソラはそれを投げつけられた方向を見る。

 

 見て、憂鬱そうだった顔が一転して輝かんばかりの笑顔になって両手を広げた。

 

「キルア!!」

 

 全身から会えた喜びを表現するソラに対して、キルアの方は何とも微妙な顔をしていた。

 

 * * *

 

 殺気はもちろん、敵意も悪意もない。せいぜい悪戯心くらいしかなかった投擲も、本人は受け止めた自覚があるのか怪しいくらいに、自然にキャッチしてそのままリリース。

 そして、そのことを「気に入らない」と思い、拗ねてふくれっ面しているのも気にも留めず、ソラは飼い主を見つけた犬のように嬉しそうに駆け寄った。

 

「キルアー! 5日ぶり! 会いたかったよ! っていうか、どうしたんだ? 君はプレートもうゲットしたの?」

「……お前、少しは自分を狙ってきた可能性とか考えろよ」

 あまりにも無防備に駆け寄ってくるソラにそんな嫌味を返せば、ソラの方はしれっと言い返す。

 

「だってキルアのターゲットは私じゃなかったし、見つからなかったからって私のプレート奪うほど、キルアは真剣に試験受けてないじゃん。

 それに、そのセリフはそっくりそのまんまキルアにも返ってくるよ。君の場合、私がターゲットのプレートを奪わず、1点3人狙いなのを知ってる分なおさらね」

 

 相も変わらずふざけたテンションで正論をサラッと語るソラに、キルアは舌を打つ。彼女の言う通り、ソラがターゲット(クラピカ)のプレートを奪えるわけがないと思ったからキルアは今ここにいるのだから言い返す言葉が浮かばない。

 

「で? 実際どうしたの? ターゲットわかんないって言ってたけど、見つかったの? まだ?

 何しに来たの? たまたま見つけただけ?」

 

 言い返す言葉が浮かばなくて、押し黙ってふてくされるキルアにソラは小首を傾げて尋ねた。

 いきなりふてくされた理由は何も訊かなかったのは、ふてくされていること自体に気付いていないのか、それとも聞くまでもなくそれはわかっているからか。

 前者も腹立つが後者よりはマシなため、前者だとキルアは解釈してまだ少し拗ねたまま答える。

 

「見つけたし、もう6点ゲットしてるっつーの。そういうお前はどうなんだよ? 6点集まったのかよ?」

 手伝うためにわざわざ試験2日目から探していたとは言わない。それが素直に言えるほど、キルアは子供じゃないのに大人にもなりきれていないから。

 ただ、たまたま偶然見つけたと嘘をつけば、このいらんところばかり敏い女は嘘だと見抜きそうなので、キルアは後半の質問は答えないまま、逆に聞き返す。

 

 キルアの問いに、やたらと高かったソラのテンションが急に落ちる。

 テンションと同時に肩も落として、ソラは「……あと1点なんだけど、受験生が見つかんない」と言った。

 ソラのテンションに反して、キルアは内心「よっしゃ!」とガッツポーズをとるが、そんなことはおくびにも出さず、「だっせ!」といつもの生意気な悪態をつく。

 

「しょーがないじゃん! この島、結構広いし! っていうか、私はヒソカとかに鉢合わせしないかどうか戦々恐々しながら探してるんだよ!」

「あー……。確かにあいつと出会ったら、あいつはもう6点取ってるとかターゲットかどうかなんか関係なく襲ってきそうだもんな」

 

 ソラの切実な泣き言に少しの反省と本心からの同情をしてから、ようやくキルアは本音の欠片を口にする。

「……仕方ねーな。暇だから、ちょっと手伝ってやるよ」

 

 キルアのセリフに、ソラは軽く目を見開いてやや間を開けてから訊き返す。

「……本当?」

「こんな嘘ついてどうすんだよ? 暇なんだよ。俺のターゲット、てんで話にならない雑魚だったんだよ。だからたぶん、俺からプレートを奪い返そうなんて気概はねーだろうから、マジですることなくて暇なんだよ」

 

 嘘ではないが、本当ではない理由。

 それは誰かを手伝う理由になっても、わざわざソラ個人を探して手伝う理由になりはしない。

 ゴンでもクラピカでもレオリオでもなく、ソラを手伝うことを選んだ理由は語らないまま、キルアは少しだけソラを睨み付けて言った。

 

「……何だよ? 迷惑だとか余計なお世話だとか言いたいのかよ?」

「そんなわけないだろう!!」

 

 キルアがまたふてくされて言った、嫌味の皮を被った不安を即答で否定したソラは、また両手を広げて今度は躊躇なくその広げた両手でキルアを抱きしめた。

 唐突なソラの行動にキルアの思考はついて行けず、「は?」と声を上げたきりフリーズ。

 そしてソラの方はといえば、キルアの反応などお構いなしにぎゅぎゅうと抱きしめながら、またしてもハイテンションになって喜びを口にする。

 

「あぁ、もう本当に君は可愛いな。この可愛げない、小生意気な所が最高に可愛い。

 迷惑なわけないだろ。嬉しいに決まってるだろ。もうここ数日、受験生の影も形も見なかったから人恋しくて寂しくて、私がウサギなら寂しさで死んでしまったところだよ。

 うん、来てくれてありがとう。嬉しいよ。大好きだよ」

「~~~~っ!! だぁーーーっ! こっぱずかしいセリフまくしたてんな! 離れろ!!」

 

 羞恥で停止していた思考が復活し、キルアは叫んで腕を振り回してソラの抱擁から無理やり脱出する。

 

「マジで何なんだよ、お前は!? 自分で言ってて恥ずかしくねーのかよ!?」

「全っ然! 本心からの本音が恥ずかしいわけないだろ!!」

 

 いきなり抱きつかれたことと言われたことに赤面してキルアは抗議するが、ソラの方はまさしくのれんに腕押し、糠に釘の見本のように恥ずかしげもなくハイテンションのまま言い放つ。

 こいつに恥じらいを求めた自分がバカだったと思いながら、キルアは「俺が恥ずかしいから黙れ!」と言いつけたら、ソラは若干不満そうだが「わかったよ」と返事する。

 

 その返事で少し安心できると思ったところで、やはり歪みなく斜め上の発言をかますのがソラである。

「で、キルア。さっそくお願いなんだけど」

「何だよ? 人使い荒いな」

 

 口先は不満げだが、嫌だと言わない辺り本心が丸わかりであることにキルアは気付いていない。

 そしてソラもキルアの本心に気付いているのかいないのか、「ごめんごめん」と軽く謝ってから自分の「お願い」を口にした。

 

「とりあえず寝たいから抱き枕よろしく」

「嫌に決まってんだろ!!」

 

 * * *

 

 まずは反射で断固拒否を示してから、「いや待て、そもそも寝たいって何だ!?」とキルアは突っ込んだ。若干、ソラの斜め上すぎる発言に混乱したらしい。

 しかしそんな混乱も、ソラは勢いだけで押し切る。

 

「眠いんだよ! 私はこの島に入ってからほとんど寝てないんだよ!! 睡眠時間この5日で2桁いくかどうか怪しんだよ!?」

「もしかしてお前のテンションが妙に高いのその所為か!?」

 

 ほぼ逆ギレで言い切られて、キルアは突っ込みなのか納得なのかよくわからない言葉を発する。

 基本的にいつもふざけた調子の女だが、テンション自体はさほど高くなく、淡々とボケることの方が多いくらいなので、実は再会してから抱いていたこのテンションの高さの謎が解けた。

 どうも寝不足ゆえの真夜中テンションに近いものだったようだ。

 

「……いや待て。お前、一人で寝るの苦手だとか言ってたけど、絶対に出来ねー訳じゃねーんだろ? 何でそこまで寝不足なんだよ?」

 一瞬、自分にキレられるのは理不尽だがキレたくもなる気持ちはわかると納得してしまったが、そもそもソラは「一人では眠れない」のではなく、「一人では寝たくない」レベルであることを思い出す。

 誰かが側にいたら、その相手と手を繋ぐなりしないと眠れなくなるらしいが、完全に独りきりだと寝つきは悪いが眠れると自分で言っていたことを思い出して突っ込むと、ソラは頬を指先で掻きながら気まずそうに説明した。

 

「あー……、ちょっと色々あってね。初日は自業自得な自己嫌悪でモヤモヤして眠れなくて、2日目以降はゴンが心配でなんかソワソワして眠れないし、受験生探す集中力も保たないし……」

「ゴン? あいつ、なんかやらかしたのかよ?」

 

 ソラと同じくらい気にかけている受験生の名前を出されて、キルアは表面上はそっけなく、胸の内で心臓を早鐘のように鳴らしながら訊いた。

 彼のターゲットは、よりにもよってな44番(ヒソカ)だ。最悪の想像など、いくらしてもし足りない。

 

 だが、ソラはあっさり「あぁ、大丈夫大丈夫。あの子は生きてるし五体満足だよ」と、キルアの不安を否定した。

 

「ただ、色々あってプライドを折られるどころか踏みにじられてグチャグチャにされて、ものすごく凹んでたんだよ。鬱状態で、せっかく6点持ってるのにリミットになっても集合場所に来ないんじゃないかもってくらい。

 一応、怪我とかは出来る限り治しといたし、あんな変態クラウンの言うことなんか真に受けんなって言っておいたけど、そんなん言っても凹むものは凹むじゃん? むしろ、慰められた方がさらにプライド傷つけたんじゃないかなーって、今更になって自分のしたことが逆効果じゃないかって不安なの」

 

 詳しく何があったのかを話さないのは、まさしくその踏みにじられたゴンのプライドに対する配慮だろう。それくらいキルアだって持ち合わせているので、彼も詳しく尋ねようとはしない。

 むしろゴンには悪いが、その辺の木にもたれかかってソラは何でもないことのように語るが、どう見てもゴンのことで同じく凹んでいるソラの方が目の前にいる分、気になった。

 

「お前と一緒にいたくないとか言う程、凹んでやさぐれたのかよ?」

「いや。一緒にいないのは、私が勝手にいない方が良いかなーと思っただけ。ヒソカの言ったことも、私の言葉も、あの子のプライドを傷つけるだけにしかならないのなら、夢だと思って忘れるのが一番だったから、怪我をある程度治したら寝てる隙にさっさと逃げ出しちゃった」

 

 こんなにも心配してるゴンが傍らにいない理由を想像して尋ねると、苦笑しながら否定されて説明された。

 そして、少しだけ寂しげに笑って言う。

 

「……いて欲しくないから、見られたくなかっただろうから、いなかったこと、見てなかったってことにしてもらうつもりで立ち去ったけどさ、本当はそうだね。キルアの言う通り、私は拒絶されたくなかったから先に逃げただけかもしれない」

 

 そんなことはないという空々しいセリフは、言えなかった。

 そう言い切れるほど、キルアはゴンのことを知らない。

 言わなそうな奴だと思っているが、そもそもキルアはゴンがハンターになることを諦めてしまいそうなほど、落ち込んで鬱状態になるというのが想像できないのだから、自分が抱いている相手のイメージなど何の参考にならないと、ソラの言葉ですでに思い知らされている。

 

 自分の抱いているイメージを、理想を押し付けられる苦痛を、キルアは知っている。

 その苦痛に耐えられなかったから、彼は今ここにいるのだ。

 

 わかっている。わかっている。

 ……それでも、嫌だった。

 

「……らしくねーな。寝不足で思考が鈍ってんじゃんーの?」

 ソラの足に軽くローキックを入れてから、キルアはソラの隣に座り込んだ。

 

「? キルア?」

 それを不思議そうに目を丸くさせて見ているソラを見上げて、キルアは言う。

「何してんだよ。寝ろよ。抱き枕は勘弁だけど、寝不足で上がり下がりが激しいテンションに付き合う方が面倒くさいんだよ」

 

 ソラの寂しげな笑顔は見たくなかった。そんな笑顔は、この女には似合わないと思った。

 自分で勝手にネガティブな方向に突っ走って落ち込むソラなんて、ソラらしくないと思った。

 例えそれはキルアが抱く勝手なイメージにすぎなくても、ソラはいつでも空気を読まず呆れるほどポジティブで笑っているのが似合うから、そうであってほしかった。

 

 今、こんな風に笑うのは眠いからテンションがおかしいだけ、寝たら自分の知るソラに戻ると信じたかった。

 

 キルアの言葉に、ソラはもう一度きょとんとしてから、笑った。

「仕方ないなぁ。妥協してあげるよ」

「俺が譲歩してやってるんだよ!」

 

 いつものようにドヤ顔で笑って何様な発言を言い放ち、キルアを軽く怒らせながら横に座った。

 それはキルアが知る、キルアのイメージ通りのソラだった。

 

 * * *

 

 キルアの横に座って彼の手を握って眼を閉じると、ソラは「じゃあ、お休み……」という言葉すら半分も言えず即座に夢の中に落ちて行った。

 この寝つきがいいというより気絶に近い寝方は、そこまで限界だったのか、それともキルアがいれば何も警戒する必要はない、安心できると思われているのかどうかを少し考える。

 

 そうだとしたら、自分はどこまで信頼されているのか、……クラピカと自分ならどちらの順位が上かと、考えても仕方がないと自覚しながらも思考は止まらない。

 

 飛行船でクラピカの隣で寝ていた時と違って、ソラは自分の肩に頭を預けはしなかった。

 木にもたれかかって、項垂れるようにして寝ている。

 これは信頼の差か、それともただ単にキルアだと身長差的に肩ではなくキルアの頭にソラの頭を預ける形になりそうだから遠慮したのか、……どちらにせよムカつく結論に達して、起きたら一発蹴ろうと完全なる八つ当たりを予定する。

 

 キルアはそんなとりとめのない思考をしていたが、もちろん現在が試験の真っ最中だということはわかっていたので、ちゃんと警戒はしていた。

 それでも、ゾルディック家の跡取りとして育てられたキルアは、自分は一番強い、自分に敵はいないという自惚れこそは全くなかったが、しかしどこか「自分より実力が上だと断言できるのは、ヒソカとソラだけ」だと思っていた。

 

 自分の警戒網をすり抜けて、殺気も敵意も害意も感じさせない、完全に気配を消しているキルアと同じ闇の住人がすぐ傍に潜んでいることに気付かなかった。

 

 その闇の住人であるハンゾーは、木の茂みに姿を隠して二人の様子を探る。

 見つけたのは偶然、そしてどちらも雑魚とは言えない相手なので、この二人を狩るかどうか、狩るとしたらどちらにするかを思案する。

 

 キルアのおかげで楽に手に入ったかと思ったら、見事にプレートを間違えて結局3人狩らなくてはいけない羽目になったので、ほぼ八つ当たりの意趣返しにキルアのプレートを奪ってやりたい気持ちはあるが、彼が199番のプレートを奪う際のやり取りを見る限り、子供だからと言って楽な相手ではないことは明白。

 

 じゃあ、今無防備に眠っている白髪の方にしようと思えるほど、話は簡単じゃない。

 ハンゾーは白髪ことソラが戦っているところを見たことないが、1次試験でヒソカと交戦したことは知っているし、一番の警戒対象から気に入られているソラを甘く見れるほど楽観的ではない。

 

 だからと言って、せっかく見つけた受験生をこのまま見逃すにはもうリミットは残り少ない。

 

 しばし思考し、ハンゾーが出した結論は特製睡眠薬入りの煙玉でキルアの方も完全に眠らせて、ソラからプレートを奪うこと。

 どちらも実力者なので、ライバルを減らす為に点数が余剰になってもプレートを全部奪ってしまいたいが、それをやればかなり深い恨みを買ってしまう。

 リミットまであと2日。そこまで買った恨みから逃げ続けるには少し長いので、ハンゾーは最低限自分の合格点を得ることだけを考える。

 

 二人の会話からしてソラは1点3人狙いであと1点と、ハンゾーと同じ状況なのでソラから1点だけ奪えば、まだチャンスがあるので奪った自分を血眼で探すより近くにいるテキトーな受験生を狩ることを優先するだろうと考えた。

 キルアの意趣返しは、彼にとっては3点分なので奪われたら確実に強い恨みを買うし、なによりハンゾーは正直言ってソラが敵に回るのが怖かった。

 

 ハンゾーはソラと会話らしい会話などしていない、2次試験でメンチと一緒になって一方的な説教をされたぐらいだが、1次試験ではキルアやゴン、そしてソラと同じく先頭集団の中にいた為、彼女が後方の仲間の為に何のためらいもなく、当たり前のように逆走して行ったのを見た。

 ヒソカと交戦する覚悟で、仲間を守りに行ったことを知っている。

 

 そんな彼女のお人よしっぷりを知っていれば、自分のプレートを奪われるよりも、キルアのプレートを奪って合格を絶望的にした方が確実にキレるのは容易く想像がついた。

 

 なので、ハンゾーは手荷物の中から煙玉を取り出し、気配もなく、音もなく、自分とほぼ同業であるキルアに気付かせることもなく投げつけた。

 これが一番確実で、安全な手段と策だと確信して。

 

 ハンゾーは気付いていなかった。

 キルアに睡眠薬どころか致死性の毒すら効果がないことを知らなかったなんて、この際はどうでもいいし関係ない。

 知っていても知らなくても、意味などなかったのだから。

 

 のちの彼は、自分が見逃していたものに大きく後悔する。

 

 気付くべきだった。

 特に気配を隠していなかったキルアにも気付いていなかったのに、彼が「ちょっと驚かせてやろう」ぐらいの気持ちで木の実を投げつけたら、それを見もせず腕だけ勝手に動いたかのように自然に受け止めたことで、気付くべきだった。

 

 ソラは自分に対して殺気や敵意のない人間には、気配を消してなくても鈍い。気付かない。相手にしない。

 だが、自分に対しての「危険」ならば、例えそこに殺気や敵意がなくても、純粋な事故であっても、その体は反応する。

 それは思考を置き去りにした反射ではなく、狂いに狂いきって焼き切れても加速を続ける思考の先の結果。

 

 ハンゾーは、気付いていなかった。知らなかった。わかっていなかった。

 自分が狙いを定めた相手がどんな狂気を持っているかを、彼は理解できていなかった。

 

 * * *

 

 ハンゾーが自分の掌より二回りは小さい煙玉を取り出してぽいっと投げた瞬間、ハンゾーの手から煙玉が離れた瞬間、その眼は開かれた。

 

 黒に近い藍色の、夜空色の瞳ではなく、今現在の頭上のような蒼天の瞳が開かれて、そしてソラはキルアと繋いでいない方の手をまっすぐに向けて、指さした。

 ハンゾーが潜む木の茂み、正確にはハンゾーが投げつけた小型の煙玉に向かって指をさし、そして言った。

 

「ガンド」

 

 彼女の言葉から数秒遅れて、煙玉が炸裂する。

 地面や相手にぶつかった衝撃で炸裂するはずだったそれが空中で突然、弾けた。

 暴発ではない。ハンゾーは確かに聞いた。

 煙玉に何かが、見えない何かが激しくぶつかる音を確かに聞いた。

 

 キルアは状況を理解できず、目を見開いて爆発した煙をただ眺めているが、ソラの方は本当にさっきまで眠っていたのかを疑う程、行動が早かった。

 煙が自分たちの方に来る前に、ウエストポーチを乱暴に開けて宝石を取り出し、煙に向かって投げつけて叫ぶ。

「吹き荒れろ!」

 

 魔力の暴風を閉じ込めた宝石は、主の命令に従ってその効果を炸裂させて、睡眠薬入りの煙を噴き上げて散らす。

 

「!? なんだありゃ!? 反則だろ!!」

 反応速度はもちろん、反応自体も予知でもしていたかのような満点回答の行動にハンゾーは正直な感想を呟いて、木の枝を飛び移って撤退する。

 

 自分の持つ忍術に似ている不可思議な手段を、ソラが持っていることが少し気になりはしたが、好奇心で猫ならともかく自分を殺す気はサラサラない。

 せっかくあと1点で合格なのだから、無理せずこの二人からプレートを奪うことはあっさりハンゾーの方は諦めたが、逆の立場はそうはいかない。

 

「ガンド!」

 もう一度、煙玉を空中で炸裂させた時の言葉が聞こえ、ハンゾーは木の枝に跳び移りながらも器用に身を翻し、後ろを振り向いた。

 が、やはり何も見えない。

 

「がっ!!」

 見えないのに、ぶつかった。

 振り返った自分の左肩あたりに、見えない何かがぶつかって短い悲鳴を上げる。

 威力は硬球を思いっきりぶつけられたぐらい。普通に打ち所が悪ければ死んでいてもおかしくない威力だが、もちろん拷問の耐久訓練までされてきたハンゾーからしたら、余裕で耐えられる一撃だった。

 ……威力だけなら。

 

「ってぇ~! って、なんだ!? 痒っ! クソ痛ぇのに痒っ!!」

「あーははははは! ご愁傷様! それ、5時間はひたすら痒いから頑張って我慢してね!」

 

 猛烈に不可視の硬球がぶつかった肩が痒くなり、そのことに気を取られつつも逃げるのはやめなかったが、この二人からしたら追いつくのはそれで十分だった。

 ハンゾーが嫌そうな顔で振り返ると、ソラは実に楽しそうな笑顔でその辺にあった枝を振るいながら言った。

 

「さぁ! 命とか腕とか足とか、色々惜しけりゃとりあえずプレート置いてけーっ!」

「ぎゃああぁぁぁっ!!」

 

 言うと同時にハンゾーが飛び移った木を、手にした枝でズバンと見事に両断してハンゾーを慈悲なく落とすのを見て、キルアは「やっぱこの女は、少しくらい元気ない方が良いかもな」と、若干遠い目をしながら思った。





だいたい予想されてたけど、ソラVSハンゾーです。
読者さんに読まれていたので、キルアを足してついでに展開を予定と変えたら後半は割と、「どうしてこうなった……」案件に。
ついでに今話のタイトルも、どうしてこうなった……。ソラさんが真夜中テンションでハイなだけだけど。

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