死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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3次試験は短くなりそうなので、特に意味はないが入れた雑談回。


幕間:本人不在の争奪戦

 本や給水器、ポットにグラス、古びているがソファーまで用意された小部屋に閉じ込められて早数時間。

 

「あーぁ。おっさんじゃなくてソラだったら、こんなとこで足止めされずに済んだのに」

 

 もう何度目かわからないキルアの呟きにトンパの方はさすがに年の功なのかふてぶてしく無視するが、レオリオは「そのおっさんってのは、俺のことか?」と言いたげに顔を歪めつつも、50時間の足止めを喰らった最大の戦犯が自分であることは自覚しているため、「あー、はいはい! 俺が悪うございました!!」とヤケクソの謝罪を叫ぶ。

 

 お互いに飽きもしないで何度も行うそのやり取りに、ゴンは苦笑してクラピカの方は呆れる。

 

「けど、本当にソラがいたら良かったのになー。俺、まだソラとはあんまり話してないから、こんな時間があるならソラと話せるいい機会だったのに」

 苦笑してから、ゴンは天井を仰ぎ見てそんなことを言い出した。

 レオリオの失態を責めずむしろ好機だったと言える彼のピュアさは尊いが、レオリオからしたら責められるより辛いのか「……本当にすみません」と土下座で謝りだした。

 

「そもそも、ソラがいたらこの事態は起こらねーんじゃねーの?」と、レオリオの土下座をスルーしてキルアは言う。

 キルアとしてはソラがトンパの代わりにいたのなら、彼が即座にギブアップした相手にもソラなら普通に勝てるだろうと考えて、ストレート3勝していたという意味合いで言ったのだが、ゴンは違う意味で受け取ってまた苦笑する。

 

「あぁ。女の人の前でなら、さすがにレオリオもあの賭けで『男』は選ばないよね」

「選んでいたら、私がその場でレオリオを殺しているな」

 ゴンの言葉に、クラピカは真顔で断言した。そしてそのまま続けて、「というか、レオリオ。お前はソラと再会しても、彼女に話しかけるな。半径5メートル以内に近寄るな」と命じる。

 

「言われなくても、さすがに仲間に女がいたらしねぇよ! っていうか、5メートルってなんだよ、5メートルって! あの逆セクハラ女はこの程度で引くような奴じゃないだろ!」

 クラピカの真顔の断言にやや慄きつつも、レオリオは理不尽に思える命令に抗議して、クラピカの方はやはり盛大に勘違いされているソラの人物像に軽く頭痛がした。

 

「……私も昨夜知ったばかりだが、ソラはお前が思っているほど下ネタや猥談が得意ではない。

 むしろ、苦手すぎてそれを避けるために斜め上に迷走した結果が、あの逆セクハラだ。他人にされて狼狽えるくらいなら、自分からしてさっさと話題を切り上げるという自爆同然の自衛だったらしい」

『…………迷走しすぎだろ』

 

 ソラにとってはあまり人に知られたくない、隠しておきたい一面だっただろうが、隠していたら余計に誤解が広まるので悪いと思いつつクラピカが話すと、レオリオだけではなくキルアや、こちらの話題に我関せずだったらトンパまで同じことを呟いた。

 

「何でそんな方向に迷走しちゃったんだろう?」とゴンが本気で不思議そうに首を傾げたので、クラピカはどこまで話そうかを少し考える。

 

「彼女はキルアのように家庭環境というか家業というか、とにかく色々と特殊な家に生まれ育ったから、時々価値観や常識が妙にずれているんだ。周囲は比較的まともだったからそのおかげで大半が矯正されたが、こういうデリケートな話題はさすがに矯正される機会がなくて、結果おかしな方向に歪みっぱなしらしい。

 詳しいことはさすがに私の口からは控えよう。気になるのなら、おそらく本人は何も気にしないから直接訊いてみたらいい。……彼女の家のことを知ったら、ソラが奇跡的なくらいまともに育ったことがよくわかる」

「どんな家!?」

 

 とりあえず最低限のことだけ教えつつ、正直な自分の感想を口にしたらゴンが何気に失礼なことを口走る。

 失礼ではあるが、その気持ちはよくわかるのでクラピカは突っ込まない。あの変人の見本のような女が奇跡的なほどまともに見える家など、クラピカだって本人から聞かされていなかったら想像などできなかった。

 

「つーか、どう考えても俺ん家よりもイカレてるぞ、あいつの家。正直、聞かされた時は俺もすっげー引いた」

「「キルア・お前が引くくらい!?」」

 

 ゴンの疑問を答えるように、クラピカの言葉にキルアは遠い目をして同意した言葉に、今度はゴンだけはなくレオリオも驚愕する。

 二人は縋るように、「いや、さすがに暗殺一家よりは……」という否定の言葉を期待してクラピカに視線を向けたが、クラピカもひたすらに遠い目をして答える。

 

「……あぁ、確かにな。彼女の家は跡取りの子供すら、『代々続く研究を引き継がせる後続機』でしかないからな」

 

 クラピカの言葉で、既にある程度ソラから話してもらっていたキルア以外の全員、トンパでさえも絶句したのでクラピカは言わなかった。

 自分の子供を後続機としか思わない価値観はソラの家独特のものではなく、ソラの世界の「魔術師」にとっては当たり前、基本的な価値観であることはさすがに話したいとは思えなかった。

 

 * * *

 

「マジでどんな家だよ……」

「そういえば、クラピカとソラの眼って色以外に違いってあるの?」

 

 まだソラの特殊すぎる家に慄くレオリオと違い、ゴンはさっさと気分が悪くなる話題から自分の素朴な疑問に話を切り替える。

 しかし脈絡が「ソラのこと」以外に何もない疑問だったので、クラピカの方が戸惑って「……そもそも、私と彼女の眼は『色が変わる』以外に共通点などないが?」と不思議そうに首を傾げながら答えた。

 

「あれ? そうなんだ。なんかクラピカと同じように怒ってた時ほど青くなってたから、色だけ違う同じような一族だと思い込んでた」

 言われて、クラピカだけではなく同じように不思議そうにしていたキルアは納得する。

 確かに数時間前のマジタニとの戦いのクラピカと、一次試験でヒソカと対峙したソラを見れば、二人の眼は「色以外同じ」に見える。

 

 しかし、レオリオとトンパは「つーか、あいつも目の色変わるのかよ」と言い出した。

 トンパはともかくレオリオは一次試験で見ただろうとゴンとクラピカは突っ込みかけて、そういえばヒソカの拳でそのあたりの記憶が飛んでいることを思い出す。

 

「変わるよ。ソラは名前の通り綺麗な空色に変わるんだ!」とゴンは初めて見る虹や雪を親に報告するようにキラキラとした目で語るのは微笑ましいが、その眼を見た状況は自分が殺されかかった時だということを、おそらく彼は忘れかけている。

 器がでかいのか、それとも文字通り底抜けでぶっ壊れているのか判別がつかない子供に、クラピカは曖昧な笑みを浮かべて答えた。

 

「私の眼と彼女の眼は本当に、全くの別物だ。

 ソラの眼も感情によって変質するが、変質する条件自体に感情はほとんど関係ない。あれは、よく見ようと目を凝らせば凝らすほどに明度が上がっていくらしい。怒りで色が変わるのは、相手を怒りのあまりに睨み付けて、目に力がどうしても入るからだろう。

 私の目より、色の変質を隠すのが困難だと言っていたよ。カラーコンタクトも意味がないしな」

 

 クラピカの「カラコンも意味がない」にゴンはまた「何で?」と素直に尋ねるが、クラピカが何も答えずレオリオが「ドライアイなんじゃね?」と返したことで勝手に納得した。

 キルアだけが、コンタクトを入れたら常に視界にコンタクトの『線』や『点』が見えて邪魔という意味で受け取り、やはりソラから「直死の魔眼」について聞いているクラピカに軽く嫉妬する。

 

「そっかー。クラピカの眼と同じくらいソラの眼も綺麗だったから、同じ一族だと思ってたよ。知り合いなのも、その繋がりかなーとか思ってた」

「残念ながら同じ一族どころかソラの眼は後天性だから、私もクルタも、仮にクルタと同じように目が青く変化する一族がいたとしても、ソラは何の関係もないな。ソラと私が出会ったのは、ただの偶然だ」

 

 ゴンがさらに続けた勘違いの理由に対して苦笑しつつも少し嬉しそうに語るクラピカの話に、キルアはさらに苛立って、思わず手に持っていた漫画を強く握ってぐしゃぐしゃにしてしまう。

 キルアはソラから「直死の魔眼」について教えてもらったが、後天性であることは聞かされていなかった。「死期」を視覚化して捉えることぐらいしか聞かされておらず、生まれついて持つものだと思い込んでいた。

 

 彼女のことだから、話さなかった理由など「話す意味なんて特になかった」「忘れてた」程度であることはよくわかっているが、それでもやっぱり自分よりソラを知るクラピカが妬ましくて、悔しかった。

 

「……そういや、キルアはどうやってソラと知り合ったんだよ?」

 キルアの機嫌が悪くなったことを察したのか、冷静なら割と空気を読むレオリオが話を変えた。

 そして、言われてキルアは気付く。クラピカに少しは勝てるんじゃないかと思う話題が自分にはあるということに。

 

「……俺も偶然だよ。偶然ハンター試験に行く為の飛行船で一緒になって、そこで色々あって、俺が家出中だから保護者っぽいのがいたら都合が良かったし、うざい所はあるけど面白い奴だからそのまま一緒にここまで来たんだよ。

 ……ただ、別に俺が試験を受けてなくても多分いつか出会ってたぜ」

 

 出会いは偶然。そこは、クラピカと同じ。

 けれど、キルアはこの機会を逃してもきっと必ずソラと出会っていた。

 

「どういうことだ?」

 尋ねるクラピカの声や表情にわずかだが「気に入らない」という感情が見え隠れするのは、キルアの気の所為ではないだろう。

 そのことに優越感を抱いてキルアは言った。

 

「あいつ、俺ん家の嫁候補らしいから」

『……は?』

 

 * * *

 

 トンパも眼を見開いて、4人が異口同音を口にする。

 真っ先に、言われたことを理解して口を開いたのはゴンだった。

 

「え? ソラはキルアの婚約者なの?」

「違ぇよ! そもそも誰の婚約者でもねぇよ! うちの親父とかが気に入って、息子の嫁にしたがってるだけだっつーの!!」

 

 自分でドヤ顔で言っておいて、ゴンの「婚約者」発言にキルアは顔を真っ赤にさせて否定する。

 クラピカへの対抗心のあまり、自分が何を言っているのかをよくわかっていなかったらしい。

 

 キルアの発言直後、「は?」とだけ言ってフリーズしてしまっていたクラピカは、キルアの否定でホッとしたように硬直が解けるが、レオリオが呆れながら言った「暗殺一家に気に入られるって、あいつは何したんだよ?」という言葉に、また全身を強張らせる。

 

 レオリオの言う通り、初めは「キルアの婚約者?」という部分に衝撃を受けて、そちらに意識は向かなかったが、キルアに限らず悪名高い「ゾルディック家」の「嫁候補」という時点で十分にきな臭い。

 ソラがまさか暗殺などといった仕事に携わるわけがないと思いつつ、彼女は殺人そのものを否定はしない、あの眼はその職業に最もふさわしいことを知っているので、そんな訳がないと思いつつも嫌な想像は止まらない。

 

「俺も詳しいことは知らねーけど、なんか初めは仕事で敵対してたらしいから、兄貴や親父相手に逃げ切って生き残ったところを気に入られたんじゃねーの?」

 

 しかしその嫌な想像は、キルアにあっさりと否定されて再び安堵の息を吐く。

 

「キルアも良く知らないの? っていうか、飛行船で出会うまでソラがそういう人だってことを知らなかったの?」

「知ったのだって、試験会場着く直前くらいだぜ?

 嫁候補って言っても、俺や俺の弟じゃ歳が離れすぎだからほとんど兄貴の嫁候補って扱いで、親父やお袋から兄貴の嫁になって欲しい奴を見つけたとかそういう話をちょっとだけ聞いたってレベルだったから顔も名前も知らなかったし、俺がファミリーネーム名乗ってなかったからあいつも気付いてなかったし」

 

 ゴンが根本的な所に気付いて問うと、キルアはまた少し面白くなさそうな顔をして答える。

 別にソラと結婚したいわけではないのは本心だが、歳が離れているから、自分の方が年下だからなんて理由で、候補に入れられないのは不服だった。

 何となく「あの二人より俺の方がマシだろ!」と叫びたいが、それを言うと勘違いされてレオリオあたりに盛大にからかわれるのは目に見えていたので、もちろん言わない。

 

「そうなんだ。キルアのお兄さんってどんな人? ソラと仲良くなれそう?」

 ゴンはキルアが「面白くない」と思っていることに気付くどころか、キルアの家族全員が暗殺者だということすら忘れているんじゃないかと思えるほど無邪気に尋ねる。

 ここまで無邪気だとキルアの方も毒気を抜かれて、やや脱力したような顔で彼は答えた。

 

「仲良くどころか、ソラと会うたびに『こんにちは死ね』してるらしいけど?」

『こんにちは死ね!?』

 

 本当に仲良くどころの話ではないことを言われて、一同が唱和する。意味不明なセリフだが、だいたい何が起こっているかが良くわかってしまうのがまた嫌だ。

 

「あいつはいったい何して……あ、たぶんいつも通りだな」

「……キルアの兄を知らないのに、心当たりしかないのは何故だ?」

 

 キルアの返答にレオリオが困惑しながら疑問を口にするが、最後まで言い切る前に自己回答してしまう。

 クラピカに至っては、その場でOTLのポーズで本気で落ち込んでしまうが、言った張本人のキルアは自分の答えを口に出してみたことで違和感に気付く。

 

「うん、たぶんあいつは兄貴相手でも、いつも通り空気読まずバカなことを言ってやらかしたんだろうけど……、そういや何で兄貴、そこまでしてあいつを殺したがってんだ?

 あいつ、良くも悪くもマイペースで誰に何言われても基本的に気にしない奴だから、あまりにもうざくて面倒くさくて、出会い頭に無表情で針を投げつけるくらいならあり得るけど、仕事でもないのに殺すまで追いかけ回すとかって、兄貴の性格考えたら絶対にしないと思うんだよなー。

 あいつ、マジで何をやらかしたんだか?」

 

 キルアが首を傾げて本気で不思議そうな顔をするが、もう「出会い頭に針を投げつける」の時点で傍から見たら殺意はMaxな為、その後に追いかけるか追いかけないかの違いに何の意味があるかなどわからない。

 

「つーか、そこまで息子が嫌ってる女と何で、くっつけようとしてんだよ?」

 レオリオがドン引きしつつも、またしても根本的なことを尋ねる。

 

「あぁ。俺は5人兄弟で、上に兄貴が二人いるんだよ。さっきの話は長男の方で、次男の方は割と仲良いらしい。……ただ、あいつはソラのことを初め男だと思って仲良くなったらしいから、『あれが嫁とかマジでないわ』って言ってたけどな。

 兄貴からそれ聞いた時はどんな女だよ? って思ってたけど、会って納得だよ。俺も初め、男だと思い込んだわ」

 

 どうも兄が一人だと誤解しているらしいのでキルアが訂正を入れると、ゴンがやはりどこまでも無邪気に、そしてピュアに言った。

 

「あ、もう一人のお兄さんとは仲がいいんだ。じゃあ、そのお兄さんとソラがうまくいけばいいね!」

 

 ゴンとしては、キルアがソラのことが好きで本当の姉弟のように仲がいいので、戸籍上で本当に姉弟になれたらいいのにという、完全なる善意でしかなかった。

 が、キルアは本気でソラが姉だったら、ソラが実の家族だったら良かったのにと思っているからこそ「義姉」、つまりは「兄嫁」になることを本気で嫌がっているという複雑な心境は、一人っ子のゴンでは想像できなかった。

 

 悪気など一切ない、純粋な善意の一言にキルアはとっさに怒鳴り返す。

 

 

 

「あいつの嫁にするくらいなら、俺が結婚するわ!」

 

 

 

 * * *

 

 数秒間、部屋の中に沈黙が落ちる。

 完全に勢いだけで言ってしまったことを、言った張本人のキルアが理解するまでそれだけの時間が掛かった。

 そして理解した瞬間、キルアの顔が一気に真っ赤に染めあがる。

 

「!? ち、違う! 今のは別に、そんな、あれだ! 特別な意味はねーよ!!

 ただ、俺のすぐ上の兄貴はクソデブで、オタクで、引きこもりで、さすがにあれと結婚するなんて可哀想だから、同情というか義侠心というか、別にソラと結婚したいとかなんて思ったことねーからな!!」

 

 真っ赤な顔のまま、しどろもどろにキルアは言い訳する。

 言ったら勘違いされてからかわれるのがわかっていたから言わないようにしていたが、ゴンの悪気はない、次兄の見た目も性格も知らないから言える言葉に軽くだがキレて、本音が飛び出たことを何とか言い繕う。

 

 正直、ソラが長兄の嫁扱いされるのはまだマシだった。

 

 年齢的に一番つり合いが取れて、実の兄ながら生きた生身の人間なのかが常々疑問に思うほど無感情無機質な人間だが間違いなく、少なくとも現段階ではキルアより実力も上なのは癪だが認めている。

 そして何よりも、兄の方は出会い頭に殺しにかかり、ソラは当然そのことに怯えて関わろうとしないのでまずありえないと思っているから、「お似合いだ」と言われてもせいぜい「気に入らない」程度にしか思わなかった。

 

 だが、次兄は全く別。

 

 長兄と比べたらただ単に無関心なだけかもしれないが、自分に対して押し付けがましいことはほとんどせず、自分の意見も聞くだけなら聞いてくれるので、実は普段から口にするほど嫌いではないが、見苦しく太って仕事ですら家から出ないで済まそうとするほど自堕落で、ついには自分に刺されるほど体を鈍らせた兄の嫁にソラがなるくらいなら、それこそ何で自分じゃダメなんだとキルアのプライドが爆発した結果の叫びだったのだが、やはりキルアの予想通りレオリオはニヤニヤ笑い、ゴンまでも妙に優しい目をして「うん、わかったよキルア。わかったよ」と言い張る。

 

 絶対に何もわかってない、むしろ盛大に誤解していることを確信してキルアは、「だから違うって言ってんだろうがーっ!!」と叫ぶ。

 

「安心しろ、キルア」

「あ?」

 羞恥のあまりまた支離滅裂な言い訳を叫びながら暴れ回りそうになったキルアに、クラピカが静かに声を掛ける。

 真っ赤な顔でキルアが振り返ってクラピカを睨み付けるが、彼は珍しく満面の笑みではっきりと言った。

 

「そもそもソラはゾルディック家に嫁がないから、その心配は杞憂だ」

 

 まさしく花の(かんばせ)という表現そのもの笑顔だったが、目は一切笑っていなかった。

 そしてキルアはもちろん、その言葉を言葉通りには受け取らない。

 クラピカの意図通り、「お前にもお前ん家にも、ソラはやらない」という宣戦布告と受け取って、彼も笑みを浮かべて言い返す。

 

「……ははは、杞憂ね。空が落ちてくるよりは、まだ可能性があるから安心できねーな。兄貴にソラが興味なくても、俺含めて兄弟はまだいるしな」

「さすがに三男のお前がこの歳なら、ソラの方が対象外だろう。彼女は変人ではあるが、変態ではないからな」

「そうだな。けど、今の10代と20代ならともかく、10年たてば『歳が離れてるな』程度になるからなー」

 

 互いに全く目だけ器用に笑っていない笑みでギスギスとした牽制をぶつける二人に、レオリオの方はバカらしくなってその場に横になって寝ようとするが、ゴンは自分の言葉がきっかけであることはわかっているので、オロオロ狼狽えながら何とか二人を宥めようとする。

 

 その結果、出てきた言葉がこれである。

 

「え? えっと……キルアもクラピカもソラと結婚したいってこと?」

「「違うわ!!」」

 

 ゴンの率直な疑問とキルアとクラピカの見事なユニゾンに、寝ようとしてたレオリオの腹筋が持って行かれた。

 呼吸困難になりそうなほど爆笑しているレオリオは放っておいて、キルアとクラピカはつい先ほどまでやり合っていた牽制は何処に行ったのか、今度は二人そろってゴンに「自分とソラはそういうのじゃない!」と言い張るが、ゴンからしたら二人の主張は本人不在の告白でしかなく、余計に混乱する羽目になる。

 

「くっ、くくく……。ゴン、そういう場合は逆に聞いた方が良いぜ?」

「トンパっ! 貴様!!」

「おっさんは黙ってろ!!」

 

 その様子を、こちらも腹を抱えていたトンパが笑いの合間からゴンにアドバイスを送る。

 単純なレオリオ、純粋すぎるゴンと違って付け入る隙が無いと思っていた二人に出来た最大の隙をこの男が見逃すわけなどなく、クラピカとキルアがそのアドバイスを掻き消すように大声をあげて制止するが、遅かった。

 

 ゴンはきょとんとした顔のまま、トンパがどんな人間かをもう十分に理解した上でもそのアドバイスを純粋に受け取って実行した。

 

「え? 逆に? えっと……二人はソラと結婚したくないの?」

「「……………………」」

 

 どちらも何も言わず、肯定も否定もせず、ただゴンから目を逸らした。

 何も言っていないのにその沈黙はあまりにも雄弁だったので、ゴンは呆れたように言う。

 

「やっぱ二人とも、誰にもあげたくないくらいにソラのことが大好きじゃん」

 

 端的に二人の感情をわかりやすくまとめられて、キルアとクラピカは顔を真っ赤にさせながらもぐうの音も出ず、レオリオとトンパの爆笑が狭い部屋に響き渡る。

 

 もちろん、二人はこの後八つ当たりも兼ねて殴られた。


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