8時到着予定だった飛行船は、どこまでも真っ直ぐで意地っ張りな割にちょっと横道にそれやすくて、主旨を忘れた素直すぎる受験生の健闘を会長が少し称えた為、1時間半ほど遅れて第3次試験会場に到着する。
そして飛行船が降り立ったその「試験会場」を見て、受験生がそれぞれに同じようなことを考えて呟く。
「何もねーし、誰もいねーな」
「一体、ここで何をさせる気だ?」
そこは高さが百メートル単位でありそうな、塔の上。
受験生の言う通り、もはや何もなさ過ぎて塔どころかただの巨大すぎる円柱にしか思えない場所に受験生40名全員降ろして、ビーンズは説明を開始する。
「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが、3次試験のスタート地点になります。
さて、試験内容ですが、試験官の伝言です。
『生きて、下まで降りてくること。制限時間は72時間』」
あまりにもシンプルすぎる試験内容に受験生たちが唖然としていたら、その間にビーンズは受験生たちを連れてきた飛行船に再び乗り込んで帰って行った。
本当に、説明も試験内容もあれだけらしい。
こうして第3次試験は、ゆるく開始された。
* * *
とりあえず受験生のほとんどがまず塔から恐る恐る身を乗り出し、高さと塔の外壁を確認する。
高さはやはり地面が霞むほど高く、生身の人間が到底飛び降りられるものではない。念能力者でも、強化系なら二次試験の会長のように飛び降りることが出来るかもしれないが、強化系が不得手な特質・具現・操作系能力者は遠慮するレベルである。
外壁は風雨のせいか割と凸凹は多いが窓の類は一つもないので、何かにつかまりながら下りるのも困難だろう。
「ここから降りるのは自殺行為だな」
「普通の人間ならな」
外壁を確認していた受験生の一人がそう呟くと、一人の筋肉隆々な男が自信満々に言い出した。
「このくらいのとっかかりがあれば、一流のロッククライマーなら難なくクリア出来るぜ」
86番のナンバープレートを付けた男は、不敵な笑みを浮かべながら躊躇なく塔から身を乗り出して、外壁のわずかなくぼみを掴んで命綱もなしに言葉通りスイスイと降りていく。
数分もしたら男は既に手のひらサイズに見えるくらいまで下に降りており、それを見たゴンとキルアが素直に感心した。
「うわ、すげ~」
「もうあんなに降りてる」
が、その感心は1分も続かなかった。
「あ……」
ゴンが何かに気付き、声を上げる。
そして不思議そうに自分の方を見たキルアに、「どうしよう?」と言いたげな顔をして彼は、自分が見つけてしまったものに指をさす。
「あれ」
ゴンだけではなく、他の受験生たちもそれに気付いて絶句。
そして数分後に、下方から86番の絶叫と、人間よりも巨大な怪鳥に啄まれる断末魔がしばらく響いた。
その断末魔と壮絶な光景を、なすすべなく見下ろすしかできないレオリオは顔色悪く呟く。
「外壁をつたうのはムリみてーだな」
「怪鳥に狙いうちかよ……」
レオリオの言葉にソラも「うわぁ……」という顔をして答え、クラピカは見たものを頭から追い払うように一度固く瞼を閉ざしてから、気を取り直して塔のてっぺんを見渡して言う。
「きっとどこかに、下に通じる扉があるはずだ」
「……そうだね」
クラピカの言葉に応えながら、ソラは少し藍色の眼を細めた。
やたらと「線」が多い床を眺めてソラは、うんざりしたようにため息をついて疲れ目の癒すように目頭を揉む。
ソラの眼は「死期」を捉えて視覚化するが、その「死期」はいわゆる「運命」ではなく、単純に肉体や物品の強度からくるものを捉える。
なので、数分後に事故死する運命の人間をソラが見ても、肉体が健康なら数本の「線」と2,3個の「点」という平均的な数しか見えないが、試験前に渡されたトンパの下剤入りジュースのように、何らかの細工が施してあるものに関しては、何の仕掛けもないものより「線」や「点」が多く見える。
その為、ここに降りた当初から何らかの仕掛けがあることはわかっていたが、この目が捉えるのはあくまで「死期」のみ。どの辺に隠し扉があるかないかはさっぱりわからない。
よく見てみれば細工してある床部分の「線」が途切れているなどでわかるかもしれないが、隠し扉は相当な数あるのか、床の「線」の数が多すぎてパッと見て途切れている部分は見つけられず、そもそも「死」そのものの「線」や「点」を見続けるのはソラも精神的に辛い。
特に何のメリットにもなっていない、むしろいつもより世界が脆くて崩れやすいと思わせる視界に嫌気が差したのか、ソラは少しでも見えるものを減らそうと眼を細めたまま、隠し扉を探しつつ呟いた。
「……床ぶち抜いて、そのままストレートに降りてもいいのかなぁ?」
「ソラ、それはせめて制限時間が24時間を切ったあたりの最終手段にしてくれ」
さすがに試験官が絶対に想定していない、していたとしても実現不可能だと思い、切り捨てたであろう方法を本気で検討し始めたソラを、クラピカは止める。
全面的に止めるのではなく、最終手段として譲歩しているあたり抜け目がない。
ちょっと昔よりちゃっかり図太い性格になってるクラピカに苦笑してから、しばし地道に床を探していると、ソラのエンジニアブーツの足音が変化した。
カコンとやや軽い足音がした一ヶ所に座り込み、トントンと一定距離を置きながら指で床を軽く叩くと、ある箇所の床がわずかに沈む。
線もちょうどここで途切れているので、間違いなく隠し扉だ。
同じようなことをその周辺で少し繰り返して、一人だけ階下に滑り降りれそうなシーソーや舞台のどんでん返しと同じ構造の隠し扉をいくつか見つけ、ソラは腕を組んでしばし悩む。
試験という性質柄、この隠し扉の先が逃げ場も何もないデッドエンドな罠だという可能性は除外していいだろう。
そういう罠が仕込まれている隠し扉があるのなら、その罠の扉と正解の扉を見分けるヒントがなければ、これは受験生の実力を見る試験ではなくただのギャンブルになってしまう。
ソラが見つけた数個の扉に特にこれといった違いはなかった為、自分がヒントを見逃しているという可能性は低いと判断し、次に考えたのはこの扉に繋がる部屋はどうなっているか。
狭い範囲に集中して扉があるので、すべての扉が別々の部屋に繋がっているとは限らない。すぐ近くの隣り合う扉は、同じ部屋に繋がっている可能性の方が高いだろう。
同じ部屋に繋がって同じルートで下まで降りて行けという部屋なら、出来ればソラはクラピカ達と全員ではなくとも一緒に行きたいが、同じ部屋に入った者同士で戦って、勝った者だけ先に進めるバトロワ方式ならば、なるべく離れた位置の扉を選ぶべきだろう。
数秒間そのことを考えたが、結局出した結論は「とりあえず、みんなに隠し扉を報告しよう」だった。
扉の先が協力型かバトロワ方式かは、試験官側もヒントを出す意味があまりないのでここで考えても仕方がないと結論付け、まずは報告。
もしもバトロワ方式なら、「生きて下まで降りて来いが試験内容だったじゃん」と言い張って、クラピカに最終手段にしろと言われた床ぶち抜きを実行すればいい。
そんなことを考えながらちょうど4人が何やら話をしていたので、ソラは手を振って駆け寄って声を掛ける。
「おーい……!」
ソラの呼びかけに気付いて4人は顔を上げてそちらを向けば、何やら驚いたように強張った顔をしたソラがとっさにバックステップを踏んで、そしてそのままガコンと隠し扉が勢い良く傾いて垂直にソラがボッシュートされていくのを目撃し、思わず全員10秒ほどフリーズ。
『ソラーっ!?』
傍から見たら謎すぎる退場をした女の名前を叫びながら、4人でソラの落ちて行った隠し扉の元までやってくるが、ゴンやキルアが目撃した他の受験生と同じく扉はロックされており、もうそこはただの床になっていた。
「……あいつ、何がしたかったんだ?」
レオリオが呆然とロックされた隠し扉を見つめながら、全員の疑問を代弁した。
「わ、わからん……。表情からしてふざけてやったわけではなさそうだが……私たちの後ろにヒソカでもいたのか?」
あそこまで強張った顔をしてバックステップで逃げた可能性として一番高いものをクラピカが上げるが、あたりを見渡せば全然違った方向にヒソカはいる。
しかも、彼もソラのボッシュートを見ていたのか、腹を抱えてその場にうずくまっていた。
「……とりあえず、無事だといいね」
「あいつなら大丈夫だろ。時間がヤバくなれば、たぶん床をぶち抜いて降りてくる」
ゴンが苦笑しながら一人だけ先に行ってしまったソラを心配するが、もう心配も呆れもバカらしくなったキルアがソラの最終手段を語って、とりあえずソラのことはいったん忘れることにした。
同じく3人が、「……まぁ、ソラだし」ともはや諦観に近い謎の信頼で70時間後の再会を信じて、自分たちはどの隠し扉で降りるかを話し合い、ソラのボッシュートに思わず困惑してフリーズし続けるのはただ一人となる。
ソラの背後で、ひっそりと彼女の隙をつけ狙っていたギタラクルことイルミは、“絶”状態のままヒソカ以外の誰にも気づかれないまま、数分間そこに立ち尽くした。
* * *
「くくっ……、残念だったね、イルミ♠」
「……うるさい、死ね、刺すよ」
ヒソカが笑いながらわざわざ声を掛けてきたことでイルミのフリーズはようやく解凍されるが、そのことにもちろん感謝はなく、ヒソカを見もせずに辛辣な言葉を返す。
「っていうか、本気であいつは予知か読心出来てるだろ……」
「そうだねぇ♦ 本当にソラは感度がヨすぎてこっちが焦らされちゃうよ♥」
「精度が高いって言え」
つい舌を打って愚痴れば、わざと別の意味合いに取れる言い方をする奇術師に苛立った言葉をぶつけるが、それをもちろんヒソカは気にせず言葉を続ける。
「けど本当に、あの子の殺気に関しての察知能力は“円”以上だね♦」
そんなの、ヒソカに今更言われるまでもない。
おそらく誰よりも自分が一番よく知っていて、煮え湯を毎回飲まされているイルミは顔を不愉快そうに歪める。
ヒソカの言う通り、ソラは“円”が苦手なくせにそれが何の問題にならないレベルで、殺気に対しての察知能力が高い。
“絶”をして足音も息遣いも極限まで殺していたというのに、ソラが隠し扉から降りる瞬間、足場が傾いて落下という逃げ場もなく見動きもほとんど取れないほんの一瞬の隙を狙って、ヒソカからもらったトランプを投げつけようかと思っていたのに、仲間の元に駆け寄ってもう少しでその隙が生まれるという期待からほんの一瞬、息継ぎのようにわずかに漏れ出したイルミの殺気をソラは感知した。
わざわざイルミがいた背後にバックステップして落ちたということは、あのボッシュートは事故ではない。そこに隠し扉があることをわかっていて、わざとそこに落ちて逃げたのだ。
この隠れる所が何もない塔のてっぺんよりも、一度降りたらロックされて追いつけない、すぐ近くの扉も同じ部屋に繋がる保証もない、仮に追って来られても彼女なら壁や床を破壊しながら逃げ回ることは容易だから、一番近くの扉から降りることを選んだのだろう。
隙を狙って待っているのなら、いきなり突拍子もない行動を取った方が、相手はとっさに行動できない。
下に降りる際に生じる隙も自分が狙われていると気付きさえすれば、あの女ならその瞬間さえも隙を作らないし、いくらでも対応できるだろう。自分から、わかって降りたのならなおのこと。
そこまでわかったうえでの行動か、完全に本能による反射かどうかまでは判別つかないが、どちらにせよイルミは見事に何もできなかった。
ソラがとっさに前か横にでも逃げれば予想は出来ていたので反応のしようはあったが、まさかの殺気に気付いて背を向けたままバックステップで自分の方に近づいてくるのは完全に想定外だったのと、ソラが呼びかけたことで自分の正面にはソラを挟んでキルアがこちらを向いてしまっていたので、いくら“絶”で気配を殺して正面からでもほとんど認知されないようにしているとはいえ、攻撃を仕掛けたらさすがに気づかれる。
イルミがソラの行動に混乱しても冷静なままでも、結局は何もできずにソラに逃げられるしかなかったことと、また殺せなかったどころか行動に移す前に漏れ出た殺気に気付かれたことが、イルミにとって不愉快この上ない。
昨夜も、そうだった。
眠っているソラを見つけたのは、キルアとほぼ同じタイミングだった。
キルアはソラの近くで眠るつもりはなかったらしく、そのことに安堵して絶好の殺すチャンスが舞い込んだことに抑えていた殺気が、一瞬というには足りない刹那の瞬間のみ緩み、針の穴のように微細な漏れ出た殺気を感じ取ってあの女は目覚めた。
そして弟に余計なことを吹き込んだ挙句、よりにもよってキルアに膝枕をしながら寝た。
正確には、目を閉じて少し体を休ませていただけでまったく寝ていない。警戒心を試験中と同じように全く解かなかった為、イルミは諦めてその場を去るしかなかった。
キルアがソラの膝の上で寝ていたから。
ソラがずっと警戒していたから。
イルミがソラを殺すのを諦めた理由など、それだけに過ぎない。
何もしなかった理由は、それだけ。
『ゾルディックの教育方針とかは、私もツッコミどころ満載だと思うけど、仕方がない面も多いよ。少なくとも、愛情は本物だ。
あの家は、自分たちの犯した罪を知っている。自分たちの因果が、いつどこで誰に返ってくるかわからないことをよく知っている』
ソラがキルアに語ったことなど、何も関係がない。
あれはキルアには不必要な、余計な価値観でしかない。
『だから、友達を作るな、仕事以外で家から出るなって言うのさ。仮に君が、暗殺に何も携わっていなくても、もう『ゾルディック』というだけで君は、誰かから恨まれて憎まれているのだから。
自分の因果が自分に返るのならまだしも、大切な家族に返って欲しくないって願ってるんだよ。
キキョウさんも、イルミも』
分かり合えない、理解などされないし求めていなかった愛情を肯定されたことなんて、何ら関係ないとイルミは自分に言い聞かす。
「……偽善者」
もう何度目かわからないソラへの恨み言を呟いて、イルミはそろそろ自分も適当な隠し扉を使って塔を降りることにする。
ソラを殺すチャンスがなくなったのなら、ここに留まる意味などないのだから。
そう思いながら隠し扉を探し始めたイルミに、何を思ったのかヒソカは「そんなに落ち込まないでよ♠ イイコト教えてあげるから♥」と頓珍漢なことを言い出したので、イルミはナチュラルに無視しておいた。
が、イルミに無視されたことをこちらも軽やかに無視して、ヒソカはサムズアップしながら腹が立つほどいい笑顔で言い放つ。
「ソラは処女だよ♥ しかもそっち方面に耐性が全くないから、調教と開発のし甲斐があるね♥」
イルミは無言で、ヒソカの眉間めがけて一直線に針を投げつけた。
* * *
「……すごい間抜けな退場をしてしまった。くそっ、誰だよあのチラチラ小出ししてくる殺気の持ち主は……」
ほぼ反射でとっさに逃げて扉を下りてしまったソラは、部屋の中で一人凹む。
体育座りになって自分の膝に額を当てて、呟く。
「……皆を置いて、逃げちゃった。……卑怯者」
それだけを呟いてしばらくその態勢のまま凹み続けたが、10秒ほどで「よっしゃ凹みタイム終了! 後悔先に立たず! 前だけ見て突っ走れ私! どうせそこにしか行けないんだ!!」と叫んで立ち上がり、拳を高々と突き上げてから部屋の中を見渡した。
3,4人入ればいっぱいになりそうな小部屋の中央には台座があり、そこにはタイマー付きの腕輪が二つ置かれていた。タイマーは十中八九、制限時間だろう。
そして、腕輪は何故かネックレスのチェーンよりはマシ程度の鎖で繋がっていた。
手錠ではないだろう。手錠にしては鎖が細すぎるし長さが5メートルはある為、腕の動きを全く阻害しないからだ。
部屋に扉はなく四方がただの壁だが、ソラの眼には一面のみ妙に線と点が多い壁に見えているので、上とは違ってこちらはどこに隠し扉があるか言葉通り一目でわかる。
そして、隠し扉がある壁にはプレートがかけられていた。
「連帯の道?」
プレートに書かれたルート名をまず声に出して読み、ソラは首を傾げつつそのまま読み進める。
『この道は、受験生同士がペアとなって進む連帯の道。
一方のわがままは許されず、どちらも平等のリスクと責任を背負って進まなければならない』
「……つまりはとりあえず、もう一人来るまで待てってことだね」
一瞬、受験生全員が他の隠し扉から降りてここに来なかったらどうしようかと思ったが、規定人数が来なかったから何もしないまま不合格確定は、メンチの初めの試験以上に理不尽なのでそれはないだろうと考え、ソラは大人しくペアが来るか何らかの連絡が来るまで待つことにする。
ヒソカや昨日からチラチラ感じる正体不明の殺意の持ち主が来た時の為に、すぐにでも床をぶち抜いて逃げれそうな線のある位置で待機しながら。
「きゃっ!」
幸いながらソラは何時間も待ちぼうけた挙句に結局一人で先に進めと言われることも、天敵と一緒になることもなかった。
ソラが降りてきてから30分ほど後に降りてきたのは、246番のナンバープレートを付けて大きな帽子をかぶったソラと歳がそう変わらない女性だった。
「おや、これまた眼福な美人だ。私はソラだよ。よろしく」
「え? えぇっ!?」
とりあえず無視しようが冷たくあしらおうが、殺しかけても喜ぶ変態が来なかったことに安堵して、ソラがさっそくフレンドリーに声を掛けて手を差し出すが、降りてきた受験生、ポンズは声を上げて身を引いた。
怯えや敵意はないが、どう見てもソラを警戒している様子にさすがのソラも若干傷ついたのか、「……私ってそんな危険人物に見えるの?」と握手を求めるポーズのまま訊いた。
「え? あ、ごめんなさい。いきなりだったからびっくりしちゃって……。なんか、あなた他の4人といつも一緒だったから、単独でいるとは思わなかったし……」
警戒はしたが別にポンズもソラに対して悪感情を持っていたわけではないらしく、凹んだソラを慰めるようにワタワタしながらフォローの言葉をかける。
そしてソラも怒るのは面倒くさいと常日頃から言ってる女なので、ポンズの言い訳でしかない言葉でさっさと気を取り直して、どうでもいい部分に注目する。
「あれ? 私のこと知ってんの?」
「……知ってるというか、一次でも二次でも目立ってたから」
自分とその仲間の事を多少は知ってるようなことを言ったので、ソラが首を傾げて尋ねるとポンズはやや目を逸らして答える。
ヒソカに目をつけられているわ、何故かメンチと一緒に他の受験生に料理についてブチキレるわなど、本人に非があるものないもの含めて数々の悪目立ちをやらかしまくったこのルーキーの顔と受験番号と名前を覚えていない受験生はいないだろうと、内心思いながら。
「あぁ、美人だから」
「え!? あ、うん……確かにそれも目立つ大きな要因だけど……」
しかしソラは否定はできない斜め上に解釈して、ポンズを困惑させる。
「私も美人が相棒で嬉しいよ。という訳で、早速これつけて」
ポンズの困惑など何も気にせず、これまた嬉しいけど困ることを言いながらソラはポンズに鎖で繋がった腕輪を投げ渡す。
「えぇ? っていうか、ここは何なの!?」
とっさに受け取ってからようやくポンズは壁にかかったプレートに気付き、このルートの趣旨を理解する。
「連帯の道? つまりは私とあなたが一緒にこの塔を降りて行けばいいの?」
『その通り』
ポンズの疑問に答えたのは、ソラではなく天井近くに取り付けられたスピーカーだった。
スピーカーの声、おそらくはこの試験の試験官がプレートに書かれていなかったことを少し補足して、ソラとポンズのルートの説明をしてくれた。
『このタワーには幾通りものルートが用意されており、それぞれクリア条件が違うのだ。
そこは、連帯の道。君たち二人はこのタワーを降りるまで、その腕輪で繋がった状態で行動してもらう。鎖は見ての通り、さほど強度がないから気を付けたまえ。鎖が切れた時点で、その腕輪は爆発する仕様となっているからね』
その説明に、ポンズはつけてしまった腕輪を見て顔を青ざめたが、ソラは真顔で言った。
「つまりは片手首を犠牲にしたら、ペア解消して好き勝手動いてもいいってことだね」
「やめて! 私はそこまで犠牲にして単独行動も合格もいらない!!」
『……極論で言えばそうだが、自分は大事にした方がいいと思うぞ?』
まさかの外壁をつたえば怪鳥に狙い撃ち、やたらと脆そうな鎖が切れたら手首爆発なんて試験を設定した試験官からも「自分を大事にしろ」と突っ込まれ、ソラは釈然としない気持ちになる。
しかしソラ自身も、最終手段ならともかく初めからそんなハイリスクローリターンをする気はサラサラないので、「はいはい」とテキトーな返事をしたところで試験官は「それでは、君たちの健闘を祈る」と言って放送を切り、同時に壁がせりあがって隠し扉が現れる。
ようやく本格的にソラとポンズの3次試験は始まったが、ポンズは始まる前から疲れて、同時に不安でいっぱいになる。
初めは警戒したが、よく考えたら変人なのは間違いなくても別にヒソカのような危ないことは何もしていない、むしろあの戦闘狂が気に入るような実力者とペアなのは、正直その辺の一般人的なよりはマシ、現受験生の中だとソラと一緒にいた子供のゴンやキルアにすら腕力で勝てる自信のないポンズからしたら幸運なことだと思った。
が、ナルシストなのかツッコミ待ちなのかよくわからないことを言い出すわ、鎖が切れたら片手首を爆破を聞かされても動揺するどころか真顔で、「好き勝手行動できる」と言い出す相手に、ポンズは盛大に引く。
やはりこいつはヒソカと同類なんだろうかと不安になりながら、それでも先に進まなければならないので「行こう」と声を掛けたら、「その前にちょっと聞かせて」とソラが言った。
「何?」
「まず、君の名前は?」
言われて、そういえばまだ名乗っていなかったことを思い出し、「ポンズよ」と答える。
それで終わりかと思ったら、「ありがとう。それじゃ、ポンズ」とソラは質問を重ねてきた。
彼女からしたら、こっちの質問が本命だったのだろう。
「その帽子の中、何がいるの?」
* * *
言われて思わず、ポンズは自分の被っている帽子を両手で押さえる。
ソラはその帽子を、初めは黒い帽子だと誤認していた。小さくてただの黒い何かとしか認識できない無数の「死期」が蠢く帽子をじーっと見ながら、「生き物がいるよね。大きさからして、たぶん虫かな? 仕込んでるのならいいけど、そうじゃないなら……捨てた方がいいよ」と余計なアドバイスをする。
「……何でわかったの?」
「眼が良いんだよ」
降りてきた時以上の警戒心を懐いてソラを睨み付けるポンズに苦笑しながら、嘘でも本当でもない答えを返す。
話さない理由は、説明が長くなって面倒くさい程度。
「自分の手の内を明かしたくないのはわかるけど、下手に漏れ出た場合は全部明かした方がいい場合も多いよ。
手の内がばれて一番不利な状況は、相手にバレてることを当の自分が気付いていない場合だ。自分の手の内を一番知ってるのは結局自分なんだから、バレたかな? って思ったらいっそ相手にも全部教えた方が、相手が何を狙ってどうするかの予測や予防がしやすくなって逆に罠にはめれたりするし」
帽子の中に仕込まれていたものを見抜いた理由は納得できないが、後半の言葉は悔しいが納得してしまい、ポンズは溜息をついて観念した。
「……そうね。それにこのルートの性質上、あなたには話しておかないと私にとっても不利でしかないわ」
言いながらポンズは自分の帽子を指ではじく。
「! うわっ! 何それ、その帽子どうなってんの!?」
「気になるところはそこなのね」
ポンズの帽子からどういう構造なのかブツブツと盛り上がって出てきたのは、スズメバチの一種と思われる、見た目からして凶悪そうな蜂だった。
「私が悲鳴を上げたり倒れたりしてショックを受けると、この子たちが出て来て近くの人間を攻撃するの。
だから、これを振りかけておいて。この子たちが嫌いな匂いのスプレーよ。さすがに特定の誰かだけ攻撃しろとかするななんて命令はきけないから」
ポンズは小さなスプレー缶を取り出してソラに渡しながら、指で合図して蜂を元通り帽子の中に収納し、ソラも「あー、そりゃそうだよね。ありがとう」と言いながら、ゴンでないと嗅ぎとれないほどわずかな匂いを全身にふりかける。
腕っぷしに全く自信がないポンズにとってこの蜂は本当に奥の手だったが、自分の所為で一時的とはいえパートナーがアナフィラシキーを起こして死んだら、試験の合否関係なくさすがに後味が悪すぎるので、正直に話して攻撃スイッチが入ってしまった場合の防御策も施しておく。
そして、この後の試験で彼女が敵に回ることがないことを、この情報が自分の首を絞めることがないことを祈りながら、ようやく小部屋をソラと一緒に出る。
「ねぇ、ポンズ」
「今度は何?」
しかし部屋を出て数歩でソラが立ち止まり、あろうことか自分たちを繋ぐ腕輪の鎖を引っ張ってポンズを引き留めた。
さすがにちょっと引っ張ったくらいで切れる程脆くはないとわかっていても、鎖が切れかねない行動を取るソラに苛立った声を上げる。
その苛立ちを気にせずソラは、前方の道を眺めながら言う。
「君、戦闘とかとにかくひたすら動き回って避けまくることに自信はある方?」
訊かれて、ポンズの苛立ちがさらに増す。
性別柄仕方がないとはいえ、本当にポンズは腕っぷしに自信がない。その所為で、何度もハンター試験に落ちた。
歳は自分とそう変わらないとはいえ、ルーキーで3次試験までたどり着けた相手に言われたら、バカにされたと被害妄想してしまうのは無理もなかった。
「ないわよ! ないから、あなたみたいな天才とは違うから、蜂とか薬とかに頼ってるんじゃない!!」
「天才って初めて言われたなー」
ポンズが怒鳴っても、ソラはやはりどうでもいいところに注目して、気にも留めない。
気にも留めず、何の躊躇もなくソラはポンズを抱き上げた。
所謂お姫様だっこの状態にされて、ポンズはポカンと呆気に取られる。
「……え? 何? この状況は?」
「んー、いやポンズにとって隠しときたかった手の内を話させちゃったのが悪いなーと思ったのがまず一つと、この先は罠だらけだからこうやって私一人で突っ走った方がたぶん一番いいじゃないかなという結論に達した」
茫然としながら抱きかかえられたまま尋ねるポンズに、しれっと当たり前のように返すソラ。
「罠があるのはわかってるんだけどさー、具体的にどこにどんな罠かってわかるほど私の眼の性能は良くないんだよね。
だから、このまま突っ切るからポンズは鎖を抱え込んでしがみついておいて」
「え!? ちょっ! 待っ!!」
残念ながらポンズの懇願は最後まで言う事すら出来ず、彼女は生身の人間で絶叫マシーンを再現できるという事を知ってしまう。
蜂避けのスプレーをふりかけておいて良かったと思いつつ、ポンズは言われた通り鎖を抱え込んだままソラの首に腕を回してしがみつき、自分の眼の前に跳び出て来ては紙一重で躱される槍や、間一髪で落ちてくる前に滑り込んだギロチン、蹴り砕かれる鉄球などに悲鳴を上げ続けた。
主人公組にソラをトンパの代わりに入れると、トラブルがほとんどなく進んでしまい、話として面白くない。
ヒソカやイルミと一緒だと、ソラは間違いなく一緒になった瞬間、壁や床を破壊して逃げる&ハンターのSS系でこの二人とトリックタワーで一緒になるネタが多いのでありきたりかなーと思った。
そんな訳で、彼ら以外にある程度キャラの性格がわかってて、なおかつ「誰得だよ!?」と思われないキャラクターは、彼女しかいなかった結果のポンズさんです。
なお、次回はソラとポンズの珍道中ではなく、主人公組の暇を持て余した50時間の雑談予定です。