死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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152:過程と結果

 それはただただ都合の良いだけの、整合性なんてなくて甘やかに堕ちてゆく夢。

 

 

 

 

 

「ねぇ、キルア。ゴン。私たちが出会ったきっかけって何だっけ?」

 

 自宅のリビングでの勉強会。

 何気なく問題集の丸付けをしてやりながら、自分が勉強を教えている子供二人にソラは聞いた。

 尋ねられた二人はきょとんと目を丸くしてから、それぞれ答える。

 

「何だっけってお前、俺とお前の親が知り合い同士だから引き合わされたんだろうが。まぁ、その引き合わされたきっかけ自体は覚えてねーけど」

「俺とはキルア経由でだよねー」

「……そうだね」

 

 キルアの答えは、自分の記憶通り。

 親がキルアの親と知り合いだったからその都合で出会って、素直ではないが懐かれて家庭教師の真似事をしている。ゴンはキルアの友達で、彼の方が勉強がヤバいので教えてやってほしいとキルアが言って連れて来たから、いつしか一緒に教えるようになった。

 

 その記憶通りの答えに同意して、ソラは丸付けが終わったドリルを二人に返して、それぞれ間違っていた所を再び解説してやる。

 といってもその解説はほぼゴン一人に集中しているので、一人だけノルマを終えても退屈だからか、それともゴンにソラを独占されているような気がして癪なのか、キルアも一緒にちょっと九九から怪しいゴンに根気強く数学を教えてやる。

 

「ソラ。すまない、今いいか?」

 

 丁度切りのいいタイミングで、リビングに入ってきたクラピカが声を掛ける。彼の後ろでレオリオが「邪魔して悪ぃ」とでも言うように、軽く苦笑して目礼していた。

 放っておけば書斎から出て来ないコンビが、自分に「休憩しよう」と言われずとも出てきたことを珍しいと思いながら、振り返って「どうしたの?」と訊く。

 するとクラピカは書斎から持って来たのであろう、ケース入りの医学関係の本を掲げて言った。

 

「この本のケースと中身が違っているのだが、中身はどこにあるか心当たりあるか?」

 

 言ってクラピカはケースから中身の本を取り出すが、それは同じ判型で同じくらいの厚さではあるが全く別の本だった。しかも医学関係ですらない。対極と言える、神話に関する本だった。

 

「げっ! マジ? 医学関係は君らしか読まないから、フラットあたりの悪戯かな? 似たようなこと教授に私がやらかしたから」

「何をしてるんだ、お前は……」

「っていうか、それやられた教授とやらの復讐じゃね?」

「いや、教授はうちに来たことないし」

 

 中身が違うと言われ、しかもそれは全く心当たりがない入れ替わりである事に、ソラは心底うんざりした声を上げる。

 うんざりもする。式織家は先祖代々、オタク気質というか凝り性かつ多趣味な所為か、書斎と書庫には様々な本が溢れかえってちょっとした図書館状態なので、ソラの推測通りあの行動力のある天才バカの悪戯なら、ケースと中身が違うのは2,3冊では済まない。下手すれば、カバーすらもシャッフルされているだろう。

 何故わかるかって? ソラも恩師相手にそれをやらかしたからだ。

 

 なので、本来の本を探して元に戻すのは、確実に一日仕事になる。幸いなのは、フラットの仕業ならあくまで悪戯に過ぎず、嫌がらせではないので盗む・汚す・破る・隠すといった性質の悪いことはしていないだろうし、本当に価値があって大切にしている稀覯本の類には手出ししていない所。

 逆に言えば稀覯本に手出しした形跡があるのなら、これはフラットの仕業ではなく空き巣等の不審者の仕業である可能性が跳ね上がる為、勉強会にも一区切りついていたのもあって、ソラはひとまずその確認をしようと書庫に向かう。

 

「俺達も戻すの手伝うよ」

「勝手に決めんなよ」

 

 勉強がやっと終わったゴンは晴れ晴れしく笑って手伝いを宣言すると、ナチュラルに巻き添えに遭ったキルアが文句をつけつつ、けれど一緒に立ちあがってソラたちと一緒に書庫に向かう。

 そんな彼らと家主のソラに、クラピカとレオリオが「本を借りに来ている立場で迷惑をかけて悪い」と謝るが、別に彼らに非がある事ではないのでソラは笑って、「気にしないでよ」と答える。

 そう答えてから、尋ねた。

 

「ねぇ、クラピカと私が知り合ったきっかけって何だっけ?」

「は? ……4,5年ほど前に私がパイロと一緒に、お前の家に忍び込んだことだろうが。あまり思い出させるな。あれは完全に、私にとって黒歴史だ」

 

 キルアとゴンにしたのと同じように、ソラはクラピカにも尋ねてみれば、やはり記憶通りの答えが返ってくる。

 

 4,5年前、今のキルアやゴンくらいの歳だったクラピカは、昔から頭のいい子ではあったが、その頃はゴンと同じくらいに好奇心旺盛な猪突猛進で、わりとトラブルメイカーだった。

 そんな彼が幼馴染で親友のパイロと一緒にこの家に忍び込んだ理由は、当時のソラは留学中、姉は寮生活だった為、長期休暇でない限り家は無人だったので、空き家だと勘違いしていたらしい。

 

 ただし忍び込んだといっても、クラピカもパイロも家の中には入っていない。

 空き家でも家の中に勝手に入ってはいけないことくらいはわかっていたようだが、塀に囲まれて外からは見えない広い庭が、「秘密基地」という存在に憧れる男の子にとって魅力的すぎたらしく、庭の端っこで段ボールハウスの「秘密基地」をパイロと作って入り浸っていたら、長期休みで帰って来たソラと鉢合わせしたという顛末である。

 

 別にソラとしては、庭の片隅に段ボールハウスを作っていた子供なんて可愛いだけなので、気にしてないどころか、いくらでも好きにどうぞとしか思っていないのだが、トラブルメイカーではあったが、人に迷惑をかけたら心の底から申し訳なく思う善良なクラピカにとって、本気でこのきっかけは黒歴史らしく、赤い顔でそっぽ向いてしまった。

 

「気にしなくていいのにー。あと、レオリオは君経由で知り合ったけど、そもそも君はレオリオとどうやって知り合ったんだっけ?」

「ん? 言ってなかったか? こいつの親友と俺の親友(ダチ)が同じ病室に入院してたから、見舞いで顔合わせてダチ同士が親しくなったから、その繋がりでだよ」

 

 照れるクラピカをからかってわき腹に肘鉄をくらったレオリオが、腹を押さえながら答える。

 

 それも記憶通り。彼らが親しくなったのも、自分の家の書庫や書斎に入り浸るのも、二人とも親友の怪我と病気をきっかけに、医学に興味を持ったからだ。

 ソラの家を図書館代わりに使っているのは、クラピカはソラを慕っているからだろうが、レオリオはただ単純に図書館より彼女の家の方が自宅から近いのと、図書館と違って貸出制限なく本が借りれるし、物によっては格安どころかただで譲ってくれるから、厚意に甘えているという状態。

 ちなみに、パイロもレオリオの友人もとっくの昔に完治して退院しており、今でも元気である。

 

 そんな記憶を掘り返し、ソラはまた「そうだね」と相槌を打つ。

 その様子に、キルアは小首を傾げて訊き返す。

 

「ソラ。お前、どうしたんだよ? さっきから似たようなことばっか訊いて」

 

 先ほどから自分たちとの出会いのきっかけを、今現在の関係の経緯を尋ねるソラを不審とまではいかないが、違和感を覚えてキルアは尋ねたが、ソラは笑って「別に。何でもないよ」と返す。

 

「特に意味なんてないさ。ただ、聞いてみたかっただけ」

 

 笑ってそう答えながら、書庫の扉を開いて電気をつける。

 こまめに掃除も換気もしているつもりだが、本の量が量なのでどうしても埃っぽい匂いがする部屋の中に足を踏み入れ、そして改めて実感した本の量にソラはもちろん、「何かを誤魔化しているな」と勘付いたキルアやクラピカもその不審が吹っ飛んで、うんざりとした顔になる。

 

「えーと……、あぁやっぱり稀覯本には全く手を付けた形跡ないから、十中八九フラットだわ。

 けどそれ以外はまんべんなくやらかしてるな……。皆ー、悪いけど頑張って。今日、末那がカニをおすそ分けしてくれるはずだから、晩御飯のカニがバイト代だと思って」

 

 稀覯本を確認してから、4人に声を掛ける。人生で最も食欲旺盛な時期の彼らが、一番やる気を出すであろう報酬を提示して。

 しかしおすそ分けでもらえるものに、彼らを満足させるほどの量は期待できないので、その埋め合わせは肉でも食わせておけばいいとソラは結論付け、さっそく本のケースやカバーを確認してくれている4人に少しだけ任せて、ソラは部屋を出て電話を掛ける。

 

「あ、姉さん。帰りに肉買ってきて。肉。

 今日、皆で鍋するからしゃぶしゃぶ用の薄切り肉が良いかな」

 

 

 

 

 

 何もかもがおかしい。表面だけを整えた、矛盾だらけの世界。

 何もかもがおかしいけれど、何もかもが穏やかで幸福に包まれた世界。

 

 傷つけるものも、傷つくような出来事も起こらない、幸福が続き幸福に終わっていくことが決定づけられた世界。

 あったとしても「人理(せかい)」が決して存在を許さず、剪定されてなかったことにされるはずの、「ハッピーエンド以外有り得ない」と決定づけられた世界。

 

 それは、甘やかに墜ちてゆくまでの走馬灯。

 

 自慰のように生産性なんて何もない、誤魔化しでしかない無意味な夢。

 

 それでも、それは確かに幸福だった。

 幸せな――――夢だった。

 

 きっと誰もが求める「(せかい)」だったことだけは、否定できない。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 何の前準備もなくG・M専用呪文(スペル)カード、「脱出(エスケープ)」で強制離脱して連れてこられた為、ゴンとキルアは受け身が取れずにその場に転がるが、ビスケは難なく、カルナに至っては呪文(スペル)カードの効果も今初めて知ったはずなのに、動じた様子もなく平然と着地する。

 

「レイザー! 大丈夫!?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! あたしがあいつの事、甘く見過ぎてた所為で……」

 

 受け身は取れなかったが、それでもすぐにゴンとキルアは起き上がって周りを見渡すと、G・Iに入ってすぐゲームの説明を聞くシソの木内部と似た部屋の中で、二人の女性がそれぞれ悲痛な顔で駆け寄ってきた。

 最初にゲームの説明してくれるナビゲーターのイータは、説明時の愛想は良いが機械的に思えた様子が一転して、実に人間らしく半泣きになってひたすらゴン達に謝っている。

 

 そしてイータと顔はそっくりだが、髪型がツインテールになっているエレナはこれまたG・M専用と思わしきカードを使って、レイザーの手首を治療。

 治療しながら、マーリンに対して怒涛の愚痴を言っているので、レイザーとしてはちょっと気まずい。今更この手首の粉砕骨折はマーリンではなく、今そこにいるカルナによるものだとは言えない空気である。

 

 そんなレイザーの気まずさの元凶であるカルナは、辺りを一通り見渡してから「レイザーと言ったな。加減はしたつもりだったが、明らかに足りてないな。申し訳ない」と、空気を彼の手首の骨以上に粉砕して、マーリンの仕業だと思って怒り狂っていたエレナをしばし硬直させる。

 

 レイザーもレイザーで、G・M用に「大天使の息吹」と同効果のカードがあったから良かったものの、そうでなければ後遺症で済めば良い方なダメージを負わせるくらいマーリンの追放を阻止してたはずなのに、今はマーリンから引き離されても怒っていないどころか、普通に怪我させたことを申し訳なく思っている様子に、もう何度目かわからない困惑を懐く。

 

 察しは悪いが物分りは良すぎるくらいのカルナとしては、レイザーはこちらの事情がわかっていない事を知っているのだから、「排除(エレミネイト)」を使おうとしたことはもちろん、現状も怒ってなどいないので、困惑するレイザーに小首を傾げている。

 

 そんな噛み合わない反応にキレたのは、キルアだった。

 

「謝ってる場合か! 戻せ! 今すぐに俺達をあいつの元に戻せ!!

 っていうか、お前らはあいつを知ってるのかよ! 知ってて何で放置してたんだ! 今更動くんなら、何で最初からあんな奴ゲームの外に放り出しておかなかった!!

 あいつの所為でソラは! ソラは!!」

「キルア! 落ち着いて!」

 

 時間の空費でしかない反応を取りあう二人に、ただでさえない余裕が煽られて、キルアはレイザーに掴みかかり、自分たちをマーリンの元に戻せと要求する。

 それだけならまだしも、少なくともレイザーはマーリンと前々から面識がある口ぶりだったこと思い出したのか、今更になってどうしようもない事を「何でしなかった!?」と責め立てる。

 

 G・M側がこちらの事情を知らないのと同じく、こちらも向こうの事情なんて知らないのに、キルアは自分たち側の失敗や非を棚上げして、完全な八つ当たりで自分の苛立ちや後悔をぶつけるので、ゴンが羽交い絞めにして止める。

 

 だが、今のキルアには親友の言葉すら耳には届いても、心には届かない。

 

「うるせぇ! 止めるな! 何でもいいから早く俺達をあいつの元に戻せ!! あいつに逃げられたら、絶対にお前らをゆるさねぇ!!」

「落ち着け。キルア。

 そもそも、今すぐにお前が向かってどうする気だ? お前は、相手と自分の力量差がわからぬほど愚かではないだろう?」

 

 ゴンを振りほどこうともがくキルアにカルナが諭すと、矛先はレイザーからカルナに移る。

 

「あぁ! わかってるよ!! 俺はあいつの足元にも及んでないことくらい! 俺が何かするよりお前に全部任せた方がずっといいぐらいに、俺が弱い事なんかわかりきってる!!

 けど! 何もしないなんて出来るか!!」

 

 自分のしていることなど、八つ当たりでしかない。レイザーやカルナを責め立てているのはもちろん、マーリンの元に戻せと言っていることも、マーリンに対してしたいことだってただの八つ当たり。

 

 奴を自分の手でぶん殴ってやりたいだけだ。

 それが出来るほどの実力が自分にはないことも、出来たとしてもそれでソラが目覚める訳でもないことはわかっているし、自分のストレス発散になるとさえも思っていない。

 

 それでも、キルアには出来なかった。

 自分のすることが裏目に出て、唯一勝機があるカルナの足を引っ張るにしても、「何もしない」なんて出来ない。例えそれが一番合理的で、現実的で、ベストな選択だとしても。

 

 しかし、キルアの気持ちがわかるからこそキルアの駄々を聞いてはやれない。

 

「『何もしない』はしなくていいけど、バカなことはすんなクソガキ!!」

 

 キルアと同じとにかく何かしたいという思いがあるからこそ、ビスケはゴンに羽交い絞めされているキルアの頭を横からぶん殴り、しがみついてキルアの暴走を止めていたゴンごと吹っ飛ばす。

 さすがにゴンを巻き添えにしてしまったことには慌てて、「あ! ごめんゴン!!」とビスケは謝るが、ゴンが返答する前にキルアが起き上がって「何すんだババア!!」とキレ、そのまま師弟喧嘩が勃発。

 

 キルアの剣幕は想定の範囲内だが師弟喧嘩は完全に想定外な為、レイザー達G・M勢はどう止めるべきか、そもそも止めていいものなのかを迷っているうちに、ゴンがやや涙目涙声で「二人ともいい加減にして!!」とキレた。

 

「二人とも誰かに八つ当たりしてる暇も、喧嘩してる暇もないことくらいわかってるだろ!!

 このままカルナさんに負担ばっかりかけた挙句に、ソラが死んじゃってもいいの!?」

 

 一番現実を見据えていたゴンが突き付けられた最悪に、そこから目を逸らしていたからこそ、眼を逸らしていたいからこそ「何でもいいから何かしたい」という本末転倒に陥っていた二人は、冷水でもぶっかけられたように急速にクールダウンし、青い顔色のままそれぞれゴンとお互い、そしてG・M達に謝った。

 

「レイザー。あのマーリンという男の能力を知っているか? 移動系の能力があるかないかだけでも教えて欲しい」

「「お前は空気を読め!!」」

 

 が、なんとも気まずい空気が充満しそうだった所で、カルナがしれっとレイザーに質問してきて、その空気をシリアスごと木端微塵に破壊し尽くす。

 別に変なことを訊いているわけでもない、むしろ知るべき情報なのだが、このタイミングはないだろう……という思いを込めてキルアとビスケは突っ込むと、カルナは申し訳なさと困惑を半々にしたような顔で、これまたくそ真面目に答えた。

 

「……すまない。オレなりに読んだつもりなのだが……。移動系の能力が奴にない事だけでもわかれば、奴が今すぐに俺達が追うことも出来ぬほど遠くには逃げ出すことはできないという確証さえ得たら、少しはお前たちが冷静になって余裕を取り戻せると思ったのだが……今すべきものではなかったか?」

 

 空気は読めていなかったが、この上なく彼らの心情に配慮していた発言だったことに、キルアとビスケは二人してダウン。

 言ってることだけ聞けば、「無意味なことしかしてないお前らが文句を言うな」という意味合いの皮肉に聞こえるが、本気で申し訳なさそうかつ、何が悪かったのかわからないと言わんばかりの顔なので、こちらは本心から言葉通りだと理解したキルアとビスケの良心が痛み、空気が読めてなかったのはむしろこんな時に喧嘩していた自分たちだという羞恥心に襲われつつ、「……ごめんなさい」と素直に非を認めて謝罪。

 

 しかしカルナは何に謝られているのかわかっていないのか、小首を傾げてから表情をいつもの真顔に戻して、「気にするな」と答えた。

 

「状況が状況だ。冷静になれと言うのが酷だったな。

 それに、お前たちのしていることをオレは無意味だとは思わない」

 

 時間を空費して、移動系の能力がなくても逃げ出せる猶予を与えるようなことしかしていないのに、カルナはキルアもビスケも責めない。

 無意味だと断じない理由を、彼はいつも通り事もなげに言った。

 

「結果と過程はセットではない。

 もちろん、オレはマスターがこのまま死ぬという結果など絶対に認めないが……、お前たちが何もしなかったという過程を経て、マスターが助かるという結果も気に入らない。

 だから……どうか足掻いて欲しい。結果だけを見て、それが佳良か最悪かを決めつけられるのは、不快だろう?」

 

 その言葉に、フォローされていたキルアやビスケではなくゴンが「え?」と声を上げて、思わず全員の視線がゴンに集中する。

 

「……オレはまた言葉が足りなかったのだろうか?」

「えっ!? ち、違うよカルナさん! たぶんカルナさんの言いたいことは全部ちゃんと伝わってるから!!」

 

 前科が散々ある為、自分の発言内容が伝わっているかどうかに全く自信がないカルナは、ちょっとだけしょんぼりした様子で尋ねるので、ゴンが慌ててフォロー。

 そのフォローに「なら良かった」とカルナは安堵するが、キルアは「? じゃあ、何だったんだよ?」と更に突っ込み、ゴンは気まずそうに答える。

 

「え~と、別に大したことないよ。ただ似たようなことを前にも別の人から聞いて、ちょっと驚いただけ」

 

 答えになっていない内容にちょっとキルアは不満そうだったが、それを詳しく問い詰める暇もないのでひとまずそれで納得し、再びレイザーと向き合ってマーリンについて尋ねる。

 だいぶ頭に昇っていた血が下がって、このまますぐにマーリンの元に戻るより、奴の事を知っている彼らから少しでも情報を得た方が良いと、冷静な思考が戻ってきたようだ。

 

 レイザーに知りたい情報を的確に尋ねるキルアを見て、ゴンはようやく少しはホッとしつつカルナが言った言葉を頭の中で反復する。

 

(過程と結果はセットじゃない、か……)

 

 それは聞き覚えのある言葉だった。

 キルアの問いに対して、誰が言ったのかを誤魔化したことにあまり他意はない。言えば、今は何の関係もないに、話がややこしくなりそうだから言わなかっただけ。

 

 まさか「空」の問いに対してのクロロの返答と同じことを、カルナの口から聞くとは思わなかったから驚いただけだ。

 詳しい理屈を未だゴンは理解してないが、カルナもソラと同じく「体の人格」である「彼女」の存在を認知出来ない、「彼女」が表に出ている時は夢程度の記憶の共有さえも出来ていない事は知っているので、あの人質交換の時のやり取りを覚えていたから言った訳ではないことはわかっているからこそ、余計に驚いた。

 

 けど、驚いたのは同じことを言ったからだけじゃない。

 

 クロロの言葉も、カルナの言葉も、言いたいこと自体は一緒。例え結末が悲劇だとしても、その過程に価値はあると言ってる事はわかっている。

 

 だけどクロロの言葉は、あまりに刹那的だった。

 奴は、「何もかも無意味になる」という結果を肯定していた。誰もその結末から逃れられない事を知っていて、逃れることから諦めていたからこそ、その「無意味になる」という結果を早めたとしても全てを得る術として、「彼女」を求めた。

 

 結果が変えられないのなら、過程の内に自分が求めるもの全てを貪欲に求めただけだ。

 

 だけど、カルナは過程と結果を切り分けて考えているのが、クロロのように結果を蔑ろになどしていない。

 諦めていない。

 たとえ自分たちの「結果」が悲劇で終わっても、自分たちが歩んで築き上げた「過程」が、他の誰かの結果を幸福にさせるものになるかもしれない事を信じている。

 

 過程にも、結果にも、意味があると信じている。

「どう足掻いても結果は同じ」だとわかっていても、諦めない。結果は同じだとしても、自分たちが足掻くか、諦めるかでその結果が生み出した更にその先が変わると信じている。

 

 クロロの発言は、未来を切り捨てて今だけを刹那的に生きるものならば、カルナの言葉は過去も未来も何もかも手離さずに今を生き抜くための言葉だった。

 

 だから、ゴンはようやくマーリンの言葉を振り払えた。

「ソラを救う術なんて、この現実(せかい)のどこにもない」という言葉を振り払い、自分が選んだ「過程(みち)」に再び歩き出す。

 

(なくてもいいんだ。見つけるから)

 

 諦めてなどいない。例え結果が既に決まっていたとしても、それは諦める理由になどならない。

 だってここで諦めてしまえば、それこそゴンは一生後悔し続ける。諦めるという過程を歩んでしまえば、ソラだけではなくゴンの結末まで悲劇で終わることが決定されるから。

 

 だから、ゴンは前を見据えてレイザー達からマーリンの話を聞いた。

 

 ……もう一つの「見つけたいもの」を見つける為にも、ゴンは諦める訳にはいかなかった。

 

 * * *

 

 キルアとしてはマーリンの情報だけもらって、やっぱりすぐにマーリンの元に戻りたかったのだが、G・Mだけではなくビスケからも、「ところでカルナ(そいつ)は誰?」と訊かれてしまい、さすがにビスケにも教えない訳にはいかなかったので、まずはその説明から話が始まった。

 

 だが、カルナに訊いても「ソラのサーヴァント。クラスは槍兵(ランサー)。真名はカルナだ」と、増えているのは情報なのか疑問なのかわからない答えしか出さないので、キルアがかなり頑張って代わりに答える。

 答えるといっても、ソラの中にカルナがいる事情はキルアもよくわかってないので、ビスケには「ソラの世界の事情」とだけ伝えてから「男の死者の念がソラの守護霊やってると思え」というごり押しを押し通した。

 

 ソラに関して常識を求める方がバカらしいことをよく知っているビスケは、「ソラの世界(異世界)側の事情」と言われた時点で理解は諦め、「敵じゃないならもう何でもいいわさ」という心境になってくれてある意味楽だったが、当然G・M側はそうはいかない。

 

 しかし突っ込み所しかないごり押しの説明なのだが、カルナが語ったソラの現状を知れば根掘り葉掘り問い詰める時間もその資格もないことを思い知り、何か言いたげ、訊きたそうだがひとまず黙ってくれた。

 

「逃がすなと言ったのも、俺の邪魔をしたのもそれでか……。すまない。知らなかったとはいえ、俺が全面的に悪い」

「気にするな。オレの方も本来なら洒落にならない怪我を負わせたのだから、非はオレの方が強いくらいだ。治す術があって本当に良かった」

 

 レイザーに至っては自分の行動が悪手過ぎたことを理解した為、カルナに向かって頭を下げる。

 マーリンに対しての呪文(スペル)カード使用の邪魔されたことよりも、あの一瞬で実力差を見せつけるような蹴りに対して少し思うことがあったのだが、事情を知れば普通に申し訳なくなったようだ。

 そしてカルナも自分のやりすぎを詫びるという、珍しくすれ違いのない友好的なやり取りをしていたのだが、当初よりマシという程度で余裕などないに等しいキルアが、「言ってる場合か」と突っ込み、今度はこちらが問う。

 

「俺達の事情はわかっただろ。なら次は、あんたたちがあいつの事を教えてろよ。

 ……つーか、これも今更だけどあんたたち、何者なんだ? G・Mとか言ってたけど、明らかにゲームのNPCみたいな作られたキャラじゃなくて、生身の人間だよな? これ、ゴンの親父が作ったゲームじゃなかったのかよ?」

 

 余裕がないはずなのに、当初のようにすぐさまマーリンの元に戻せと言わないのはこの為。

 レイザー達が何者かはついでの疑問でしかないが、このままマーリンの元に戻ってもカルナはともかく自分たちは手も足も出ないのを、つい先ほどの一瞬の交戦で思い知らされたからこそ、キルアは焦る気持ちを抑えつけて情報収集に励む。

 

 カルナの言う通り、過程と結果はセットではない。

 だから、キルアは引けない。例え自分のしていることが、より悪結果を招いたとしても。

 自分の意思で選びとって歩んだ「過程」を、否定だけはさせないと誓う。

 

 頭の奥でジワリと滲むように聞こえる、「勝てない敵とは戦うな」という声を、聞こえないふりをし続ける。

 

「……私たちはその通り、念能力によって作られたNPCではなく人間よ。このG・I(ゲーム)の製作を企画・指揮した責任者はジンだけど、他の念能力者も協力し合って運営しているものなの。私たちはその内の一人、それぞれゲームのイベントやゲーム内のシステムを担当してるG・Mよ」

 

 キルアの問いに一瞬3人はそれぞれ顔を見合わせたが、この状況で自分たちがNPCだと言い張る意味もないので、ひとまずイータが説明する。

 G・Iはキルアの言う通りジンが作ったゲームだが、ジン一人によって製作されたのではなく、複数人による相互協力型(ジョイント)型能力で作り上げたものであること。

 ここは「ゲームの世界」ではなく、地図上に記載されていないが現実にちゃんと存在する、ジン個人所有の島であること。

 

 そしてこの島は元々マーリンのものであったこと、だから自分たちと彼は前々から面識があったことを話した。

 

G・I(ここ)が……現実?」

「全然気づかなかったわさ」

 

 G・Mが生身の人間である事には気付いていても、G・Iが現実世界である事は予想外だったのか、3人は意外そうに目を丸くする。

 カルナの方は、ソラがG・Iというゲーム攻略中である事すらよくわかってなかったのか、説明が進むにつれてむしろ傾げる首の角度が深くなっていったが、そのあたりを尋ねている時間は惜しいと思ったのか、傾げていた首の角度を直して肝心の「マーリン」について尋ねる。

 

「元は奴の島ということは、お前たちが奴からこの島を、その『ゲーム』とやらに使う為に奪ったのか?」

 

 しかしながらいつも通り、もっと他に言い方はなかったのか? な訊き方をして、空気を一瞬にして凍らせる。

 もちろんカルナとしては非難や皮肉の意図はない。

 むしろイータの説明ではそう思えたが、マーリンの様子からしてそのような経緯があったように思えないからこそ疑問を懐き、尋ねたのだろう。どちらかというと、「自分たちの方を加害者だと思って卑下しすぎではないか?」という気遣いに満ちた言葉だったのだが……、それが通じるのはおそらくマスターであるソラだけだ。

 

 実際、キルアとゴンは皮肉の意図はないことを察しているが気遣いは全く読み取れず、ビスケは「うわ、キッツー」と言いたげな顔をし、G・M勢は罪悪感と不快感が入り混じったように顔を歪めた。

 

「ジンも俺達も法的手段に則って、この島を得た。悪いとは思っているが、あんなのが住み着いているなんて事前にわかるか。機械すら騙しぬく幻覚使いだぞ。わかっていたのならむしろ、他の島を探していた」

「あぁ、うん。わかったよ。あんた達に悪意とかそういうのがなかったのは。っていうか、そうだからこそ、未だに住まわせているんだろ?

 そこは良いから、あいつの能力とかわかってるだけでも教えてくれよ」

 

 イータとエレナは「住処を自分たちが奪った」という罪悪感の方が強いのか黙っていたが、レイザーの方はマーリンに対しての敵愾心が強いのか、やや苛立った口調でカルナに突っかかるように弁解し、キルアはもうカルナの誤解を解くの面倒なので間に入って適当に流して、自分たちが欲しい肝心の情報を尋ねる。

 

「……申し訳ないが、俺達ではそこまで詳しくはわからない。

 はっきりわかってることと言えば、正直言って人間があいつに敵う訳がないってことくらいだ。念能力者の最高峰……ジンでようやく、『遊び相手』ってとこだな」

 

 これ以上カルナに突っかかるのは大人げないと思ったのか、レイザーは素直にキルアの問いに応じるが、彼が望むほどの情報を自分が持っていないのはわかっていたので、無駄な期待をさせない為の前提と彼らが無理しない為の前置きをまず語ってから、記憶を掘り返す。

 

「能力でわかってることと言えば、他人の夢の中に現れること、夢を操れること、それとさっきも言ったように人間の目どころか、映像機器すらも騙しぬく幻覚を生み出すことだな。移動系の能力はあるのかないのかよくわからん。大概の能力は幻術でそう見せてるだけで説明がつくからな。

 ……本人の言葉を信じるなら、あいつの系統は特質系と操作系。『操作系寄りの特質系』ではなく、隣り合ってるとはいえ2系統を100%極めている、言葉通りの化け物だ」

 

 指折り数えてレイザーはマーリンの主な能力効果を告げてから、奴の系統まで教えてくれた。しかし系統を語る時の彼は、笑っているような細目のまま、眉間に深い皺を寄せる。

 おそらくその情報は、彼がマーリンと交戦して自力で得た情報ではなく、マーリンがハンデのつもりか、それとも自分の情報を与えても何の脅威に思っていなかったからこそ、雑談程度の気持ちで告げられた情報なのだろう。

 

 そのような経緯で得た情報が不愉快なのはわかるが、内容が内容なのでレイザーを慮れる者は、彼と同じG・Mだけ。

「人間では敵わない」というのはもう既に思い知らされていたが、思った以上の反則ぶりにキルアとゴンよりも、“念”が何であるかを知るビスケが顔色を失くしていた。

 

「は? 特質系で操作系って、何それ? 複数の系統を同時に極められる系の特質ってこと?」

「いいえ。言葉通りあいつは二つの系統を持っているの。おそらくあいつの特質系由来の能力が夢関連で、幻覚系の能力が操作系由来だと思うわ。

 あいつの話が本当なら、特質系の方が夢魔由来の生まれつき持つ能力で、操作系が人間の血を引くことで得た系統。あいつは生まれつき、『夢魔としての系統』と『人間としての系統』の二つを持つ二重系統保持者(ダブルホルダー)だと自分で言ってたし、実際にそうだと思う。それぐらい、あいつの能力はどちらも制約なんてほとんど課してないはずなのに、精度が高すぎる」

 

 完全に“念”の常識、前提条件を無視している情報にビスケは思わず自分なりの解釈を口にするが、無情にもエレナが否定して、さらに情報を補足して絶望感が増す。

 

「……直接的な攻撃系の能力でないのがマシ……でもねぇな。どう考えてもあの淫魔、搦め手が得意だろ」

「……そもそもあの人、直接的な攻撃は自分でやればいいと思ってるんじゃない?」

 

 キルアが何とか得た情報から希望を見出そうと努力するが、即座に諦めた。ソラに接触した手段の凝りようといい、あれは確実に策略を得意とするタイプなので夢関連の特質系はともかく、幻覚系の能力と奴自身は相性が良すぎる。

 そしてゴンが思い出した情報通り、そもそもマーリンは見た目に反して肉体の基礎能力も優れている。系統的に一番強化系が苦手分野の癖に、下手すれば“纏”程度で強化系のゴンを完封できそうなぐらいに、奴自身が普通に武闘派だ。

 

 情報を得ることで少しでも自分たちの勝率を上げようと試みたのに、自分たちに勝ち目などない事を思い知る結果となって、苛立ちを露わにキルアは頭を掻き毟って舌打ちしていると、またしても空気を険悪な方向に破壊する奴が口を開く。

 

「レイザー。何故お前はあの花畑を警戒していた?」

 

 マーリンと同じく悪意や敵意の類は見たらないが、彼と違って爽やかからほど遠い、淡々と突き放すような口調の為、相手に興味を持っていないか怒っているように思え、これだけでマーリンよりはるかに誠実で善人なのに、酷く損をしている。

 

 だが、マーリンと違って決して遠いとは思えない眼で、レイザーを見据えて彼は尋ねた。

 あまりにも澄み切っている所為で、疾しさがあれば真っ直ぐに見ていられなくなる。そのあたりは、マーリンと同じく人外の血を引く者なのだと思わせる眼だが、それでもマーリンよりずっと親しみを持て、安堵できる眼だった。

 

 そんな眼で、彼は何かを探るように質問を重ねる。

 

「あの花畑は、ただの幻覚ではないのはわかっている。あそこは、そこにいるだけで戦意も怒りも春の日差しを浴びた雪のように溶かされ、消えてゆく魔境だ。だから警戒するのはわかる。

 だが、即座に退却を選ぶほどか? マスターたちのように不意打ちであの魔境に囚われたのならともかく、お前はあの花畑の効果をわかっていたからこそ警戒していたのなら、少なくとも俺が落としたあのカードを拾って唱えるくらいは出来ただろう?

 実際、不意打ちだったマスター達も体を傷つけるなりして睡魔を追い払い、奴に直接眠らされたマスター以外は、眠りに落ちることはなかった。

 

 レイザー。お前は何を恐れ、警戒していた?

 あの花園は、閉じ込められた者を眠りにつかせるという効果ではないのか?」

 

 マーリンより信頼できると思える眼だった。だけど、どこまでも透明で純粋に思える眼だったからこそ、レイザーは見ていられなくなって顔を背ける。

 背けつつ、答えた。

 

「……効果自体は、それだけだ。

 奴の“円”であるあの花園……奴を中心とした10m四方の空間、『アヴァロン』に足を踏み入れたら睡魔に襲われるってだけで、奴自身に何かする気がなければ害なんか一切ない。むしろとてつもなく心地良い眠りについて、体の疲労が取れるくらいだ。

 ……俺がカードを拾う時間も惜しんで、あの花園が完成する前に逃げ出した理由は、『睡魔に襲われる奴の条件』だ」

「条件?」

 

 レイザーの答えにゴンは小首を傾げてオウム返しするが、キルアは思い出す。あの花園で、カルナはよくわからなかったが、彼以外の全員が酷い睡魔に襲われていたのに例外はない。

 だが、その睡魔の酷さには個人差があったこと、ゴンが一番軽くて、おそらくソラが一番酷かったことを思い出した。

 

 そしてレイザーは、その条件を口にする。

 数秒程度のタイムラグすら惜しんで、カルナよって落とされた「排除(エレミネイト)」ではなく、「脱出(エスケープ)」を選んだ訳。

 自分があの花園の誘惑に勝てる自信がなかった「条件」は、カルナの眼を見ていられなくなったのと同じであることを告げる。

 

「俺達が唯一把握している奴の能力、『永遠に閉ざされた理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』は、対象が懐いている『罪の認識』に比例して強い睡魔に襲われ、どんなに足掻いても奴の前で無防備に眠りにつかされるという能力だ」

 

 * * *

 

「罪の認識? 罪悪感って事?」

 

 レイザーの答えにビスケが小首を傾げて訊き返すと、彼は軽く首を振って訂正と補足を加えた。

 

「いや、それも睡魔を強める要因だが、あくまで条件は『罪の認識』。だからこそ、罪悪感なんて欠片もない外道の犯罪者さえも、この人間社会で生きている限り、逃れられる者はごくわずかだ。

 罪悪感などない、法による罰もデメリットくらいにしか思っていなくとも、自分のしたことを『罪』だと認識しているのならば、その罪の重さ、犯した罪の多さに比例して強い睡魔に襲われる」

 

 そこまで言われて、どれほどあの花園が反則的な空間かが理解できた。

 

 罪を犯さずに生きてゆける人間などいない。

 法に罰せられるような罪と限定しても、犯したことがない者など厳密に言えば皆無に等しいだろうに、法に罰せられるようなことではない些細なことも、自分の罪だと思って抱え込んでいる者もいる。善人であればあるほど、なおさらだ。

 

 なのでただでさえ「罪悪感」に比例するだけでも相当厄介なのに、「罪の認識」が条件ならば、あの花園の効果から逃れられるのは善人を通り越した本物の聖者か、心の底から自分が悪くないと信じている、自分の犯した罪を認識できない狂人だけだ。

 

 罪悪感などないサイコパスの類でも、レイザーの言う通りこの人間社会で生きている限り、「罪を犯したら罰というデメリットがある」くらいの認識はしているはず。

 なので殺人を仕事として割り切っているゾルディック家、司法もマフィアも恐れていない幻影旅団、快楽殺人鬼(シリアルキラー)かつ戦闘狂のヒソカでさえも、あの花園からは逃れられない。彼らは全員、罪悪感はなくとも自分たちのしていることを、「罪」である事は認識しているのだから。

 

 だからこそ、レイザーはあの異界が完成する前に逃げ出した。

 

 さすがにここで彼らに話す気にはなれないので黙っているが、レイザーは死刑囚相当の重犯罪者だ。しかも、ちょっと認めるのは癪だがジンのおかげで更生した為、自分の「罪の認識」に「罪悪感」がプラスされて、G・Mメンバーの中では一番あの異界の影響をモロに受けるからこそ、レイザーは異界が完成してそこに囚われる前に逃げ出したのだ。

 

 あそこが完成してしまえば、自分は眠気覚ましに自分の体を傷つける暇なく、眠りに落ちることがわかりきっていたから。

 念能力者としての実力は初めて会った頃よりついた自信はあるが、歳を重ねるにつれて更生していった、人としてまともになったという自負こそ、あの異界では「罪悪感」として付け込まれる。

 

 そして他のメンバーも、レイザーよりはマシ程度でしかない。

 ハンターなんて職に就いてて、自分の手を汚したことがない者などおそらくはいない。いたとしても、自分が直接何かをした訳ではなくとも、犠牲にしてしまった、犠牲となってしまった誰かがいたとしたら、善人であればあるほどにそれを「罪」として背負っており、その重さがそのままあの異界で襲われる睡魔の強さになる。

 

 現にゴンも、一番軽かったとはいえ当初はかなり眠たそうだった。

 彼の「ソラやキルアに何もしてやれない」という無力感や「ミトさんに心配をかけている」「コンの母親が死んだ原因は自分」などといった、傍から見ればあまりに細やかで善良な罪の意識さえもあの異界は見逃さずに捕えていたのだから、「生死問わず(デッド・オア・アライヴ)」の犯罪者、しかも初めから殺す気だったのではなく、そうしないと犠牲者が増えるから不可抗力だったとしても、人を殺した経験が1度はあるG・M勢が、あの異界に抗う術などない。

 

「……ソラが動くことすらままならなくなった訳だ」

「というか、それを前提に考えるとあの子、よく眠らずに喋れたわね……」

 

「アヴァロン」の厄介さにキルアは舌打ちしつつ、したくない納得をすると、ビスケも頷きながら自分の弟子の意志の強さに驚嘆する。

 

 ただでさえ彼女は、自分が望んでしたことなど1度たりともないはずだが、少なくてビスケと同じくらい、多ければキルア以上に人を殺している。

 それだけで十分、起き上がる事すら出来ない睡魔に襲われたはずだろうに、ソラは自分の罪から目を背けない。自分が潰れてしまいそうになっても、言い訳して手離して軽くしようとはせずに全部を背負い続けるから、あの異界に囚われた瞬間に眠ってしまう方が自然だったはず。

 なのに、おそらくは直接オーラを送り込まれるまで、意識を手離さず会話も成立させていたという事実は凄まじい。

 

 しかしソラの凄まじさを理解すればするほど、そこまでの意志を持つソラをあの男は、マーリンは「夢」という檻に封じ込めたという脅威に繋がる。

 マーリンの「夢を操る」という能力がどんなものかはG・M勢もよく知らないが、ソラを知る者なら生半可な夢なら間違いなくソラの方が勝つと、根拠らしい根拠はないが普通に信じている。

 ゴンに至っては、眠りに落ちる前にあんなことをされたのだから、一瞬眠ったが即座に起きて去勢拳をぶっ放してもおかしくなかったなと、地味に思っていたりする。

 

 彼女のことを知っているからこそ、未だカルナに体を預けっぱなしという事実に、「本当にソラを起こすことが出来るのか?」という不安が煽られる。

 

 そんな爆発しそうな不安を抑え込みながら、本人は何一つ悪くない、むしろ彼がいるおかげでソラの命は繋がっているのに、存在自体が不安を煽るカルナにキルアがチラリと視線を向けると、相変わらず凛とした涼やかな真顔で彼はレイザーの説明に深々と頷き、何かに納得しながら言った。

 

「あぁ、なるほどな。

 だから奴は、わざわざ自らを花に見える幻覚を掛けて、マスターに近づいたのか」

 

 その発言に全員が「は?」と声を上げて、眼を丸くする。この男、何故かマーリンの反則具合には全く関心を抱かず、マーリンが接触を図った方法に対して謎の納得をしていた。

 

「……お前はどこに注目してるんだよ? っていうか、それはマーリンの能力となんか関係あんのか?」

 

 もうわかりきっていたつもりだが、オモカゲとの戦いでクラピカはカルナが出てきて、何かをしゃべるのをやけに嫌がっていた訳を改めて思い知りながら、キルアが突っ込む。

 突っ込みというより、「お前は頼むから黙っていてくれ」という意味合いの皮肉のつもりだったが、洞察力はあるのに察しは最悪のカルナにそんな副音声は当然通じない。

 

 そもそも、キルアは思い違いをしていた。

 

「? むしろ、どこが無関係なんだ?」

 

 キルアはもちろん、ゴンもビスケも事情をマーリンが現れた経緯を聞いたレイザー達も、マーリンの手は凝っているが真相は間抜けな、あの「花のふりをしてソラと接触を図った」のは、ただ単にソラにばれることを警戒していたからだと思っていた。

 

 だがカルナは、自分の尋ね返した疑問に対して皆がさらに困惑するので、「何故わからない?」と言いたげに小首を傾げながら事もなげに言った。

 

「奴の『永遠に閉ざされた理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』という能力は、『10m四方の“円”』なのだろう?

 それだけ範囲が広ければ、わざわざ『自分を花に見せる』という幻覚よりも普通に気配を消してある程度まで近づいてから、発動すればいいはずだ。マスターは自分への危機に関しての気配は、命がかかってない限り鈍い方だから、成功する確率はかなり高い。

 そもそもマスターがあの異界の効果に抵抗し続ける事が出来たのは、ゴンからマーリンの話を聞いて、最初からある程度警戒していたからだ。ゴンの夢に現れず、完全な不意打ちであの異界を発動されていたら、さすがにマスターも抵抗する間もなく眠りに落ちていたと思うぞ?

 マスターの事をある程度知っていれば、間違いなくリスクが低いのは実際に奴が行った方法より、『完全な不意打ちで能力発動』の方だと思わないか?」

 

 カルナの指摘に、全員が「……あ!」と声を上げた。

 

 ソラの眼の性能をよく知らないG・Mたちはともかく、ゴン達はその指摘でマーリンがどれだけ危ない橋を渡っていたかを理解した。

 マーリンもゴン達程ではなくとも、ソラの眼の反則具合なら知っていたはずだ。ならば、「自分を花に見せかけてる」という手段は、リスクが大きいことくらいわかっていたはず。事前にゴン経由で自分の存在を知らせる事は更に、ソラの警戒を強めて自分を見る際に眼の精度を上げ、幻覚が見破られる可能性を跳ね上げていただろう。

 

 それを想定できぬほど愚かだとは思えない。

 

「……なるほどな。つまり、わざわざあんなまどろっこしい手を使った理由があるって事か」

「理由があるも何も、その理由はもう判明してるだろう?」

 

 カルナの指摘に納得し、そこから「何故、わざわざリスクが高くて手間もかかる方法をマーリンが選んだのか?」についてキルアが思考を働かせようとするが、そんな答えはとうに出てるとカルナは悪気なく即答し、キルアは「なら先に全部言え」と八つ当たりで脛を蹴り飛ばす。

 

「言葉が足りなかったのは悪かったが、キルア、マスターの体に乱暴はやめてくれ。マスターは気にしないかもしれないが、お前自身が後悔するのは俺がいたたまれない」

「うるせぇ! はよ言え!!」

「カルナさん……。キルアが怒ってるのは言葉が足りない所じゃなくて、そういう所だよ……」

 

 肝心な言葉は足りてないくせに、言わなくていい事ばかり言ってしまうカルナの悪癖に振り回されて、キルアが赤い顔でキレ、ゴンは後ろから羽交い絞めにしてたぶん通じないとはわかっていてもついついアドバイスを、カルナよりキルアの為に送ってしまう。

 ゴンの思った通り、カルナは「そういう所?」と呟いて首を傾げるので、放っておくとこのまま話が脱線しきって戻ってこない事を察したビスケとG・Mの大人組が、「いいから理由をさっさと言え」と、話を力技で軌道修正して先に促す。

 

 するとカルナは、何故かレイザーに対して心底不思議そうな視線を向けてきたので、レイザーは困惑しながら「なんだ?」と尋ねた。

 

「……オレの言い方が悪くて不快にしたら申し訳ないが……、レイザー、奴の能力を説明できたお前が何故わからない?」

「は?」

 

 カルナの不思議そうな視線は、マーリンの能力を把握しているレイザーが気付いていない事が、彼にとっては心底理解出来なかったようだ。

 その心底理解出来なかった、マーリンの能力を知ればすぐにわかるだろうとカルナが思っている「理由」を、やっぱり事もなげにカルナは言い放つ。

 

「理由なんて、単純だ。

 あの異界では奴自身が動けなくなるから、能力発動時にマスターとの距離をゼロにしておきたかっただけだろう」

 

 * * *

 

 言われて、ゴン達3人は思い出す。

 カルナの言う通り、マーリンは能力を発動させてからは一歩も自分で、その場から動いてなかったことを。

 ソラと入れ替わったカルナに蹴り飛ばされはしてたが、彼はその場から起き上がって立ち上がることはしても、その場から一歩たりとも移動はしていなかった。

 

 だから、「それが『アヴァロン』の制約か!」と、奴がソラを開放する気がない場合の強硬手段として使える情報かと思ったが、それを口に出す前にレイザーが軽く手を振って答えた。

 

「いや、それはない。そう思ったのならただの偶然で、あいつが動かなかっただけじゃないか?」

「そうね。もう十年以上前とはいえ、少なくとも私たちと戦った時はあいつ、普通にあそこで動き回ってたわよ」

「そうか。なら、気付かなくて仕方ないな。無礼なことを言ってすまなかった」

 

 レイザーの即答で「ない」に補足してエレナも答えると、カルナは初めから変わらない真顔のまま納得して、レイザーに「何故わからない?」といったことを詫びる。

 

 相変わらずのマイペースぶりにもちろんキルアが、「ぬか喜びさせんじゃねぇ!!」とキレて殴りかけたが、ゴンがまたしても背中から羽交い絞めにして止める。

 その隙に、ビスケが口を出す。

 

「いえ、偶然じゃないわさ。少なくとも、あいつはあの『アヴァロン』の中だと動きが鈍るくらいに考えてもいいと思うわ」

 

 カルナの早とちりではないと、ビスケは言った。そう思うだけの根拠が、彼女にはあった。

 

「確かに、あそこではあたしたちはほとんどマーリンと戦うんじゃなくて話してただけだから、一歩もあいつが動かなかったのは偶然と言えば否定出来ないけど……、ソラが眠らされてカルナと入れ替わった時、こいつはマーリンに蹴りを入れてるのよ。それも仰向きに倒れかかったところを踏ん張って、のけぞったかなり無理のある体勢でね。

 

 レイザーが『アヴァロン』を破った後、あたしたち3人がかりであいつに向かって行ったけど、全員が手も足も出せず、あいつが唱える呪文の邪魔なんか全く出来なかったわ。カルナの蹴りは不意打ちで、あたしたちは来るとわかってたとはいえ、あれだけの実力があれば、あの時のカルナの蹴りだって余裕で避けれた、少なくとも直撃するのはあまりにおかしいわよ」

 

 武道家としても人としても人生経験が最も豊かな為、気付けた。

 カルナの蹴りは、あの体勢からよくあんな威力が出せたなと感心するものだが、それでも相当無理のある体勢から放ったものの為、決して避けられないほどのスピードでもなければ、避けにくい位置を狙ったものでもない。

 ビスケはもちろん、ゴンやキルアでも彼らほどの反射神経なら、虚を突かれても直撃はまず免れると言い切って良かった。

 

 なら、自分たち以上の実力を見せつけたマーリンは何故、直撃をくらったのか?

 

「あんたたちの話を疑ってはいないわよ。でも、あたしたちが見てきたものと、うちのバカ弟子の性格やら反則ぶりをあいつが知っているってのを考えたら、カルナの言う通り『能力発動したら、奴自身も動けなくなる』っていう推測が、あいつの訳わかんなかった大部分に説明がつくのよ。

 

 あいつ、一番警戒してたのは不意打ちで能力発動しても、ソラが眠らなかった場合だったんじゃない? そうなると今回みたいに直接なんかする必要があったから、ソラからゼロ距離で能力を発動させたかったと考えたら、筋が通るんだわさ。

 あの子の性格なら、花の幻覚を見破ってもゴンのすぐそばに何企んでるのかわからないあいつがいるって気づいたら、むしろゴンを庇って自分から距離を詰める。そんな風に行動を読んでたからこそ、ゴンの夢にも現れたんだわさ。半端な警戒だとろくに花を見もせず近寄りもせずに、ゴンに『捨てなさい』って言ってたかもしれないから、わざとより警戒される手段を取ったのよ」

 

 ビスケのフォローでキルアは落ち着き、G・M勢も「なるほどな」と納得する。

 

「けど、そうだとしたら何で前は動けたのに、今は無理なんだ?

 実は初めの花畑は、こいつらが昔くらった念能力(アヴァロン)じゃなくて、ソラを捕まえるために制約を付けた、より強力な奴だったとかか?」

「……いや、その可能性は低いと思う」

 

 しかし確かにビスケの補足でカルナの推測は筋が通ったが、謎はまだいくつも残っている。

 特に「以前は普通に動き回ってた」が謎だ。レイザー達に嘘をつく理由は考えられないので、カルナの推測が正しいとなるとキルアの解釈をするしかないのだが、その解釈を猫のように中空を眺めながらカルナは否定し、その思った根拠を答える。

 

「オレはあまり念能力というものをわかっていないから間違っていたら悪いが、『制約』とやらは望む通りの能力の効果や威力には容量が足りないから、削れるところを削ってそれを使いたい部分に回しているか、もしくは外付けで容量を増やしているという風にオレは解釈している。

 そしてその解釈通りなら、そもそもあいつは自分に『制約』を課す必要性はない。人間とは比べ物にならぬほど、魔力(オーラ)の容量が膨大で、そして自分自身の魔力(オーラ)を消費せず、世界そのものから魔力(オーラ)をくみ上げる術にも長けている。

 だからオレとしてはそもそも、『罪の認識に比例して睡魔に襲われる』という能力自体が、違和感だ。あいつはあのような条件を付けなくても、大概の事なら質より量のごり押しで何でも出来るだろう。あの条件は制約ではなく、趣味の一環。あの条件下でも普通に動き回れる人間が見たいくらいの気持ちで作ったものではないかと思っている」

 

 サラッとまたマーリンに対して絶望的な情報をぶち込んできたが、キルアはもう八つ当たりをする気力もない。

 それぐらいもうカルナに対して突っ込むのも面倒くさいと思っているのもあるが、キルアは気付いたから注目がカルナからゴンに移る。

 

「? ……おい、ゴン。どうしたんだよ?」

 

 カルナの言葉に、何か考え込むように俯いた友人に話しかけるが、ゴンはキルアに気付いた様子もなくどこか上の空のまま呟いた。

 

「……制約のつもりじゃなかったけど、制約になっちゃったんじゃないかな?」

「は?」

 

 キルアには意味がわからなかった。ビスケにも、レイザー達G・M勢にもわからなかった。

 カルナは真っ直ぐにゴンを見て、黙っている。もしかしたら彼は、最初から気づいていたのかもしれない。

 

 彼はゴンと同じく、あの時のマーリンを見てもキルアやビスケと違って、意外そうに呆気に取られていなかったから。

 ゴンと同じように、痛ましいものを見るような顔をしていた。

 

 その「痛ましいもの」を思い出した。それが、マーリンの不可解な部分に説明をつける。

 

「……『アヴァロン』を作ってるのはマーリンさん本人だからか、それとも夢魔だからあの人自体はそもそも眠らないのかな? だから、効果に違いが出てるけど、条件は同じなのかもしれない」

 

 十年以上前、この島を訪れたジンたちと交戦した時のマーリンは「アヴァロン」の中で自由に動き回れたのに、今はあの花園に彼自身も囚われているのなら。

 元々、制約など必要ないほどの性能を持つからこそ、彼自身が想定してなかったデメリットが発生してしまっているとしたら。

 

 全てに説明がつく。

 

 彼はきっとジンたちとの交戦以降に、もしかしたらその交戦こそがきっかけで気づいたのかもしれない。自分が取りこぼしていたもの。気付かぬうちに失われてしまった手遅れに。

「人が人に求める答え」とは何なのかを知りたいと、強く願う程の「取り返しのつかない事」に。

 

 だからそれを探し求めて、けれど結局それは自分には手に入らないものだと思い知らされた。

 

「…………多分、マーリンさんの能力の効果と条件は、マーリンさん自身にも当てはまるんだ。

 マーリンさんは自分が何か『罪』を犯したこと、その『罪』に気付いたからこそ、昔は動けたけど今は眠ることも出来ず、あそこに立ち尽くすしかないんだと思う」

 

 ゴンの推測に、一瞬の間を置いてレイザーとエレナは「いや、あいつにそんな人間味は……」と否定的だったが、イータは何かを考え込むように俯いて黙りこんでいる。

 彼女には、ゴンの推測はマーリンを好意的に見過ぎた解釈だとは思えないようだ。

 もしかしたら、彼女も見たことがあるのかもしれない。

 

 ゴン達が見た、キルアによって「答え」を突き付けられた時の彼の顔と同じものを、見たことがあるのかもしれない。

 

 あの時の彼の眼が、近かったのか遠かったのかは覚えていない。距離など関係ないほどに、例えその感情の起因は人間には理解出来ない、わかりあえないものだったとしても、その感情だけは間違いなく共通していると確信できた。

 

 それほどまでに彼は、マーリンはキルアによって突きつけられた答えに……、「お前は人間の事を何もわかっていない」という事実に……()()()()、その事実を()()()()()()()()()()()()()()()に絶望していた。

 

 わかりあえない事ではない。

 彼は、「取り返しが付かない事」に気付いた事、とっくの昔に彼が欲した「何か」はこの世から消え失せて影も形も残っていないのを知らされたことに対して、絶望するほど後悔していた。

 

 そこまで考えて思うのだが、結局ゴンには一番肝心な部分には勘でもたどり着けなかった。

 

 マーリンがそこまで後悔して絶望している、「取り返しのつかない事」こそがあのカルナに対して問うた2択。

 

 不幸になるとわかっている大切な人。だけど、その不幸になるとわかっている道を望んで、進もうとしている人。

 その人の選択を肯定することか、否定することか、どちらが正しいのではなく、どちらが人間らしいのかを彼は、まだ出会って数時間も経っていないのに、珍しいどころか有り得ないと言い切れるほど、人間らしい情動を露わにして、痛々しくカルナに問うていた。

 

 ……マーリンは「誰」に、「どちら」の答えを出したのか。

 そしてその「答え」がどのような、「取り返しがつかない結末」に至ったのか。

 

 それは全く、ゴンにはわからなかった

 わからないけど、必死で考えた。

 それが必要なことだけはわかっていたから、だから必死になって探して見つけようと足掻く。

 

 ゴンが「ソラの救済」と同じくらい、見つけたいもう一つ。

 

 

 

 マーリンはどうしたら救われるかに必要な「答え」である事だけは、わかっていた。


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